13 新型フライトアーマー性能試験Ⅲ
アスカ絶好調
彩光の離陸の為クラウチングスタートの様に腰を落としたアスカ。
彩光の主翼取り付け角度は体とほぼ水平の10度。
これに滑走の風を当て揚力を得るには、前傾姿勢で走るしかないのだ。
意を決しエンジンをスタートさせるアスカ。
レイバード同様「ヒュウゥゥン」という低い音が響き、続けて「ゴオオォォォ」という噴射音と振動が伝わってくる。
この時点でアスカはレイバードとの違いを理解した。
「これ……すごいパワーだよ!」
レイバードは二つの大型エンジンが主翼に懸架されていた。
それに対し彩光は一つ。
背中に背負うような形なのだが、背中から伝わってくるパワーはすでにレイバードのそれを凌駕している。
「こ、これ、抑えるのもきついよ!?」
『彩光のエンジンはレイバードと同じターボジェットエンジンですが、成熟性と工作精度が大きく向上している為レイバード以上の推力を持ちます』
「ぐぬぬ……よ、よし、それ、ならぁっ!」
アイビスの解説も終わらないうちにアスカは滑走をスタート。
背部からすさまじいパワーを感じつつ、勢いに任せて地面を駆ける。
彩光の総重量は高出力エンジンが生み出す強烈な推力に耐えられるよう堅牢に作られており、飛雲よりもはるかに重い自重を持つ。
身に付けているアスカ本人にはエグゾアーマーのパワーアシストが作用している為重さを感じることはないが、滑走の為踏みしめた大地は彩光の重さをしっかりと受けており、踏み込むたびに地面が大きく抉れてゆく。
そうして巻き上げた土が彩光のエンジンからの噴射炎と主翼が生みだした気流でさらに巻き上げられ、アスカの後方に遠目からでも何かがものすごい速度で走っているのが分かる程大きな土埃を形成。
ターボジェットエンジン特有の轟音を響かせ、大地を滑走。
しかし、それでも彩光は離陸しない。
「ア、アイビス、これ何時まで走ればいいの!?」
『彩光は高速飛行時の安定飛行を優先している為、低速域での飛行能力に問題を抱えています』
「つまり?!」
『主翼が短い為離陸可能になる速度がレイバード以上に必要です』
「こなくそっ!」
航空機は高速域と低速域で必要とされるものが大きく変わる。
高速域では空気抵抗を極限まで減らすため細く短く、後方へ角度を付けた後退翼が良いとされている。
これに対し低速、特に速度ゼロからスタートする離陸では高出力エンジンに高揚力を得られるように大きな翼が必要となるのだ。
高速機で離陸をしようとした場合、短い主翼では必要とされる揚力を得る速度が低速機のそれよりはるかに高く、必然的に滑走距離も長くなる。
「くうぅ~、カタパルトでも作ってもらえばよかったぁ!」
『残念ですが、彩光の場合カタパルトを利用しても離陸には速度が足りません。滑車がストッパーで強制停止させられた勢いそのまま墜落します』
「おう、しっと!!」
アイビスと漫才コンビのようなやり取りをしながら、滑走を続けるアスカ。
すると目の前に小高い丘が見えてきたではないか。
それは忘れもしないレイバードの初飛行時。
想定外の離陸性能の悪さに焦り、機体特性の挙動を読み間違え足を引っかけ墜落したあの丘である。
丘を目の前にし、墜落した光景が脳裏によぎるアスカ。
だが、次の瞬間には不気味な笑みを浮かべていた。
「ふふっ、二度も同じ失敗をするかぁ! 私を舐めるなよぉっ!」
アスカはさらにエンジンを吹かし、加速。
しかし、無理に離陸しようとはせず大地を走り続ける。
そして彩光の勢いそのままに丘の傾斜を発射台に見立て駆けあがると、頂点部分で思い切り飛び上がった。
エンジンパワーの弱いレイバードであればすぐにピッチダウンし仰角を下げなければならなかった。
だが、パワーに優れる彩光では角度など御構い無しと言わんばかりに飛び上がった勢いそのまま、天高い秋空へと吸い込まれてゆく。
「よし、離陸成功!」
『お見事です、アスカ』
