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3 アイビスの本気


 アスカが見つけた魔導石【デコイ】。

 たくさんある魔導石リストの中から目を付けたのだが、詳細はやはりアイビスに聞かなければわからない。


「アイビス、これは?」

『【デコイ】の魔導石になります』


 アイビスの説明によれば、【デコイ】はその名の通り自ら模った人形を生み出す支援魔法だ。

 その能力はすさまじく、レーダー反応、アイコン、エグゾアーマー、能力、姿かたちなど全てがランナーと同じになる。

 発生した分身はAI操作となり、敵を幻惑。

 照準を絞らせず、また誘導兵器の追尾も引き受ける高い性能を誇っている。

 ……のだが。


「すごい有用な魔法なんだね! ……あれ、でもイベントで使ってる人いなかったような?」


 そう、先のレイドイベント、オペレーションスキップショットではこの魔法を使っているランナーはいなかったのだ。

 この魔法を使えば上空からは同じ名前の味方アイコンが増えるためすぐ分かるはずなのだが、少なくともアスカの記憶にこれを使っているランナーの姿は思い浮かばない。


『どれだけ姿かたちは似ていても結局はデコイですので』

「どういう事?」


 あくまでもこれは『分身』ではなく『デコイ』。

 出現したデコイのHPは正真正銘の『1』アサルトライフルはおろか、ハンドガンや投石のたった一発で消滅してしまう。

 オリジナルを模写して出現しているだけあって盾や銃火器、剣も再現されているのだが、それらはすべてハリボテ。

 攻撃を受け止める事も、撃つことも、斬る事も出来ないのだ。


 さらに使い勝手を悪くしているのが発生したデコイを操作するAI。

 このAIの出来がすこぶる悪く、一目でAI操作だと分かる動きをしてしまうのだ。


 そして一番致命的だったのが消費MP。

 【デコイ】のデフォルト状態消費MPはなんと総MPの50%。

 固定値ではなく、割合。それも現在の物ではなく、総MP。

 救済としてなのか発生したデコイは使用したMPが多ければ多い程実体化している時間は長くなる様にはなっている。

 が、その消費は毎秒一。

 総MPの50%をも使用し発生させた【デコイ】だが、レシプロフライトアーマーと同じだけMPを消費し、装甲もHPも皆無。


 こうなるとMPポーションが不足していた状況で使用されることがなかったのも頷ける。


『……という事です。ご理解いただけましたか?』

「なるほどねぇ……んじゃ、購入っと」

「マスター、買うの!?」

『アスカ、私の話を聞いていましたか?』


 アイビスは暗に『フライトアーマーに【デコイ】の魔法は相性が悪い』と言っていたのだ。

 ただでさえMPを垂れ流しにして飛行するフライトアーマー。

 【デコイ】のようなハリボテに総MPの50%を割く余裕などあるはずもない。


 驚きを隠せないハルとアイビスのやや怒気のこもった言葉に、アスカは笑って返す。


「大丈夫だって。ちょっと試してみたいことがあって。無理なら使用しないから気にしないで」

『……分かりました』

「マスター一体何考えてるの?」


 その後もリストを見てみるも有用なものは見当たらず、結局残ったポイントは草木の種、球根、家具アンティークや畑オブジェクトへ変換された。


「マスター、僕そろそろ行くの~」

「あ、もうそんな時間か。ごめんねハル、付き合わせちゃったね」

「いいのいいの。お茶とお菓子美味しかったの。じゃあねマスター、また明日、なの!」

「うん、お疲れさまでした、ハル」


 完全に夕方時間となり日が沈んでゆく中、ハルはアスカと別れの挨拶を交わした後帰宅。

 アスカも午前中はポイント交換が主目的という事もありそのままログアウト。


 ゲーム内で夜が明ける一四時以降に再ログインとなった。



―――――――――――――――――――――――


 もうすぐ夏休みが終わるという事もあり、溜まっていた宿題、昼食などを済ませ再度ログイン。

 日が昇り今日も元気に出勤してきたハルと軽く挨拶を行った後、今日収穫した分の魔力草をMPポーションへと加工。


