91 DAY6決戦へ向けて
昨日のイベント中休みを女子会と兵装の見直しで過ごした蒼空。
今日も目覚まし時計のアラームで起床すると、これから出社する両親と塾に行く翼の為に朝食を用意。
今の時代にあっては珍しい家族そろっての朝食を取っていた。
「姉ちゃん、今日なんでしょ、決戦」
「うん。これからブリーフィングだよ」
「あら、それって今蒼空がハマってるゲームの話?」
「確か空を飛ぶゲームだったよな?」
普段あまり家にいない両親だが、アウトドア派だった蒼空がこの夏は完全にインドア派になり、没頭するゲームの事は気になっていた。
特に、まだ物心つく前の蒼空に空好きの、空好きによる、空好きの為の英才教育を施した父翔馬にとって以前蒼空が話した『空を飛ぶゲーム』と言うものは極めて印象に残るものだった。
食い気味に話を聞いてくる両親に、蒼空は今がイベントの真っ最中である事、今日がイベント最大の作戦の日であること、そしてどうしても倒したい敵キャラがいることを告げる。
「ふ~ん、お母さんはそう言うのよくわからないんだけど、すごいのね」
「ゲームの敵なのにポストストールマニューバを使ってくるのか。それは手ごわいな」
どこかあっけらかんとしている母、奈々に対し、翔馬の顔は真剣そのもの。
翔馬も蒼空と同じく子供の頃から空にあこがれ、その手のゲームは沢山プレイしてきているのだ。
「近距離でコブラなどされたら、レシプロ機である蒼空では手も足も出ないだろう? 何か策はあるのかい?」
「うん、いくつか見つけたよ。翼にも協力してもらったから、バッチリ!」
「えっ、ちょっと翼、あなた勉強は?」
「い、いや、勉強の合間の息抜きでやってるだけだから大丈夫だって!」
蒼空、翼、翔馬にとってゲーム内の強敵ブービーに対する作戦は重大事項だが、奈々にとって今一番大事なのは翼の高校入試だ。
ただでさえ受験勉強に集中するためゲーム禁止令を出しているというのに、こんなことで成績が下がってしまっては元も子もない。
そんな奈々の厳しい視線に当てられ慌てる翼を、すかさず蒼空もフォローする。
「ごめんなさい、お母さん、私がお願いしたの。どうしてもあいつに勝ちたかったから……」
「まったく。ま、詰め込み過ぎるのはよくないのも理解してるから多少の事は許してあげるけど、成績を落としちゃ駄目よ? 翼」
「まかせてよ、母さん!」
「それで蒼空、レシプロ機でどうやってポストストールマニューバに対抗するつもりなんだい?」
「あ、それはね……」
そこから話す、のは翼が見出した対ブービーの秘策。
曰く『勉強の空いた時間』で蒼空の空戦動画を徹底的に検証し調べた結果、ブービーの失速機動にある癖を発見したのだと言う。
それはゲーム素人の蒼空ではおそらく発見することは出来なかった僅かな癖であったが、何度も動画を見直すことでそれが確実だと分かると、その一点から攻め立てる算段が付いたのだ。
もう一つがロビンが用意したレイバードの劣悪な機動性を改善させる改造。
とりあえず試すだけでも、という事でやるだけやってみた事だったが、その効果は劇的。
同じエグゾアーマーとは思えないほど劇的に改善された機動性は、蒼空がすぐには適応出来ず墜落や空中分解を起こすほどに高性能だったのだ。
蒼空もこの機動性ならばイケる! と勝機を見出し、時間の許す限りの慣熟飛行訓練を行なった結果、ロビン、ダイクはおろかアイビスも納得するほどに習熟することに成功した。
対ブービーの秘策と機動強化したレイバード。
これがアスカが仲間達の協力を得てようやく手にしたジョーカーだ。
「なるほど、それならイケそうだな!」
「でしょう、でしょう!」
「俺が頑張って見つけたんだし、姉ちゃんには大金星上げてもらわないと!」
大空と空戦のことになると目の色が変わる一家。
もはや早朝とは思えないほどに上がったテンションを、「付き合いきれないわ」とばかりに諦め顔で眺める奈々。
「さぁ、そろそろ食べちゃわないとフライトに遅れちゃうわ」
「む、いかん、もうそんな時間だったか」
「翼もね。午前の講習、遅刻するわよ?」
「いけね!」
「蒼空、片付けお願いね」
「うん、まかせてお母さん」
こうして朝の穏やかな時間は過ぎ去り、家族は急ぎ足で出かけて行く。
蒼空は全員を見送った後、朝食の片付けと洗濯、宿題を済ませ、いつものようにBlue Planet Onlineの世界へとダイブして行くのであった。
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日が落ちた、ミッドガルの街。
昼の時間帯は住人NPCの屋台や買い物客でにぎわう中央広場も、今は出店も行き交うNPCの人々の姿は皆無。
だが、その代わりにと言わんばかりに周囲はログインしてきたランナー達で溢れていた。
彼らの目的はこれから行われる本日のイベント攻略に向けてのブリーフィング。
