86 DAY5女子会
息抜き回。
シエラ渓谷攻略作戦が終わった翌日。
蒼空はいつもと同じように朝の家事を終わらせると、今日は一日自宅学習だという弟の翼に昨日の空戦動画を見せていた。
「これで全部なの、姉ちゃん」
「うん、全部。これで何かわからないかな?」
「じっくり見てみないと何ともだけど、これすごいね。ブービーってこんな機動もするんだね」
勉強のストレスが溜まっているのか、翼は蒼空が見せたブービーとの空戦動画に興味津々。
鼻息を荒げながらタブレットに映し出される動画を見つめていた。
コブラ、フック、スナップロール。
これらは航空ショーや動画サイトで見ることが出来るものだが、限界戦闘のドッグファイトの最中繰り出されるものはないのだ。
「ふむふむ……これは今までの動画もよく見てみないと。これは楽しくなってきたぞう」
「協力してくれるのは嬉しいんだけど、勉強も忘れちゃ駄目だからね?」
目下、翼は現役の受験生なのだ。
勉強の詰め込み過ぎによるストレスは発散させなければいけないが、肝心の勉強が疎かになってもらっても困る。
ましてや、その原因が蒼空の渡したゲームのプレイ動画とあっては、両親から何を言われるか考えただけで恐ろしい。
「分かってるよ姉ちゃん。それで、姉ちゃんは今日はどうするの?」
「どうって?」
「今日もゲームでイベントに参加するんでしょ? どこを攻めるの?」
「あぁ、えっと……まだ決まってないんだ」
「そうなの?」
「うん。とりあえず、ログインしたら聞いてみるよ」
昨日はポータル奪取後も激しい抵抗をつづけた鬼人兵残党の相手でほぼイベント制限時間を使い切ってしまっていた。
通常マップに移動した後も、もう夜遅いという事もあり今日の予定を聞かないままログアウトしていたのだ。
動画解析を翼に頼んだ蒼空は朝一番で洗濯機にかけた洗濯物を庭に干し、昼の準備まで終らせた後、自室に入るとVR機であるヘッドセットを装着。
ベッドに横になるとBlue Planet Onlineの世界へとダイブしていった。
―――――――――――――――――――――――
「え、お休み?」
「そうだよぉ。まぁ、アルバ達は鉱石採取だから、お休みと言うのもちょっと違うけどねぃ」
「カルブ達も『一番いい装備を作る!』って言って飛び出して行っちゃいました。私はここ最近張り切りすぎてたんで、こういうのんびりしたのも良いんですけど」
一㏊の広大な敷地の半分に様々な花と夏野菜、半分が薬草と言うまさに家庭菜園という風貌の畑の縁で、ピクニックでもしているかのようにシートを広げお茶を楽しむ女子達の姿があった。
パールピンクの癖っ毛にネコミミ、ミニスカートの縁から可愛らしい尻尾を見せるフラン。
青髪ショートヘアにミニスカニーハイソックスで絶対領域を演出するメラーナ。
そして緑髪ポニーテール、ノースリーブブラウスにホットパンツと言う露出度の高い服装で文字通り『ホット』な視線を集めるアスカの三人だ。
彼女達は午前中の日が落ちる前に、イベント作戦会議と言う名の女子会を開放感あふれるアスカの畑で行っていた。
今日のイベント攻略予定を知らないアスカは、フラン達から詳細を聞くつもりでいたが、帰って来たのは「今日は攻勢はないからお休みだよ」という拍子抜けする物だった。
聞けば、絶対的有利を取った昨日のシエラ攻防戦終盤。
余裕とすら思われた状況だったが、鬼神シーマンズが思わぬ抵抗を見せたのだという。
それこそ、通常ツリーにあるエグゾアーマーでは手も足も出ず、特効兵器を持った部隊ですら苦戦する程だったらしい。
その事を踏まえ、イベント攻略最終地点であるユニフォームに攻勢をかける前にしっかりと装備を整える手筈になった。
