77 DAY4シエラ渓谷突破戦Ⅲ【第二段階】
場面は再びシエラ渓谷上空。
大半の赤とんぼを撃墜し、残った赤とんぼが残弾を使い切り離脱してゆくタイミングでアスカは一度補給のために離脱。
使用した弾薬、ポーション類を補給、投げ捨てた汎用機関銃を再装備した後、再度作戦空域まで戻ってきていた。
「リコリス1、戦線に復帰します!」
《早いな!》
《もっとゆっくりでも良いのよ?》
アスカの声に答えるのは、離脱している間この空域の地上支援を担ってくれていたヴァイパーチームの二人だ。
「いえ、二人に任せっぱなしなのは悪いですから。状況はどうですか?」
《見ての通りさ》
《南北共に制圧は順調。これで渓谷を機動部隊が突っ込んでも問題ないわ》
二人の言葉に促されるように下を見れば、作戦開始時半分近くが赤い敵反応で埋まっていた南北の山林は今や味方の青い反応で埋め尽くされ、優先破壊目標であったトーチカも今や数個を残すのみ。
これだけ見れば、作戦の第一段階『山林部の制圧』は達成されたと考えて間違いないだろう。
アスカがそう判断したのと同時に聞こえてきた全体通信で作戦は第二段階へと移行する。
《こちら作戦司令本部。シエラ渓谷攻略作戦、第一段階を完了。これより第二段階、機動部隊の進攻を開始する》
通信が終わると同時に聞こえてくるのは歓声にも似た鬨の声、そしてアームドビースト達が土煙を上げながら大地を駆ける地響きだ。
その光景にアスカは思わず微笑む。
力強く、心地よい地響きは昨日のゴルフ要塞攻略作戦を彷彿とさせるものであり、並大抵では止める事のできない津波となって敵陣に押し寄せる。
無論、鬼人兵達も黙っていない。
迫りくる機動部隊を迎え撃つべく、同じくアームドホースに騎乗した鬼人兵、近接攻撃力の高いオーガやハイオーガと言った迎撃部隊がシエラ渓谷の拠点から出陣する。
このままいけばお互いが正面からぶつかり合うが、アスカ達航空戦力はそれを良しとしない。
「敵の出足を挫きます!」
《了解! 黙ってみてるわけにはいかないものね!》
《渓谷の狭い隙間を走ってきてんだ。狙いをつける必要がなくていいな!》
アスカとヴァイパーチームはV型に編隊を組むと、高度を下げ機動部隊に先行、渓谷へと進入する。
《俺は右、ヴァイパー2は左、リコリス1は中央だ!》
《まかせなさい!》
「銃身が焼き付くまで撃ち続けてやります!」
《よぅし……スリー、ツー、ワン……Fire!》
ヴァイパー1のカウントに合わせ、三人が一斉に構えた汎用機関銃のトリガーを引いた。
上空から先頭を駆ける鬼騎馬に狙いをつけ、ただひたすらに銃弾をばら撒く一斉機銃掃射だが、その効果は高い。
決して幅の広くない渓谷内部において、上空から降り注ぐ銃弾を躱すことは極めて難しい。
それが前方に見える敵兵に向け全速力でかけている時なら尚の事。
大量に浴びせかけられた汎用機関銃の銃弾により、先頭を進む騎馬兵がノックバックをおこし、足が止まる。
すぐさま後続が追い抜き先頭が入れ替わるが、その都度アスカ達の機銃掃射が刺さり勢いが止まって行く。
アスカ達航空部隊と敵鬼騎兵の距離が縮まり、交差する。
ヴァイパーチームの二人はそのまま鬼騎馬の上空を通過するが、アスカはすれ違い際にハンドグレネードの航空爆撃を敢行。
機銃掃射により耐久が減っていた鬼騎兵相手にこの絨毯爆撃の効果は抜群だった。
大量に投下されたハンドグレネードは全速力で駆ける騎兵の足元で連鎖爆発を起こし、衝撃と脚部にダメージを負った馬達は次々に転倒。
鞍上の鬼人達も引きずられるように落馬し、地面を転がる。
