18 第二陣、参入
蒼空がゲーム内で支援AIアイビスとの戦闘飛行訓練を始めてから数日。
『Blue Planet Online』は第二陣参加を含む大型アップデートの日を迎えていた。
イベントの時同様12時間に及ぶアップデート時間を要するとあって、ログインできないランナー達はネット界隈で早くも二陣勢のクランメンバースカウトやアップデート内容を話題に花を咲かせている。
そんな中、高校生であるアスカはいつも通り学校に行くと『Blue Planet Online』に第二陣として参加する親友宮本日奈に声をかけた。
「日奈、おはよう! アレ、もう届いた?」
「おはよう蒼空。うん、届いてるよ。今日は塾があるから難しいけど、明日なら朝からプレイできると思う」
「やった! じゃあ、ゲーム始めてルームから移動したらその場所で待っててね」
「うん。蒼空、うれしそう」
「ふふっ、ゲームでも日奈と遊べるんだもん。これが嬉しくないわけがない!」
そう言って顔を見合わせクスクスと笑う両者。
朝のホームルーム前、賑やかな教室の中ではどこにでもある、ありふれた光景。
ゲームの話題もそこそこ、話は今日の授業内容や宿題、昨日のTVや動画サイトの最新投稿へと変わってゆき、ホームルームの開始を付けるチャイムと共に現れた担任教師によって終わりを告げる。
時期は9月中旬の金曜日。
短縮授業でもないごく普通の一日を学友と過ごし、勉学に励む蒼空と日奈。
「それでは次の問いを……青木さん」
「はい、えっと……この公式を当てはめればXの数値が分かるので、こうです!」
「残念、良いところまで行ってますが、違います」
「えっ嘘!?」
「では宮本さん、分りますか?」
「はい。この問題、一見するとこの公式の問題に見えますけど、引っかけですね。本当はこちらの公式の問題ですので、Yの数値を出して、こう」
「正解。この問題は出題者の性格がにじみ出ていて、公式を間違えやすい引っかけ問題です。青木さん以外にも引っかかってしまった人は多いのではないでしょうか?」
そう言って教室を見渡す数学担当教師。
すると気恥ずかしそうに俯いたり視線を逸らす生徒が多数。
どうやら蒼空同様引っかけにハマり回答を誤ってしまったようだ。
「あ~そういう事か、うわ~いやらしい問題……日奈、よくわかったね」
「う~ん、問題見たとき何か違和感があったんだ。あからさまにひっかけの公式を使えって言ってるようだったから」
「さすが日奈……恐ろしい子!」
小さいころからの付き合いである日奈に対する蒼空の評価は「とにかく頭がキレる」という一点に尽きる。
好奇心旺盛、興味のある物を見つけたら一直線に走っていってしまう蒼空とは対照的に、日奈は飛びつく前に一拍おいて何かしら考え込むことが多い。
本人曰く『本当に外見通り受け取っていいのか、裏があるんじゃないかってどうしても気になっちゃって』との事。
事実、蒼空はこの日奈の癖とも呼べる行動に何度も助けられており、彼女の助言にはゲームでの相棒であるアイビス同様絶対の信頼を置いている。
そして、それは体育の授業で行われたクラス対抗八人制サッカーでも現れていた。
「いけない、青木さんにボールが渡っちゃった!」
「青木さんを止めて! 彼女を自由にさせたらこっちの負けよ!」
「ふふっ、マークが甘い! 行っちゃうよ!」
「蒼空、左から攻めて! 松岡さんにみんな寄せられたから空いてるよ!」
「まかせて!」
蒼空の運動神経の良さは学年全員が知るところ。
全学年、全国、日本代表というほど突出したものではないが、日々の生活の中では頭一つ抜けて出しているのは間違いない。
そんな彼女にボールが渡ったとあって、相手チームは顔色を変える。
チームメイト同士で顔を見合わせ、ボールを持った蒼空一人に対して複数で止めにかかったのだ。
「ちょっと手荒くするけど、ごめんね!」
「ちょっと、三人がかりは卑怯じゃない!?」
「恨むならあなたのセンスの良さを恨みなさい!」
「こうしないと止められないの!」
空いたスペースに駆け込んだとはいえ、元々蒼空をマークしていた数名が手早く対処に周り、進路を阻む。
さすがの蒼空も三人がかりの包囲網を抜けることは出来ず、ボールを奪われそうになってしまう。
どうしたものかと横目で日奈を見るとアイコンタクトとジェスチャーでとある方向を示す。
そこにあったのは、オフサイドラインギリギリまで駆けこむクラスメイトの姿だ。
それだけで日奈の言いたいことを察した蒼空は体を捻りフェイントを仕掛け、ほんのわずかな時間自由を手にする。
このチャンスを活かし左足一閃によるセンタリング。