「彩光、すごいパワーだね。メラーラマーク35を付けたレイバードと同じくらい勢いがあるよ!」
今は新型フライトアーマーの性能テストという事もあり、補助ブースターや増槽などのオプションは装備していない。
にもかかわらず。
否、無積載だからこそ彩光のエンジンは持てる力を余すところなく上昇に割き、アスカを雲の上へと導いて行く。
「うわ、すごいよアイビス! もう雲の上だよ!」
『高速機はいわば高高度迎撃機です。発進からの急上昇は得意とするところでしょう』
さすがにメラーラマーク35を装備した時ほどではないが、それ抜きで考えた場合では最速でこの高度までたどり着いた。
『高速機』という能力を十二分に堪能したアスカは、次は機動性だ! とロール角を付け旋回飛行に移る。
そこから反対方向に切り返すシザース、一回転するループ機動、インメルマンターンとスプリットS。
空戦における基本機動を一応に試し、再度水平飛行へ。
先ほどは強烈なパワーで全フライトアーマートップの上昇能力をまざまざと見せつけてくれた彩光。
しかし機動飛行となるとどうも話が変わるようで、アスカは顔に影を落としていた。
「ア、アイビス、これピーキーすぎない?」
『彩光は主翼の幅が短い為高いロール性能を持ちますが、反面安定性に劣り低速時の挙動に難を持ちます』
機動性のテストで最初に行ったロール時点で気付いたのだが、アスカのイメージよりロールの効き方がピーキーすぎるのだ。
わずかに操作させるつもりが明らかに行き過ぎ、旋回中も安定しているというにはほど遠い。
アイビスの話を聞く限り、彩光は高速に到達する時間を最重要視したものであり、低速域の機動性を度外視。
翼幅が短い事による利点により機体が回転するロール性は極めて高いが、反面低速での性能限界が極めて低く、ドッグファイトには不向きな機体となってしまったのだ。
さらに、翼の短さはフライトアーマーの長時間飛行のキモでもある滑空能力をも著しく低下させてしまっている。
「なるほどなるほど。じゃあ、そっちはトゥプクスアラに期待だね!」
アイビスの説明で彩光の特性を把握したアスカ。
物は試しと行った滑空も今までのフライトアーマーよりもはるかに早く高度が下がり、速度以外では難点が多いという結果となった。
そして、彩光が一番アスカを困らせたのが着陸だ。
「……アイビス、これ速度速すぎない?」
『いえ、適正です。彩光の性能ですと、これ以上速度を落とすと失速します』
「ふえぇぇ!」
低速での性能が低いという事はすなわち、主翼が揚力を維持できる最低速度が高いという事に繋がる。
アスカは翡翠や飛雲の倍近い速度での着陸を余儀なくされ……。
「にゃっ! ほっ! たっ!」
角度を浅く、足が地面に突き刺さりジャックナイフになるのを警戒しながら、慎重に着陸する。
「ふんっ! はっ! よ、よし、これで……!」
離陸する時同様、土煙を上げながらかなりの距離を滑走。
ようやく速度が落ち、安全圏内にさしせまった、その時。
「はにゃっ?! し、しまっ……! ふんぎゃあぁぁっ!」
足をもつれさせてしまい、転倒。
前のめりに倒れ込み、地面をえぐりながらのヘッドスライディングとなってしまった。
『フライトアーマー損傷軽微。お見事です、アスカ』
「アイビス、それほめてない、ほめてないよぅ!」
幸い、速度が下がっていたためダメージはほとんどなかった。
遠巻きで大丈夫かと心配そうに見つめるランナー達を気にもせず立ち上がると、顔と服に付いた土を落としエグゾアーマーを解除した。
「この扱いにくさ、知ってるぞ! この子はレイバードの進化系だ!」
『速度重視ですので』
「離陸は良くなったけど、代わりに着陸が難儀すぎ! よし、じゃあ次だよ! ラスト!」
『トゥプクスアラですね』
「うん! エグゾアーマー、装着!」
彩光を解除したのもつかの間、すぐさまアスカは次のエグゾアーマーであるトゥプクスアラを装着する。