 その後、フレンドであるフランに魔導石の使い方を聞くべくポータルからいつものようにミッドガルへと移動しようとした、その時。

 アイビスから待ったがかかったのだ。


「どうしたのアイビス?」

『フランからメールが届いています。確認をお願いいたします』

「あ、そうだったね。ごめんごめん」


 ログインしてすぐにアイビスからフランからメールが来ている事を知らされていたのだが、後回しにしていた為すっかり忘れてしまっていたのだ。

 確認を促すアイビスに従い、メニューを開きメールを読む。

 するとそこには街へ移動する際必ず連絡を入れる様、強く念押しして書かれていた。


 事情がさっぱり理解できないが、ここまで強く念押しするのであれば何か理由があるのだろうとフランのログイン状況を確認。


「よし、フランはログインしてるね。じゃあ早速メールを……」


 この時間帯はいつもログインしているフランだけに、フレンドリストのフランの文字は今日もバッチリログインを表している。

 すぐさま今からミッドガルへ移動したいというメールを送ると、10秒も経たないうちに返信が帰って来たではないか。


「えぇ、物凄く返信が早いんだけど……なになに? 『皆に連絡入れるから、もう少しまってて』……どういう事?」


 たかだかミッドガルへの移動だというのに、なぜこうも大げさなのか?

 疑問は増すばかりだが今のアスカではどれだけ考えても分からない。

 移動してから皆に聞けばいいかと待つこと数分。


 フランから再度のメールで準備が出来たと伝えられ、ため息交じりにアスカはミッドガルへと移動した。



「お、来た来た。アスカ、ここだよぉ」

「フラン! ねぇ、一体どういうことなの?」

「すまないアスカ。いろいろと事情があってな」

「貴方をトラブルに巻き込まないためなのよ。ちょっと我慢してね」

「あれ、アルバにキスカ?」


 ミッドガルに移動したアスカを出迎えたのはフランの他にもう二人。

 白と黒のツートンカラーヘアの男性ランナーアルバと、額から生えた角が特徴的な鬼人アバター女子キスカだった。


 何故二人がここに?

 と訝しむアスカ。そしてこのミッドガル移動ポータルの周辺がいつもと違う事に気が付いた。


 最初に気が付いたのは人の多さだ。

 普段から人が多いミッドガルのポータル広場ではあるが、今日はまた一段と人が多く360°どこを見渡してもランナーだらけだったのだ。


 何かイベントでもあるのかな?

 と首を傾げるだが、次に気が付いた違和感でそれは違うと悟る。

 それまで隣のフレンドと話したり、周りの風景を見ていたランナー達がアスカが現れた事で全てのアクションを中断。

 こちらへと視線を向けてきたのだ。


「えっ……」

「ちっ、やはりこうなったか……」

「あ~あ、見なさいよ連中の目。あんなに血走っちゃってみっともない。フラン、最悪ここは私たちが抑えるから、何かあったらよろしくね」

「あいさ、任されたのさぁ!」


 ここにいるだけでも百近くは居るであろうランナー達からの視線を浴びせ掛けられるアスカ達。

 その視線は今までアスカが集めていた冷ややかな物や熱い物ではなく、眼が血走ったもっと重い、ある意味ではどす黒いと評していい視線。


 状況が飲み込めないアスカだが、アルバら三人はこの事態を予期していたのか理解していたのか極めて冷静だった。

 アスカを守るかのように周囲をガードすると、そのまま移動しようとする。

 そこへ大勢のランナーの中から一人がアスカに詰め寄り、声をかけてきた。


「ちょっとまってよ。君、リコリス1だろう?」

「え、リコリス1?」

「その見事な緑髪ポニーテールにホットパンツ。間違いない」

「えっと……」


 アスカに声をかけてきたランナーはアルバたちから射殺すような視線を向けられ思わずたじろぐが、意を決したようにアスカに近づき、言葉をつづけた。


「頼む、リコリス1! 俺のクランに入ってくれ!」

「はえっ、く、くらん……?」


 背筋を伸ばし頭を下げ、明らかに何かをお願いしている様子の男性ランナー。

 だが、当のアスカは何をお願いされているのか全く分からない。


 くらんって何? 入るってどういう事?


