120 Blue Planet Online イベント終了
本日二話更新。
本話は二話目になります。
お待ちかねの運営回。
午後二時、都内某所。
ゲーム会社スワローの『Blue Planet Online』開発・運営室には、ほぼフルメンバーと言う人員が揃い一斉にキーボードをたたき始めた。
「ナインステイツ、サーバー切り離し、ログイン中のランナーは全員強制ログアウト」
「管理AI、ポイント計算開始。集計結果はメンテナンス終了までに出すぞ」
「通常マップも閉鎖完了。NPCスリープモード。『Blue Planet Online』メンテナンスモードに移行」
同時に沸き立つ開発・運営室。
みな大事な第一回のレイドイベントが無事終了したことを大いに喜んでいた。
「いやぁ、なんとかおわった……誰だよ、制御管理AIの高難易度設定あんなに高くしたやつは」
「よくあの戦力を突破できたよなぁ。みんなガッツあり過ぎだろ」
「同感だわ。私ならアダンソンが出てきた時点で投げてるもん、絶対」
これから数時間はかかると予想されているメンテナンス作業。
中には残業がすでに確定している者もいる中、その表情は穏やかだ。
皆思い思いにイベントの感想を述べ、和気あいあいとして作業を進めて行く。
「おい、そこ。そういう話はメンテナンスが終わってからにしろ、今はまず手を動かせ」
そこに激を飛ばすのは『Blue Planet Online』開発・運営室長、野村だ。
運営室スタッフが和気あいあいとしている事は歓迎するが、仕事である以上適度な緊張感をもって取り組んでもらわなければ困ると、気の緩んだスタッフを一喝したのだ。
「池山、進展は?」
「メンテナンスは問題ないですし、イベントマップクローズ時のトラブルもありません」
「よし。引き続き作業に当たってくれ」
「はい、分かりました」
そう言ってイベントリーダーである池山にイベント終了メンテナンスの指揮を任せると、自分のデスクに座りモニターに目を移し、メンバーに聞かれない様「ふぅ」と小さなため息を一つついた。
――なんとか終わりはしたが、これからが大変だな。
心の中でポツリと呟いた野村室長。
当初の設定は全域にエグゾアーマー装備のホブゴブリン、オーガ、オークを配置。
重要拠点には主として上位種を置くという配置にしていた。
初日に倒されてしまったネームドエネミー『狙撃手ランバート』はイベント隠し要素的な位置づけだったのだ。
そうして始まったイベント開始初日。
ランナー達が運営室の想像以上の進攻を見せ、イベントが見どころなく終了してしまう事態を危惧した野村室長は『軍神シメオン』『鬼神シーマンズ』『黒い悪魔ブービー』をアクティブ化。
これらネームドエネミーの配下として獣人兵、鬼人兵、鬼武人、ギンヤンマも有効化させ、最重要拠点ユニフォームに攻め込んだ場合に出現する予定だった対地攻撃機『アキアカネ』も二日目から稼働するという手を打った。
対空装備がなければ対処の難しい敵航空戦力と運営のテストチームですら苦戦したネームドエネミー達の投入により、最重要拠点が早々に攻略されるという事態は避られたが、問題はその後だ。
本来倒されるべきである敵としては過剰とも言える戦力が維持されては、今度はクリア不可というこれまた大事に至ってしまう。
そこで管理AIを駆使し、イベントの進行具合と合わせて敵戦力が変動するようにしたのだ。
短時間で攻め込めば攻め込むほど敵が苛烈になり、逆に日数、時間をかければそれだけ敵は弱体化してゆく。
上手くいけばランナー達と互角の勝負を繰り返し、最終日に最重要拠点を制圧と言う手に汗握る展開を想定していた。
実際管理AIは三日目シメオン攻略を受け再計算を行いシーマンズを発狂モードアリの最高難易度状態に。
それでも止まらないランナー達に明確な弱点はあれども装甲、火力、機動力に優れる多脚戦車コード『S』アダンソンを最終決戦開始早々に実戦投入。
最終手段スタンピードを実行、運営の切り札コード『Ar』アラクネまでくり出した。
この時イベントをモニターしていた運営室からは「やりすぎだ」「クリアできない」「全滅するわ」等の悲観的意見から「こりゃすごい」「撮れ高ヤバいぞ」「さぁ、どうなる」といった観戦気分なものなど様々。
数時間後。
運営スタッフが自分たちの立場も忘れ、熱中した戦闘はランナー側勝利。
撃破された時のアラクネは最高難易度かつHP減少による特殊状態だった。
