80 DAY4シエラ渓谷突破戦Ⅵ【無双】
無双です。
ようやくブービー飛行隊に一撃を与えることが出来たアスカは、協力してくれた地上対空攻撃部隊に上空旋回で感謝の意を示した後、ヴァイパー、ヘイロー両チームと合流するべくシエラ渓谷へ向け飛行していた。
《思ったよりもあっさりだったな》
《ガンマニアのキスカらしいわ。銃の特性をよく理解してるのね》
《あとはこいつをリコリス1が戻ってくるまで抑えておけばいいだけだ。楽な仕事だったぜ》
《油断は禁物だよ、兄さん》
アスカ達がギンヤンマ三匹を撃墜する間、四対一でブービーを抑えていた彼らだったが、聞こえてくる声は穏やかだ。
状況は地上も空もすでに勝ち戦であり、空においてはアスカも含めれば五対一。
負ける要素など皆無であり、この後はアスカとブービーのタイマンを観戦。
地上への航空支援をしつつ拠点ポータルが落ちるのを待つだけの消化試合。
――そのはずだった。
《よし、背後に付いた……何っ!?》
《ヴァイパー1、後方にブービーよ! ブレイク、ブレイク!》
《ヴァイパー1が墜ちたぞ!?》
《何が起きたの!?》
今の今まで穏やかだった通信が一変、緊迫したものへと急変する。
「い、いけない! 皆、散開してください! 今ブービーに攻撃しては駄目です!」
その様子は、離れた位置にいたアスカには、ブービーの行ったアクションがはっきりと見て取れていた。
ヴァイパー1に背後を取られたブービーが行ったのは、空中で体を直立させる事で急減速を行い相手をオーバシュートさせるコブラだ。
不意をつかれ、いきなり攻守を逆転されたヴァイパー1は背後に回ったブービーに対処することが出来ず、連結重機関銃の集中砲火により致命傷を負い、炎を纏い黒煙を噴き上げながらシエラ渓谷の山林部へと墜落していった。
《コブラ!? 話が違うぞ! あれは耐久を一定以上減らしたら行ってくるアクションじゃないのか!?》
《あくまで推測、確定じゃないわ!》
《兄さん! ブービーに張り付かれる、回避して!》
事前の打ち合わせではブービーのコブラへの対策ももちろん検討していた。
アスカの動画の中でブービーがコブラを使ったのはたった一回だけ。
それは二日目の終盤、一対一でブービーのHPが三割以下、かつ目が赤くなっていたという条件の元だった。
その為、四人でブービーの相手をしている間は必要以上にダメージを与えず、三割以上のHPを維持。
有利不利を一瞬で覆される危険なコブラを行わせないよう細心の注意を払うという作戦だった。
――だが。
《兄さん、逃げて! 僕がブービーを……えっ!?》
《ヘイロー2!》
《今度はフック!?》
ヘイロー1の後ろに着いたブービーを引きはがそうと、そのさらに後ろに着いたヘイロー2。
旋回中のブービーを狙おうとミサイルを構えたが、ブービーはこれを許さず水平旋回中に行うコブラ『フック』を行い、ヘイロー2をオーバシュートさせると、銃口をヘイロー2へと向けた。
対空ミサイルと言う四人の飛行部隊の中で最重量の武器を持つヘイロー2に、背後から放たれるブービーの凶弾を躱すだけの機動力はなく、弾丸はヘイロー2のフライトアーマーを粉々に吹き飛ばす。
《くそっ、何がどうなってやがる!》
《ヘイロー1、落ち着いて! 焦ると向こうの思うつぼだわ!》
《分かってる! だが……ぐあっ! ……駄目だ、墜ちる!》
《ヘイロー1! 応答して、ヘイロー1!》
今まで四対一と言う数的有利に加え、誘導ミサイルまで使用してようやく抑えていたブービー。
