4 リコリス1争奪戦
「いやぁ大変な目にあったねぃ」
「ほんと、いきなりだったからびっくりしたよ。一体何だったんだろう」
一連の騒動のあと、アスカ達は予定通りフランの露店までたどり着いていた。
道中数名から同じように声をかけられるも、すぐさまアルバ達とアイビスが警告音と共に対応。
騒ぎに巻き込まれることなく無事フランの出店へと到着。
アルバとキスカは事態をGMへ通報するとともにファルク達へ知らせるという事で場を後にし、今はアスカとフランの二人だけだ。
「うーん、しかしやっぱりこうなったかぁ」
「あれ、フラン何か知ってるの?」
「うん。アスカが欠席した授賞式で今後のアップデート内容が告知されてさぁ」
「アップデート内容?」
またも聞きなれない言葉に首をかしげるアスカに、フランは細かく説明してくれた。
曰く、二次生産分の出荷と第二陣、マップの拡張、上位Tierの実装、ミニイベントの開催などなど。
そしてその中でも一番問題となったのがクランシステムの実装だ。
「あ、また出たその言葉。フラン、クランって何なの?」
「ふふふ~、それに関しては私より向いている人がいるんじゃない?」
「向いている人?」
『……お答えします』
「アイビス!」
疑問があれば出てくるアイビス。
そこにはもはや様式美すら感じられる。
『クランシステムとは言ってしまえば大規模なチームの事です。クランを作ったランナーをクランマスターとし、複数のランナーがクランに参加することで規模を大きくしていきます』
「ふむふむ。それでそれで?」
そこからもアイビスの説明が続く。
メリットとして情報やアイテムの共有、補助。クランメンバーと小隊を組んでの攻略や戦闘訓練など多岐に渡る。
が、アスカはここまで聞いても腑に落ちない。
「それで、どうして皆が私にこぞってクラン加入を願ってくるわけ?」
「にゃ~、それは簡単だよぉ。アスカがイベントで何をしたのか思い出してみなぁ」
「ん~?」
私がした事? とアスカは首をかしげて思い出す。
「……ずっと飛んで索敵してただけだよね?」
『…………』
「ふふふ、アスカらしいねぃ」
面白い事を聞けた、とクスクス笑うフラン。
アイビスは何も言わないが、もし体があれば額に手を当て呆れていたことだろう。
「でわでわ、そこから先は私が説明しよぅ」
笑みをそのままに、フランはアスカに今のランナー達の状況を教えてくれた。
そもそも、アスカ自身に自覚はないが『ずっと』飛び続ける事が出来るのは全ランナーを以てしてもアスカ一人だけなのだ。
それはアシストポイントで二位にトリプルスコアと言う形で表れており、これを見ただけで分かる人間にはすべてわかる。
協力体制がより強固となるクラン運営において今イベントで名を上げたフライトアーマー、航空戦力の確保は最重要。
しかし、これまで『フライトアーマーは最弱』としてきた他ランナー達にすぐにフライトアーマーを実戦投入、戦力化できるだけのノウハウやスキル、設計図はない。
それこそまったく『ない』のである。
だからこそたどり着く、幼稚園児でも考えつきそうな簡単な結論。
『リコリス1を引き入れればいい』。
そこまで説明され、アスカの顔に明確な嫌悪感が現れる。
「えぇー、そんな事の為にみんなあそこまでやるのぉ……」
「にゃはは、アスカに自覚がないだけで、みんな必死なんだわさ。それに……」
「まだあるの?」
もう勘弁してよ、と言う雰囲気のアスカに、フランは頷き言葉を続ける。
「クランが出来るってことは、その先に当然クラン同士の対戦があるって事なのさぁ」
「対戦……?」
今まではランナー、人であるPlayerと敵モンスター、いわゆるMobとの戦い、PVMであった。
が、クランが実装されたという事はその先のクラン同士、人同士の対戦PVP、Player Versus Playerが実装されたとほぼ同意なのだ。
クラン実装直後はまだPVPはないかもしれないが、いつかは確実に実装されるだろう。
それは他のVRMMOを見れば一目瞭然。
声高らか、テンション高めに話すフラン。
PVPとなれば戦略、知力、プレイヤースキル、全てをもって勝ちを取りに行く真剣勝負。
聞く人が聞けば武者震いから沸き立つ興奮を抑える事が出来ないほどの事柄なのだ。
が、しかし。
