87 DAY5男子と幼女の工夫会
事案発生。
強めの雨が降りしきる、イベントマップナインステイツ。
複数ある拠点ポイントのうちの一つ、リアルでは砿業所がある場所に多数のランナー達が押し寄せていた。
この拠点は既に攻略済みであり、ランナー勢力下を示す青い光を放つポータルから、次々とイベントマップに入ってくるランナー達。
到着した者から順次エグゾアーマーを身に付けていくのだが、それはアサルトアーマーやストライカーアーマーといった戦闘用の物ではなく、トランポートアーマーやソルジャーアーマーといった汎用性に秀でた物が多数を占めており、皆各部にインベントリを増やすアイテムラック、背中には大形のコンテナを背負っている。
戦闘のただ中にあるイベントマップには不釣り合いとも思える光景。
そして皆が手に持つのは銃でも剣でも盾でもなく……ツルハシ。
そう、彼ら大勢の目当てはイベントで稼げる各種ポイントではなく、イベントの戦闘を有利に進めるための特効兵器、その材料となる特殊鉱石なのだ。
あまりの人多さで採掘ポイントに順番待ちが出来る中、ずぶ濡れになりながらもツルハシを振るうランナー達の中に、ファルクやアルバ、カルブなど、アスカと面識のあるランナー達の姿があった。
「雨の中だってのに、そんなに気にならないな!」
「水に濡れる設定、解除してるからね。切ってなかったら相当鬱陶しかったと思うけど」
「ほら、君たちも急げよ。後ろが詰まってるからね」
「特殊鉱石どんなもんかと思っとったっちゃけど、意外とドロップするんやね」
「ドロップ率を下げるとイベント攻略に支障が出るし、ランナー達に行き渡らなくなるからな。その関係なんだろう」
「しっかし、イベントマップ内に特効兵器の素材なんて、よく考えるぜ」
「大規模レイドイベントじゃさして珍しい話でもないさ」
「……?」
「…………!」
「………………!!」
全身を雨で濡らし、エグゾアーマーから水を垂らしながらツルハシを振るう各々。
採掘の回数はスキル【採取】のレベルに応じ変化するが、最低保証として必ず五回は採掘出来るようになっている。
その中で特殊鉱石のドロップ数は二個から三個。
兵器製造は基本的に複数の鉱石を用いて精錬したインゴットで行うため、鉱石は相当数が必要になる。
滞在制限、日数制限があるイベントマップのみでの入手と言う観点から見れば決して多い数ではないだろう。
だが、そこはリアルでの砿業所に位置した拠点ポイント。
採掘ポイントの数が数万のランナーにも対応できる数になっているのだ。
採掘場所はこの拠点を徹底的に調べ上げたランナー達により既にマッピングされており、人目の付かない位置に設けられた採掘坑の中まで完全に網羅されている。
マッピングの手間、兵器製造の試行錯誤などにより実戦配備までに四日を費やしたが、現在においてはほぼマニュアル化され、精錬、製造共に一日あれば用意できるほどに時間短縮されていた。
「ファルク、今日はどこまでやるんだっけ?」
「ホーク、イベントマップに入る前に話したでしょう? 午前中のうちに採掘できる量を全部です。その後メンバーで必要数を分配します」
「あぁ、そうだったそうだった!」
「うわ、あん人すごか! ドリル使っとるやん」
「何? ……ほう、すごいな」
「まさに掘削機ですね。ものすごい速さで採掘ポイント回ってますよ」
「ドリルで行けるなら俺のパイルバンカーでも!」
「少年、それはやめておけ……」
「TNTなら……イケるか?」
「!?」
「!!!???」
「イグ、それも駄目です。地形が変わってしまいますので……」
採掘用ドリルを用い、ハイペースで採掘ポイントを回るランナー達を横目に、黙々と採掘を続けるメンバー達。