包囲網が緩んだ今、性能で劣る翡翠でブービーを抑えるのはもはや不可能だった。
ヴァイパー2のアサルトライフルによる射撃は脅威にならないと判断したのか、ヘイロー1に狙いを絞りこれを呆気なく撃墜する。
《くっ、これがネームドエネミー、ブービー……》
「ヴァイパー2、離脱してください!」
《リコリス1!》
ここにきてようやくアスカが合流。
最高速からの奇襲でヴァイパー2を狙っていたブービーを引きはがす。
「よくも、みんなをっ!」
『アスカと一緒に飛びたかった』と語ったヴァイパー1。
アスカの『ブービーは私が撃ちとりたい』と言うわがままに付き合って、ここまで制限時間を残してくれたヘイローチーム。
そんな彼らを落とされ、冷静でいられるアスカではなかった。
「みんなの仇!」
フルカスタムアーマーである飛雲のフライトユニットを最大で吹かし、旋回。
最大速度を維持したまま再度ブービーを狙う。
対するブービーも狙いをヴァイパー2からアスカへと移しこちらへ機首を向ける。
お互いが正面から対峙する、ヘッドオン。
ブービーは連結重機関銃の連射。
アスカはピエリスの連射からエルジアエのレイサーベルを展開させての切り上げ。
互いに攻撃を躱しながらの攻撃であるため、飛行には支障ない程度で被弾しつつ、交差する。
「今の、あいつの目……」
一瞬ブービーとすれ違っただけのアスカだったが、それだけでブービーに起きた異変に気付く事が出来た。
「赤かった……?」
そう。それは狂ったように赤く、深く淀むブービーの眼。
しかも、赤黒さは前回の空戦でアスカがHPを三割以下にしたときよりも遥かに色深いものだった。
いったい何故?
その問いにはアイビスが答えてくれた。
『敵モンスターはAIを搭載しています。特にネームドエネミーは通常モンスターとは違い、高度な思考ルーチンが可能となる物になっています』
「じゃあ、ブービーのあれは?」
『……おそらく、僚機を撃墜された事によるものと思われます』
「そんな……」
仲間を殺され、悲しみ、怒っている。
まさかゲームの敵がそんな思考を持っているとは思わなかった。
「ゲームのAIがそこまで考えるなんて……!」
『そこまで深く考える必要はありません。ブービーの思考はあくまでもゲームとしての演出の一部です』
「で、でも!」
ゲームの中には敵を一定数倒すと行動パターンが変化するケースがあるという事は、あまりゲームになじみのないアスカでも知っている。
だが、僚機をすべて失った事で怒り狂ったブービーを叩き落すとなると、あまりに後味が悪い。
《リコリス1、ブービーに張り付かれるわ! 動いて!》
「っ!」
赤い眼とブービーの思考が気になり、緩慢飛行になってしまっていたアスカを見逃すブービーではない。
ヘッドオン後、インメンルマンターンで高度を取ったブービーが動きの鈍いアスカの頭上から襲い掛かったのだ。
ヴァイパー2の咄嗟の一言で気を持ち直したアスカはすぐに回避行動を取る。
飛雲の全力旋回であれば、速度重視であるブービーを振り切ることは容易。
それはブービーと何度も空戦を行い、間違いのない事実として認識している事だった。そのはずだった。
「……っ、離れない!?」
先のヴァイパーチームに向かわせないよう空戦していた時まで旋回性能では勝っていたはずなのに、今この瞬間のブービーはアスカの機動に一歩も引かず肉薄してきているのだ。
『ブービーは特殊条件下における能力向上状態です。効果はブービーの機体性能を向上させるものと推測されます』
「こいつ、どこまで……」
――どこまで私を馬鹿にすれば気が済むの!?