 そんな訳が分からないアスカを置いて、他のランナー達は最初に声をかけたランナーを切っ掛けとして騒動へと発展してゆく。


「てめぇ、抜け駆けすんな! リコリス1、俺だ、俺達のクランに入ってくれ!」

「貴方こそ何よ! リコリス1、むさっ苦しい男たちなんか置いておいて、私のクランに入りましょう!」

「お前らやめろ! でけぇ声だすな!」

「うるせぇ! お前の声の方がでけぇよ!」


 事態が飲み込めないアスカを他所にヒートアップしてゆくランナー達。

 アスカ一人であればパニックになっていたかもしれない状況だが、幸いここにはフランにキスカ、アルバと言った頼もしい友人がいてくれた。


「おい、お前ら口論したいなら他所でやれ」

「初対面の女性に向かっていきなりアプローチかけるなんて失礼にもほどがあるわよ」

「ふふふ、我らの空神様にアポイントを取りたければ、まずは事務所を通してもらおうかぁ!」

「そう言ってリコリス1を独占する気だろうに!」

「スカウトするのは違反行為じゃないぞ!」

「私達にだってチャンスを頂戴よ! クランを選ぶのは彼女でしょう!」


 アルバ達が呆れる中、加熱するランナー達を大海を割るが如く押しのけ、一人の女性ランナーが現れた。


「リコリス1。いえ、アスカと申しましたわね」

「あ、はい」

「わたくしはロストゥラ。周りからはローラと呼ばれていますわ」

「は、はぁ……」

「アスカ、この度わたくしは貴女を我がクラン『ポリーエドリー』にお招きしたく参りましたの」


 ロストゥラ、ローラと名乗ったのは俗に言う縦ロールの金髪碧眼、英国淑女の乗馬服のようなぴっちりしたスボンにシャツ、ジャケットを着こんだ見るからにお嬢様といった風貌のランナーだった。


「ローラ、残念だけどあなたもお呼びじゃないわよ」

「まぁ、冷たいのねぇキスカ。ですが、クラン設立に向けてのメンバー集めは違反行為ではありませんわ」

「え、えっと……あの」


 未だ状況の理解が追い付かないアスカは、キスカとローラの会話も意味が分からず押し黙ってしまう。

 当のローラは気にする様子もなかったが、彼女の周りにいた取り巻きであろう男性ランナーがしびれを切らしたようにアスカに詰め寄った。


「リコリス1、ローラ様がわざわざこうして出向いてくださってるんだ。貴女の答えははいかイエスの二択。答えろ!」

「はえっ!?」

「貴様!」


 男性ランナーは決して怒号と言うほどの物言いではなかった。

 が、状況が全く理解できないアスカは勢いに押され後ずさりしてしまう。

 しかし、すかさずアルバが割って入り、食って掛かって来たランナーを射殺さんとするほどの眼光で威圧する。


「おいローラ。配下の躾がなってないぞ」

「ふん。まったく、下級ランナー共は礼儀と言う物を知らないでおじゃるな」

「あら、貴方は……」


 怒気を孕ませたアスバの言葉に応じたのはローラではなく新たに現れたランナーだった。

 見た目は男性ランナーだが、体型を自由に変更できる『Blue Planet Online』では珍しくふくよか、否、太った体型をしていた。

 ドワーフをベースにしたらしい低めの身長に太った体型。

 オークを思い出させる風貌を持つランナーはローラの英国淑女と対を成すような英国貴族のような服装に身を包んでいた。

 その後ろにもローラ同様複数の取り巻きを引きつれ、たじろぐランナー達を海のように割って最前列、アスカの目の前へと躍り出る。


「ふむ。おんしがリコリス1でおじゃるな? 麿はクラン『ルーリングクラス』のクランマスター、パーボでおじゃる」

「…………」

「リコリス1。おんしは我がクラン『ルーリングクラス』に入るのでおじゃる。なに、タダとは言わん。おんしが望む限りの課金装備と課金弾を使わせてやる。どうじゃ、魅力的でおじゃろう?」


