17 ゲーム初心者の姉がとんでもないレアアイテムを入手した件について
本日一話目です。
「アイビス、おはよう!」
『おはようございますアスカ。今日は早いですね』
「フランとの約束があるからね。魔力草を採取したら一回落ちるよ」
今はゲーム内時間では昼だが、リアル時間では七時過ぎ。
いつも昼を過ぎてからログインしていたアスカにしては、ずいぶんと早いログインだ。
理由は魔力草の採取。
フランとの約束という面もあるが、金欠のアスカにとって採取しただけで数万ジルになる魔力草は美味しい資金源だ。
一日のうち採取の機会は午前と午後の二回もあるのなら、これを逃す手はない。
いつもは朝起きて朝食。その後宿題や家事の手伝いなどをしているのだが、朝食の後にわずかな時間を作りこうしてログインしたのだ。
「アイビス、お金とアイテムってどこに入れておけばいいの?」
アスカは部屋を一回り見渡した後、アイビスに尋ねた。
ログイン時はまずホームに入るのだが、アスカのホームは初期状態の殺風景な部屋。
どこにお金とアイテムをしまったらいいのかが分からない。
『押し入れの前まで行くとアイテムボックスのアイコンが出ますので、そこから収納出来ます』
「おっけ、ありがと」
アイビスのアドバイスで押し入れの前まで行くと、アイテムボックスの画面を開くことが出来た。
「余計なアイテムとお金は全部仕舞っておこう」
昨日はアイテム整理をしないまま出かけた為、大量のアイテムを廃棄する羽目になった。
その反省からアスカはこれからの採取では使わないジルやオークキングのドロップ品の類をすべてボックスの中に収納した。
もちろん、品質Aの魔力草を収納するのも忘れない。
残ったのはアサルトライフルのわずかな弾薬のみ。
だが、そのわずかな弾薬もアサルトライフルに装填するとなくなり、インベントリの中身は空になった。
インベントリの中がすっきりしたアスカは、気分もすっきりしたようで鼻歌交じりにドアへ向かう。
するといつものようにウインドウが表示されたが、そこには『ミッドガル広場』ともう一つ、『ラクト村』の選択肢が増えていた。
一瞬戸惑ったが、アイビスによると初めて訪れた村や町のポータルに触ると地点登録され、このホームから移動できるようになるという。
新しい町や村へは最初こそ徒歩や馬車など直接行く必要があるが、以降はポータルが使える。
待ち合わせや急ぎの時はポータル移動でパッと、時間があるときは散歩気分の徒歩や連絡馬車などを使ってのんびり旅気分を味わってみるなど、ランナーのスタイルに合わせてご自由にという運営からのメッセージのようだ。
『ただし、一部クエストなどではポータル間の移動が出来なくなる場合がありますので、注意してください』
「なるほど。いろいろ自由にしていいよってことなんだね」
アイビスの解説が終わったところでアスカはラクト村へ移動した。
ラクト村の広場は昨日同様賑わっていたが、心なしか昨日より人が少ないように感じる。
おそらくはまだ早朝だからだが、今いるプレイヤーのうち何人かは徹夜でプレイしていたのだろう。
すでに疲労困憊といった姿がちらほら見受けられた。
アスカはそんな彼らを横目で見ながら、山岳側の出入り口へ向かう。
途中、昨日フランが買ってくれたフルーツサンドを買おうかとも思ったが、今はあまり時間がないので午後にもう一度ログインするまで我慢することにした。
「あれだけ美味しいと、また食べたくなっちゃうよね」
空が大好きアスカといえども、そこはやはり女子高生。
甘くておいしいフルーツサンドの誘惑には弱い。
裏で運営が「計画通り」とほくそ笑んでいることは想像に難しくないだろう。
村から山岳への街道に出たアスカは、フライトアーマーを装着し、そのまま大空へ離陸していく。
それを見ていた周りのランナーたちが何か言ってはいたようだが、それはごく小さな声でアスカの耳に届くことはない。