さらに大地に伏せる馬と鬼人へ後続の鬼騎兵が乗り上げ、将棋倒しのように落馬してゆく。
アスカが高度を上げ、上空へ離脱する頃には機動部隊へ向け駆ける鬼騎兵の数は激減、無視できない数の鬼騎兵が渓谷の中央付近で落馬していた。
《航空部隊が連中の出鼻を挫いてくれたぞ!》
《今が好機! 突っ込め!》
《なぎ倒せ!》
交戦前からダメージを負った敵鬼騎の先端に、アームドビーストを駆けるランナー達が突貫、両者が激しく激突した。
本陣を出てすぐの勢いを航空部隊により消された鬼騎兵と、より戦闘を優位に進められるようにお膳立てされた機動部隊。
交戦前の状況そのまま、血気盛んなランナー達が鬼騎兵を飲み込んでゆく。
機動部隊同士が激突したその後方、落馬しダメージを追いながらも体勢を立て直そうとした鬼騎兵にも、ランナー達による容赦ない銃撃が襲い掛かっていた。
《撃て撃て! 一人も逃がすな!》
《今まで散々痛めつけてくれた礼だ! 何倍にもして返してやる!》
《一方的に嬲れるって、なんっっって気分が良いのかしら! たまらないわ!》
《構う事はねぇ! 全員ぶっ倒してキルとアタックポイントの足しにしてやる!》
渓谷の中央付近に位置する鬼人兵に降り注ぐ大量の銃弾。
それは南北の山間部を制圧し、渓谷を侵攻する機動部隊を支援するため渓谷側の山林部に陣取ったランナー達からの銃撃だ。
狭く、細い渓谷に踏み込んだ時、左右にそびえる山から浴びせかけられる銃撃の怖さと恐ろしさを、ランナー達はその身をもって味わっている。
先ほどまで敵勢力下だった山林部を制圧し陣地化した今。
その痛みと怖さを何倍にも増して返してやろうと、激情に促されるままトリガーを引き続ける。
中には奪取したトーチカ内部に陣取り、そこから銃撃する強者の姿まで。
この様子を上空から眺めるアスカ達航空部隊の面々。
《すごいな、一方的だ》
《よっぽどフラストレーションが溜まっていたんでしょうね》
「や、やりすぎじゃないですかね?」
ランナー達の優勢は上から見ていればとてもよく分かる。
敵を示すアイコンが次々に光の粒子となって消滅し、機動部隊がその勢いを止めることなく敵陣深くまで切り込んでゆく。
《これだけ勢いがあるんだし、やりたいようにやらせておきましょう》
《そうだな。それに、そろそろ補給に行かないと弾薬とMPがヤバい》
両軍入り乱れる状況では航空支援は出来ず、アスカが補給に戻っている間代わりを務めていたヴァイパーチームは今の機銃掃射で弾薬をほとんど使い切っていた。
これだけ友軍が優勢なら補給に戻っても問題ない。
そう考えるのは妥当であり、アスカも両名に補給に戻るよう促そうとした、その時。
『レーダーに感。敵攻撃部隊の第二陣と思われます。方位110』
「っ、このタイミングで!?」
アイビスが告げた方向に視線を向ければ、先ほどの第一陣と同様、50近い赤とんぼの群れがこちらに向け飛行していた。
まだかなり距離があるため、兵装の確認までは出来ないが、おそらくは対地ロケットランチャー装備型も多数含まれるだろう。
ロケットランチャーで最も注意しなければいけないのは、攻撃力ではなく範囲だ。
今は地上が完全に押せ押せムード。
機動部隊は渓谷半分近くまで攻め込み、山林部のランナー達も機動部隊を援護するため渓谷側の斜面に集中し、上空に注意を向けているものは誰一人としていない。
渓谷と南北の山の斜面に展開しているこちらの布陣は単発の無誘導型爆弾ならば広範囲過ぎて対処できるものではないが、数で責めるロケットランチャーならばもはやカモレベル。
一発一発の威力は高くはないはずだが、かなりの広範囲で被害が出るのは確実だろう。
