78 DAY4シエラ渓谷突破戦Ⅳ【射角】
迫りくる大量のトンボ達へ向け、加速しながら急上昇してゆくアスカ達。
これに対し赤とんぼ達はアクションを起こさず、進路そのまま。
赤とんぼの護衛であるブービーとギンヤンマ三匹は脅威であるアスカ達を迎撃するべく、加速。
赤とんぼ達の前に出ると、そのままこちらへ向け一直線に向かってくる。
アスカ達はデルタ編隊、ブービー達はフィンガーフォー。
お互いに陣形を崩すことなく、高速ヘッドオンでのファーストコンタクトを迎える。
先に仕掛けたのはブービーの戦闘飛行隊。
ブービー、ギンヤンマが使用する機関銃は射程、攻撃力共にアスカ達が使用するアサルトライフルやレイライフルをはるかに凌駕する物であり、アスカ達が反撃不能な距離から銃撃を行ってきた。
《来た来た来たぁ!》
「散開してください!」
《ここまで火力に差があるとむしろ笑えてくるわね》
ヘッドオンでブービー達に攻撃するべくアサルトライフルを構えていたヴァイパーチームの二人は、ブービー飛行隊からの一方的な銃撃に対しすぐさま射撃姿勢を解き、回避行動に移る。
ブービー達が使用する火器に対し、こちらが射程、威力共に劣っている事は事前に見せてもらったアスカとの戦闘記録から把握している。
動画では分からない些細な情報もアスカからしっかり聞いており、この程度の事態で慌てたりはしないのだ。
「ヴァイパーチームは赤とんぼを! 私はブービーをできる限り引き付けます!」
《Copy。無茶するなよ!》
《私達よりリコリス1が落ちる事の方がまずいわ。貴方は回避に専念して!》
ブービー達の銃撃を躱したヴァイパーチームの二人は左右に分かれ、ブービーの事など眼中にないとばかりに真っすぐ飛行する赤とんぼへ向け加速。
アスカは銃撃をバレルロールで回避しつつさらに加速。
ブービー達との距離を一気に詰め、射程に入り次第ピエリスとエルジアエを連射する。
これに対しブービー達はギンヤンマ三匹のうち二匹が左右に分かれヴァイパーチームを追う動きを見せ、残りの一匹とブービーがアスカへと迫って来た。
「貴方たちの相手は私だよっ!」
四対一ではどうしようもないが、二対一なら十分にやり様はある。
ヴァイパーチームを追ったギンヤンマも気になるが、そこは先ほどの二人の発言を信じ任せるしかないだろう。
目下、最大の懸念事項はブービーだ。
彼の持つ連結重機関銃、これが最大の脅威となる。
ギンヤンマ達の持つ機関銃はブービーのそれとは違い、単装。
アイビスが撮影した動画からギンヤンマの機関銃はランナー側の火器一覧にも存在する物を装備している事が判明している。
その機関銃は武器積載量が少ないトランスポートやメディック、マジックアーマーでも装備出来るように小型、軽量化した物なのだが、代償として連射速度と精度が犠牲になっている。
故に、しっかりとギンヤンマの位置と射線に注意し回避機動さえとっていれば、ギンヤンマからの攻撃による致命傷は避けられるだろう。
だが、ブービーは違う。
ギンヤンマより一回り大きなオニヤンマの体を持つブービーが使用する重機関銃はランナー側には存在しない銃であり、動画から推測された性能はギンヤンマの持つ機関銃の能力向上版。
軽量化された重量は据え置き、欠点である連射速度と精度の悪さを改善したものだろうと思われた。
一丁でも十分危険な機関銃を、ブービーは二丁。
連結して動体下部にぶら下げている。
アスカが身に付けるフルカスタムフライトアーマー『飛雲』であれば多少の被弾は耐えられるが、エグゾアーマーツリーにある『翡翠』でこれに耐えるのは相当に難しい。
この状況でのアスカの仕事は、ギンヤンマ一匹を相手にしつつ、ブービーを牽制し続け、その矛先をヴァイパーチームに向けない事。
それを許し、ヴァイパーチームが落とされた場合、始まるのは赤とんぼによる地上の蹂躙だ。
そんなことは絶対にさせない。と、アスカは執拗にブービーを狙う。
三つの筋状の飛行機雲が、薄暗い曇天の空に複雑な螺旋機動を描き出す。
ブービーに対しては旋回性能で勝っているため、一度張り付いてしまえばそうそう逃がすことはない。
アスカはブービーの後ろに張り付き、執拗に狙い続ける。
だが、それはもう一匹のギンヤンマに対しての警戒が薄くなることを意味する。
アスカからの注意が薄いと判断したギンヤンマはすぐさま張り付かれたブービーを援護すべく、アスカの背後に張り付いた。
『注意、六時方向にギンヤンマ接近』
「……っ!」
アスカは少し前から違和感を感じていた。
たとえ飛雲であっても、最高速に達したブービーには追いすがれない。
