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95 DAY6出撃


 ビクター、エックスレイへの陽動作戦が始まってしばらく。

 最終攻略地点ユニフォームへ攻勢をかけるランナー達はここ、ロミオに続々と集まってきていた。


「港湾にはもうすでに船が待機してる! 準備が出来た奴からそこへ向かえ!」

「各種支給品はトランスポートから受け取れ! 上陸作戦が始まってからじゃ遅いぞ!」

「野良小隊を組む奴、いないか?」


 作戦開始直前の慌ただしさと緊張感が漂う中、ポータル付近の空間が新たなランナーがイベントマップへと転移するときに発生する光を放ち始める。

 その光の中から出てきたのは、鮮やかな緑髪ポニーテールを靡かせながら動きやすいパンツスタイルにノースリーブブラウスを身に纏ったアスカだ。


「うひゃあ! 話には聞いていたけど、すごい雨だね!」


 アスカは昨日イベントマップには入らなかった為、嵐がどれだけの物なのかは話に聞いていただけだった。

 わずかな日の光さえも通さないほどに真っ黒な空、風に雷、そして豪雨。

 聞いた限りでは大げさに言い過ぎなのではないかと思えるほどの表現だったが、一切の偽りがなかったことを身をもって味わう羽目になった。


「さすがにこの土砂降りは想定外! あ~、もうびしょびしょだよぉ!」

『水に濡れる設定、降雨エフェクト、雷鳴エフェクトは解除可能です。解除しますか?』

「うわ、そんなことも出来るんだね。う~ん、さすがにこのびしょびしょは気持ち悪いから解除! でも、雨と雷は雰囲気が出るからそのままで!」

『了解しました』


 サポートAIであるアイビスがアスカの意に沿って設定を変更。

 するとそれまで雨に濡れて体に張り付いていた服が乾いた状態に変化。

 同じく雨でくたくたになったポニーテールも普段の柔らかさを取り戻す。


「おぉー、すごいね、これ!」

『天候が悪い中でも快適にプレイする為のシステムです。顔や肌に雨が当たる感覚もカットしています』


 なおこのシステム、開発が苦労の末に雨の天候を作り、体が濡れる感覚やエフェクトまで導入したのは良いが、実際にプレイしてみれば現実同様濡れた服が体に纏わりつく不快感が先に来るという悶絶不可避な失敗が根本にあったりする。

 中には『その濡れた感覚が良いんだろうが!』と言う変人もいたが、大多数は不快感が先に立ったため水に濡れる『被水』という設定項目を作りオン・オフが出来るようにしたという経緯を持つ。

 オンをわざわざ残したのは数名の『雨に濡れたい』というマニアックな欲望を満たすため。



 そんな開発の苦悩を露も思わず、アスカは嵐の中のロミオを歩く。


「うん、久しぶりに来たけど、あの時と同じ場所とは思えないね」


 アスカの記憶にあるロミオは二日目の攻略ホブゴブリンとロックゴーレムが守る敵陣地の時であり、戦闘により地面が抉れあちらこちらで炎がくすぶるような場所だった。

 だが、今のロミオは全く違っている。

 あちらこちらにコンクリート製の休憩所や物資販売店などが軒を連ね、屋上にはレーダーやら対空機銃やら土嚢やらが詰まれていたのだ。


 おそらくはランナー達がユニフォーム攻略の前線基地にするために建てた物なのだろうが、またずいぶんと気合の入ったやり込み具合だなと感心しながら、アスカはロミオに急造された建物の中で一番大きな建物の中に入る。


「こんにちは」

「おや、君は……うん、こっちだ」


 作戦開始前とあってこの建物の中も多くの人が行き交っていたが、アスカが入って来たのに気付いたランナーが一目で事情を理解し、奥へと案内してくれた。


「この部屋の中だ。皆君を待っていたよ」

「ありがとうございいます」


 案内されたドアを開けると、そこにいたのはクロムを含む首脳陣、そしてユニフォーム方面攻略隊隊長ファルク、ほか小隊長格のランナー達だった。

 そう、この建物はロミオに築かれた今作戦の司令部施設なのだ。

 広範囲をカバーする通信アンテナを立てる事で、全エリアでの通信網の確保と前戦域の状況把握を行い、各地に的確な指示と情報共有を行う事を主目的に建築され、ロミオの中でも一際大きくたくさんの人が入れるようになっているのだ。