とはいえ、特効兵器製造に必要な鉱石がイベントマップ内でしか入手不可能な為、今日一日を費やし、入手、加工、製造までを終わらせ、明日に備えるとの事だった。
そして、ここにいる三人と言えば……。
「私は要らないかなぁ……基本的に被弾イコール墜落みたいなものだし、装甲板みたいな重量物は付けたくないし」
「私もです。まぁ、あった方が良いのは良いんでしょうけど、私の役目はみんなの支援なので……」
「そうなるよねぇ。私も魔法攻撃メインだから、特効兵器は要らないんだよねぇ」
空を飛ぶアスカに後方支援のメラーナ、中距離魔法攻撃のフランと、全員が特効兵器を必要としないエグゾアーマーをメインに使用しているのだ。
一応、予定として今日中にシエラとユニフォームの間にある拠点ポータルを落とし、陣地化するという物があるが、これもすでに午前中のうちに攻略済み。
鬼神シーマンズには苦戦した特効兵器部隊だが、通常のモンスター達であればそれは絶対的有利性となるのだ。
――ま、そう言う事なら今日はゆっくりしよう。
採掘もせず、侵攻もない以上、わざわざイベントマップに入る必要もない。
イベントが始まってからこっち、絶えずあの銃弾飛び交う戦地にいたという事もありいろいろと張りつめている自覚もあったのだ。
今日も攻略頑張るぞ、と意気込んでいたアスカの気合は綺麗に霧散。
今日一日は通常マップでゆっくりのんびり過ごすことに決めたのだった。
「やっほー、アスカ。遊びにきたよー」
「へぇ、ここがリコリス1の畑かぁ」
「キスカ! ヴァイパー2も!」
しばし三人で談笑していると、畑の入り口にファルクの小隊員であるキスカと飛行隊メンバーであるヴァイパー2が現れた。
この二人もこの女子会に呼んでいたメンバーであり、所用で後から参加するという返信を貰っていたのだ。
「いらっしゃいなの! マスターのお友達なの?」
「えぇ、そうよ。アスカ、入ってもいい?」
「もちろん! 今許可出しますね!」
畑のサポートNPCであるコロポックル、ハルが出迎え、すぐに畑のオーナーであるアスカが入り口まで駈け寄った。
この畑は購入者のパーソナルスペースとして設定され、中に入る際にはフレンドであってもオーナーの許可が必要だ。
アスカは既に何度も行っている操作を行い、二人の畑への入場を許可。
ついでにいつ来ても入れるよう入場許可を永続に設定する。
「ありがとう。じゃあ、お邪魔するわね」
「へぇ、見事な畑ね。ねぇ、リコリス1。畑の半分を占めてる薬草ってもしかして?」
「はい。品質Aの魔力草です」
「これが全部? ……壮観ね」
見る人が見れば……どころか全ランナーが見ただけで卒倒しかねない一〇〇株以上の品質Aの魔力草。
特に、空を飛行し絶えずMP枯渇と言う難題が付きまとうヴァイパー2からしたら尚の事。
一瞬目を奪われてしまうヴァイパー2だったが、他のメンバーに促され他二名の待つシートまで足を進めた。
「フランとメラーナは初対面だよね。この女性が飛行隊のメンバー、ヴァイパー2だよ」
「始めまして。ヴァイパー2よ。よろしくね」
「ほぉ~、またすごいアバターだねぇ。私はフラン。よろしくねぇ」
「…………はっ! わ、私はメラーナです! よろしくお願いいたしまふっ!」
「フランにメラーナね。よろしく」
自分の姿を見た二人の反応にクスクスと笑うヴァイパー2。
それもそのはず、ヴァイパー2のアバターは全身蜥蜴のリザードマン。
フランのような猫耳やキスカの鬼人のツノなど、人間ベースにちょっと非人間感を足したアバターとは違い、まさに異種族といった風貌なのだ。
「お、女の方、なんですね……」
「あら、この私のどこが男性だというのかしら?」
「いやぁ、初見で判別は無理だと思うよぉ」
ドヤ顔でポーズを決めるヴァイパー2に、フランのツッコミが入る。