渦中のアスカは眉間にしわを寄せ、関心もなければ興味もない顔をしていた。
「ん~アスカはやっぱり……」
「興味ない……」
だが、これがある意味アスカへ他ランナー達が押し掛けた理由でもある。
PVPが実装されたと仮定。
すると『Blue Planet Online』のゲームとしての性質、方向性を考えれば先のイベントのような大規模対戦型があることは確実。
そうなるとやはり重要になってくるのが制空権の確保だ。
エグゾアーマーたる機械の鎧と銃、火砲、魔法と言った遠距離攻撃のある世界。
ランナー一人一人がある意味戦車、装甲車であり、現実世界との共通点も多いのだ。
だからこそ絶対的に必要となる、制空優勢の確保。
これの有無で戦場が天と地ほどに様変わりする。
イベントで血みどろの強襲上陸戦を繰り広げたランナー達は、この事をその身をもって嫌と言うほどに味わっている。
故にイベント完全勝利の立役者、飛行型ネームドエネミーですらタイマンで撃墜するほどの技量を持つアスカを求めるのだ。
……ま、それだけじゃないんだけどねぃ。
先ほどから説明を聞いて何か考えては表情をコロコロと変える百面相アスカを横目で見ながら、心の中でそうつぶやくフラン。
彼女にはアスカには言えない、クランマスター達がアスカを求める最後の理由を知っている。
それはアスカではなく、彼女に付随するある意味では最大の魅力。
――イベントでアスカと共に空を駆けたランナー達とフライトアーマースレ住人のほとんどが、彼女の動向を見守っているのだ。
理由は簡単で、皆アスカ、リコリス1と共に空を飛びたいと願っているから。
フライトアーマースレに端を発する飛行狂、リコリス1ファンの大勢は長時間飛行を可能とし、イベントで強さと美しさをまざまざと見せつけ、さらには手法まで伝授してくれたリコリス1を『女神様』『空神様』『天上の花』として崇めている節がある。
当然クランシステムなんてものが実装されれば皆考える事は同じ。
『リコリス1と同じクランに入る』だ。
その数、数千。下手をすれば万単位。
それこそアルディド以下ヴァイパーチーム、ヘイローチームですらそうなのだ。
つまり、彼女を迎え入るというのは必然的にフライトアーマー一航空師団を引き入れる事と同義。
クランマスター達がレッドネーム覚悟でもアスカに詰め寄るわけである。
「ねぇフラン、アイビス、何か対策はない?」
いろいろ考えたが、万策尽きたアスカは泣きそうな表情でフランとアイビスに問いかける。
すると、フランはこれまた自信たっぷり気にアスカに返した。
「あるよぉ! クランに入ればいいのさぁ!」
「……は?」
『……私が説明しましょう』
クランの勧誘から逃げるにはどうすればいいかと言う問いにクランに入れ、と言う明らかに矛盾した回答を出したフラン。
あまりの食い違いっぷりに思わず素っ頓狂な声が出てしまったアスカに、やむなしと言う口調でアイビスが答えた。
『今、アスカが勧誘されているのも貴女がどこのクランにも所属していないフリーのランナーであることに起因します』
「え、どういう事?」
つまり、皆が違反紛いの勧誘を行うのもアスカがクラン未所属のランナーだからなのだ。
逆にどこかのクランに入ってさえしまえば、クラン所属となったアスカを勧誘する事はアスカ個人ではなくその上、クラン同士の問題に発展する。
『クランに所属しているランナーを強引に引き抜くのは明確な違反行為になります』
「それこそクランマスター、クラマス同士、はてはクランそのものの対立になるねぃ」
「わ、私が争いの火種になるの!?」
アスカ本人からしたらはた迷惑この上ない話だが、一度クランに入ってしまえばその後はクランそのものがアスカを護る盾となるのだ。
こうなるとおいそれと勧誘を行うことは難しく、強引に引き抜きをかければクラン同士の対立、はては運営案件となる可能性が高い。
それがこのイベントで一躍時の人となったアスカがかかわるのであれば尚の事。
「むぅ……何とかならないのかなぁ」
「ん~、有名になった有名税と思うしかないんじゃにゃいかにゃあ?」
「アイビスぅ……」
『申し訳ありませんアスカ。勧誘行為自体は違反に当たらないので、それを完全に止めることは出来ません』
私は自由に空を飛びたいだけなのに、なんでこうなるのかな?