「クロム、ファルク、来たよ」

「うむ」

「よく来てくれましたアスカ」


 挨拶もそこそこ。

 クロムたちは視線をすぐにアスカから正面モニターに映されたエリアマップへと戻す。

 そこでアスカは気付いた。

 クロムたちの表情がブリーフィングの時とは違い、重く暗い物になっている事に。

 

 何か良くないことが起きたのだろう事は想像できたが、何が起きたのかまでは分からない。

 情報を伝えてもらいたいが、クロム達は近寄りがたい重苦しい雰囲気を纏っており、そんな中に入り込む事などアスカには不可能だ。


 どうしたものかと周囲に視線を配れば、部屋の隅の方にファルクの小隊員、キスカがいるのに気が付くと、これ幸いとばかりに近付いて声をかける。


「……ねぇ、キスカ。何かあったの?」


 声をかけられたキスカはアスカの表情から何を言いたいのか悟ったらしく、ニッコリと笑みを返した後、アスカの問いに答えることなくクロム、ファルクへと近づくとそのままローキックをお見舞いした。


「あだっ!」

「むぅ、何をするか……!」

「想定外で辛気臭くなるのは良いけど、アスカに情報を伝えなくてどうするのよ!」


 胸の前で腕を組んでふんぞり返るキスカに、ばつが悪そうに顔を見合わせるクロム、ファルク両名。

 アスカはそんな三人をあたふたとしながら見ている事しかできないでいた。


「すまんのぅ、あまりの事態に余裕がなくなっておったわ」

「私もです。申し訳ありません」

「ふん。謝るならアスカにね」

「あ、あのっ、い、いえ……」


 アスカに謝罪をし、それでは、とクロムが状況を説明してくれた。


「ビクター、エックスレイ共に戦況は悪い。どちらも進行具合は当初の予定からはるかに遅れておる」

「えっ?」


 衝撃の発言に、アスカは思わずクロムを見る。

 ビクターにもエックスレイにも、ホロやマルゼスなど能力の高いランナーを大量に送り込んでいるのだ。

 苦戦する要素などどこにもない。


 ――はずだった。


「新しい敵が出現したのじゃ。これが厄介極まる代物でな。有効な手立てがなく苦戦を強いられておる」

「新しい敵?」

「敵の名前はアダンソン。蜘蛛型の多脚戦車で、加農砲、機関銃、レイサーベルを装備した拠点防衛用の切り札でしょう。これがビクター、エックスレイに配備されていたんです」

「えぇっ!? み、皆は大丈夫なの!?」

「正直、かなり被害が出ておる。作戦失敗になるほどではないが、エックスレイは制圧しきれず、ビクターも敵の防衛線を突破できなんだ」


 ファルクの説明に、思わずアスカも拳を強く握り締める。

 ブリーフィングでは上手くいくと思えた上位戦力を分散配置した陽動作戦。

 それがまさかこのような事態になろうとは。


「じゃ、じゃあ、すぐに援護に……!」

「ならん。我々はこのままユニフォームを攻略する」

「攻め込むの!?」


 クロムが声を荒げて言い放った言葉に、アスカは驚愕する。

 モニターに映し出された戦況は優勢どころか劣勢。

 拠点を制圧するどころか下手をすれば全滅しかねないほどに押し返されているのだ。


 だが、クロムはビクターとエックスレイの援護に回らず、作戦通りユニフォームに攻め込むという。


「当初の予定とは違うが、ビクター、エックスレイ共に敵の意識は十分に引き付けておる。この機を逃してはユニフォーム攻略を成すことなど不可能じゃ」


 クロムは眉間にしわを寄せ、貫禄たっぷりの風貌でそう言い放つ。

 周りを見渡せば皆も同意見であるようで、表情を曇らせながらも頷いている。


「……アスカ、何も皆を見捨てる訳じゃない。ビクターにもエックスレイにも、十分な戦力を割り振っているんだ。ここで無理に援護に行けば、逆に彼らを信用しなかった事になる」