記憶に新しい昨日のゴルフ要塞攻略戦では飛雲の最高速でもってもブービーを振りきれず、翡翠を装備した二日目のブービーとの空戦ではパワーに物を言わせたヒットアンドラン戦法に大いに苦しめられたのだ。
しかし、先ほどからブービーはアスカに背後を取られても加速しようとはせず、不得意なはずの機動戦を続けていた。
いったい何故? そう思っていた答えがこれなのだろう。
背後に付かれても自らを囮とし、僚機であるギンヤンマにアスカの背後を取らせ、攻撃する。
ドッグファイトにおいて一度背後に付かれれば逃げるのは至難の業。
さらに、アスカがギンヤンマから逃げようと動けばブービーへの圧力が無くなり、自由に動き回られてしまう。
そんな危機的状況の中、アスカは何一つ諦めていなかった。
「私の後ろを取ったくらいで、優位に立ったと思うなっ!」
アスカはエルジアエをブービーへ向け射撃し続けたまま、ピエリスを体に対し真下へ向けた。
今のアスカの飛行姿勢は高速。
地面に対しうつ伏せになる形であり、前を飛行するブービーはアスカから見て頭上、真上に位置している。
この姿勢で、飛行するアスカの後方に付いたギンヤンマの位置はアスカの体から見れば真下。
それは、たった今アスカがピエリスの銃口を向けたのと同じ場所。
アスカは真下を向き、視界にこちらへ向け照準を合わせようとしているギンヤンマを捉えると、ピエリスの標準を合わせ引き金を引いた。
このアクションに一番驚いたのはギンヤンマだったのだろう。
完全に背後を取った相手がいきなり後方へ向け銃撃してきたのだ。
照準を合わせ、機関銃を作動させるだけになっていたギンヤンマは放たれた銃弾を大げさに回避。
アスカの機動から大きく外れることになる。
『ギンヤンマ、引きはがしました。お見事です』
「作戦通り! これなら二匹相手でも行けるね!」
そう、これが二日間に渡りブービー達と行った空戦でアスカが気付いたフライトアーマーの利点。
火力と積載能力でブービー達に大きく負けているアスカ達がもつ、唯一の優位性。
『射角』だ。
ブービー達の主兵装である機関砲は、いくら軽量化された物であっても重く、六本の脚でがっちりとつかんでいないと射撃することも出来ない代物であり、銃撃できる方向は正面に限定される。
それに対し、フライトアーマーを身に付けるアスカ達の主兵装は手に持つライフル類。
手を向けられる方向には当然手に持ったライフルの銃口を向ける事が出来るのだ。
正面、真上、真下、真横。手を向けられる方向すべてが射撃可能であり、片手に一つずつ銃を持てばこのようなツーウェイ射撃も可能。
正面のブービーにはストックを肩に当て保持したエルジアエ、後方に迫るギンヤンマには片手で射撃することが出来るピエリスを使い、二対一と言う不利な状況下においてもアスカは互角に空戦を繰り広げる。
「アイビス、皆の状況は?」
『優勢変わらず。飛来した赤とんぼには地上からの対空ミサイル、対空射撃、及びヴァイパーチームの支援により大多数が撃墜されています』
「そっか! なら私はこのままこいつを抑えてればいいね!」
山林部に進出したランナー達は、空をその木々に覆い隠され、対空攻撃できる手段がなかった。
だが、木々のない渓谷に突撃をしかけた機動部隊にはアームドビーストに対空兵器を装備させている者も多く、飛来した赤とんぼにはアスカ達のレーダー情報を頼りに対空ミサイル等を使用し迎撃。
ヴァイパーチームの支援もあり、大きな被害を出すこともなく赤とんぼ達の空襲を凌いでいた。
空からの攻撃に耐えた機動部隊は渓谷を抜け、遂に敵本陣に到達。
敵本陣は渓谷を抜けた平地に位置しているため、山林部を奪取したランナー達からの攻撃も合わさり防衛陣地をどんどん食い破って行く。
《全軍に通達。機動部隊の渓谷突破を確認。これよりシエラ渓谷攻略作戦、最終段階に移行する》
機は熟した。
通信から聞こえてきたその声により、本命である鬼神シーマンズを仕留めるための特効兵器を搭載した部隊が動きだし、制圧した渓谷を抜け機動部隊と合流する。
《鬼神の喉元に食らいついたぞ!》
《ここまで来るのに三日もかけさせやがって! 鬱憤を晴らしてやるぜ!》
《特効兵器の効果はバツグンだ!》
《気を抜くな! 鬼人兵のタフさを舐めてるとやられるぞ!》
敵の防衛部隊との戦闘で疲弊した機動部隊と入れ替わり、特効兵器部隊が前に出る。
シエラ攻略を焦らしに焦らされ続けた彼らの戦意は戦闘前から上限突破状態であり、機動部隊を超える勢いで敵陣地を侵食してゆく。
その様子をアイビスから教えてもらうアスカ。