苦しい姿勢ながらも勢いよく蹴り出されたボールは若干のズレはあれども狙い通り駆け込んだクラスメイトへと渡る。
絶妙なタイミングでオフサイドラインを越え、受け取ったボール。
状況はゴールキーパーとの一対一。
クラスメイトはこのチャンスを見事決め、決勝点となる貴重な一点を挙げた。
「やった! ナイスシュート!」
「青木さん、ナイスセンタリング! バッチリだったよ!」
「さすが青木さんだね! ナイスアシスト!」
「ああっ、やられたぁ……」
「三人がかりでも駄目かぁ~っ!」
「だから青木さんを自由にさせちゃ駄目だって、あ~あ……」
歓喜に湧く味方チームと、徹底マークした蒼空にしてやられたと嘆く相手チーム。
味方チームもさすが蒼空だと褒めてくれるが、当の本人は自分の力だとは思っていない。
「ありがとう日奈、助かっちゃった」
「ううん、私だとあそこから抜け出してセンタリングは無理だし、蒼空なら口にしなくても分かってくれると思ったから」
「ふふっ、さすが私の親友だぁ! 日奈、大好き!」
「はわわ……! 蒼空、抱きつかないでよ!」
蒼空は考えるよりも体が先に動くタイプだ。
よく言えば行動力があるという事だが、ある意味では考えなしとも言える。
それに対し日奈は動き出しこそ遅いが、自分でしっかり考えた上での行動故迷いがなく、全体を見通す洞察力を持っている。
こうしてみると正反対の二人だが、幼馴染という事もありお互いの動きと考えは手に取るように分かるのだ。
だからこそ、日奈はあの場面で蒼空がこちらを見ることを予期し、どう対応すればよいかもわかっていた。
蒼空も、今までの付き合いから視線を飛ばせば日奈がボールを蹴り出せばよい方向を示してくれるだろうと期待していた。
二人で一人、とまではいかないが、そこにはしっかりとお互いを信用した上での阿吽の呼吸があったのだ。
しかし周りがそれを理解しているかというと、また別の話。
「くうぅ~、また青木さんにしてやられたよぉ」
「もっとマークを厳しく……? いやいや、そうすると攻めに回る人数が」
「あの状況でどうしてピンポイントの場所に上げられるの? 無理でしょ、常識的に考えて……」
「やっぱり青木さんがいると勝てるね!」
「うん、私達とは動きが明らかに違うもん。背中に目でもついてるのかな?」
「宮本さんも頑張ろう! 私達だって青木さんに負けないってところ見せなきゃね!」
「う、うん!」
周りの評価はプロの様な動きをした蒼空に集中。
鷹の目、司令塔的な位置づけになる日奈の役割に気が付く者は誰一人としていなかったのだ。
これは日奈の性格によるところが大きいだろう。
日奈は親友である蒼空にこそ指示を出すが、他のクラスメイトには指示どころか声をかけることも少ないのだ。
蒼空も自分の働きが日奈に関係している部分が大きいと理解はしているのだが、当の本人が「あまり大げさにしないで」と言っているためあえて正していないのが現状。
「よし、あと五分、守り切るよ!」
「前線を下げて守りの体制! 青木さん、お願いね」
「オッケー、任せてよ!」
クラスメイトの声に答えながら視線を日奈へ移すと、彼女はコクリと頷いた。
両チームが所定の位置につき、リスタートを告げるホイッスルがグラウンドに響き渡る。
こうして、どこにでもあるごくありふれた一日が過ぎて行くのであった。
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週末の学校が終わった翌日、土曜日。
午前中のうちに用事と学校の宿題などを済ませ、アップデートが終了している『Blue Planet Online』へとログインしていた。
「おはよう、アイビス!」
『おはようございます、アスカ。今日は遅めですね』
「うん、今日はこのままかなりログインしてるだろうから、終わらせることは全部終わらせてきたんだ」
時間としては14時を少し回った所、ゲーム内では朝日が昇り始める時間だ。
普段のアスカなら午前中のうちに一度ログインし、日課であるMPポーションの製造やフリーフライトを楽しんでいる。
しかし、今日ばかりは予定を大きく変更しなければならない事情がある。
「アイビス、第二陣の人達ってもうログインできるんだよね?」
『はい。昨日の大型アップデート終了からログイン可能になっています。当初すこしアクセスしにくくなる障害が発生しましたが、現在は解消しています』
「よし、それなら大丈夫だね!」
30万近いランナー全員が入っても問題なく広大なイベントマップを実働できるほどのスペックを持つ『Blue Planet Online』のメインサーバーだが、プレイしたくてたまらない第二陣勢、アップデート終了後押し寄せた既存のランナー勢も合わせた大人数の集中アクセスは辛かったのだろう。