そして外の採掘が終わると、アイテム整理を行った後、全員で地下坑道へと入って行く。
坑道は入り口こそ人がニ、三人程しか通れないような大きさだが、内部は広く、壁にはランタンによる照明が掛けられている。
ランタンの光以上に目につくのが、壁瑞にずらりと並んだ採掘ポイントだ。
通常マップの採掘ポイント同様に採掘可能を示すキラキラとした光を放ち、採掘されるのを今か今かと待っている。
が、それらの採掘ポイントは既に大量のランナー達に囲まれており、順番待ちをしなければ採掘することは難しいだろう。
ファルク達はそんな人で溢れる入り口付近の採掘ポイントをスルーし、坑道の奥へと進んで行く。
この坑道はそこそこの深さがあり、奥の方にも採掘ポイントが潤沢に用意されているのだ。
最奥の採掘ポイントも入り口付近の採掘ポイントもドロップするアイテム、品質等に違いが無い為、どうしても入り口付近の採掘ポイントに人が集まってしまう。
そこでファルクがあたりを付けたのは坑道奥、人気の少ない採掘ポイント。
ここにいる全員で採掘した鉱石を共有する以上、奥へと進む時間を割いてでも大量に入手した方が効率が良いと判断したのだ。
周囲で鉱石を採取するためのツルハシとドリルによる掘削音が響く坑道内を奥へと進むファルク達一行。
最初は物珍し気に周囲を見渡していた面々だったが、見慣れてしまえばどこまでも同じ風景が続く坑道内部。すぐにその景色に飽き、雑談を始める。
「ねぇ、ホロ、君はアスカお姉さんのお茶会に参加しなくて良かったのかい?」
「ん~、そっちも興味あったっちゃけど、今はこっちかなって。ほら、うちの戦闘スタイルやと特効兵器必須やん? それに、お茶会はいつでもできるけんね!」
「そうだよなぁ。お茶なんかよりもこっちだよなぁ。なんかメラーナの奴すっげぇ楽しそうにねーちゃんの所に向かっていったけど」
「……お茶会?」
「なんだアルバ、知らないのか? キスカも誘われて嬉しそうに出向いて行ったぞ。アイツも銃弾用に鉱石いるだろうに」
皆がアスカ主催のお茶会の話題で盛り上がる中、ホロがふと何かを思いついたような顔つきになり、不思議そうにカルブとラゴを見つける。
「……ねぇ、ラゴ、カルブ」
「ん?」
「何だよ、ホロ」
「ずーっと気になっとったっちゃけど、あんたらってどっちがメラーナと付き合っとるん?」
「……え?」
「はぁ!?」
ホロから不意に落とされた爆弾。
その一言に明らかに驚き、動揺を見せるラゴとカルブだが、リアクションは正反対の物だった。
突然のことから硬直し表情を崩すラゴに対し、カルブは全身を動かすオーバーリアクションで驚愕を表している。
「な、ななな!」
「ホロ、僕たちはそう言うのじゃないよ。ただの幼馴染。それだけだよ」
「そうなん? でも、幼馴染と言うには仲良すぎやん?」
「ち、ちげーよ! 誰があんな奴!」
「……そうやって頑なに否定すると余計に勘ぐってしまうが?」
「に、にーちゃん、ちげーってば! あいつとはたまたま家が近かっただけで……っていうかにーちゃんこそあのツノの生えたねーちゃんとはどうなんだよ!?」
「む……?」
「角の生えた……? あぁ、キスカですか」
カルブ渾身の話題逸らし。
自分達から照準を逸らすと同時に相手につき返す、渾身の一手。
だが、同じ小隊メンバーであるファルク、アルバ、ホークら三人の表情は冴えない。
「どうって……なぁ?」
「……うむ」
「カルブには悪いのですが、私達とキスカは君達とメラーナほど仲睦まじくはありませんよ」
「そうなのか?」
「まぁ……いろいろありましてね」
そう言って顔から表情をなくし、遠い目になるファルク他二名。
さしものカルブもその豹変っぷりから並々ならぬ事情があることを察し、それ以上の追及を断念した。
「でもよ、メラーナってかなり可愛いよな」