作戦が予定通りに進んでいると聞き、ほっと胸をなでおろした。
「このままいけば勝てそうだね!」
『はい。戦力比率は六対四。油断は禁物ですが、制圧は目前でしょう』
会話の最中もアスカはブービーを捉え続け、逃さない。
対するブービーは依然回避行動を続けるのみであり、速度で振り切る戦法に切り替える様子はなく、またここまでしつこく背後を取っていればどこかで痺れを切らしコブラを行ってくるのではないかと言う懸念もあったのだが、事前の見立て通り使用してくる気配がない。
「なんにせよ、使ってこないならこのまま時間稼ぎさせてもらうよ!」
『注意、ギンヤンマ接近。八時方向、上方』
「甘いっ!」
上方から仕掛けてきたギンヤンマの一撃をアスカは軌道変更することですぐさま回避。
応射としてピエリスを連射し、ギンヤンマに張り付かれることを防止する。
一撃を躱されたギンヤンマは勢いそのままに降下、アスカの銃撃を躱しながら離脱してゆく。
アスカがひたすらにブービーを狙う間、彼の僚機であるギンヤンマはアスカに対しヒットアンドラン戦法を繰り返していた。
後方、上方、下方、側面。
ありとあらゆる方向からアスカへ向け高速で仕掛けてくるが、アスカはその全てをいなしている。
その最大の立役者はアイビス。
彼女はギンヤンマが急襲を仕掛けてくるとすぐさまアスカに注意を促し、不意の一撃を受けることを避けているのだ。
通常、支援AIがここまで敵の来る方向を教えてくれる事はない。
それを可能にしているのが主翼先端に搭載している空対空レーダーだ。
これが周囲360度すべてを観測。その情報を得られているため、アイビスが口頭でギンヤンマの飛来方向をアスカに伝える事が出来るのだ。
もしレーダーがなければアイビスはアスカに情報を伝えられず、防戦一方になっていただろう。
「ヴァイパー1、ヴァイパー2、そっちの状況は?」
《こちらは問題ない! 地上の連中もしっかり対空の備えを準備してたようだな》
《こっちも赤とんぼはほぼ無力化したわ。地上への被害も軽微よ》
再度ブービーの背後に張り付きながら、ヴァイパーチームへコンタクトを取る。
彼らもβテスターとしての手腕を見事に発揮。
纏わりつくギンヤンマの攻撃を躱しつつ、地上を攻撃しようとする赤とんぼを攻撃。
地上からの対空攻撃との連携も合わせ、見事に攻勢を凌いでいた。
「よし、よし、よし!」
レーダーで確認すれば空を飛ぶ赤とんぼはその姿をほとんど消し、味方ランナー達上空をヴァイパー1、ヴァイパー2の両名が勝ち誇るかのように飛行している。
アスカがブービーを抑えている隙にヴァイパーチームが赤とんぼを迎撃。
地上への被害を最小限に抑えるという目的はほぼパーフェクトと言っていいだろう。
《アスカ、聞こえる?》
「キスカ!」
敵の攻勢を凌ぎ切ったのとタイミングを同じくしてキスカからの通信が入る。
戦場とは違う場所でブービー達の撃破作戦の準備を進めていたキスカ。その彼女が連絡を入れてくれたという事はそう言う事なのだろう。
アスカは期待に満ちた声でキスカに応答し、続く言葉を待った。
《作戦準備が整ったわ! いつ始めても大丈夫よ!》
「了解!」
待ってました、と言わんばかりの声でキスカに答え、すぐさまヴァイパーチームと地上部隊にも連絡を入れる。
《まったく、待たせやがって!》
《私たちも作戦開始ね。失敗は許さないわよ》
《作戦本部了解。リコリス1、グッドラック》
アスカの報告を合図に、全体の動きが変わる。
作戦本部は地上全体に対し航空部隊離脱の報を入れ、対空警戒を強化させる。
ヴァイパーチームは赤とんぼへの攻撃を終了し、ギンヤンマを引きつれたままアスカへの合流を図るべく進路をこちらへと向けた。
そして、アスカは……。
「ヘイローチーム、聞こえますか! 作戦を開始します!」
《了解した、すぐ行くぞリコリス1!》
《僕と兄さんが行くまで、獲物は残しておいてよ!》
通常マップで作戦開始を待っていたヘイローチームへ連絡を入れていた。
イベントマップ滞在の制限時間が残り少ない彼らは、このブービー飛行隊撃破作戦へ駆け付けるべく通常マップでアスカからの要請を待っていたのだ。
地上ではすでにシエラ渓谷の拠点ポータルを守るネームドエネミー、鬼神シーマンズと上位鬼人兵との戦闘が開始されている。
オペレーションスキップショット四日目、シエラ渓谷攻略戦は大詰めを迎えていた。
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嬉しさのあまり新石垣空港から飛び立ってしまいそうです!