89 DAY5レイバード補完計画Ⅱ
「それで、飛雲ではブービーにかなわない、と言う話だったわね」
「はい。通常状態ならまだ何とかなるんですけど、強化状態になるともう話にならないです」
「さすがはネームドエネミー、という訳ね」
『補足するなら、そもそもネームドエネミーはエリア一帯のボス扱いです。多対一を前提としたバランス調整をされているため、単機で倒そうという前提条件からして厳しいと言わざるを得ません』
ネームドエネミーである狙撃手ランバート、軍神シメオン、鬼神シーマンズ。
これらに共通するのは、そのとんでもない戦闘能力故一対一での勝ち目が全くないところにある。
それは彼らネームドエネミーが大型レイドイベントのレイドボスとしての側面を持つが故であり、それぞれが多対一を前提としそれに応じた能力を有してい為だ。
狙撃手ランバートであれば隠蔽のスキルと超長距離狙撃を可能とする射撃能力。
軍神シメオンであれば大規模支援魔法と近衛兵の召喚。
鬼神シーマンズであれば魔剣による範囲攻撃。
そして、撃墜王ブービーには一瞬にして攻守を入れ替える失速機動。
普通に考えればアスカの『一対一で勝ちたい』というのは無謀とも思える発想だ。
――だが。
「それでも……私は……」
ブービーに勝ちたい。
それはどんなことがあっても変わらない、アスカの意地だ。
その様子をやれやれ、と言った雰囲気で見るロビンとダイク。
「分かってるわ。これからその方法を考えましょう」
「ロビンさん……はい!」
「それじゃあ本題ね。飛雲では話にならないという話だけど……」
「あ、それなら動画があります」
空戦においては説明するより見てもらった方が早い。
アスカは手慣れた手つきでメニュー画面を操作し、ロビンたちにブービーとの空戦動画を見せる。
「なるほど、この機動性に速度なら飛雲では無理ね」
「コイツにタイマンで勝とうってのか? 嬢ちゃんも相当だなぁ」
「レイバードなら速度で互角になれると思うんですけど、その……私レイバードを上手く扱えなくって……」
申し訳なさそうに俯くアスカ。
実はアスカはイベントの合間を縫ってレイバードの飛行訓練を行っていたのだが、正直その使い勝手の悪さに対し白旗を上げていた。
速度は間違いなく優秀なのだが、代わりに犠牲になったものが多すぎるのだ。
「アスカちゃんでもダメなの?」
「はい。離陸することもかなり難しいです」
「そんなに? いったいどういうスペックしてるのよ」
「あ~レイバードのスペック表ならあるぞ。見るか?」
「お願い」
ダイクがどこからか取り出したレイバードのスペック表を受け取り、目を通すロビン。
するとその表情がみるみる険しくなってゆく。
「なにこの推力重量比! こんなのでまともに離陸できるわけないじゃない!」
「え、推力重量比?」
「ロールレートは……うわ、これもひどい!」
「ロ、ロビンさん……?」
「アスカちゃん。これ、無理だわ」
「えぇっ!?」
スペック表に一通り目を通したロビンが目から光を失いながら出した結論。
それはレイバードではどうあがいてもブービーに勝つのは無理という事だった。
推力重量比とはエンジン推力をエグゾアーマーの全重量で割った数値であり、離陸距離や加速力、起動時の速度維持、さらには上昇力等といった様々な数値に大きく影響するのだが、レイバードに搭載されているジェットエンジンは試作扱いであり、重量が重いわりに推力が低く、この推力重量比の値が劣悪を示していた。
他にも機体を素早く動かすためのロールレート、旋回半径と言った数値も軒並み悪く、唯一優れているのが最高速度のみ、という、おおよそ戦闘機動を行うのには不向きなエグゾアーマーだったのだ。
「……という訳で、これを使うぐらいならTierⅣを開発した方が早いわ」
「えっ、でも……」
どうしよう、と言う顔で目線をダイクへと送る。
無論、ダイクの表情もすぐれない。
「今は上陸作戦の支給品製造で手が足りねぇ。空いた時間に造るにしても、完成するのはどうやったって五日はかかる。それに素材だってねぇだろう?」
