19 初心者非推奨
アスカのリアルでの親友日奈、レインとゲーム内で待ち合わせ、自己紹介もそこそこにミッドガル郊外へ向け移動していた。
「でも驚いちゃったよレイン」
「えっ?」
「そのアバター。リアルのレインとは正反対だからさ」
「あぁ……」
レインが作った長身モデル体型のアバター。
アスカがアバターを造る特にこだわりなくリアルの姿に近い形で作ったのだが、レインは意図してリアルとは違う姿にしているようだ。
「ほら、あっちだとどうしても変な目で見られちゃうし、どんなに背伸びしても人の背中しか見えないから」
「そっか……」
レインのリアルにおける身体的特徴が彼女にとって重荷になっている事はアスカもよく知っている。
そんな彼女が思いついたのが『せめてゲームの中くらいは自分の求める姿になって蒼空と遊びたい』と言う物だった。
蒼空の後ろにいるばかりではなく、彼女の横で上を向いて歩きたい、と。
「それで、今はどう?」
「うん、想像以上だよ! 変な目で見られないし、遠くまでよく見えるし!」
「ふふっ、良かったね、レイン」
「うん、ありがとうアスカ!」
笑ってアスカに答えたレインの笑顔は、ここしばらく見た事がないほどに晴れ晴れとしていた。
確かに、今歩いているレインを変な眼で見てくるランナーやNPCは一人もいない。
リアルであれば別の意味で視線を集めていたであろう高身長も、ゲームの中ではそれほど珍しくはないのだ。
レインの選んだエルフ自体がデフォルトで高身長に設定されている事、レインと同じように高身長にして遊ぼうと考えるランナーが少なくない事等から、高身長のランナーが少なくない事が理由だろう。
実際、こうして歩いていてもレインより高身長に設定しているランナーもいるのだから。
そうしてレインと談笑しながらたどり着いたミッドガル郊外。
しかし、ここにも二陣勢のランナー達が数多くおり、TierⅠのエグゾアーマーに初期装備の武器を手にフィールドへと駆け出していっていた。
「う~ん、ここも人が多いね。もうちょっと移動しようか」
「アスカ、私達はエグゾアーマーを装備しなくていいの?」
「うん。この辺りは敵も出ないし、フライトアーマーは装備するとむしろ遅くなっちゃうから」
「あ、なるほど」
通常のエグゾアーマーは種別にかかわらず装備すれば移動速度は生身よりもはるかに向上する。
しかし、アスカがメインで使用するフライトアーマーだけは逆。
飛行能力に全てを振ったフライトアーマーの地上移動速度は生身と同じかやや速い程度。
問題児と名高いTierⅢレイバードに至っては装着するとエンジン、主翼などの重量により歩行速度が未装着時よりも悪化する。
今日が初プレイのレインはフライトアーマーの特性については詳しくないが、アスカが言うのであればそうなのだろうし、リアルの航空機も地上を移動するときは牽引されたりなどであまり動けない事から同じなのだろうという判断だ。
そうして歩くことしばらく。
先ほどよりは減ったが相変わらず人が多く、しびれを切らしたアスカは適当な平地までレインを誘導。
足を止めると腰に手を当てて向き返った。
「うん、ここにしよう!」
「えっと、じゃあ私もエグゾアーマーって言うのを身に付ければいいの?」
「そう! 一緒に飛んで、東のラクト村まで行こう!」
ここではゆっくりできないとあって、アスカは当初からラクト村にある畑でいろいろと話そうと思い立ったアスカ。
通常ならばポータルでの移動ですぐなのだが、プレイを開始してすぐのレインはラクト村のポータルがない事、アスカ自身がポータルでの瞬間移動よりも蒼空の旅を楽しみたかった事、そして何よりレインにゲームの世界の空を見せたいという理由から、フライトアーマーでの移動を提案した。
ところが。
『アスカ、レインにフライトアーマーを装着してもらっての飛行は推奨できません』
「えっ、なんで!?」
アイビスから待ったがかかったのだ。
『レインはフライトアーマーの操作に慣れていません。いきなり装着しての飛行移動は難しいと思われます』
「それは! ……そうだね」
アイビスの言葉に、思わず反論しようとするも、すぐにアイビスが付けた内容が理解できてしまいすぐさまトーンダウンしてしまった。
考えてみればアスカですら初期飛行には多少手間取ったのだ。
転倒、墜落、激突を何度も繰り返し、ようやく安定飛行できるようになったほどフライトアーマーの操作性は悪い。
いくら頭の切れるレインと言えども、感覚的要素の強いフライトアーマーをいきなり扱えるとは思えない。
ぐぬぬ、と顔を傾げて考え込むアスカ。
レインもいまいち要領が掴めないながらも何か想定外が起きたのかとアスカに尋ねようと思わず身を寄せた時。
「あっ、そうだ、担げばいいんだ!」
「か、担ぐ!?」
「アイビス、あの時みたいに担ぐのはどう?」
『それでしたら問題ありません。飛雲、もしくはTierⅢ以上のフライトアーマーを選択してください』
「よっしゃ! レイン、ちょっと離れてて」
「アスカ?」
「いくよ、装着!」
レインが今だ状況がつかめないままエグゾアーマーを装備するアスカ。
足元に魔法陣が現れ、アスカの体が僅かに浮き上がると、体の各部位にエグゾアーマーのシルエットが現れる。
シルエットが透過率を下げ実体化。
