104 DAY6スタンピード
管理AI『最終防衛ライン突破確認。オペレーションスキップショット、最高難易度を維持。『ヘルゲート』レデイ。コード『Ar』戦闘モードで起動します』
<ビクターの拠点ポータルを確保しました>
<エックスレイの拠点ポータルを確保しました>
全体アナウンスから聞こえてくる、先に攻撃を仕掛けた重要拠点二ヵ所の制圧報告。
その報告を受け、ユニフォームの拠点ポータル目前まで迫ったランナー達は歓喜の声を上げていた。
《はは、ビクターとエックスレイの連中、やってくれる》
《エックスレイに居るフレンドからは苦戦してるって聞いてたのに、みんな頑張ったのね》
《これで残すは敵の本陣、ユニフォームだけってわけだ》
《皆、気を抜くなよ。まだ制圧したわけじゃないんだからな》
《と言ってもここから負けるなんてことはあり得ねぇだろ》
ユニフォームも東西の海岸線はすべて突破。
西の愛宕浜は拠点タンゴを制圧。
大河により動きを阻害されてはいるが、大回りをし川幅が狭まっているところからユニフォームの大樹を目指している。
東の福浜海岸もこちらの支援に入ったアスカの助力もあり、快勝。
すべてのアダンソンとトーチカ、敵陣地を破壊し、西側同様中央の大樹を目指している。
その様子を上空から眺めるアスカ。
真っ暗故味方の姿を確認することは叶わないが、地上を埋め尽くす大量の味方アイコンと今だ撃ち上げられる大量の照明弾の灯りで動きは手に取るように分かる。
「ここまでくれば勝確かな?」
『順当にいけば、その通りです。……ですが』
「ですが?」
『気を付けてください』
「えっ?」
『気を抜かないよう、お願いします』
「アイビス?」
『…………』
アイビスの歯切れの悪い反応に、一抹の不安を覚えるアスカ。
――前にも、こんなことがあった。
一度目は、そう。
ミッドガルの西、トティス村ヘレンの森でハイオーガと初めて対峙し、アスカが初見の魔法攻撃【エアスラスト】を使われた時。
その時、アイビスがアスカに注意を促してくれた。
二度目は忘れもしないイベント二日目。
敵トーチカからの砲撃を掻い潜り上陸した味方ランナー達が何とか敵規模防衛ラインを越えようとした時だ。
その時もアイビスは楽観視するアスカに対し、注意と警戒を促してきてくれた。
そこからアスカが結論に至るのは、そう難しい事ではなかった。
――まだ、終わってない!
アイビスが警戒を促す以上、まだ何かある。
冷や汗が噴き出し全身の身の毛がよだつのと、エリア一帯に変化が起きるのは完全に同時だった。
ユニフォームにそびえ立ち今まで赤く妖しい光を放っていた大樹がその光を増した上に陽炎を身に纏い、周囲の大地までもが赤く染まったのだ。
そして大樹上空の雲が渦を巻き始めたかと思うと、中心部に台風の目のような穴を作り出す。
が、その穴からは青い空は見えず、覗くのは真っ暗な何もない空間。
そのあまりの禍々しさと止むことのない雷雨と合わせ、まるで地獄の門のような様相を呈していた。
《な、なんだこれは!?》
《いったいなんだ、どうなってるんだ!?》
《なんて禍々しさなの!》
《初イベでここまでやるのか運営!》
このあまりの豹変っぷりに侵攻を止め、周囲を警戒するランナー達。
アスカも同様に上空旋回をしながら周囲を警戒する。
ここまでのイベントを振り返っても、これだけの変化が起きたのに敵が現れないなんて言うことはあり得ない。
すべてのランナーに共通する考えに呼応するかのように、レーダーに敵性反応を示す赤いアイコンが表示され始める。
「敵増援、来ます! 場所は……大樹上空、あの穴からです!」
《はっ、予想通り過ぎるな!》
《これだけあからさまだとね》
《だが、なんて数だ。数千じゃきかないぞ!》
《ありゃあ万単位はあるな》
《お前達、ボサっとしてるんじゃねぇ! 敵の出現時を狙うのはVRMMOのセオリーだろうが!》
《一斉射だ、撃て撃て撃て!》
《狙いなんかいらないわ、撃ちまくるのよ!》
大樹上空に空いた穴から産み落とされるように湧いてくる大量のモンスター達。
確認出来るだけでもホブゴブリン、アームドウルフ、鬼人兵に鬼武人、獣人兵、オークにオーガ等々に加え……。
「アダンソン出現、かなりの数!」
《そりゃあ当然湧いてくるよな!》
《めんどくさいったらありゃしない!》
《むしろ来ない方がおかしいっての!》
際限なく生み出される大量のモンスター達。
ランナー達もポップしたその瞬間を狙うべく、大樹上空に開いた穴に向け大量の銃弾を注ぎ込む。