アスカは必死になって動き回り、複雑な機動曲線を描く。
だが、それでもブービーは離れない。
「駄目、離れない!」
《リコリス1、そのまま直進、加速して!》
「ヴァイパー2!?」
それはブービーのターゲットにされないよう離脱していたヴァイパー2からの通信。
レーダーで確認すれば、アスカの背後に付いたブービーのさらに後ろから高速で接近してくる味方の反応があった。
彼女はアスカがブービーに対し不利と悟ると、翡翠が出せる全力の速度で迫ってきていたのだ。
《リコリス1に固執している、このタイミングならっ!》
一気にブービーとの間合いを詰めたヴァイパー2はその背後からアサルトライフルを連射する。
単発火力は決して高くはないアサルトライフルだが、完全に背後を突いた状況では十分に有効打となりえた。
被弾によりブービーの体から翅と胴体の部品が激しく飛び散り、各部から煙が上がると同時にHPバーが大きく削れてゆく。
だが、それでも怒り狂うブービーを仕留めるまでには至らない。
《このまま撃墜して……えっ!?》
次の瞬間、ヴァイパー2の正面からブービーが『消えた』。
後方からの攻撃を受けたブービーはわずかに機首を上げると片翅二枚を操作し急速横転。
ものすごい速さでのバレルロール機動を行うと同時に急減速、ヴァイパー2をやり過ごす。
機動を終え水平飛行に戻りながら四枚の翅を全力で動かし今度は急加速を行いヴァイパー2に追従。
正面に捉えるのは、無防備なヴァイパー2の背面。
ブービーはスナップロールと呼ばれる飛行機動を行い、後ろについていたヴァイパー2をオーバーシュートさせたのだ。
《こいつ、この速度でスナップロ……うあぁっ!》
「ヴァイパー2!」
リアルにおけるコブラやスナップロールと言った機動には速度制限がある。
それは機体の耐久性もさることながら、生身である肉体が急激な機動から来る強烈なGに耐えきれないからだ。
当然ヴァイパー2もその事は知っていた。
故に、それ以上の速度が出ている時に背後から急襲したのだが、目論見は完全に外れてしまった。
TierⅡフライトアーマー翡翠に強力なバフ状態が掛かっているブービーを振り切るすべはなく、フライトアーマーを木っ端みじんに吹き飛ばされ、地上へ向け落下してゆく。
「ヴァイパー2! 応答して、ヴァイパー2!!」
《ごめん、やられた! リコリス1、逃げなさ……!》
ヴァイパー2からの通信が途切れるのと同時に地上で爆発が起き、レーダーに映っていたヴァイパー2の反応が消滅した。
「っ……ぁ……や、やったな!」
――後味の悪さが何だ、悪役が何だ、今、私の目の前にいるのは、敵だ!
「あなたは……あなただけはっ!」
ヴァイパー2の攻撃により機体が損傷、機動力が低下したブービーにアスカが襲い掛かる。
当初の予定通り一対一ではあるが、こんな形でのタイマンなど望んでいない。
それでも、アスカは撃墜された皆の敵を討つべく、ブービーを追う。
これに対しブービーも逃走はせず、アスカを迎え撃つ。
ブービーの機体が損傷したことでアスカとの性能差はなくなっており、両者互角。
お互いが全力を尽くしてのドッグファイトへと発展する。
既に強化状態となっているブービーはコブラ、フックなどの失速機動に加え、スナップロールも駆使し、オーバーシュートを狙ってくる。
アスカも飛雲の性能に物を言わせ、木の葉落としやスパイラルダイブ、バレルロールで攻撃を躱しつつ、ブービーを狙う。
『左脚部被弾。ダメージ29。ピエリス、残弾僅かです』
「まだっ、まだぁ!」
『右主翼被弾、魔力漏洩、センサーポッド作動停止、ダメージ56』
「右主翼からの供給カット! このおっ!」
ブービーにダメージを与えているが、同じようにこちらも被弾してゆく。