 パーボが話すその意味を、アスカは理解できないでいた。

 課金装備と課金弾。

 以前アイビスに聞いたような気はするが、使った事も見た事もない為、何の事だか分からないのだ。

 むしろアスカを他所に、周りにいたランナー達が『課金装備』と『課金弾』と言う言葉に露骨に反応した。


「この成金め! 金に物を言わせる気か!」

「ゲームごときでムキになってんじゃねぇよ!」

「こいつ、リコリス1を金で買えると思ってやがる!」

「リコリス1駄目よ、そんな奴のクランに入ったら!」


 怒号の先は『課金』と言う言葉を口にしたパーボへと集中する。

 だが、当のパーボは浴びせ掛けられる非難を気にすることなく、冷たい目線をランナー達に向ける。


「ふん。悔しいならおんしらも金を使えば良いのでおじゃる」

「なっ……!」

「このデブ、言わせておけば!」

「パーボ、その物言いは敵しか生みませんです事よ?」

「姫クランを作りあげんとしておるおんしにだけは言われたくない言葉でおじゃるな」


 すでに場はアスカを無視して怒号飛び交うパニック状態へと突入してゆく。

 そしてそんな中でも「あんな奴らのクランに入るくらいなら俺のクランに!」「いや、僕の!」「私の!」とアスカへ詰め寄ってくるランナー達。

 一気に押し寄せて来た為アルバ達のガードもろとも壁際まで追い詰められようとした、その時。


 辺り一帯にものすごい警報音が鳴り響いた。


「な、なんだ!?」

「何の音!?」

「空襲!?」


 体に響いてきそうなほどの音量で鳴り響く警報音に、ケンカしていたランナー達も動きを止め、耳を塞いで場にとどまる。


『警告。あなた方の行為は『Blue Planet Online』利用規約第三章二四項に違反しています。直ちにこの場を離れ、解散してください。なお、これは最後通告です。実行されない場合該当ランナーを即座に通報。処罰を行います』

「ア……アイビス?」


 聞こえてきたのはアスカの絶対的守護者、アイビスの声。 

 それは普段優しく穏やかな彼女とは違い、機械的でありながら怒気を孕んだ強いものだった。


「支援AI!?」

「そんな子供だましで引くものかよ!」

「あっ、馬鹿!」


 今だ警報音が鳴り響く中、アイビスの警告をただの脅しと受け取ったランナーの一人がアスカ達へ詰め寄って来た。

 が、次の瞬間。


『ランナーID84955578、ランナーネームシナーノ。『Blue Planet Online』利用規約第三章二四項、及び第九章一項違反。支援AIの権限により該当ランナーを通報。非常事態措置許可申請、承認されました。該当ランナーをアカウント停止処置及びレッドネーム処置。実行』

「んなっ!」


 アスカに対し数歩詰め寄ったところでアイビスによる非常事態処置が強制執行。

 詰め寄ろうとしたランナーの頭上に表示されていたランナーネームが赤色に染まり、その姿が光に包まれ消滅した。


 これはアイビスら支援AIがもつ権限の一つ。

 事態の収拾にGMが間に合わない場合、緊急特例措置として支援AIがGMと同レベルの権限を持ち、独自判断でペナルティをその場で科すことができる最終奥義だ。


 違反者が重い罰則を受ける光景を目の前で見た他のランナー達。

 それまでの血走った眼は何処へやら、蜘蛛の子を散らすように退散してゆく。


「めんどくさい事になりましたわ。アスカさん、またお会いいたしましょう」

「ふん。決められたルールに沿わないからこうなるのでおじゃる。リコリス1、また会うのでおじゃる」


 上品な礼をして去って行くローラに、上級階級を表すかのような余裕を見せながら去って行くパーボ。

 対照的な二人だが、人の上に立つ能力は本物らしく、二人の後ろをそれぞれの取り巻きが守りながら場を後にする。


 そしてすべてが終わった後残ったのはこの騒動をおっかなびっくり見ていた屋台のNPCと、渦中にいたアスカ達だけだった。


「……終わったか」

「いやぁ~危なかったねぃ」

「あぁもう、どいつもこいつも馬鹿ばっかじゃない!」

「な、なんだったの……」

『申し訳ありませんアスカ。こちらの不手際です』

「ううん。助けてくれてありがとうアイビス」


 かなり面食らった騒動ではあったが、アスカ達は何とか気を取り直しフランが普段店を開いている露店市へ向け歩き出したのであった。


たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!

嬉しさのあまり蒼龍より発艦してしまいそうです!


第二部開始がコミックになりました!

作画 茜はる狼様

大空に飛び立つアスカの笑顔、ご堪能ください!

https://mobile.twitter.com/fio_alnado/status/1414064463934750724

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― 新着の感想 ―
[一言] ただの空バカのアスカさんにクランのことなんて分かるわけないやろ!
[良い点] 楽しみに読んでいます。 墜ちるの前提!!(゜ロ゜ノ)ノ 自分も、[うひょー]って思いますが… やってみないとアリやナシや分からなさそうで。 ゲームなので、割りきってやってみたらクセにな…
[一言] ゲームに慣れた人ならクランやギルドと聞けばすぐに察するでしょうが、アスカはもともとはゲーマーじゃなかったんですよね。 そりゃあ状況が飲み込めない分けですよね。 其れにしてもアイビスは有能。 …
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