完全にテンションが下がりふくれっ面になるアスカ。
「まぁ、今すぐじゃなくてもいいからさぁ。アップデートの日までに決めるといいよぉ」
「アップデートの日? 今じゃないの?」
『アップデートまでは事情を知っているランナーが多いので何とか抑えられると思われます。ですが、アップデート以降の新規勢を抑えるのは不可能です』
「あ~人数多かったものねぇ」
公式発表での二次生産分はなんと50万。
今の倍以上の新規動員であり、彼らは当然今の勧誘騒動を知らない者がほとんど。
そんな彼らも当然クランを立ち上げ、勧誘を行うだろう。
その時に公式発表されているアシストポイントランキング一位のアスカがフリーだと知ったらどうなるか。
考えるまでもない。
「むー……分かった。考えとく」
『重ねて申し訳ありません。運営には私から説明しておきます』
「ありがとうアイビス。あ、そう言えばフランは? どこかのクランに入るの?」
「もちろんさぁ。商会クランに入るよぉ」
「商会クラン?」
聞けば、商会クランは戦闘攻略よりもアイテムや装備の売買、販路に力を入れるクランだという。
そのクランの事を楽しそうに話すフランを見ていると、クランに入るのも悪くないのでは、と思えてくる。
アスカは何もクランに入るのが嫌な訳ではない。
過度な勧誘を何とかしてほしいだけなのだ。
「クランに入るのも楽しそうだね」
「うん、楽しいよぉ。何ならウチに来る? アスカならみんな大歓迎だよぉ」
「誘ってくれるのは嬉しいけど、私はお店開かないからなぁ」
「だよねぇ、残念残念」
その後、フランから複数のクランを教えてもらった。
どのクランもイベントで好成績を残したランナーがクランマスターとなって立ち上げる予定であり、人格もしっかりした人がほとんどとの事。
アスカが気になったのはドワーフの老兵クロムが作るクランと、アルバ達のリーダー、イケメンエルフのファルクが作るクラン。
共にイベントを戦い、戦友とも呼べる彼らのクランであれば、アスカも気心を置かなくて済む。
「ちなみに、クランに入る以外でもう一つ手があるよぉ」
「へぇ、どんな手?」
「アスカがクランを立ち上げるのさぁ」
「……却下で」
「ですよねぇ」
元々本気で言ったのではないであろう。
当然と言った感じのアスカの返しに思わず笑みがこぼれ、アスカも釣られるようにしてくすくすと笑いだす。
何とも微笑ましい光景が広がっていた。
「それで、今日は何の用事だったんだい?」
「あ、そうだ。忘れるところだった」
クラン勧誘の一件ですっかり忘れていたが、元々ここへは別の用事できていたのだ。
フランの言葉で思い出し、アスカはインベントリから目的のアイテムを取り出す。
「ねぇフラン、これの使い方を教えて」
「ん~? おぉ、これは魔導石じゃないですかぁ!」
アスカが取り出した魔導石を見て、一気に興奮しだすフランなのであった。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!
嬉しさのあまり飛龍から発艦してしまいそうです!
第二部開始がコミックになりました!
作画 茜はる狼様
大空に飛び立つアスカの笑顔、ご堪能ください!
https://mobile.twitter.com/fio_alnado/status/1414064463934750724