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6 優先権

現実世界でのお話になります。


 九月一日。

 未だ残暑は厳しい中。長かった夏休みが終わりを告げ、新学期となり蒼空の通う高校にも新学期が訪れていた。


「おはようございます」

「おはよ~」

「うーっす」

「おはよう! 朝から暑いよぉ」


 夏用の制服に身を包み、次々と登校してくる生徒たち。

 夏の残暑に朝から気が滅入っている者、暑さなど気にせず元気いっぱいの者、夏休みで夜更かししてばかりだったのだろう眠そうな者、宿題を終わらせていないのか新学期だというのに絶望に包まれている者など、多様な表情をもつ生徒たち。


 そんな中、いまだ登校時間があるのにジョギングでもするかのように校門へ向けて走ってくる少女の姿があった。

 そう、現実世界でも元気いっぱい。蒼空である。


 蒼空は駆け足のまま校門を抜け、お目当ての人物へむけ挨拶を行った。


「日奈、おはよう!」

「あ、蒼空。おはよう、ひさしぶり!」


 蒼空が声をかけたのは友達の宮本日奈だ。

 小学生の頃からの付き合いであり、それをきっかけに家族ぐるみでの友好関係も持つ、気の置けない大事な友人。

 例年、夏休みは二人で遊ぶ機会が多かったのだが、今年は様子が違っていた。

 蒼空がVRゲーム『Blue Planet Online』にドはまりし、時間の許す限りこれで遊んでいたためだ。


 さすがにレイドイベント『オペレーションスキップショット』が終わった後は溜まっていた宿題などの消化の為プレイ時間は減ったが、それでも日奈と遊ぶ時間までは作れなかった。