その光景にどこか見覚えを感じるアスカ。
――うん、昨日の私の反応も当たり前だよね。
と内心で自分を納得させていた。
そこでふとヴァイパー2の横で呆れた顔をしているキスカに気付き、近づいて声をかける。
「キスカ、昨日は協力してくれて、本当にありがとう」
「あぁ、いいよ。私もポイント取れたし、気にすることないわ」
昨日のブービー飛行隊ギンヤンマの撃墜。
これはキスカ立案の作戦であり、準備、実行共にキスカが主導して行ってくれた。
だが、その作戦は戦場から離れた高台に設置型の対空機関銃を置くという物であり、イベントの主目的、ポイントを稼ぐという事からはかけ離れるものだった。
事実、昨日高台に潜んだキスカ達のキルは複数人がいたのにもかかわらずギンヤンマ二匹だけ。
決して美味いとは言えない作戦。しかしキスカはアスカに笑みを返す。
「シエラ渓谷だと私みたいなガンナーは出番がなかったし、なにより空をあの速度で飛ぶギンヤンマを叩き落せて最高に楽しかったわ。次があったら、また声をかけてね」
「はい!」
両者の紹介を終えたところで全員がシートに座り、女子会を再開する。
お茶はトティス村のマギ婆ちゃんのところで買った特製ハーブティ、付け合わせにチョコやクッキー、ケーキ等など。
他にも各人が持ち寄ったお菓子を出し、女子トークに花を咲かせてゆく。
「このハーブティ本当に美味しいわ。どこで買ったの?」
「トティス村に売ってるんです。人気の少ない薬草店で、お勧めですよ」
「にゃ~、ヴァイパー2はその姿で食べにくくないのかにゃ?」
「最初は戸惑いもあったけど、慣れね。今では何ともないわ。と言うか、貴方もそのしゃべり方は何なの?」
「気が緩むとこうなっちゃうのさぁ、まぁ、気にするな、にゃ」
「ヴァイパー2さん……ってこれ、コールサインですよね? ランナーネームはなんて言うんですか?」
「ランナーネーム? ――――よ」
「あれ、普通?」
「……どんな名前を想像したのかしら? まぁ、これは私一人だと何の問題もないのだけど、ヘイローチームの二人を入れるとややこしくなっちゃうのよ」
「へぇ、どんな名前なんですか?」
「――――と、――――よ」
「は?」
「だから、――――と――――。そして私の名前が――――」
「あぁ、そりゃあこんがらがるねぇ」
「えっと……覚えきれませんでした……もう一回お願いできますか?」
「ふふ、気にしなくていいわ。私も気に入っているから、ヴァイパー2で構わないわよ」
「ところでメラーナ、ホロは? 声かけたんだけど、用事があるって断られちゃったんだけど」
「あ、ホロはカルブ達と一緒に鉱石集めに行きました」
「そうなんだ。……でも、いいの?」
「……はい?」
「いや、だから、カルブとラゴが他の女の子と一緒に遊びに行ってもいいの?」
「……はい??」
「アスカ、今の話は聞き捨てならないわ」
「にゃ~私もそれは気になってたのさぁ。メラーナはカルブとラゴ、どっちが本命なのかにゃ?」
「え? ちょっと、キスカさん、フランさん? 一体何の話ですか?!」
「カルブとラゴ?」
「ヴァイパー2はまだ会った事ないよね。カルブとラゴは二人ともメラーナの幼馴染で男の子なの。いつも三人で仲がいいから……」
「ほうほう。それはそれは……面白いわね!」
「あ、あの、私とあの二人はそういう関係では!」
空に夏らしい青空と見事な入道雲が広がる中、多種多様、色鮮やかな夏の草花が咲き渡る畑の一角で開かれたうら若き乙女たちのお茶会は、いつまでも続いていた。
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嬉しさのあまりチューリッヒ空港から飛び立ってしまいそうです!