強固なフィールドと間髪入れず連射される強力な魔法攻撃は、イベント前に行った運営テストチームと複数のAIランナーによる混成チームを粉砕。
自分達では成しえなかった勝利をランナー達が勝ち取ったと大きく沸き立った。
――それもこれも……。
戦力、状況的に不利にあったランナー達が勝利できた理由。
それはやはり彼女だろう、とパソコンを操作しとあるランナーのログを開く。
扱いにくい上に欠点が多く、イベントでは誰も使わないだろうと思われていたフライトアーマーを使い、地上広域を観測しつつ航空支援。
最終決戦ではいつの間にか結成されたフライトアーマー飛行隊の中核を担い、多対一を想定して作られたネームドエネミー相手に単騎で勝利するという離れ業をやってのけたランナー、アスカの記録。
「室長、この書類にはんこを……おや、室長もこのランナーのログ見てるんですね」
「あぁ。彼女が居なければここまで簡単に攻略されることはなかっただろう」
はんこを求めに来た尾花にそう返す野村室長。
イベントマップを作成し、モンスター達の戦力を決める際には当然、各エグゾアーマーに対応できるように設定していた。
しかし、その中でフライトアーマーだけは軽視されていた感が否めない。
フライトアーマーは元々存在せず、古田立案、社長の鶴の一声で組み込まれたエグゾアーマー。
イベント開始時は使用者が最も少なかったエグゾアーマーであり、対処は軽戦闘機である『ギンヤンマ』で事足りると想定していたため、地上のモンスター達には対空攻撃用の火器がなかったのだ。
そんな中突然現れ『リコリス1』と言うコールサインが付いたフライトアーマー。
観測と地上支援に特化させたフルカスタムフライトアーマーを身に纏いナインステイツの空を飛ぶ姿は、地上からしたら勝利の女神に見えた事だろう。
ネームドエネミー『狙撃手ランバート』ですら捉えられなかったアスカの翼を、通常火器で捉える等不可能。
正面戦闘に長けたモンスター達も上空からの攻撃には脆く、次々に防御陣地が陥落していった。
「この人、ネームドエネミー率いる飛行隊相手でもケロッとしてましたからね……」
「あの四機相手にこっちのテストチームは十人がかりでやっとだったのだがな。あれとタイマンで互角にやりあえるのは開発者であるアイツくらいの物かと思っていたのだが……」
そう言って視線を向けた先はフライトアーマー開発者であり、ネームドエネミー『黒い悪魔ブービー』の生みの親、古田だ。
野村室長と尾花から向けられた視線に気づくことなく、鼻歌を歌いながらキーボードをたたく古田。
普段寡黙に淡々と仕事をする彼にしては珍しいその光景に、顔をしかめる野村室長。
「……やけにご機嫌だな、あいつ」
「イベントが始まってからこっち、日を追うごとに上機嫌になってってますよ? 昨日なんてベートーベンの『歓喜の歌』歌ってましたし」
「はぁ?」
眉間の皺がますます深くなる野村室長。
古田が入社してから今に至るまで、彼のこんなに上機嫌な様子など見たことが無い。
そして今彼が歌っている曲も、よくよく耳をすませばワーグナーの『ワルキューレの騎行』である。
……物騒な事この上なし。
「まぁ、アイツの事は放っておくのが一番だな」
「……室長、逃げましたね?」
わざわざ藪をつついて蛇を出すこともないと話を打ち切る野村室長。
実際のところ、古田に関しては無理強いすると『退職願い』というとんでもない切り札を出されるため室長と言えどもおいそれと手が出せない状況がある。
最も、それが切り札になるだけの能力と実績を作った古田だからこそできる手だが。
フライトアーマー以外に関しては問題なく仕事をし、周りのフォローもしてくれている古田だ。
多少の好き勝手には目を瞑る、と強引に自分を納得させる。
「で、クレームの方はどうなっている?」
「かなり来てますね。これはちょっと問題になりそうです」
「そうか……」
最高潮の盛り上がりを見せた初イベントだったが、誰も彼もがこのノリについていけたわけではない。
『敵の数が多すぎる』『怖い』『戦争したいわけじゃない』『やる気をなくした』『燃え尽きた』など、管理AIが設定した超高難易度状態に付き合え切れないとばかりに離脱するランナーも多かったのだ。
エグゾアーマーというパワードスーツがメインであるゲームであるだけに戦闘を期待するプレイヤーは多いだろうと想定し、より激しく熱い戦いが出来るよう最高のシチュエーションを用意したつもりが仇になってしまった
