15 設定変更
「よし、それならさっそく試してみないとね! アイビス、どうやればいいの?」
『デコイへのシステムジャックはこちらで行います。アスカは通常通りデコイを発動してください』
「おっけー、いくよ【デコイ】!」
アイビスはいまだ不満そうではあるが、アスカの期待はそれを凌駕していた。
物は試し、駄目で元々だったはずのアイディアが思い通りに行くとあって上機嫌。
周囲への確認もそこそこにデコイを発生させる。
昨日同様【デコイ】を唱えると総MPの半分がごっそり減るのと同時に光の球体が出現。
すぐさま形状変化を起こし、アスカの姿へと変化する。
「ここまでは昨日と同じだね、それで、どう? アイビス?」
『…………』
「あ、あれ、アイビス?」
『こちらです。アスカ』
「えっ!?」
現れたデコイを前に、ここからどう操作するのかアイビスに問いかけるも、返事がない。
今までアイビスに問いかけて帰ってこなかったことがなかったため一瞬戸惑ってしまうが、予想外の方向から返事が帰って来た。
そう、目の前のデコイから。
「ア、アイビスなの?」
昨日出現させたとき同様光のない眼をしているが、どこか虚ろだった視線には力が宿っている。
そして、アスカへ向け腰の据わった強い眼差しを向けてきているのだ。
『はい。デコイ操作時はシステムがこちらに移行するため、アスカのサポートが行えません』
「なるほど」
これがある意味アイビスによるデコイ操作のデメリットだろう。
アスカの相棒であるアイビスのサポートは戦闘時において敵の位置把握、支援要請ポイントの報告、通信補助など多岐に渡る。
これは航空支援要員として大量の情報を処理しなければならないアスカにとっては極めて重要で、特に激しい機動を繰り返す空戦の中であればアイビスなしでの敵の位置把握は極めて困難だ。
軽視できないデメリットではあるが、今のところ空戦でアイビス操作のデコイアスカを使う予定はない。
アスカはこの事を頭の片隅に置くとともに視線を戻す。
「よし、じゃあ戦闘飛行訓練、始めようか!」
『それは昨日も聞きましたが一体どうすればよいのでしょうか? 私は飛行は可能ですが、武器を持ち合わせていません』
デコイアスカはアスカ同様腰のウェポンラックにエルジアエとピエリスを装備している状態だ。
だが、この二つは内部構造を持たないハリボテであり、銃撃は行えない。
いったいどうするのかとアスカへ問いかけると……。
「それについては考えてるよ! はいアイビス。これ持って!」
『エルジアエですか?』
ドヤ顔、自信ありげに答えたアスカがアイビスに手渡したのは単発、連射、レイサーベルという三つの使用用途がある強力なレイライフル、エルジアエだ。
模倣された火器がハリボテで使えないというのであれば本物を渡してしまえばいい、という至極単純な発想からの物だが、なるほど理にかなっている。
一つ、問題点を除いて。
『申し訳ありませんアスカ。デコイではレイライフルを使用することが出来ません』
「えぇっ、そうなの!?」
レイライフルを筆頭にMP消費系武器は基本腕部エグゾアーマーを介してMP供給を受ける仕様になっている。
だが、デコイアスカは姿かたちはアスカそっくりであるが、火器の使用を前提としていないためエグゾアーマーのMP供給システムが存在しないのである。
「な、ならなら、こっちは!?」
『ピエリスですか?』
若干慌て気味のアスカが手渡したのはもう一つの愛銃、ピエリスだ。
PDWにグレネードランチャーを追加した火器であるピエリスは、エルジアエよりも射程こそ短いが取り回しがよく、連射能力も高い優秀な銃だ。
アスカから手渡されたピエリスをまじまじと見つめ片手で構えると、近くにあった木に照準を合わせ引き金を引いた。
周囲にピエリスの代名詞とも言える軽快な連射音が響き渡り、狙いをつけた木からは「カカカカカッ」という弾着音と木片が飛び散る。
さらにデコイアスカは両手でピエリスを構えオプション装備であるグレネードランチャーの引き金を引く。
グレネードランチャー独特の「ポンッ」という発射音を響かせ、山なり弾道で先ほどの木へ弾着。
爆発音と共に噴煙であたりを包みこむ。
「どう、アイビス?」
『問題ありません、これでしたら使用可能なようです』
「やった!」
両手をぐっと握って喜びを表すアスカ。
アイビス操作のデコイアスカは表情こそ変わらないが、アスカの喜びようを見て微笑んでいるかのようだ。
『ですが、問題点がいくつかあります』
「問題点?」
『はい。リロードです』