アップデート終了直後はサーバーアクセスがしにくくなり、ログインに時間がかかるという不具合が発生したが、そこは実績十分のメインサーバー。
数時間後にはトラブル解消、今に至るまでプレイ不可になるほどの深刻な問題は発生していないようだ。
「第二陣の人達が最初にログインする場所はミッドガルだよね?」
『はい。一斉アクセスの場合は順番待ちになることもありますが、現在順番待ちは発生していません』
「よし、それなら予定通りで大丈夫!」
アイビスにアップデート後のアクセスラッシュ状態を確認し、問題無いという事で移動した先はもちろんミッドガル。
そう、アスカはここで今日初ログインを行う日奈を迎えに来たのだ。
「うひゃあ……やっぱりすごい人数だね」
『ミッドガルだけでも以前の倍以上のランナー人口になっています』
「うん、そりゃあ第二陣の人数が今までの倍以上ならこうもなるか」
ミッドガルのポータルがある中央広場は今までに見た事がないほどに人であふれていた。
そのほとんどがアスカもよく知る初期の服装しているため、二陣組だという事が見て取れた。
初ログインの感傷に浸る者、初のVRなのか体の動きを確認する者、出現してすぐに周りに話しかけさっそくチームを作る者など、皆思い思いに過ごしていようだ。
中には初期服ではないランナーと談笑する者の姿もあり、アスカ同様初ログインに合わせて待ち合わせをしていたのだろう。
アスカはそんなランナー達を横目に広場隅へと移動。
日奈には自分の容姿とランナーネームを伝えているが、アスカは日奈が作るアバターのランナーネームと姿かたちを知らないためこうして見つけてもらうしかないのだ。
そうして待つことしばし。
ゲーム内時間が朝から昼に変わろうかというところで声を掛けられた。
「ええっと……貴女が蒼空?」
「えっ? ……もしかして日奈?」
「うん、あってた。やっぱり蒼空だ」
アスカの目の前で口元を抑えクスクスと笑う女性ランナー。
『Blue Planet Online』において、アスカのリアルの名前を知るものは今日初ログインする日奈以外他にいない。
つまり、目の前の女性が日奈であることは間違いないのだが、その姿はリアルの日奈とは大きく違っていた。
アバターの種族はエルフ。
エルフらしい碧眼にほっそりとしたスレンダーな体系、銀のストレートロングヘア。
アクセントとして前髪に赤のラインに、サイドは黒髪、背中の中ほどまで伸びた銀髪ロングも毛先にゆくにつれ黒色へとカラーチェンジしている。
そしてアスカが一番驚いたのが身長だ。
リアルではアスカより頭一つ分は低かった日奈の身長。
だが、日奈はデフォルトでも高めであるエルフの身長をさらに伸ばし、アスカがかなり見上げるほどに高く2m近い身長になっている。
これは現実世界での日奈とは対極。
そんな彼女のアバターの上に記されたランナーネームは『レイン』
これが『Blue Planet Online』における日奈の名前だ。
「うわぁ、日奈、すごい綺麗!」
「本当? どこかおかしくない? ちょっとやり過ぎちゃった気もするんだけど……」
「ううん、全然大丈夫! すっごくすっごく素敵だよ!」
「そ、そう? えへへ……ありがとう蒼空」
日奈の作り出したアバターに、アスカはついつい見とれてしまっていた。
アスカの知る長身アバターは日奈の他にロビンが居るが、彼女は俗にいう『ボン・キュッ・ボン』のグラマーな体系だ。
それに対し、日奈の長身アバターはエルフという種族特性を生かし、全身スラリとした細身で洗練された美しさを持っている。
例えるならばロビンがグラビア、日奈改めレインはファッションモデルかバレリーナだろう。
『お二人とも、仲が良いのは大変喜ばしい事ですが、そろそろランナーネームでの呼称を推奨いたします』
「あれ、今のは……?」
「蒼空……じゃない、アスカに教えてもらって取っておいた支援AIだよ」
『支援AIカーラです。よろしくお願いします』
「おぉ! 日奈……っとと、レインの支援AIかぁ! 私はアスカ、相棒はアイビス、改めてよろしくね!」
「うん、よろしくアスカ、アイビス」
『よろしくお願いいたします』
こうして『Blue Planet Online』での初対面を終えた二人は、人であふれかえりそうなミッドガル中央広場を後にし、さっそく町の外へと繰り出してゆくのであった。
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嬉しさのあまり大鷹から飛び立ってしまいそうです!