「……ホーク?」
「そんな顔するなよファルク。アバターの話だって。あの娘の蒼眼青髪にショートヘア、すげぇ似合ってるじゃん」
「それは言えとーね。あの吸い込まれそうな蒼眼に活発っぽさを表すショートヘア、羨ましか!」
「……考えてみたらアイツ昔っからショートヘアだな」
「そう言えばそうだね。いつも一緒だったから気にしたことなかったけど。メラーナ、運動神経は良いものね。去年の運動会の時だって……」
「おっと、二人ともそこまでだ」
カルブ、ラゴがつい口を滑らせそうになった時、タイミングよくイグがその先を制止した。
「ゲーム内でリアルの話は御法度だ。信用できる仲間内であっても。特に、今この場にはメラーナ自身もいないからな」
多種多様なVRゲームで溢れる昨今、ゲームプレイヤーのリアル情報は何よりも秘匿すべきものとして位置づけられている。
リアルマネ―トレードによるいざこざ、痴情のもつれ、妬み、怨恨。
現実世界より万能感あふれる仮想空間において、人々の態度はどうしても大きくなりがちであり、些細な事で問題化しやすい傾向がある。
それはゲーム玄人であるイグらは熟知している事。
故に、ゲーム歴が浅く流されてリアルを口走りかけたカルブとラゴを止めたのだ。
「んで、お前ら二人ともメラーナと恋人ってわけじゃねーんだな?」
「くどい!」
「話を戻さないでください」
ホークに再度メラーナとの関係を聞かれ、不機嫌気味に答える二人。
今にも噛みつきそうな視線でホークを見るが、当の本人はその視線を完全に無視。
何事か思案し始める。
そして続けて放った一言が、周りの空気を一変させた。
「そうかそうか、二人とも関係ないのか……なら、あの子は今フリーって事だな」
「……は?」
「ホーク……さん?」
「ホーク、まさか貴方……」
「なん……だと……?」
「うわぁ、ホークさんって、そういう人だったん?」
「え? あっ、い、いや、そういう意味じゃ!」
ポロっとこぼした『フリー』と言う言葉。前後の会話からその単語がどういう意味を持つのか、分からない人間はこの場にはいなかった。
ホークは全員から冷ややかな視線を向けられたことで、自身の失言を悟るがもはや時遅し。
同小隊メンバーには呆れた態度を取られ、カルブ、ラゴ、ホロの三名は明確にホークから距離を取る。
そして、イグ達はと言えば……。
「おい、お前達。ホークがメラーナを口説こうとしたら何をしてでも止めろ。最悪警告を受けても構わん。やれ」
「…………(コクリ)」
「…………(コクリ)」
「…………(コクリ)」
「お前ら普通に会話できるだろうが! こんな時までロールプレイしてるんじゃねぇ!」
メラーナをホークの魔の手から守るため、三人の愉快な仲間たちがメラーナの身辺を固める事で一致していた。
なお、リアルのメラーナは中学生であり、そのままホークがメラーナにアプローチをかけた場合は完全にアウト。
事案である。
カルブ、ラゴはもとより、ホロもその事を知っているため、ロリコン及び出会い厨疑惑が急浮上したホークにドン引き。
特にホロは自らのアバターが幼い少女という事もあり、明確に距離を取っている。
このホーク、ロリコン疑惑事件。
翌日にはホロからの告発によって女性陣全員に知れ渡る事となり、ホークは数週間の間女性陣から露骨に距離を取られる事態となった。
もっとも、アバターでリアルの年齢と外見が分からないゲームの世界であるため、ホークは『メラーナのリアルが中学生である』という事を知らなかった、という事だけは彼の名誉のために記しておこう。
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嬉しさのあまりドーハ・ハマド空港から飛び立ってしまいそうです!