実弾銃であればデコイアスカでも使用が可能という事は分かったが、次はリロードという問題があった。
インベントリからオートリロードで給弾されるアスカと違い、デコイアスカにはインベントリ自体が存在しない。
これはピエリスの追加兵装であるグレネードランチャーも同様だ。
「これは大問題だね……どうしようか」
『マガジンを渡していただければ、こちらでマガジン交換が行えます』
「マガジン交換?」
『Blue Planet Online』における給弾、いわゆるリロードは一定時間射撃が出来ない状態にすることで弾数が回復するオートリロードと、現実世界同様マガジン交換の動作を行うマニュアルリロードの二つがある。
常に空を飛び、銃火器の知識の乏しいアスカは普段オートでのリロードしか行わないが、アイビスが操作するデコイアスカであればマニュアルリロードが可能なのだと言う。
だが、問題がこれだけにとどまらない。
『マガジンやグレネードの予備弾を貰っても、収納する場所がありません』
「マガジンをたくさん手に持って射撃なんて無理だものね。デコイにはインベントリもないし……何か解決法はないかな?」
『腰装備にマガジンストックを追加すると言う方法がお手頃かと思われます』
「それだ!」
アイビスの発案に、指を差して答えるアスカ。
マガジンだけを渡されてもデコイアスカが手に持てる数には限りがある。
そこで腰装備にマガジンや弾薬を吊り下げるマガジンストックを追加。
これはあらかじめ実体化させたマガジンをストックしておくことでインベントリからマガジンを取り出す操作を短縮、混戦時のマガジン交換の短縮、インベントリ操作という非現実感を好まないニッチなランナーのリアリティ追及用といった目的の装備だが、オートリロードが出来ないというデコイアスカにとってはうってつけの装備となる。
幸い、この装備はかなりの数が出回っているメジャーな装備であり、ランナーメイクはおろかダイクのようなNPCショップでも売られている。
善は急げとばかりに、アスカは一度デコイを解除し、街へ向けて移動しようと動き出す。
だが、そこでもアイビスから待ったがかかったのだ。
『アスカ、まだ解決しなければいけいない問題点があります』
「え、まだあるの?」
『はい。現状では自損によるダメージが計上されません』
「どういう事?」
アイビスからさらに伝えられたのがダメージ計算だ。
すでに運営の想定外の運用となる支援AIアイビスによる【デコイ】操作、空戦だが、デコイによる攻撃、被弾はシステム上アスカの自損となる。
味方による誤射、フレンドリーファイアでさえノックバックだけになっているこのゲームに、当然自損ダメージはない。
高所落下から来る物理演算ダメージは計上されるのだが、自らの攻撃による爆発や跳弾、魔法攻撃はフレンドリーファイア同様ノックバックのみであり、ダメージは計上されないのだ。
「そんな設定になってるんだ……」
『ですが、これは設定変更をすることで解除可能です』
「そうなの?」
通常では自損ダメージもフレンドリーファイアもノックバックの発生のみでダメージはないが、いくつか例外も存在する。
一つはランナー同士の対戦時。
相手に対戦希望を送り、相手側が承諾することでフレンドリーファイアの設定が解除され、ダメージが入るようになる。
これはソロ同士、もしくは小隊規模での対戦が対象だ。
もう一つが設定変更。
通常フレンドリーファイア、自損ダメージ無しの『Have fun』になっている設定を『Pursuit of reality』へと変更することでフレンドリーファイア、自損ダメージが入るようになる。
これも自由度とリアリティを追求した運営が用意したコマンドであり、現実世界の戦闘やサバイバルゲームのような誤射、自爆の許されない緊張感あるプレイをしたいという猛者の為に用意した設定だ。
ただし、この設定変更は他のランナーからは分からないため、先の大型レイドイベントや野良小隊を組むときなどは前もって元に戻したり、設定変更をしている事を伝えておく必要がある。
アイビスはこの設定変更でもって自損ダメージをオンにし、アスカが求めるデコイによる飛行訓練を可能とさせるのだ。
「さすがアイビス、頼りになるね!」
『支援AIですので。設定変更を行いますか?』
「今でもいいけど、戦闘訓練する時にしようか。まずはマガジンラックを買いに行かないと!」
『了解しました』
こうしてアスカはその場を離陸。
ミッドガルの街そばに着陸すると、エンジンをかけながら移動するタキシングでもってフライトアーマーならざる速度で地面を走ると、困惑するランナーと門番達を無視して街へと進入。