だがやはり数が多すぎた。
ログや視認できるだけでもかなりの数を倒しているが、出現する全体数から換算すればごくわずか。
先ほどまで苦戦を強いられていたアダンソンまでもが出現し、周辺を赤い敵反応で埋め尽くしてゆく。
「……ちょっと待って、どれだけ出てくる気なの?」
上空の穴が開いて一分近く。
その間モンスター達は絶え間なく湧き続け、地上に降りアクティブ化したものはすでにランナー側の前衛と戦闘を開始している。
それでも敵モンスター達の湧きが収まる気配がないのだ。
『この現象におけるモンスターの発生数は現在イベントマップにいる全ランナー数に比例します』
「え……それって……」
アイビスの言葉を聞いて、アスカの顔から血の気が引いて行く。
作戦前のブリーフィングでクロムは今作戦での参加者はおおよそ二五万人と言っていたのだ。
もしアイビスの言う通りランナー数に比例したモンスターが発生した場合、この場所に二五万というとてつもない数のモンスターが発生することになる。
しかし、こちらはビクター、エックスレイ、ユニフォームの三拠点に分散配置している為ここに居るのは八万人前後なのだ。
とてもではないが二五万と言う大群を抑えられる戦力ではない。
「そ、そんな数が発生したら持ちこたえられないよ!」
『いえ、実際には戦闘スペース確保の為ある程度の数で止まります。ですが……』
「な、なに?」
『その分、数回に分けて発生するものと思われます』
「馬鹿じゃないの!?」
思わず真顔になり語気を強くするアスカ。
回数を分け波状攻撃されるほうが密集し自由が利かない敵を倒すよりも困難なことなど想像に容易い。
どうすればこの事態に対処できるか考えていると、湧きだすモンスター達にも変化が起きる。
穴から発生しそのまま地上へ落下してゆくモンスターの数が減って行く代わりに、空へと舞い上がるモンスターが出現しだしたのだ。
赤い敵アイコンで表示され、ユニフォーム全域に広がって行くその姿に示された名は赤とんぼとギンヤンマ。
「あいつらまで……」
『今イベントにおける最終フェイズです。このスタンピードではナインステイツで出現したすべてのモンスターが発生します』
「もう、いいかげんにしてよ……」
迫りくる赤とんぼとギンヤンマを迎撃するため、ピエリスとエルジアエを構えるアスカ。
赤とんぼ達の発生でようやく穴からの出現も止まったかに思えたのだが、そこで穴に異変が起きる。
真っ暗だった中心部の穴にバチッと稲光が走ったかと思うと、一際大きなモンスターが出現したのだ。
全身を丸め、まるで産み落とされるように現れたそれは、赤い陽炎を纏う大樹の上に落下すると、もぞもぞと動きながらその姿を周囲のランナー達に現してゆく。
「え、何あれ……」
《ありゃあ……蜘蛛か?》
《アダンソンと同じ機械生命体?》
《いや、だがサイズがデカすぎるぞ。大樹と比較してみろ》
《まって、蜘蛛の体の上に女の人?》
《おい、嘘だろ……ありゃあ……》
その姿にアスカはおろか、地上のランナー達も呆気に取られていた。
最初に現れたのは脚だった。
だが、それは一本や二本ではなく、八本あった上に、二〇〇メートル以上はあろうかと言う大樹と比較してもとても長い物だったのだ。
動き出したモンスターは長く細いその足で大樹をしっかりとつかみ体を起こす。
すると見えてきたのが蜘蛛の胴体。
つい先ほどまで蜘蛛型の機械生命体アダンソンと対峙していたとあって、アダンソンの上位種か特殊個体なのかと思った。
だが次に見えた部位でそれが間違いだったと悟る。
蜘蛛の胴体の上に現れたのは女性の上半身。
そしてその女性の体は上半身のみであり、下半身は蜘蛛の胴体と融合している。
全身をランナー達の前に表した蜘蛛型のモンスター。
大きさは大樹の三分の一近くあり、ユニフォームへと攻め込むランナー達を大樹の上から見下ろしていた。
妖しくも艶美な雰囲気を持つこのモンスターの姿を見た時、その名前をすぐに想起出来たものは少なくないだろう。
ファンタジーなどでもメジャーな存在であるこのモンスターの名は……。
《アラクネ……》
《なんとまた巨大な……》
《おい、見ろよあの表示……》
《そうか、こいつが……》
まるで辺り一帯を自らのテリトリーとするかの様に大樹の上に君臨するアラクネ。
ようやく表示されたアイコンも敵反応で表示され『アラクネ』というモンスター名も記されていた。
『BOSS』と言う追加表記と共に。