その言い分ももっともだ、とアスカは頷く。
ゲーム内五日であればリアル時間では二日と半日。
イベントはすでに終了している。
実のところ、フライトアーマーTierⅣに関しては経験値が溜まっているため、すぐに開発終了し設計図を取り出すことは出来るのだ。
だがダイクの言う通り時間が足りない上、TierⅣ以上のエグゾアーマー製造はイベント報酬の素材を使用する予定だったため、手持ちに鉱石もほとんど残っていない。
ロビンにしてもその事はよく理解している。
どうしようか悩み、頭をかきむしる。
「あぁ、もう! イベント開始初日なら、まだやり様もあったのに! どうやっても時間が足りないわ」
「ご、ごめんなさい!」
「あぁ、いいのよ。アスカちゃんは気にしないで。レイバードを作りましょうと言っておきながら、スペックを確認していなかった私にも責任があるのだし。とりあえず、今からでも間に合う対処法を考えましょう。皆でね」
「ロビンさん……はい、ありがとうございます!」
その後、三人で何かいい案はないかと思案するも、良案は出てこない。
エンジンの推力が低いなら上げればいいという案も、エンジン再製造になるためやはり時間的余裕と素材不足で断念。
ならば機動力をと言う案も、主翼等を作り直さなければならず断念。
火力不足なら大口径機関銃を主翼に搭載すればいいのではと言う案は、元々劣悪な機動性をさらに悪化させる要因になるという事でこれも断念。
もはや八方ふさがりの様相を呈していた。
次第に案も出なくなり、全員の口が重くなりつつある中、ポツンと発言したのはダイクだった。
「そもそもよ。この……なんだ、失速機動? って言う奴を飛雲でやればいいんじゃねぇのか?」
「失速機動を?」
「おうよ。ブービーに失速機動で背後を取られるなら、同じように失速機動で背後を取ってやればいいじゃねぇか」
「あ、それは……」
「無理よ」
ダイクの問いに答えようとするアスカが発言に被せてきたロビン。
何故だ? と表情で訴えるダイクに、その理由を説明した。
「失速機動って言うのは難易度がものすごく高い上に、特殊な構造を持った機体でないと不可能なのよ」
「そうなのか?」
「えぇ。あと、機体強度の問題もあるわ。体や主翼そのものをエアブレーキとして使うんだもの。ハンパな剛性じゃ空中分解よ」
そう、失速機動についてはアスカも検討はしたのだ。
だが、コブラやフックと言った失速機動は『推力偏向』という特殊な構造が必要とされ、その構造を持たない飛雲やレイバードでこれらを繰り出すことは不可能だ。
レシプロである飛雲が行える失速機動に木の葉落としがあり、失速機動ではないが背後を突く手段としてスナップロールがあるが、この二つは機動後速度が著しく低下するというデメリットを持つ。
ブービーとの初対戦時の様に相手も限界まで速度が低下している状況であれば有効だが、強化されたブービー相手では背後に付く前に加速で逃げ切られてしまうだろう。
「無理か……いい案だと思ったんだけどな」
「レイバードのエンジンを推力偏向にするのは可能だけど、そもそものエンジン推力が低すぎてどうにもならないわね」
そこまで話した時、ロビンが何かに気付いたように表情を変える。
「ロビンさん?」
「……そうね、付け足してしまえばいいんだわ」
そう言い残し、勝手知ったる我が家の様に店の奥へと消えて行くと、すぐさま両手に五〇㎝ほどの筒のような物を持って戻ってきた。
「ロビンさん、それは?」
不思議そうに見つめるアスカに、ロビンは目を輝かせて言い放つ。
「ふふっ、全ての問題を一気に解決する秘策。補助ブースターよ」
それはアサルトアーマーやストライカーアーマーが肩や背面に装備し、突進力を上げるために使用する大型の推力増強ブースターだった。
DAY5はここまで。
次回は掲示板回となります。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまりローマ・フィウミチーノ空港から飛び立ってしまいそうです!