73 DAY4シエラ渓谷突破戦Ⅰ【炙り出し】
高度300メートル、ホクトベイ西の空をアスカ達は飛んでいた。
間に合わせの編成ではあるが、三人でデルタ型の陣形を取り、速度、高度を合わせ一糸乱れることなく等間隔の距離を保ちながらの編隊飛行は意外と様になっている。
《ふふ、意外と早く願いがかなったな》
「願い?」
《ええ。リコリス1と編隊飛行することは私の……いえ、私達の夢だったのよ》
そんな中口を開いたのはヴァイパー1だった。
聞けば、どうやらサービス開始時から今日に至るまで、アスカの飛行は大勢の人の目に留まり、空に憧れを持つ人々からは羨望の眼差しを向けられていたのだという。
いつか自分たちもあの様に自由に空を飛び長時間空を飛びたい、そして彼女と一緒に編隊を組んで空を飛びたい、と。
「そうだったんだ……」
《他の連中には悪いが、リコリス1やヴァイパー2とこの景色を見れただけでも満足だよ》
《私もよ。これだけでイベントに参加した価値はあったわね》
「あはは……でも、記念の飛行にしてはちょっとお天気が残念ですけど」
そう言ってアスカは空を飛ぶ自分たちよりも、はるか上空に広がる分厚い雲を睨みつけた。
イベント開始初日、夏らしい入道雲と青空が視界一面に広がっていた空はどこへやら。
今アスカ達の上空にあるのは光もあまり差し込まないほどに分厚く、すぐにでも雨が降り出しそうな黒い雲。
それが地平線の彼方まで広がっている。
ヴァイパーチームの『願いが叶った』という記念すべき日とするにはいささか残念な空だった。
《まぁ、それでも記念日には変わりないさ》
《ん、そろそろ渓谷が見えてくるわよ》
視線を正面に戻せば、海沿いにそびえる山と、内陸側に繋がる山が見えてきた。
その間の窪地、渓谷となった先に見えるのが今回の攻略目標、重要拠点シエラだ。
シエラの手前、南北にそびえる二つの間の麓に大量の味方アイコン。
渓谷から1000mほど離れたところに先日ゴルフ要塞攻略で獅子奮迅の活躍を見せた機動部隊、そのさらに後方に本隊が見える。
《ようやくお出ましか、リコリス1》
《重役出勤だな、待ちくたびれたぜ》
《ん、機影が三つ?》
《なんだ、一人じゃないのか?》
作戦空域上空に差し掛かり、地上からの通信も入ってくる。
聞こえてきたのは一人だけだと思っていたフライトアーマーが、複数現れた事に困惑する地上部隊の声だった。
航空隊が結成されたという作戦本部首脳陣すら知らなかった情報を、現場の彼らが知る由もない。
《全軍に通達。今作戦から航空戦力が増員されました。この増員による作戦内容に変更はありません。事前の指示に従い行動し、必要に応じて航空支援を要請してください。現刻をもって、拠点シエラ攻略作戦を開始します》
聞こえてきたのは今作戦指揮官の声だ。
その通信で状況を理解した地上部隊。
突然のことではあったが、味方航空戦力が増えるのは地上の彼らからしても願ったりかなったり。
吉報に士気を上げ、作戦開始の合図を聞いて山に向かって動き出す。
《よし、じゃあ作戦通りに行くぞ!》
《私が北、ヴァイパー1が南の山ね!》
「はい、散開してください!」
アスカの合図で、デルタ型の編隊を崩し、散開する。
南北の山に向かって分かれ、それぞれ旋回しながら降下してゆく二人を見送り、アスカはレーダーを見る。
そこに映っているのは登山を開始する味方部隊と、後ろに控える機動部隊、そしてシエラの拠点ポータル付近に集結している鬼人兵だ。
これだけしっかりと味方の青と敵の赤に分かれて表示されるアイコンの中、今味方が進んでいる山林部には敵の反応が全くない。
お互いの主力となる大部隊が渓谷の一本道を挟んで相対している中、山林部に敵の反応が一切ないというのはむしろ怪しい。
おそらくは事前情報通り、レーダーが感知する魔力反応を遮断する装備を使用し、隠蔽しているのだろう。
まずはこの魔力反応を隠蔽する装備を剥がし、炙り出さなければ、山林部に進攻している味方部隊が奇襲を食らい瓦解してしまう。
その方法には目途がついている。
《友軍に退避勧告、航空爆撃を行うわ!》
《マークしたエリアに入るなよ! ……bombs away!》
