8 アスカの決断
アスカが『Blue Planet Online』におけるすべての街と村からリコリスの球根を買い占めた翌日。
学校を終え即座に帰宅し、ログイン。
畑を作り待っていてくれたハルと共に一㏊の畑の半分に球根を埋める作業をしていた。
「マスター、オーレアは何処に植えるのー?」
「オーレアは真ん中左寄りにしよう! 赤いラジアータが多いから、それを中心に!」
「分かったなのー!」
ハルが耕し、細い紐を格子状に張ることでグリッドを作成。
アスカのイメージと指示のもと、様々な品種のリコリスを等間隔で埋めて行く。
今日のプレイ時間の大半をつぎ込み行った球根の植え付け作業。
長時間の屈み作業でも足も腰も全く痛くならず、汗もかかないのはゲームだからこそ。
全ての球根を植え終えた頃には日が陰り出す寸前。
あとは植えた球根たちに水を与えれば終了と言う時。
畑の出入り口、柵の向こう側に見慣れた顔が並んでいるのに気が付いた。
「マスター、お客さんなの?」
「そうみたい。ハル、後お願いしてもいい?」
「任せてなの!」
そうして水やりをハルに任せ、畑の出入り口へ駈け寄るアスカ。
そこにいたのは……。
「いらっしゃいキスカ! それにファルクにクロム?」
「えぇ。少し貴女と話がしたくて」
「少しばかり時間いいかのう?」
「うん、いいよ。今許可出すね」
畑を訪れたのは昨日も遊びに来た鬼人のガンナーキスカ、イケメンエルフのファルク、そして老兵クロムだ。
ファルクとクロムはここに来るのが初めてであるため、アスカが許可を出さなければ中に入れない。
すぐさまメニューを開き許可を出してから三人を引き入れ、小さな小屋の中で三人の要件について聞く事となった。
アスカ自慢のハーブティを入れ、綺麗なティーカップに注ぎそれぞれの前に差し出す。
全員が香りを楽しみ、コクリと一口飲み込んだところで、ファルクが切り出した。
「それでアスカ、今日私達が来た理由なのですが……」
「うん、だいたい察しは付いてるよ。クラン加入についてでしょう?」
「ふむ、理解が早くて助かるわい。そういう事じゃ」
「ごめんねアスカ。事情が事情だから早めに決めた方が良いと思って」
「ううん、キスカありがとう」
そう、昨日の騒動について、キスカがクロムとファルクに相談してくれていたのだ。
アイビスの警告と運営からのペナルティが盾となってくれてはいるが、いつまた暴走して加入を強制してくる者が出るか分からない。
アスカの身の安全を考慮し、キスカがこうして次期アップデートでクランを立ち上げクランマスターとなる二名を連れてきたのだ。
「事情はキスカとアルバから聞いています」
「自らが言うのもなんじゃが、わしとこやつのクランはおそらく上位のクランになるじゃろう」
「βテスターなどを中心に声をかけていまして。前向きな返事も多いですし、向こうから加入申請をしてる者も多いです」
「私達かクロムのクランなら貴女を雑に扱ったりすることはないし、下手に手を出す馬鹿も少なくなるでしょ」
ファルク、クロムは先のイベントでの功労者であり、他のVRMMOでもクランマスターやギルドマスターを担ってきたこともある。
実績と経験はイベントでの指揮能力を見れば嘘偽りがない事は明白。
その後はしばらく二人からそれぞれのクランの概要と方向性を説明される。
ファルクのクランは彼をマスターとし、キスカや重装兵アルバ、二刀アタッカーのホーク、某国潜入工作員のようなイグとその愉快な仲間達とそうそうたる面々が並ぶ。
そしてクロムの方はと言えば、どうやらクロムと同じような老兵アバターが多く加入する傭兵クランのようなものになるという。
見かけこそクロムと同じく老兵だが、その中身はクロムと同様βテスターであり、数数多のVRMMOをプレイしてきた猛者ぞろい。
能力はファルクのクランに引けを取らないだろう。
「それと、クランに入るにあたりアスカにお願いしたいことがあります」
「お願い?」
「そうじゃ。これについてはワシのところもファルクのところも変わらん」
「と、とりあえず内容を聞かせてもらえる?」
確かにクランに入るのは強引な他クランからの勧誘を抑えてもらうためであり、アスカはいわば保護してもらう形になる。
執拗に迫ってくる分からず屋に対しクランが盾となり、アスカを護るという事だが、考えてみると守ってもらうのにこちらは何もしないというのは確かに気が引ける。