もう何度目かもわからない魔法陣が出現し、装着シークエンスがスタート。
透明のエグゾアーマーシルエットが表示され、足元から実体化されてゆく。
魔法陣が消え、フライトアーマートゥプクスアラを装着したアスカは、これまでと同様身に付けた新型エグゾアーマーを隅々まで見定める。
「ん~、ボディ部分は彩光と似てる部分が多いね」
『本格的な制空戦闘型の黎明となる機体ですので、違いがまだあまり大きくありません』
速度重視型と言われた彩光と対を成す、機動重視型のトゥプクスアラ。
ボディのエグゾアーマーに関しては彩光と大差がない。
よくよく見れば細部のディテールに違いは見て取れるが、正直これはメーカー違いでの販売OEMを彷彿とさせる。
そんな中、彩光と大きく違うのが背部のフライトユニットだ。
体の中心線、かつフライトユニットの中心にある単発エンジンというレイアウトは彩光と同じだが、エンジンが一回り小さくなっている。
主翼形状も彩光と同じく後退翼だが、角度が浅く、全長は長くなり、主翼剛性強化の為前後幅も厚くなっている。
特に一番負荷のかかる主翼の付け根部分はかなりの厚みを付けてエンジンブラケットカバーに取り付けられているのだ。
ボディアーマーへの取り付け角も約40度と角度があり、飛雲で言うところの巡行姿勢で固定されていた。
「それじゃあ、飛ぶよ!」
フライトアーマーの本質は飛んでみないと分からない。
トゥプクスアラの外見を把握したアスカは、エンジンを始動させる。
彩光の時はクラウチングスタートの形を取ったが、トゥプクスアラは巡行姿勢でフライトユニットが固定されている為そこまで姿勢を墜とさなくても問題ない。
彩光同様『ヒュウゥゥン』という低い音に続いて『ゴオオォォォ』というジェットエンジン特有の噴射音が聞こえてくる。
背中からものすごい推進力を感じながらも、一定以上のパワーに達するまで足を踏ん張ってその場に佇む。
そして、この時点でTierⅢレイバードと同格彩光との違いを実感する。
「彩光ほどじゃないけど、すごいパワーだね!」
『レイバードのデータを元に改良されたターボジェットエンジンです。彩光ほどのパワーはありませんが、Tier相応の推力を生み出します』
「おっけー、ここまでくれば……」
『進路クリア。リコリス1、発進どうぞ』
「トゥプクスアラ、リコリス1、いっきまーーーーーす!」
アイビスの気の利かせたロールプレイにアスカのテンションは一発で最高潮。
アニメや映画で見た発進シーケンスの口上を叫び、離陸のための滑走を開始する。
彩光同様足を踏み込むたび不整地である平原の土を抉り、主翼の生み出す気流で後方に土煙を巻き上げながら滑走するアスカ。
トゥプクスアラのエンジンは唸りを上げ、速度をどんどんと上げて行く。
レイバード、彩光と離陸に難を抱えるジェットエンジン搭載のフライトアーマーを試してきたアスカ。
翡翠や飛雲といった軽量レシプロ機の離陸地点を越え、未だ離陸しないトゥプクスアラに先の二つ同様離陸難を覚悟した、その時だった。
フワッ。
「えっ!?」
レイバードはおろか、同格彩光の離陸地点すらまだ先だというのに、トゥプクスアラの翼はアスカを持ち上げるだけの揚力を生み出し重力の楔から解き放ったのだ。
まさかこの地点で離陸できるとは思っても見なかったアスカだが、離陸できたというのであれば否やはない。
そのまま地面スレスレを飛びながら増速。
十分に速度を得たところで急上昇を行った。
「うわぁ、うわぁ!」
上昇力はさすがに速度重視の彩光ほどではなかったが、飛雲やレイバード、同格ターボプロップのポラリスよりははるかに上。
Tier相応の強力なパワーでぐんぐんと上がって行く。
そうしてたどり着いたのは先ほど同様雲海の上。
そこで機体を水平に戻し、上昇で失った速度を回復させると先ほどの彩光同様機動力テストを行った。
旋回、シザース、ループ、インメルマンターン、スプリットS。