そしてこちらへ向け飛行する赤とんぼ群の上方に、フィンガーフォーの編隊を組み全体を見守るように布陣する四つの機影を見つける。
距離が縮まったことでその機影がこちらのレーダー範囲内に入り、視界に敵アイコンと共に表示されるのは『ブービー』と言うエネミーネーム。
「敵、赤とんぼ群第二波接近! ブービーも来てます!」
《何!?》
《とうとうお出ましってわけね》
補給のため離脱しようとしていたヴァイパーチームを呼び止め、敵攻撃機の接近を告げる。
《このタイミングだと補給には戻れないわね》
《汎用機関銃は残弾がない。アサルトライフルで仕掛けるぞ》
「ほ、補給なしで大丈夫ですか!?」
《MPポーションはしっかり持ってきてる。問題ない》
《この時のために高いお金払って仕入れたんだからね》
ヴァイパーチームの二人は空になった増槽を切り離し、手に持っていた汎用機関銃も空へと投げ捨てると続けてインベントリを操作。
対空戦闘用のアサルトライフルを取り出し、両手でしっかりと構える。
その様子を見ていたアスカは、地上へ赤とんぼ襲来の報を告げた後フレンドリストを開き、セレクト。
コールする。
「キスカ、聞こえる?」
《リコリス1、よく聞こえるわよ。どうしたの?》
「目標が来たの。そっちはどう?」
《駄目。用地は確保したけど、設置がまだ終わってないわ。時間を稼いで!》
「っ、了解」
キスカの返答に、思わず顔をしかめる。
当初はブービー戦闘飛行隊出現と同時に作戦を開始する手はずだったが、キスカからの応答は芳しくない物だった。
作戦がまだ実行できないとなると、このままヴァイパーチームと共にブービーと赤とんぼの対処をしなければならない。
ここまでの戦いぶりから、赤とんぼ相手の空戦なら問題ないのは分かっているが、ブービーの飛行隊となると話が変わる。
βテスト以降はフリーフライトでしか飛んでいないという二人の話からしても、彼らはBlue Planet Onlineにおいて本格的な空戦はしたことが無いはずだ。
不安をそのまま顔に浮かべ、思わずヴァイパーチームの二人を見るアスカ。
すると二人の表情が柔らかいものに変わる。
どうやらアスカの表情から心中を察してくれたようだ。
《大丈夫だ、リコリス1。伊達にβ時代からフライトアーマーに拘ってるわけじゃないんだぜ?》
《サービス開始からずっと一人で飛んでた貴女からしたら私達は頼りないでしょうけど、このゲーム以外なら私もかなり飛んでるの。任せてよ》
アサルトライフルを構え主翼を振るヴァイパー1に、ウインクしながら語り掛けてくるヴァイパー2。
自信に満ちた表情はアスカの不安を消し去るには十分なものだった。
大丈夫、任せて。と言う二人を信じ、アスカも覚悟を決め表情を引き締める。
「分かりました。よろしくお願いします!」
《おう、任された!》
《地上に被害は出させないわよ!》
アスカもヴァイパーチームの二人同様、汎用機関銃と増槽を切り離し、ピエリスとエルジアエをインベントリから取り出すと三人で組むデルタ編隊の先頭に躍り出る。
「赤とんぼとブービーの飛行隊に対して、先制攻撃を仕掛けます! 私に続いてください!」
《Copy!》
《了解よ!》
分厚い雲の下、力強く気を吐いた三人は飛行姿勢を巡行から高速に移行。
フライトユニットをフルスロットル駆動させ、迫りくる蜻蛉の大群へ向け加速しながら上昇していった。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまり多良間空港から飛び立ってしまいそうです!