すでに全体に今日が決戦の日であるという通達がされている為ブリーフィングに参加したいという希望者は数多い。
しかし数十万人規模の会議場はゲームの世界と言えどもさすがに存在しない。
その為会場の外にいてもブリーフィング視聴出来る様ストリーミング配信が予定されている。
もちろん、ブリーフィングの配信はログアウト状態でも視聴は可能。
それでも仲間と一緒に見たい、現場の雰囲気を味わいたいという人々がこうしてBlue Planet Onlineにログインし、広場やランナー協会二四時間営業の喫茶店へと集まってきていた。
夜時間においては不自然なほどに賑わうミッドガルの中央広場。
その中央にそびえ立つポータルの根元で光が発生し、また一人ランナーがミッドガルの街へと現れた。
緑髪、翠眼。
上は襟つきノースリーブブラウスで下はホットパンツと言うアクティビティ感あふれるその姿は、今イベントで一番名を上げたであろうランナーアスカだ。
アスカが転移してきたことに数名気付いたようだったが、当の本人は御構い無し。
周囲をキョロキョロと見渡し、落ち着きなく動き回る。
「アスカ、こっちだよぉ、こっち~」
「フラン!」
そんなアスカに声をかけたのは、フレンドのフラン。
今日は彼女も一緒にブリーフィングに参加する予定になっているのだ。
フランと合流したアスカは挨拶もそこそこに、人気の多い中央広場を後にし、ランナー協会へと向かう。
「うわぁ、広場もすごかったけど、こっちもすごい人だね」
「ん~、ブリーフィングに参加する人、ストリーミング配信を見る人、今のうちに小隊員募集をかける人でごった返してるからねぇ」
アスカが中央広場に移動した時、あまりの多さに驚いたが、ランナー協会の人の多さはそれをさらに超えるものだった。
ランナー協会の建物に入りきらず、そこら中で立ち話をする人、花壇のブロック塀に腰掛け談笑する人などなど。
中には地面に直接座っている人の姿もあり、Blue Planet Onlineがサービス開始してから一番人が多いのではないかと思える程。
アスカ達はそんな人でごった返すランナー協会へ無理矢理入り込み、レンタルオフィスへと続く階段を上る。
ここまでイベントのブリーフィングで使用していた会議室は三階だったが、今日はそれも過ぎ去り四階へと足を進めてゆく。
ようやく階段を上り切った先で待っていたのはファルクにアルバ、キスカと言った顔なじみの面々だ。
「お待たせ!」
「二人とも待ってましたよ」
「いやぁ、思ってたより人の数が多くてさぁ」
「だからもっと早く来なさいって言ったのよ」
「メンバーはほとんど集まりました。早く中に入りましょう」
階段の先にあったのは一本の長い廊下だ。
片側にはいくつかの窓と休憩スペースが設置され、反対側に複数のドアが造られている。
ファルク達は一番近くにあったドアを躊躇いなく押し開く。
そこにあったのは、数千人は入れそうなほどに広い会議室。
今までの会議室同様、前方の壇上に巨大モニターがあるのは同様だが、後方は見難いと判断したのか中央、後方にも天上にモニターが据え付けられ、参加者が座す机にも補助モニターが取り付けられているというハイテク感漂う最上級会議室だった。
数千人分の机はほとんどが埋まっており、アスカ達はこれまで同様後方の空いている席に腰かける。
皆が順に席に着く中、唯一ファルクだけは一緒に座らず、会議室前方、司会進行がいる壇上の方へと向かってゆく。
「アルバ、ファルクは?」
「アイツは部隊長の一人だ。詳しい説明はこれからするが、今回ばっかりは作戦参加者が多すぎるから、各エリアごとに部隊長を選出している。ファルクはその一人だ」
「なるほど」
アルバと話すうちにファルクが檀上近くにいる司会進行と思われる人達のところに到達。
一言二言話した後に檀上脇の椅子に腰かける。
そして司会進行……と思ったがあの老齢を思わせる風貌はどう見てもクロムである。
が正面モニターの前に歩み寄ると会議室全体の照明が一段下げられ、全モニターが点灯した。
「皆、よく集まってくれた。これより、オペレーションスキップショット、最終攻略作戦のブリーフィングを始める」
会議室内数千の視線を一気に集めるクロムがブリーフィングの開始を宣言。
ランナー協会の外、各街に分散したランナー、ゲーム外。Blue Planet Onlineにアカウントをもつほぼ全てのランナーが見守る中、イベント攻略の成否を握るブリーフィングが開始された。
ポストストールマニューバ
Post Stall Maneuver。日本語では失速後機動。
コブラやフックなどの機動を指す。
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うれしさのあまりミラノ・マルペンサ空港から飛び立ってしまいそうです!