それでもさすがに二つ返事は出来ないと、二人に説明を要求。
「難しい事ではありません。貴女にクラン結成後作られるフライトアーマー飛行隊の教導をお願いしたいんです」
「え、わ、私が?」
「うむ。今全ランナーの中で最も飛行技術に優れているのはお主じゃ。頼む」
「えぇ……」
「アスカ、受けた方が良いよ」
「キスカ?」
難しい顔をするアスカに、横からフォローを入れたのはキスカだ。
その顔はお茶会をするときのような穏やかなものではなく、真剣そのもの。
「フライトアーマー使いが増えれば、アスカへの勧誘も無くなるから」
「どういう事?」
何故同じクランの仲間に飛行技術を教えるだけで勧誘が減るのか分からず首を傾げるアスカ。
そんなアスカへ向け三人は力強く続ける。
曰く、アスカへの勧誘はフライトアーマーで飛べるランナーの絶対数が少ないことに起因する。
ヴァイパー、ヘイロー両チームを除けばまともに飛行できるランナーなどごくわずか。
そんな彼らが人に飛行方法を教えることなど不可能。
だからこそ、クランマスター達はアスカを執拗に勧誘するのだ。
しかし、ここでアスカが他のランナーに飛行を教えればどうなるか?
フライトアーマーで空戦が出来るほどまでに飛べるランナーが増えれば、フライトアーマー使用者が欲しい他クランマスターたちはガードが堅いアスカよりもそちらに引き抜きをかけるだろう。
それは他クランにフライトアーマーの飛行ノウハウを渡す形になるが『Blue Planet Online』の規約ではリアルマネートレードなど苛烈な引き抜きでない限りクランの加入、脱退は自由。
クランマスターと言えども止めようがない。
「なんか、それって」
「ま、言っちゃえば囮か生贄よ」
「そ、そんなあっさり……」
喉から出かけたがそのまま飲み込んだワードをためらいもなく言い放つキスカ。
だが、周りを見れば他二人も真面目な顔をして頷いている。
「真面目な話、貴女の代わりを差し出すくらいしか勧誘を抑える手がありません」
「そうじゃの。無視しておってもフライトアーマー使用者はいずれ増えるじゃろうが、アレは如何せん癖が強すぎる。すぐには無理じゃて」
「むうぅ……」
「あと、もう一つお願いしたことがあるのですが……」
「まだあるの?」
「そちらはおぬしが加入、未加入にかかわらず頼みたい事じゃ」
「それは何?」
「魔力草の種を売っていただきたいのです」
「えっ?」
二人が頭を下げ、アスカに頼んだのは魔力草の種の売却。
高品質の物は未だ数が少なく、絶対量が足りない。
次のイベントへ向けての備蓄、ダンジョン攻略での使用などを考えると、高品質MPポーションの確保は絶対だ。
市場ではようやく品質Cが出回り始めた程度で、ごくまれに品質Bが法外な値段で売られている。
アスカの持つ品質Aは今だ誰も持ちえない戦術級アイテムなのだ。
「ポーションの方じゃなくていいの?」
「ポーションだと毎回アスカから使用分を買わなければなりません」
「それにじゃ、いずれお主が高品質MPポーションを持っとることもバレるじゃろう。これ以上の面倒ごとは御免蒙るのではないか?」
「それは……確かに」
正直、アスカが高品質のMPポーションを持っているだろうという噂は絶えていない。
滑空やMP上昇、回復のスキルを計算に入れたとしても、飛べる時間が長すぎるのだ。
そうなるとやはり考えられるのはMPポーション。
それもDやCなどの物ではなく、もっと高品質、かつそれを大量に所持。
今はまだ大丈夫であったとしても、いずれは気付かれる。
自由に空が飛びたいだけのアスカにとって、これ以上のトラブルはクロムの言う通りご遠慮願うところ。
アイビスやキスカに相談してみても、今後を考えればやはり売った方が良いという結論。
クラン加入は近いうちに結論を出すことにし、売却するのも品質Aの種に決まった。
問題はその値段。
「……アスカ、これ桁を間違えていたりとかは」
「ないよ」
「むうぅ……もう少し何とかならんか? これは個人で払える金額ではないぞ?」
「アイビスが出したまっとうな金額だよ。私にはどうにもできないよ」
そう、アスカが彼らに提示したのは完全に法外となる値段だったのだ。
それこそ、イベントのMVP報酬で補填したとしても到底支払えるようなものではない金額。