「アルバ……そんな……」

「私も同意見よ。むしろ最重要拠点攻略を放棄して援護に来たなんて言われたら、私はそいつの股間を蹴り上げるわね」

「キスカ……それはちょっと……」


 キスカのあまりに激しい言動に若干引きながらも、彼らの言い分も最もだとも思うのだ。

 もし自分がビクター、エックスレイに居たら『こっちの事なんか気にしないでユニフォームを攻めて!』と叫ぶのは間違いないのだから。


「……分かった。じゃあ、とっととユニフォームを攻め落とそう!」

「うむ、その意気じゃ。……そろそろ時間じゃな」

「もうそんな時間ですか。じゃあクロム、私達は先に出ます。貴方も遅れないよう」

「アスカ、空をよろしくね」

「お前だけが頼りだ。任せたぞ」

「うん。キスカもアルバも気を付けて!」


 状況確認を終えたランナー達が次々に部屋から退出し、港湾部で待機している揚陸艦へと向かってゆく。

 総大将であるクロムも、この司令部を出て戦場に赴くという。


 それはさすがにどうなのかとも思うが、今作戦ではクロムも戦力として計算に入っており、司令部施設は戦闘よりその手の情報分析に長けた者が配置されるので心配ないとの事。

 アスカは司令部の通信要員と挨拶と通信の確認を行った後外に出ると、建物が並ぶポータル付近を離れ、人気のない開けた場所へと移動する。


 オープンにしている通信からはすでに港湾部を第一陣が離れ、ユニフォームに向け出発したことを告げ、後続も準備ができ次第順次離岸すると伝えてきている。


 賽は投げられた。

 後は全力を尽くしてイベント攻略を目指すのみ。


 アスカはふぅ、と一息吐くと全身にエグゾアーマーを装着する。

 選択したのは飛雲。

 今回は一人で広範囲をカバーしなければならないため、主翼下には増槽でなくガンポッドを装備。

 インベントリ内も開き、忘れ物がない事を確認。


 離陸の為エンジンを始動、回転数を上げいざ発進と言う、その時。


「アスカ!」

「えっ、スコップ!?」

 

 まったく人気がいないと思っていたその場所に、トランスポートアーマーを身に付けたスコップが立っていたのだ。


「今から出撃?」

「うん。ポータル付近は人が多すぎるから」

「にしても寂しすぎない? せっかくエースの出撃なのに」

「いいよ。人ばかり集まってもやりにくいし。それより、スコップは戦場に行かないの?」

「ん? あぁ、僕はいいんだ」

「どうして?」


 聞けば、今回スコップは敵陣地には攻め込まず、この司令部施設での補給と物資の販売に回るという。

 確かに、ロミオから出撃すればユニフォームで死亡した場合のリスポーン地点はここになる。

 だが、もう一度出撃するには再度揚陸艦に乗り込まなければならず、稼ぎと言う意味ではあまり魅力的には思えないのだが……。


「ふふ、ここ数日でちょっとあってね。出撃すればアスカもすぐにわかるよ」

「んん?」


 疑問符を顔に浮かべるアスカを、まるで悪戯が成功した子供の様にくすくすと笑いながら見るスコップ。

 そしてアスカの前へ出ると、腰をかがめて走り出そうとしていたその先を指さす。


「さぁ、リコリス1。進路クリア、発進どうぞ!」


 一瞬キョトンとしてしまうが、このアクションは以前も見た空母の甲板員が航空機に離陸を促すジェスチャーだ。

 アスカもすぐに意味を理解し、表情を引き締めエンジンの回転数を上げる。


「リコリス1、行きます!」


 嵐でぬかるんだ地面も雨も気にせず走り出すアスカ。

 踏み込む脚とプロペラが生み出す風で盛大に水しぶきを上げながら速度を上げ、雨が降り続く暗い空へと舞い上がる。


《リコリス1、GOOD LUCK!》

 

 アスカは一度旋回し、主翼を振ってスコップへ返事をした後、戦場となる最終攻略地点ユニフォームへ向け一人飛んでいった。



たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!

嬉しさのあまりモスクワ・シェレメーチエボォ空港から飛び立ってしまいそうです!

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― 新着の感想 ―
[一言] ご両人・・・何やってんの(ガクッ さぁ、空の女神の御登場だっ!!
2021/03/06 21:49 退会済み
管理
[一言] SVO……23時間待ちのトランジット……ロビーの床に雑魚寝する人々……ウッ頭が
[一言] 雨に濡れたいのはマニアックだったらしい。 別に凍えない、風邪ひかない、悪影響ないなら、嵐の中の戦闘の気分を味わいたいなら髪の毛濡れてたり服が張り付いてた方がいい気がするんだけどどうなんでし…
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