魔法陣が消滅し、再度地に足を付けた時にはTierⅡフルカスタムアーマー飛雲を装備したアスカの姿があった。
「わぁ、アスカ、それ見たよ! すごいね、アスカ専用機なんでしょ?」
「ま、まぁフルカスタムの機体だから、専用機と言ったらそうかな」
「うん、カラーリングも造形も綺麗……ふふっ、リコリスのエンブレムも本当によく似合ってるね」
「ありがとう、私のお気に入りなんだよ、このエンブレム!」
飛雲がアスカの専用機という自覚はないが、フルカスタムのワンオフ機である以上専用機と言っても過言ではない。
メカなどに強い興味を持っている訳ではないレインだが、目の前にあわられた綺麗な外見を持つ飛雲に興味津々。
実体化したアスカに近寄り、右から左から、後ろからといろいろな角度から飛雲を眺める。
「それでねレイン。アイビス達がレインが飛ぶには練習しないと危険だって言うから、私が担いで飛んでいこうと思うんだけど、どうかな?」
「なるほど、担ぐってそういう事だったんだ。うん、いいよ。お願いねアスカ」
アスカの提案にレインはクスクスと笑いながら答えた。
アスカが思いついたあの時。
それは先のイベント三日目、敵本陣にアルバ達を空挺降下させるために彼らを生身のまま空輸した方法だ。
さすがにレインを両手でぶら下げると言った事はしないが、担いで飛行するだけなら簡単だ。
レインの了解も得られ、さっそく彼女を担いで飛ぼうと思った時。
周囲からなぜか歓声が上がった。
「え、何?」
「何の歓声だろう……? あ、皆こっち見てるね」
近くで何かあったのかと思ったのだが、周りのランナー達を見てみれば皆一様にこちらに視線を向けているではないか。
どうしたのかとレインの方を見ると、困惑するアスカと違い彼女は何か納得がゆく顔をしている。
「レイン、何かわかるの?」
「うん。皆アスカの飛雲に見とれてるんだよ」
「どういう事?」
レインによると、一週間ほど前からネット界隈で『Blue Planet Online』の第二次販売用の公式PVが流されているのだという。
内容は当然先のイベントの内容をピックアップして作られたもので『上陸編』『玉砕編』『拠点突破編』『最終決戦編』と複数に分けられているそうだが、中でも人気なのがフライトアーマーエースと敵ネームドによる一騎打ちに焦点を当てた『ドッグファイト編』だという。
『フライトアーマーエースと敵ネームドの一騎打ち』このワードに嫌というほど思い当たる節があるアスカは、顔を引きつらせながらレインに問う。
「レ、レイン……フライトアーマーエースってもしかして」
「ふふふっ。そう、アスカ、貴女の事よ」
「ふええぇぇぇ……」
運営が出したPVで特に人気の『ドッグファイト編』。
話題になった理由はいくつかあるが、その中の一つに『使用しているエグゾアーマーがワンオフ機』と言う物がある。
通常のエグゾアーマーツリーにあるエグゾアーマーとは外見からして違い、プレミアムエグゾアーマーでもないそれは見る人が見れば一発でフルカスタムで仕上げられたワンオフ機であると理解できた。
性能やプレイスタイルもイベントに参加していたランナー達がコメントを行ったことにより知れ渡り『リコリス1』というコールサインはアスカの知らないはるか先まで独り歩きしている状況だ。
そんな動画で見ただけ、話で聞いただけのワンオフ機が目の前に現れたとあっては、二陣勢が沸き立つのも無理のない話。
実際、ざわつきに耳を立ててみると……。
「あれ、PVの人だよな?」
「あれが飛雲……観測特化のワンオフ機……」
「見て、垂直尾翼のリコリスの華。すごく綺麗」
「一人だけの専用機……ずるいよなぁ」
と、称賛と憧れ、嫉妬と言った様々な声が聞こえてくる。
さすがのアスカもこの場にとどまり続けるのは危険と判断。
背後からの熱気を無視してレインに向き変える。
「じゃ、じゃあ行こうか」
「うん。でも、どうやって担がれればいいの?」
「それはね……よっと!」
「きゃあっ! アスカ、これはちょっと恥ずかしいよぅ」
アスカが思いついたレインの担ぎ方は右手で肩、左手で膝裏を持つという、いわば「お姫様だっこ」の形。
リアルであればこの体勢で東のラクト村まで数十分担ぎ続けると言うのは難しいが、エグゾアーマーのパワーアシストがあれば問題ない。
「いいのいいの! それじゃあいくよ、発進!」
「えっ、きゃっ、は、速い!」
長身のレインが標準のアスカにお姫様抱っこされるというすこしちぐはぐ形だが、アスカは構わずエンジンスタート。
飛雲がもつ特徴の一つ、二重反転プロペラが相互に逆回転を開始。
十分に推力を得てから滑走を開始。
グングンと速度を上げ、主翼風を受けた事で揚力を生み出し、アスカとレイン二人の体を重力の楔から解き放つ。
「うわぁ、すごい! アスカ、浮いてる! 私達浮いてるよ!」
「へへっ、まだまだ! 加速!」
通常の物よりも強化された飛雲のエンジンがアスカの意志に答えうなりを上げ、エンジンから力をもらったプロペラの回転が勢いを増し増速。
二人の体を空高く舞い上げた。
そんな二人を地上から見ているだけだったビギナー達。
皆二人が飛んでいった空をいつまでも羨ましそうに眺めていた。
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嬉しさのあまり雲鷹から飛び立ってしてしまいそうです!