山岳の合間をアスカは縫うように飛行し、高度を上げていく。
山岳自体それなりの標高を持っているが、ラクト村自体がそれなりの高さにあるため、必要な高度まで上昇することが出来た。
目的地は昨日オークキングと戦った高台にある天然の決闘場。
しかし、辺り一面山岳で似たような風景ばかりでこれといった目印もなく、その場所を探し当てるのは至難の業。
だが、アスカに焦る様子はなく、一度辺りを見渡すとアイビスに指示を出した。
「アイビス、ポイント表示。登録名魔力草」
『了解しました。登録ポイント、魔力草をアイコン表示します』
アイビスがそう言った後、アスカの視界前方に三角の矢印アイコンが表示された。
これは地点登録をした場所の位置を示すもので、今いる位置よりも北東、やや上を示している。
矢印が指し示す先には山岳には高台があり、その上で緑の逆四角錐アイコンがくるくる回っているのが見えた。
昨日、オークキングとの戦闘が終わった後、フランたちのアドバイスで魔力草の群生地だったその場所を地点登録しておいたのだ。
この登録された場所に行きたい時は、登録名を呼び出すことでナビアイコンが表示され方向を指し示し、登録地点では逆四角錐のアイコンが場所を示している。
広大なマップで、迷いやすい場所でも何度でも行けるように組み込まれたナビシステム。
「おぉ~、わかりやすい! これならどんな場所でも迷わないね」
アスカはナビアイコンの指し示す方向へ進路を変え、高度を合わせるとフライトユニットの動力をカット、滑空を開始する。
ポイントに近付いたところでフライトユニットの向きを変えエアブレーキとし、きれいに着陸した。
周りを見渡すと高台にはいくつもの採取ポイントが光を放っている。昨日採取しつくしていた魔力草の採取ポイントは、日が変わったことで回復し、再び採取できるようになっていた。
周辺にはモンスターの気配もなかったため、アスカは腰をかがめて採取を開始する。
「大量大量。これで午前中の分は十分だね」
手早くすべての採取ポイントでの採取を終えたアスカはホクホク顔。
今は魔力草バブルであり、この魔力草の買取価格が美味しいことになっているのは昨日体験したばかり。
どうしても口元が緩んでしまうのだ。
この場所に来られるのもフライトアーマーを使いこなすアスカとワイヤーアンカーで登ってこられるアルバの二人のみ。他のプレイヤーが何らかの手段でここまで来られるようになるまでは独占状態だ。
採取できたのは魔力草の他薬草が多数混じったが、それらは品質もあまりよくなかったので廃棄。
魔力草の採取を終えたアスカはまだ光って採取し忘れているポイントがないか確認した後、ログアウトするためラクト村へ向けて飛行を開始。
採取ポイントのある高台からラクト村まではほぼ時間を使わずに帰り着いた。
高台に来るまではフライトユニットの推力を使って上昇する必要があったが、帰るときは逆に降下する。
そのためフライトユニットは離陸時にしか使用せず、あとは滑空でスムーズに村まで戻ってこられたのだ。
村からポイントまで行き、魔力草を採取して帰ってくる。
山道を行く陸路を他のアーマーならかなりの時間を要するが、飛行できるアスカは一時間も経たないで往復してきたのである。
村に戻ってきたアスカは、足早にポータルへと向かうと朝のプレイを終了した。
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「姉ちゃん、朝からやってるの?」
ログアウトし、家事をしようと部屋から出たところで弟の翼と鉢合わせになった。
「うん。フレンドからの頼まれごとをちょっとね」
「もしかして魔力草?」
「え、なんで知ってるの?」
翼は受験生のため親からゲームを制限。
特に新作時間泥棒VRゲームであるBlue Planet Onlineは禁止されている。
その翼がなぜ今蒼空がゲーム内でしていることを知っているのか?