機体性能は互角だが火力となるとやはりブービーに分があり、アスカの被ダメージの方が大きく、確実に蓄積されてゆく。
『ピエリス、残弾無し。MPポーション、残り三つです』
「……っ、それでもっ!」
残弾の尽きたピエリスを空に投げ捨て、両手でエルジアエを構えブービーを狙う。
だが、それでもブービーを落とすことは叶わない。
主兵装をエルジアエにした事で、MPの消費が一気に増大、みるみるうちに残量を減らしてゆく
一進一退の攻防を繰り返すうちにMPも残りわずか。
焦りを覚えたアスカは起死回生を狙い、レイサーベルを展開させブービーの上方から襲い掛かる。
しかし、これもブービーは急旋回により回避。
空振りしたアスカは襲い掛かった勢いそのままに急降下してゆく。
――背後に付かれる。
そう覚悟し、後方を見るが、そこにブービーの姿はなかった。
慌てて周囲を確認すれば、アスカの攻撃を回避したブービーは高度を上げ空域を離脱してゆくではないか。
「ま、まて! 逃げるなっ!」
姿勢を直し上昇、追撃するも、ブービーに追いつけるだけの速度はなく、漆黒の蜻蛉は分厚い雲の中へと消えて行く。
その様子を忌々し気に見つめるアスカ。
何故ブービーは決着もつけないまま飛び去ったのか?
意気消沈するアスカの目の前に、作戦終了を告げるログが表示された。
<シエラの拠点ポータルを確保しました>
そう、こちらが拠点を確保したことでシエラにおける攻防戦が終結し、ブービーはこの空域での戦闘を切り上げ引き上げたのだ。
地上からは盛大な勝鬨が上がり、ランナー達がお互いを讃え合う歓喜の声が上がっていた。
空も再前線のポータルから復活したヴァイパー、ヘイロー両チームがこちらへ向け飛行してくるのが見えている。
だが、アスカは納得できない。
「――くっそおおおぉぉぉぉぉ!!」
アスカの悔しさと怒りの入り混じった叫び声は、誰にも聞かれることなく薄暗い曇天の空へと消えてゆき、その言葉に応じるかのように空から大粒の雨が降り出したのだった。
コブラ
水平飛行中に進路と高度を変えず急激にピッチアップ、仰角を90度近く取り、そこから前へ倒れ込むように水平飛行に戻す戦闘機動。
その様子が鎌首をもたげて頚部を広げるコブラのように見える事からこの名が付いた。
Su-27フランカーのパイロットヴィクトル・プガチョフがパリ航空ショーで初めて行ったことからプガチョフズコブラとも呼ばれる。
Su-27の代名詞とされ、高いパイロット技術と機体性能がないと不可能とされるロマン技。
現実世界では「実践的ではない」とされるが、フィクションの世界では「そんなの関係ねぇ!」と大人気。
フック
旋回中(ロール角90度)で行うコブラ機動。
簡単に言えば空中で行うドリフトである。
コブラ同様実際の空戦では実戦的ではないとされ、使用されることはまずない。
スナップロール
水平状態から『エレベーター(昇降舵)』、ないしは『エレボン』を操作し急激なピッチアップを起こすと同時に『ラダー(方向舵)』を操作。片翼を故意失速させ急速度のバレルロールのような機動を行う戦闘機動。
急機動な上に速度が大きく落ちるため、背後に着いた敵機を追い越させる『オーバーシュート』を狙う。
ジェット戦闘機でも可能とされるが、発生する強烈なG(負荷)に人間が耐えきれず、また速度を犠牲にするデメリットが大きいことから一般的には使用されない。
ブービーは拠点奪取で撤退。
どんなに仇敵が憎かろうともプログラム通りに動くしかないのです。
明日は地上のシーマンズと掲示板回を更新。
その数なんと五話!
朝から順番に更新していきます。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!
嬉しさのあまり与那国空港から飛び立ってしまいそうです!