これだけでアスカは他機体とトゥプクスアラの違いをまざまざと感じ取る。
「うん、いい機動性だ!」
『お気に召しましたでしょうか?』
「バランスという意味ではこの子が一番だね! 今まで試した全フライトアーマーのいいとこ取りだよ!」
アスカがここまで試したトゥプクスアラの印象は、突飛した能力はないがあらゆる面でバランスよく纏まっている、と言う物だった。
彩光ほどの速度はなく、ポラリスほど小回りが利くわけではないが、程よい速度と加速、運動性能、飛行安定性、離陸能力などが上手くハイレベルで整っている。
操作性という意味では一番扱いやすく、状況対応能力が高いだろう。
「よし、もうちょっと試すよ!」
『MPをかなり消費しています。MP切れに注意してください』
「じゃあ、オートポーションアクティブ! 思う存分飛ぶよ!」
『了解しました』
イベント後余りつつある品質AのMPポーションは絶えずアスカのインベントリに収まっている状態だ。
アスカは自動でMPポーションを使用するスキル【自動水薬】をアイビスに頼み有効化。
機動飛行を行いながらにしてMPを回復させる。
そこからはもうアスカの独壇場。
バレルロール、スナップロール、急上昇からのバーティカル・クライム・ロール。
限界まで上昇した後失速反転するハンマーヘッドターン、そのまま落下しながらダイブアンドズーム。
水平飛行に戻し、ループ機動からのキューバンエイト、再度上昇してバーティカルキューバンエイト。
この光景を地上から見ていた面々は、後に掲示板で「最高の航空ショーだった」と語っている。
見逃したフライトアーマースレの住人がショックから悶絶したことは言うまでもないだろう。
用語解説
シザーズ
左右に機体を振ってジグザグに飛行する回避機動。
ループ
空中に縦の円を描く宙返り機動。
インメルマンターン
水平状態から上昇、半ループしたところで上下逆になった機体を180°ロールさせ水平状態に戻る航空機動。
いわゆる縦のUターン。
第一次世界大戦時のドイツ人エースパイロット、マックス・インメルマンが行ったことからこの名で呼ばれる。
スプリットS
インメルマンターンの逆。
水平状態から180°ロールを行い、半ループを行う航空機動。
インメルマンターンが高度を稼ぐのに対し、こちらは高度が大きく下がる。
人体、及び機体にかかる負荷がインメルマンターンよりも大きく、墜落の危険性もある難しい技。
ロール性能
詳しく説明すると航空物理学まで入ってしまうので、簡単に言えば主翼が短ければロールの動きは早くなり主翼が長ければ遅くなる。
ならば短い方が良いのでは? と思うかもしれないがちょっとした操作で強烈に動いたり、主翼が短い事に起因する安定性のなさからものすごくピーキーな操作性となる。
バレルロール
樽の内側をなぞるように飛行する螺旋機動。
スナップロール
急激なピッチアップとラダー操作により片翼を故意失速させ急速度のバレルロールの様な機動を描く戦闘機動。
強烈なGが派生するとともに速度を大きく損なうため現代では使用されない。
バーティカルクライムロール
垂直上昇しながら右ロールを行う曲技飛行。
ハンマーヘッドターン
別名ストールターン。真っすぐ立てた金づちの頭が真下にクルッと回る様子に似ている事からこの名が付いた。
敵機を追撃をかわす技と思われがちだが、垂直上昇状態で一旦空中で静止するため隙が大きく実際に使用されることはないらしい。
ダイブアンドズーム
垂直降下中に行うバレルロール。
キューバンエイト
ループ頂点付近で反転、降下後再度ループを行い空中で『∞』模様を描く航空機動。
バーティカルキューバンエイト
ループ頂点付近で反転、再度上昇しループ機動を行う事で空中に『8』の字を描く航空機動。
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うれしさのあまり千歳から発艦してしまいそうです!