 そんな事情を話しつつ、二人で靴を履き替え、教室へと向かう。

 すると途中で二人連れの男子生徒とすれ違った。

 なんということもない、学校生活ではよくある出来事。

 だが、彼らが蒼空たちを見つけると視線がこちらに釘付けとなり、何かに見とれるような視線を向けてきた。


 それは夏休み前までは気付かなかった、異性はおろか、同性からも向けられる熱い視線。

 生足ホットパンツと言うスタイリッシュな服装でゲームの中を駆けた蒼空、アスカだったからこそ気付いた視線。


 しかし、ここはリアル。

 今の蒼空は学校指定の制服で生足ホットパンツではないし、肩出しノースリーブと言う訳でもない。

 なにより男子生徒の視線は蒼空ではなくその横。

 日奈へと注がれていたのだ。


 男子生徒達は何か言葉をかけるでもなく、そのまますれ違うと視線を前に戻して歩き去っていった。


 その様子をただ見ていた蒼空。

 隣を見ると、日奈が少し陰のある表情で俯いていた。


「日奈、大丈夫?」

「……うん。こんなもの重いだけで役に立たないのに」


 元々、日奈は同世代に対して小柄な体格をしている。

 それは同い年である蒼空が隣にいても頭一つ低い身長からもうかがえるが、問題はそれに反して同世代以上に育ってしまったものがある。


 豊満に育ってしまったバストだ。


 『Blue Planet Online』内で蒼空が知る限り一番バストが豊かだったのはロビンだが、彼女は長身モデル体型でそれだったのだ。

 それに対し日奈は年齢より幼く見える風貌に対し、大人顔負けのバスト。


 いつも元気いっぱいな蒼空とは対照的に、引っ込み思案で大人しい性格の日奈。

 元々の性格に加え、多感なこの時期に異性から向けられる下賎な視線を浴びるには、彼女はまだ肉体的にも精神的にも幼過ぎた。

 もともと怖がりだった性格も歳を重ねるごとに自分を見つめる視線から逃げるように悪化。

 今ではあまり外に出歩かなくなってしまった。


「早く冬にならないかな……そうすれば隠せるのに」

「この時期は厚着できないものね」


 日奈を護るように彼女の前へ出る蒼空。

 これは中学時代、彼女が他人の目を気にしだすようになってから自然発生したルーティーン。


 日奈のボディーガードとなりながら彼女のクラスの前まで移動。

 そこで日奈とは別れ、蒼空も自分のクラスへと歩みを進める。


「おはよう、みんな久しぶり!」

「おはよう青木さん! 今学期もよろしくね」

「二人ともおはようー」

「青木さんは今日も元気だね」


 教室へ入り同級生らに声をかけ挨拶を行い、着席。

 今日は夏休み明けの始業式という事で午前中。

 それも暑い体育館と言う密集サウナの中、校長先生のひどく長く有難いお話しを聞くという大事な授業が待っている。


 気が滅入りそうになりながらも次々と登校してくる同級生らのと挨拶を交わし、鞄から提出物を出してゆく。


 そうしていると聞こえてきたのが同級生たちのこんな声だ。


「なぁ、お前『Blue Planet Online』買ったんだろ? どうだった?」

「いや、あれマジでやべぇよ。半端じゃねぇ」

「まじかー、クソッ、俺抽選外れたからなぁ」

「『Blue Planet Online』? あれイベントが相当ヤバかったってネットで話題になってたぞ」


 夏休み前までは気にも留めなかったであろう同級生、それも男子生徒のゲームの話題。

 だが、今の蒼空は聞き流すことが出来ず、顔は向けいないまでもついつい聞き耳を立ててしまう。


「すごかったぞ、赤とんぼに黒田に島津にハエトリグモにアラクネだ。もう無茶苦茶だった」

「は?」

「なんだそれ。おい、もっと詳しく聞かせろ」

「いいぜ、担任が来るまで存分に聞かせてやるよ」


 そうして始まる、自慢にも似た男子生徒の武勇伝。

 次第に他の生徒も集まってゆき、所々で『リコリス1』『フライトアーマー』と言う声も聞こえてくる。

 内容も「すごかった」「かっこよかった」「惚れた」「俺もあんな風に飛びたい」など大絶賛。


 ゲーム内でMVPを取った自覚は蒼空にはないが、リアルで身近な人からその名を聞くと、つい頬が緩んでしまう。

 なお、この事に対してはアイビスから『絶対に名乗り出ないでください』と厳重注意されている。


 レイドイベントで一躍時の人となった、なってしまった蒼空なのだ。

 現実世界におけるリアル割れは極めて危険。

 故に、何があっても絶対に名乗り出るなと言われているのだ。


 蒼空も普段温厚なアイビスから語気を強くしながら強く深く説明された事には納得し「ゼッタイにばらさない」と強く約束している。

 その為、あの輪の中に「私がリコリス1だよ!」なとどいいながら突っ込む気はない。さらさらない。

 ……のだが、同年代の男子生徒から賞賛を浴びれば蒼空も年相応の女の子。

 ついつい笑みがこぼれてしまう。


「青木さん、何かいいことあった?」

「えっ!?」

「一学期では見たことない笑顔してたから」

「あ、そ、そう? あははは……」


 頬が緩みっぱなしなのを女子生徒に指摘され、そのまま笑ってごまかす蒼空。

 このままではバレるかもしれないと感じた蒼空は男子生徒たちの会話をシャットアウト。


 その後残暑の熱気でサウナとなった体育館で汗をダラダラに掻きながら全校集会を行い、教室に戻ってホームルームを終え、日奈と共に帰路につく。


「……ねぇ蒼空。『Blue Planet Online』って蒼空のやってるゲームだよね?」

「うん、そうだよ。たくさん空が飛べてすっごく楽しいんだよ!」

「今日、男子が話してたんだけど、キャラメイクって言うのが出来るの?」

「うん、出来るよ」