彼女こそ『Blue Planet Online』ファーストイベント『オペレーションスキップショット』の締めを飾るボスだったのである。
《見ろよ、ラスボスのお出ましだぜ》
《東にシメオン、西にシーマンズが居て、中央に何もいないわけがないよな》
《どうするのよ、敵の発生ようやく止まったけど、どう見ても私達より多いわよ?》
《前線、下がれ! 連中津波のように押し寄せてくる、飲み込まれるぞ!》
既に新たに出現したモンスター達との戦端は開かれ、地上ではランナー達が、空ではアスカらフライトアーマーが襲い掛かるモンスター達を迎え撃っていた。
だが、やはり多勢に無勢。
数千から万単位での戦力差は如何に上位ランナーと言えども覆すことが出来ず、押し込まれてゆく。
それは空で赤とんぼとギンヤンマ相手に空戦を続けるアスカと言えども同じだった。
先の味方フライトアーマーから突出してギンヤンマ群に飛び込んだ時とは違い、敵が出現した時点ですでにアスカ他フライトアーマーと赤とんぼギンヤンマが入り乱れる混戦状態になっている上に数も比較にならない。
「駄目、数が多すぎる!」
『五時方向、ギンヤンマ接近』
「くっ!」
『上空に赤とんぼ、こちらを狙っています。正面及び七時方向からもギンヤンマ接近』
「こんなことでぇっ!」
アイビスのフォローを頼りに回避機動を取り、隙を見ては赤とんぼとギンヤンマを撃墜してゆく。
が、これは全ランナー中トップの飛行能力を持つアスカだからこそできる事。
周りの飛ぶのがやっとのフライトアーマー達は、この猛攻に耐えきれない。
《やられた……墜ちる!》
《こ、こんなの聞いてな……うわあぁぁぁ!》
《ごめんなさいリコリス1、後はお願いします!》
《なんの成果も……得られませんでしたあぁぁぁ!》
《エンジン被弾、これ以上は無理だ!》
《主翼が折れた!? うわああぁぁぁ!》
あるものはギンヤンマが持つ重機関銃の弾丸を受け、またある者は赤とんぼの機銃掃射を受け、果ては回避機動で高度が落ちたところを地上敵モンスターからの対空攻撃を受けて。
一人、また一人とフライトユニットが炎と黒煙を噴き上げ、主翼を失い墜落してゆく。
だが、これは空に限った話ではない。
《くそ、最前線を張ってたZチームがやられた、こっちも敵の攻撃が激しすぎる。もう持ちこたえられないぞ!》
《敵の猛攻! 陣地を作る余裕もない!》
《支援要請! 敵アダンソン……いや、空爆をしてくる赤とんぼを何とかしてくれ!》
《こちらの布陣はもうズタズタだ、どうするんだよ!》
《司令本部、聞いてんだろ! どうするんだ、決めてくれ!》
《何言ってんだ、全軍撤退だろうが!》
《この程度のスタンピードで泣き言を! ビクターとエックスレイからの増援まで踏ん張れ!》
《どっちに従えばいいんだ?》
《俺もどっちでもいいぞ》
《司令本部、指示を!》
前線で戦うランナー達の意見は真っ二つに割れていた。
すなわち、『撤退』か『継戦』か。
『撤退』を選べばユニフォームの大樹目前まで行った戦力をすべて引き上げることになる。
ビクターとエックスレイを確保している為、二日目のような撤退不可と言う状況にはならないが、それでもかなりの被害が出るのは間違いない。
むしろ撤退し再侵攻するまでの間、敵に態勢を整えられる可能性が極めて高い。
『継戦』はこの数的不利をビクターとエックスレイからの援軍が来るまで耐えきれるかどうかが鍵になる。
もしこのラッシュに耐えきれず飲み込まれた場合、今現在ユニフォームに展開するランナー達は間違いなく全滅。
ユニフォーム近隣三つの海岸線は奪還され、アラクネ達はビクターとエックスレイから来るランナー達に対処すればよいだけになる。
ランナー達もその事はよく理解しているのだろう。
皆固唾を飲んで司令部からの指示を待っている。
《わしは今作戦の総指揮官を務めるクロムじゃ、ユニフォームで戦う全軍に告ぐ》
ようやく返って来た作戦司令本部からの通信。
その声はアスカもよく知る、クロムの物だった。
前話でなんと頂いた感想が1000を超えました!
これも皆様の暖かいご声援のおかげです。本当に、本当にありがとうございます!
嬉しさのあまりシアトル・タコマ空港から飛び立ってしまいそうです!
イベント編終了まで残りわずかとなりましたが、どうぞ最後までお付き合い頂けますよう、よろしくお願い致します!
なお、明日の更新では凄いものを用意しております。
私のツイッターにて行いますので、フォローしていただけますとすぐにお楽しみいただけますので是非!