「ゲームは駄目でも、掲示板くらいは見てるって」
どうやら翼はプレイするときに備えて、掲示板で情報収集をしているらしい。
そして今MPポーションが不足し、原因が魔力草の品薄であることを知っていた。
採取が現状フライトアーマーでしか入手困難な場所であることも。
「今ゲーム内でフライトアーマーを使ってるの姉ちゃんくらいだし。魔力草独占は美味しいよね」
そう言って悪い笑みを浮かべる翼。
蒼空はそんな翼の頭を軽く小突く。
「そんな悪い顔しないの。まぁ、お金が美味しいのは確かだけど」
「で、姉ちゃんそのお金何に使うの? 装備?」
「まずは畑かな」
「は、畑ぇ!?」
蒼空が大好きで空を飛ぶためにこのゲームを始めた姉。その姉がなぜかゲーム内で畑を始める。
その関連性のない行動を姉がする意味が分からず、脱力した声を上げる翼。「なんで姉ちゃんが畑なんてやるのさ」と聞いたその回答で、翼は驚愕する。
「品質Aの魔力草が手に入ったのよ」
そのありえない言葉で翼は直立不動のまま固まっていた。
「ちょっと、翼、翼?」
蒼空が固まった翼の目の前で手を振り、意識を確認する。
しばらく反応がなかったが、何度か繰り返したところでようやく翼が再起動した。
「ね、姉ちゃん、ちょっとこっち来て」
「え、な、なに?」
翼は蒼空の腕をつかむと廊下からリビングへ移動し、ソファーに座るよう促すと詳しい説明を求めた。
蒼空には何故翼がそんなに慌てるのか理解できなかったが、べつに隠すことでもないので品質Aの魔力草を入手したいきさつを翼に説明。
高所落下からの生存で【強運】スキルを得た事。
フランと出会い、ガイルド山岳へ魔力草を取りに行った事。
そこでアルバと出会い、フライトアーマーでしか行けない場所へ案内されオークキングと戦闘になった事。
高台は魔力草の群生地であり、【強運】スキルの能力で品質Aの魔力草が入手できた事。
「……という訳なんだけど。翼?」
あらかた説明し終えたところで隣に座っていた翼のほうを見たが、翼は呆れた表情をし片手で頭を抱えていた。
「なんというか……姉ちゃん、ゲームの神様に愛されてるんじゃない?」
「どういう事?」
「とてつもないレア物を手に入れたって事。そのアルバって人の言う通り、品質Aの取り扱いには十分注意した方が良いよ」
「そ、そんなに?」
「そんなに」
翼は掲示板でMPポーションと魔力草が手に入らないランナーたちの阿鼻叫喚を見聞きしている。
そこに品質Aの魔力草などという爆弾が投下されたらどうなるか考えただけでも恐ろしい。
無駄なトラブルは避けるのが吉なのだ。
翼は蒼空に取り扱いには十分注意すること、使い道は一人で考えずフランとアルバ、そしてアイビスのアドバイスを受けてから考えるよう念押しをした。
ゲームに疎く、空にしか興味がないこの姉ではちょっとした不注意で大炎上しかねない。
姉には存分にゲームを楽しんでもらいたいのだ。
「でもいいなぁ。姉ちゃん、ゲーム楽しめてて」
「ふふふ。最初にいろいろ教えてくれたからだよ。ありがとね、翼」
蒼空は笑いながら答えた。
翼が最初に気を利かせて初期スキルのアドバイスをくれたからこそ、これだけゲームを楽しめているのだから。
最も、姉から嘘偽りのない笑顔と感謝を向けられた翼は照れくさくなったのかそのままふいっとそっぽを向いてしまったが。
「受験が終わるまでの辛抱だよ。終わったら一緒に遊ぼうね」
「ちぇっ。俺がゲーム始めたら姉ちゃんなんかすぐに追い抜いてやるよ」
翼はそう言うと立ち上がり、冷蔵庫から飲み物を取り出すと自分の部屋に戻っていった。
やれやれと言った表情で翼を見送った蒼空は、遅くなってしまった午前中の家事を片付けるべく、台所へ向かうのだった。
感想、評価、ブックマークなどいただけましたら作者が嬉しさのあまり新千歳空港から飛び立ちます。