「そっか……」


 そんな時日奈から問われた内容。

 それとなく聞いただけなのか、そのまま黙ってしまう日奈に意味が分からず首を傾げる蒼空。

 しばしの沈黙の後。日奈は再度首をあげ蒼空を見据えて、言う。


「……蒼空、私もそのゲームできないかな?」

「えっ、日奈もやりたいの!? うん、やろう! 一緒に空を飛ぼうよ!」

「えっ、あっ、待って蒼空、私は……」


 大事な友人から『Blue Planet Online』をやりたいと聞いた空はそれだけでテンションマックス。

 日奈も私と同じで空が飛びたいんだ! と子供のように大はしゃぎ。


「でも蒼空、このゲームってすごい人気なんでしょう? 予約しても抽選だって男子たちが話してたよ?」

「ああーーーーっ!」


 そんな蒼空に釘を刺す日奈。

 瞬間、それまで全身で喜びを表していた蒼空の動きがピタリと止まる。


 初期生産分を抽選で勝ち取った蒼空には認識が薄いが『Blue Planet Online』はイベントもあって評判がかなり上がっていた。

 さらに、丁度この日から二次生産分のPVやCMも流れるとあって、下手をすると倍率は前回を上回る。


「ダメ元で予約はしてみるから。抽選通ったら一緒に遊ぼ?」

「うぅ~そんな未確定な……なにか確実に、そう、優先的に……あれ?」


 そこまで考え、再度蒼空の動きが止まる。

 『Blue Planet Online』、『二次生産』、『購入』、『抽選』、『優先』。

 これらのキーワードを、つい最近見聞きした覚えがある。


 イベントで得たポイントをエグゾアーマーの素材と交換後、余ったポイントをどう使おうかと考えていた時。


 限定品、お一人様一つまでというキャッチコピーに惹かれ、使用用途も考えずに買ってしまったアイテム。

 そう『Blue Planet Online二次生産優先購入権』だ。


 優先購入権の事を思い出した蒼空は、大声を上げ日奈へ視線を向けると、驚いている彼女の肩をがっしりと掴む。


「日奈、買える! ゲーム、確実に買えるよ!」

「えっ、どういう事?」

「実は……」


 日奈を肩を叩いたり揺すったりしながら、蒼空は説明を行った。

 先のイベントでかなりのポイントを貯めた事。

 そこで『Blue Planet Online二次生産優先購入権』をポイントで購入した事。

 購入したはいいが、使い道が未定だった事。


 これには日奈も「……蒼空がイベントで頑張って手に入れたのに、貰えないよ」と固辞するも「いいの、使い道がないんだから!」と蒼空が一歩も引かない。

 蒼空と付き合いが長い日奈は蒼空が一度こうなると並大抵では引かないという事は知っている。


 自分が言い出した事に加え本当にプレイしてみたかったと言う事も加わり、結局日奈が折れ蒼空の優先購入権を使わせてもらうことになった。


「でも蒼空、それどうやって使うの?」

「それはね! ……私も知らないや」

「ふふっ、蒼空らしいね」


 基本的に蒼空は直感と勢いで進んで行く女の子だ。

 日奈がどうするのかな? と思ってみていると、おもむろにスマートフォンを取り出し、どこかへ連絡を入れ始めたではないか。


「あ、アイビス? 私、私!」

「えぇ……」


 蒼空、それ一昔前にあった詐欺の手口だよ?

 通話中の蒼空に直接言う事も出来ず、日奈は心の中でツッコミを入れた。


「うん、私だよ! でね、この間買った『Blue Planet Online二次生産優先購入権なんだけど……そう! さすがアイビス、話が早いね」


 通話を盗み聞きするのも悪いとは思うが、この近距離だ。

 どうしても内容は聞こえてきてしまう。


 蒼空が日奈に優先権を使いたい事を通話先の相手に話すと、問題はないようでそのまま日奈の住所と支払方法の選択を要求。

 住所は既に蒼空が知っており、支払い方法も決めると通話を終了。

 満開の笑顔を日奈へと向ける。


「やったね日奈、これで一緒に空が飛べるよ!」

「あ、えっと、ありがとう、蒼空。ゲームを始めたら飛び方教えてね」

「任せて!」


 お互いの顔を見合って、屈託のない笑顔で笑いあう二人。

 それは何処にでもある、しかし掛け替えのない、誰が見ても思わず頬を緩めてしまうような微笑ましい風景だった。


たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!

嬉しさのあまり瑞鶴から発艦してしまいそうです!


第二部開始がコミックになりました!

作画 茜はる狼様

大空に飛び立つアスカの笑顔、ご堪能ください!

https://mobile.twitter.com/fio_alnado/status/1414064463934750724

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― 新着の感想 ―
[一言] 弟君やパパさんは?! 話の流れ的にその二人のどちらかに譲るものかと思ってましたが… ああでも、付き合いの長い親友と一緒に!と考えるのもアスカらしいか。 ところで『フライトアーマーで空を飛…
[良い点] 新キャラ! ゲーム内ではどんな格好になるんだろ。 [気になる点] この流れだと新キャラの子もフライトアーマー使いそう 使うならレイバードで心折れなきゃいいけど リコリス2爆誕なるか [一…
[一言] 更新お疲れ様です! 新学期…早速話題に上がっているアスカちゃんとアイビスさん、そしてまたもやアイビスさん、貫禄の保護者だぁ、、、、 お!ここで優先権!使用ですか!友達参戦、、、けど希望は聞こ…
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