街に入ると同時にエグゾアーマーが強制解除されるが、アスカは構うことなく街中を駆け抜けダイクの店へと直行した。
「こんにちは、ダイクさん!」
「お、よう嬢ちゃん、よく来たな。なんか入り用かい?」
「はい、マガジンラックを買いに来ました!」
「マガジンラックぅ? 嬢ちゃんが使うのか?」
「いいえ、私じゃなくてアイビスです!」
「んん? アイビスってぇと、嬢ちゃんの支援AIだよな? どういうこった?」
「細かい事は今は抜きで! 腰に付けるマガジンラックをお願いします!」
「よくわからねぇが、分かった。腰のマガジンラックで良いんだな。案内する、ついてこい」
頭の上に疑問符を浮かべるダイクだが、そこはいっぱしのエグゾアーマーショップ店長。
アスカに詳細を話す気がない事を悟ると、カウンターから店内へとでると、アスカを店の一角へと案内した。
「ここが嬢ちゃんが欲しがっているマガジンラックのコーナーだ。いろいろあるが、フライトアーマーに使えるのはこの辺りだな」
「ふむふむ……」
「どうだ、分かるか?」
「さっぱりわかりません!」
「だよなぁ……」
真剣なまなざしで兵装を見ていたアスカだったが、ダイクの問いに力強く答えた。
ダイクは目を閉じあきれ顔、ため息混じりにがっくりと肩を落とす。
だが、そこは長い付き合いとなっている両者だ。
ダイクはそれなら、と数あるマガジンラックから一つを手に取り、アスカに手渡した。
「これがフライトアーマーに装備できてかつメジャーな奴だな。これでどうだ?」
「アイビス?」
『問題ありません』
「じゃあ、これください!」
「まいど」
ぱっと見ただけの兵装ではあるが、そこは信用を置くエグゾアーマーショップ店長ダイクと支援AIアイビスのお勧め品。
疑いの余地はなくすぐさま購入を決定。
早くアイビスと空戦したいという事も相まって、代金を支払うとすぐさまショップを後にする。
先ほど駆け抜けたミッドガルの街並みを再度全力疾走。
道中アイビスにトゥプクスアラへマガジンラックとメラーラマーク35、出来る限りの増槽装備を指示。
町の外へ出るとすぐさまエグゾアーマーを装備し、メラーラマーク35を使用し一気に大空へと昇って行く。
ジェットエンジンであるトゥプクスアラと追加ブースターであるメラーラマーク35を合わせた推力はすさまじく、飛雲やレイバードとは比べ物にならない短時間で高度5000mの空へと到達した。
「よし、じゃあそろそろ始めようか!」
『マガジンラックへはマガジンをセットしないでください。今の段階でセットしてしまうとハリボテで実体化してしまいますので』
「了解!」
役目を終えたメラーラマーク35を切り離すと同時に品質AのMPポーションを使用。
MPを全回復させる。
そして……。
『システム設定変更。『Have fun』から『Pursuit of reality』へ』
「いくよ【デコイ】!」
アスカが力強く叫ぶとすぐ隣に光の球体が出現。
それはすぐさまアスカと同じ形となり、水平飛行状態に。
「どう、アイビス?」
『問題ありません。システムジャック、完了しました』
「さすがだね! じゃあはい、これ!」
デコイアスカの操作がアイビスであることを確認した後、ピエリスとピエリスのマガジン、グレードランチャーの弾を手渡す。
ダイクの店で購入したマガジンラックは腰前側左右に付けるもので、片方にピエリスのマガジンを六つ、反対側にグレネードを四発ストックしておくことができる。
『受け取り完了しました』
「よし、よし! アイビス、時間は?」
『増槽を最大まで積みましたので、300秒は飛行可能です』
「ならば結構! 増槽を全部外して増速、私は右、アイビスは左旋回! ヘッドオンになったら戦闘開始だよ!」
『了解しました』
「それじゃあ……スタート!」
アスカが叫ぶと同時にアスカ、デコイアスカの両名は全ての増槽をドロップ。
バンク角を取り同じタイミング、同じ角度、同じ旋回半径で増速しながら旋回。
ゆったりと大きく旋回すると、見えてくるのは瓜二つの外見を持つ味方反応だ。
「いくよ、アイビス……勝負!」
こうして、前代未聞のランナー対デコイによる空戦が開始されたのであった。
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前回は20個もの感想を頂き、嬉しさのあまり宇宙戦艦ヤマトから発艦してしまいそうでした!
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