「二人とも、大人げないわね。レアアイテムや有料ポイントじゃなくジル払いなんだから即決しなさいよ」
「キスカ、貴女はどちらの味方なのですか?」
「おぬしもこの金額は見たじゃろうて……このおなご、ワシらの尻の毛まで抜く気じゃぞ」
あまりの額に顔をしかめるファルク、クロムに釘を刺したのはキスカ。
アスカが提示した金額はゲーム内通貨ジルでの金額。
収集が難しい激レアアイテムとのトレードや有料ポイントなどではない分、確かに温情ではある。
あるのだが、二人の顔はいまださえない。
『現在の魔力草、MPポーション、種の相場を参照にした結果です』
「時価だからねぇ……」
「しかし、種一個でこの値段は……」
「もう、ウジウジしない! 半月もすれば百株以上になるんだし、有料ポイントで畑とコロポックル雇って大量生産、市場に流せばすぐに元が取れるでしょ!」
「あい分かった、買おう。元より、結論は初めから決まっておるのじゃ!」
「私の方も了解です」
「うむ、それでよい!」
本来ならばファルク達側のはずのキスカだが、今この場においてはアスカの交渉役、ネゴシエーターとなって二人に決断を迫っていた。
そして苦悶の表情から一変。
覚悟を決めたクロムが叫び、がっくりと項垂れ全てを悟って諦めたファルクも金額に合意。
さすがにこの法外な金額をすぐに支払うことは不可能な為、後日改めて取引するとこに決め、キスカを含めた三人はアスカの畑を後にした。
日はとうに暮れ、空には秋の夜空の星々たちが美しく輝いている。
普段ならそのままナイトフライトと意気込むところだが、今日ばかりはそんな雰囲気にはなれなかった。
「アイビス、メラーナはログインしてるかな?」
『ランナーメラーナ。ログイン確認中……ログインしているようです』
「そっか、じゃあ繋いでもらえる?」
『了解しました』
既にかなり遅い時間ではあるが、アイビスに頼みメラーナにフレンドコールをしてもらう。
《はい、メラーナです。アスカさん、どうしました?》
「遅い時間にごめんね。ちょっと聞きたいことがあって」
《はい、なんでしょう?》
「メラーナはクランどうするの? どこかに入るの?」
《クランですか? 私達はリアルの友達と組む予定ですよ》
聞けば、メラーナ達は同じ学校や習い事などでのリアル友達らと共にクランを結成する予定らしい。
無論、友人たちが必ず『Blue Planet Online』を購入できるわけではないが、リアルを知っている相手同士ならばコミュニケーションを取りやすいという事からその方向性で動いているという。
そして、イベントではメラーナ達と行動をともにしたホロはメラーナ達同様、初回の抽選で漏れた地元のリアル友達とクランを結成するとの事だ。
「やっぱりみんなクランに入るんだね」
《アスカさんはどこかに入るんですか? あ、良ければ私達のクランに来てください! 皆歓迎してくれますよ!》
「あはは、さすがにそれはちょっと」
《大丈夫ですよ、皆アスカさんがイベントで飛ぶ姿を動画で見てますから!》
「いやいや、買いかぶり過ぎだって」
その後、しばらくメラーナと他愛のない話をして通話終了。
再度夜空を見上げる。
「クランかー……」
先日話をしたフランによれば、イベントで愛馬タービュランスと共に戦場を駆けたマルゼスらも、アームドビーストを相棒に持つランナー達を集めてクランを作るという話だった。
ヴァイパーチームやヘイローチームは分からないが、彼らほどに空が飛べればどのクランも両の手を振って歓迎してくれるだろう。
「……うん、決めた。アイビス」
『はい』
「コールをお願い」
『了解しました。どなたにお繋ぎしますか?』
「コール先は……」
翌日。
クランシステム実装で最も去就が注目された人物、リコリス1のクラン入りが当該クランはおろか『Blue Planet Online』公式からも大々的に発表された。
アスカ、ゲーム内長者番付ダントツトップに急上昇。
明日は皆さんお待ちかね掲示板回です!
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまり信濃から発艦してしまいそうです!
第二部開始がコミックになりました!
作画 茜はる狼様
大空に飛び立つアスカの笑顔、ご堪能ください!
https://mobile.twitter.com/fio_alnado/status/1414064463934750724