106 DAY6レイバード
「スコップに……ロビンさん!? どうしてここに!?」
突如として現れたスコップとロビン。
今日の出撃前に会ったスコップはまだしも、ロビンがここにいたことにアスカは驚きを隠せなかった。
何せ、彼女はアスカ以上にイベントに興味がなく、イベントマップ内で見かけたのは初日以来の事だったのだから。
そんな困惑顔のアスカに、ロビンは優しく微笑んだ。
「うふふ、こうなりそうな予感があったから、念のため準備しておこうと思って」
「準備、ですか?」
「そう言う事。ほらアスカ、こっちだよ!」
「わわっ、ちょっとスコップ!」
ロビンの話す事の意味が分からず呆然としているアスカを、スコップが手を引いて連れて行く。
「え、あなた達どこに行くのよ、そっちは港ですらないわよ!?」
スコップがアスカを連れて行ったのは、先ほど彼らが出てきた茂みの中。
その先は切り立った岸壁になっているだけであり、アスカが行きたがっていた揚陸艦のある港の方向とは真逆になる。
キスカも思わず後を追いスコップ、アスカ、ロビン、キスカの四人は人気の多かったポータル付近から全く人気のない茂みの中へと消えてゆく。
「そう言えばロビンさん、どうしてトランスポートアーマーなんですか?」
「あぁ、これ?」
「はい。普段はスナイパーアーマーですよね?」
アスカが何度かロビンと行動を共にした時、彼女のアーマーはいつも狙撃、銃撃を主とするスナイパーアーマーだった。
だが、今彼女が身に付けているのは兵站、物資輸送を主とするトランスポートアーマーだ。
イベントマップにロビンがいる事すら珍しいのに、身に付けているアーマーが普段と違うと言うのはアスカを一層混乱させる。
しかし、当のロビンは優しく微笑むだけで、アスカに明確な回答をしてくれない。
ただ一言、「行けば分かるわ」と返すのみ。
顔に疑問符ばかりが浮かぶアスカ。
スコップに手を引かれるままたどり着いたのは、島の岸壁、森が一部切り開かれた場所だった。
そして、そこにあった物にアスカとキスカの目が釘付けになる。
「えっ……」
「嘘でしょう、なんでこれがここにあるのよ!」
そこにあったのは鉄骨で支持された二本のレールだ。
雨に濡れ、雫をぽたぽたと地面と鉄骨に落とす二本のレール。その先は薄暗く何もない岸壁の外へと伸びている。
さらにレールの上部には滑車付きの台座が付いており、レールと鉄骨の横にはあるのは操作盤。
二人が驚くのも無理はない。
目の前にあるのは紛う事なく、航空機発艦用のカタパルトだったのだ。
「ロビンさん、こここ、これ、どういうことですか!?」
「ふふふ、そうそう、その驚く顔が見たかったのよ」
「ロビンさん!」
まるで悪戯が成功した子供のような表情をするロビンに、思わず語気を強くするアスカ。
ロビンも「ごめんなさいね」と一言謝った後、表情を引き締める。
「ナインステイツの天候は聞いていたから。レイバードの足回りじゃロミオから離陸できないのは簡単に予想がつくわ」
「で、でも!」
ロビンの言葉に疑問を覚えるアスカ。
仮に予想がついたとしても、離陸用のカタパルトを用意するなんて考えつくことではないのだ。
そうロビンにそう問うとロビンは再び笑ってアスカに答える。
「あら、アスカちゃんが教えてくれたんじゃない。『揚陸艦のカタパルトは使用可能』だって」
「はえ……?」
「え、ちょっとまって、じゃあ、これってまさか……」
「うん、揚陸艦に搭載されてたカタパルトだよ」
「「ええぇぇぇっ!」」
驚きの言葉が同時にでるアスカとキスカ。
実はこのカタパルト、元々は揚陸艦に搭載されていた物。
攻略掲示板から『カタパルトから発艦が可能』と知ったロビンが数時間前からログインして揚陸艦から引っぺがし、ロミオの一角を更地にした後、たまたま見かけたアスカの知り合いであるスコップをとっつかまえてここに移設したものだったのだ。
ロビンがスナイパーアーマーではなくトランスポートアーマーを装備していたのもこれが理由。
戦闘行為を行わない為スナイパーアーマーは必要なく、揚陸艦からカタパルトを取り外す工具と、外したパーツを収める大容量のインベントリが必要だったためトランスポートアーマーを装備していたのだ。
その説明に呆然唖然、絶句する二人。
「いやぁ、こんな美人なお姉さんに声をかけられて何かと思ったら、こんなことになるなんて思っても見なかったよ!」
爽やかにそうスコップ。
その表情は一仕事やり終えたと満足感に満ち溢れている。
しかし、アスカは腑に落ちない。
「で、でもロビンさん、状況次第じゃ使わない可能性だってありましたよね!?」
当初の予定では、作戦開始時は飛雲を使用しブービーが現れれば一度ロミオまで戻り、空中換装でレイバードに切り替える計画だったのだ。
その場合、ロビンが数時間前から用意してくれていたこのカタパルトは無駄になっていただろう。
むしろ無駄になる可能性の方が高かったのに、何故ロビンはこんなものを用意したのか?