ゲーム攻略を主とするプレイヤーに銃火器などメカ、ミリタリーが好きなどのいわゆる『ガチ勢』には受けが良かったが、ゆったりと楽しみたいというエンジョイ勢『ライト層』に管理AIの設定した最高難易度は酷過ぎたのだ。
その結果が山の様に届けられたクレームメールという形で表れている。
「初回イベントとは言え、このクレームの数は問題だな……」
「こちらのランナー達に対する戦力見通しが低すぎましたね。これ、上に上げるんですか?」
「上げないわけにいかないだろう。社運を賭けたゲームだからな」
ため息を吐きながらも覚悟を決めた表情をする野村室長。
飛ぶ鳥を落とす勢いの『Blue Planet Online』開発、運営室長である彼であっても所詮はイチサラリーマン。
会社役員、社長らによってこのクレームに対する説明を求められることは避けられないだろう。
この先自分に降り注ぐストレス事案が容易に想像でき、顔を青ざめさせると同時に鳥肌が立つような感覚に襲われる。
そしてその事から逃げるかのように尾花に話しかけた。
「次のアップデートの準備はどうだ?」
いきなりアップデートの話を切り出された尾花は、これも肩でため息をついた後口を開く。
「これもかなり大がかりになるので遅れています。できれば少し人を分けてほしいんですが……」
「ふむ……なら畠山と上田を使え。あいつ等仕事中にサボるほど余裕があるらしいからな」
「ちょっ、室長!」
「俺達がいつサボったって言うんですか!」
仕事の追加を名指しで指定された畠山と上田。
メンテナンス作業をしていたはずなのに室長と尾花の会話に反応し、席を立って反論する。
「お前ら昨日テスト機使ってランナー達が開いたお祭りに参加していただろうが!」
「横暴だ!」
「そうです、俺達はイベントマップに異常がないか見回ってただけです!」
「そんな言い訳が通るわけないだろうが! このお祭り男ども!」
結局畠山と上田の申し開きは通らず、メンテナンス作業後はアップデート作業班に繰り出される羽目になった。
昨日自然発生したビクターでのお祭り騒ぎは運営側でも歓迎された。
さすがに仕事中に抜け出したのは畠山と上田くらいの物だったが、オフだったメンバーのうち何名かは自分のアカウントを使いこっそり参加していたのを野村室長は知っている。
持っていたアームドビーストで競争に参加する者。
屋台を巡りゲーム内食い倒れを満喫する者。
中にはひっそりと屋台を出してる者もいた。
運営側として戦闘には参加禁止とされているが、このようなお祭りであれば彼らも問題なく参加できるのだ。
自分も室長と言う立場でなければ参加していただろうなと、口元が緩む野村室長。
同時に尾花が渡してきた書類に目を通し、はんこを押すと彼に手渡した。
「で、次のアップデート内容はこの通りで大丈夫ですか?」
はんこが押された書類を受け取り、返す手でまた新しい書類を渡してくる尾花。
野村室長はじっくりと書類に目を通し、十八番である悪魔のような笑みを浮かべる。
「よし、問題ない。二次生産分の販売もアップデートの日と重ねてある。イベントを使ったプロモーションも頼むぞ」
「そちらは伊藤をリーダーに石井、石川が付いてます。問題ないでしょう」
尾花の回答に納得し、頷き書類を机の上に置く。
それは次のアップデートに関するパッチノート。
『クラン実装』『新エリア解放』『エグゾアーマー上位Tierの実装』『各種ミニイベントの実施要項』『スキルスロット実装』。
その詳細をランナー達が知るのは、もう少し後になってからだった。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまりマルセイユ空港から飛び立ってしまいそうです!
平素より『空を夢見た少女はゲームの世界で空を飛ぶ』をご愛読頂きまことにありがとうございます。
この話を持ちまして第一部完結となります。
もちろんこれで完結ではなく、物語はどんどん進んでいきます。
このままのペースで第二部突入と行きたかったのですが、第一部完結と同時にストックが尽きたため、暫く書き溜めに入ろうと思います。
進展は活動報告やツイッターなどであげていきますので、楽しみにしながらお待ち頂けますと幸いです。
今後ともアスカの描く空をどうぞよろしくお願い致します。