この問いにもロビンは顔色一つ変えず、微笑みながら答える。
「あら、メカニックたる者、万が一にも備えておくものよ。『こんなこともあろうかと』ってね」
ロビンにとってアスカがカタパルトを使わない可能性など想定済み。
が、今だ全容が見えないユニフォームにおいて、万が一が起きた場合には備えておきたい。
その為のカタパルトだったのだ。
説明を受けても今だ納得しきれないアスカに、ロビンは告げる。
「アスカちゃん」
「はい」
「出来るだけの能力を持っているのに、それを駆使しないなんて、勿体ない事だと思わない?」
「あ……」
ロビンはその言葉を屈託のない笑顔でアスカに送った。そして。
「さぁ、私がしてあげられるのはここまでよ、アスカちゃん。あとはあなた次第。アスカちゃんは何が出来るのかしら?」
「私にできる事……」
覚悟を問う様にアスカを見るロビン。
すると、アスカは意を決したかのようにカタパルトをよじ登り、射出台にしがみ付くと、力強く叫んだ。
「エグゾアーマー、装着!」
アスカが発した言葉に反応し、足元に魔法陣が出現。
体にエグゾアーマーがシルエット表示されてゆく。
アスカが選択したのは当然レイバード。
だが、細部は純正のレイバードからの改良がくわえられていた。
フライトユニットの後退翼、主翼に懸架されたジェットエンジンはそのままだが、体に対し四五度固定だった角度を体に対し水平に。
飛雲、翡翠で言う高速姿勢に変更されている。
追加兵装としてエグゾアーマー各部の増槽、飛雲から引き続き膝のセンサーブレードとブレード型増槽。
新装備として左右の腰に補助ブースターユニットが取り付けられていた。
これこそ推力不足からくる機動力不足という欠点を持つレイバードの改善策。
両腰部に付ける予定だった増槽を外し、推力確保のためのブースターを搭載。
さらにこのブースターは取り付け角をある程度変えることが可能な上、噴流の向きを変える推力偏向ノズルが採用されている為機動力も大きく向上している。
「ロビンさん!」
アスカは装着が完了するとともにジェットエンジンを始動。
合わせてブースターユニットも点火させ、ロビンの方を向いて叫ぶ。
「ふふ、それでこそアスカちゃんだわ。思いっきり暴れてきなさい!」
「はい、リコリス1、行きます!」
ロビンはアスカの声に嬉しそうに答えると、操作盤に駈け寄り射出ボタンを押した。
周囲に発射装置の爆発音が響き、アスカが乗った射出台がレールを滑走。
レール先端のストッパーで射出台が強制停止させられ、アスカの体が大海原に放り出される。
レシプロ機である飛雲、翡翠であれば射出と同時に一度体が下方に沈み込むのだが、ジェットエンジンと補助ブースターの推力から来る浮力によりレイバードは射出された高度そのまま、さらに加速。
主翼のエレボンと補助ブースターの推力偏向で体を上に向け、一気に上昇。
高度を取った後その進路を赤く染まったユニフォームへと向けた。
「ロビンさん、皆、行ってきます!」
《いってらっしゃい、アスカちゃん》
《戦果期待してるよー!》
《私もすぐ行くわ。それまでファルク達をお願いね!》
空から見るカタパルトがあった場所は真っ暗であり、ロビン、スコップ、キスカの三人はアイコンでしか確認することが出来ない。
アスカはそんな三人へ挨拶を飛ばした後、全速力で雷雨治まらないナインステイツの空を飛んでいった。
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アスカの発進を見届けた三人。
周囲にはアスカのジェットエンジンが放つ轟音が響くのみで姿を確認することは出来ないが、三人ともその音のする方角を見つめていた。
「ふふ、さすがアスカちゃん。この天気でも問題なく飛んでくれたわね」
「あ、サプライポイント入ってる。移設したカタパルトを使ってもらってもポイントはいるんだね」
仕事をやり終えたと満足顔のロビンと、思わぬ形でサプライポイントが入ったと喜んでいるスコップ。
そんな気の抜けた二人に、キスカはハァ、と肩を落とす。
「あなた達、気を抜きすぎじゃない。戦闘はまだ続いてるのよ?」
「まぁまぁ。そうはいっても僕はこのままロミオで戻ってきた人たちに物資補充するだけだから」
「私はイベントに興味ないわ。アスカちゃんが飛べればそれで満足よ」
「あなた達は……」
イベント終盤、最終決戦真っただ中にあってこの緊張感のなさに呆れるキスカ。
これ以上は何を言っても無駄だろうと移動しようとしたとき、あることを思い出す。
「そう言えばロビン……だったっけ。アスカが腰に付けてたものって、メラーラマーク35よね?」
「あら、外見変わってるのによく気付いたわね」
「あ、それは僕も思った。今入手可能で推力偏向可能な補助ブースターってメラーラマーク35だけだものね」
今のBlue Planet Onlineにおいて、補助スラスターや補助ブースターはエグゾアーマーに固定し、取り付けた方向にのみ推力を得ることが出来るものが主流である。
そんな中キスカ、スコップの言うメラーラマーク35と呼ばれる補助ブースターは搭載した場所によってアスカの様に取り付け位置を変更することが出来、推力偏向ノズルを採用している為、他のスラスター、ブースター類とは一線を画す機動力を得ることが可能。
その上推力もトップクラスと言うオーパーツに近い兵装なのだ。
しかし、美味い話には裏がある。
今イベントマップにいる全ランナー達の中で、メラーラマーク35を使用している者はほとんどいない。
何故ならば……。
「でもあれって一発当たったりちょっと衝撃与えただけで味方を巻き込んで爆発する欠陥装備でしょ? 積んで大丈夫なの?」
「ん~アスカ贔屓のメカニックって事だし、何か対策してるんじゃない?」
同Tier帯の兵装においてオーバースペックとも取れる機動性もつメラーラマーク35の致命的とも言える欠陥。
それが『極めて劣悪な誘爆性』だ。
ランナーの体に対し決して小さいとは言えない補助ブースターでありながら、岩や木などのオブジェクトや地面への激突、敵の近接攻撃や魔法攻撃の余波、果ては拳銃弾一発掠っただけで爆発するというとんでもない危険物。
挙句、通常フレンドリーファイアではダメージ計算されないが、発生したノックバック効果により爆発する。
エグゾアーマーから切り離しオブジェクト化した後も衝撃を与えると爆発する。
爆発の規模はブースター内残存魔力数値に関係なく大規模である。
などなど、欠陥はプレイヤースキルや戦闘相手などでどうこう出来るものではなく根本的かつ致命的なもので周囲にも影響が出てしまう。
そこには上級者も初心者も関係ない。
故に、ランナー達からは使用が敬遠されているのだ。
レイバードに不足している機動力と推力を得る為、あえてそんな欠陥装備を搭載したアスカ。
スコップもキスカも何かしらの対策をしているのかと思い、ロビンを見た。
……のだが。
「してないわ。そもそもそんな時間もなかったから」
「はぁ、嘘でしょう!?」
「え、マジ?」
ロビンの答えにキスカはおろか、スコップまでドン引きしていた。
「どうするのよ、これからあのアラクネに、まだ出てきてないブービーも相手するんでしょう!?」
「う~ん、メラーラマーク35はなぁ……」
「大丈夫、アスカちゃんはやってくれるわよ……たぶんね」
「たぶんって、あなたアスカの専属メカニックでしょう?」
「僕、嫌な予感しかしないよ」
「結果は今日のリザルトでわかるわよ。さて、私はもうここに用はないからおいとまするわ」
キスカ、スコップの両名から向けられる視線を気にも留めず、メニュー画面を開き操作するロビン。
二人の問いかけに答えることなく、イベントマップからのログアウトを選択。体が光つつまれ消滅する。
その様子をただ見ているだけだった二人。
お互いに視線を合わせるも、何か答えが出る訳もなし。
「ま、もう飛び立っちゃった以上、どうしようもないわね」
「あのアスカだし。僕たちが考えるだけ無駄じゃないかな」
もはや賽は投げられた。
ロビンもアスカもすでにここにいないのなら、これ以上考えても仕方がない。
二人はアスカは発進したカタパルトを後にし、イベント攻略へと戻って行くのだった。
メラーラマーク35のモデルはイタリアの赤い悪魔。
そりゃ誘爆性も劣悪になる。
アスカは今回ロビンの移設してくれたカタパルトで発艦しましたが、翡翠を装備し通常離陸、空中でレイバードに換装というのも可能でした。
これをしなかったのは焦ったアスカがその事に気付かなかったから。
ロビンは飛雲、翡翠の両方が使用不可能になった場合を想定していたから。
そして作者が「レイバードをカタパルト発艦させたい」というと都合から。
第105話のアラクネ攻撃シーンが漫画になりました!
作画は飛雲の発艦を描いていただいた茜はる狼様。
強力なラスボスの一撃を是非ご堪能ください!
https://mobile.twitter.com/fio_alnado/status/1370322480498237440
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