ヴァイパーチームの二人がそれぞれ担当する山の上空に到達。同時にハンドグレネードによる航空爆撃を開始した。
使用するのはアスカが航空爆撃で使う接触により起爆する着発信管の物ではなく、一定時間の経過で爆発する時限式タイプの物だ。
高度と速度、角度による落下時間を計算されて投下されたグレネードは、落下時木々に接触しても爆発することなく地面まで到達した後、起爆。
同時にアスカのレーダーに表示される敵の反応。
場所は今まで敵表示がなかった山林部であり、たった今ヴァイパーチームが航空爆撃を行った一帯だ。
さらに。
《こちら特科部隊。砲撃を開始する》
南北の山林部の手前数百mの地点から大量の迫撃砲と広範囲魔法攻撃。
それらは味方部隊の頭上を越え、山林部に弾着。
同時にヴァイパーチームの爆撃同様、大量の敵アイコンをアスカのレーダーに表示させる。
これが潜伏した敵兵を炙り出す方法だ。
山林部に潜伏し、隠蔽装備によってレーダーに映らない敵兵だが『間違いなくそこにいる』。
そして自身の反応を隠蔽し続けるためその場から動かない。
否、『動けない』のだ。
魔力反応を隠蔽し、敵の索敵から逃れる兵装は当然ランナー側にも存在する。
イベント開始前まではレーダーの需要、重要性がほぼ皆無であり、広範囲の索敵を行う敵も存在しなかった為、誰からも気に止められなかった兵装だった。
そんな誰からも忘れ去られていた隠蔽兵装。
ところが今イベントで敵がこの手の兵装を使用し野伏を行い、ランナー側に大損害を与えるという事態が発生した。
それにより索敵の重要性とレーダーに映らないという隠蔽性が見直され、この兵装の評価も一変することになる。
その特性は『静止時敵の魔力感知を掻い潜る』という物。
――そう、『静止時』限定なのだ。
これを使用している間はその場から動けず、射撃や立ち上がるといった動作を行うとたちまち隠蔽効果が無くなってしまう。
それどころか、敵の攻撃を受けたり、爆撃の衝撃で吹き飛ばされても隠蔽効果が無くなってしまう。
この特性を考慮し、出された回答がこの『航空爆撃』と『山林砲撃』だった。
空爆を行ったヴァイパーチームは旋回し、再度空爆を行う。
爆撃の場所もちろん、同じ位置ではなく、マップに敵が表示されていないエリア。
先ほど同様に辺り一面にハンドグレネードをばら撒き、地上の特科部隊による砲撃と合わせ爆風と衝撃により隠れ潜む鬼人達の隠蔽装備を強引に引っぺがす。
そして、隠蔽効果のなくなった鬼人兵を、森に紛れたスカウトアーマーと空のアスカにより探知する。
《よし、敵の位置は割れた!》
《進攻開始! 敵さんの場所は分かっているとはいえ山林の中は視界が悪い! 十分に注意しろよ!》
《こちらヴァイパー1。航空爆撃は行ったが、全ての敵を炙り出したとは言えない。継続して潜伏し続けている敵兵に注意してくれ》
《おい、聞いた通りだ! 装甲の厚い奴を前に出して進むぞ!》
足場、視界ともに悪い山林部を進むとあって、地上部隊の兵装もそれに対処したものになっている。
昨日の要塞攻略戦で大多数を占めていたのは火力、防御力に優れるアサルトアーマーだったが、山林部で大型のアーマーと長い銃身を持つ高火力の銃と自身が隠れるほどの大盾は邪魔にしかならない。
この数日、その事実を身をもって味合わされたランナー達が選択したのがソルジャーアーマーだ。
踏破能力の高い脚部パーツを使い、取り回しの良い小型の盾と銃身の短い銃で武装。
最低限の防御力と攻撃力を確保しつつ、機動力を確保する装備になっている。
《いたぞ! あそこだ!》
《撃て! 撃て撃て撃て!》
《敵さんも撃ち返してくるぞ!》
《接近させるな! ハチの巣にしてやれ!》
戦闘開始と同時に航空爆撃で隠蔽をはぎ取られた鬼人兵。
当初はいきなりの出来事に混乱する素振りを見せていたが、すぐさま立て直し銃撃を行ってきた。
当然ランナー側も応戦し、本格的な戦闘へと発展する。
状況は先手が取れたランナー達が圧倒的有利だった。
それと言うのも、潜伏していた鬼人兵は潜伏装備の為か耐久が高くないのだ。
攻撃力の低い短機関銃でも十分に相手出来る程度であり、数でも勝るランナー達は歩みを止めることなく山林部を登って行く。
しかし、鬼人兵もただやられているわけではない。
《クソッ、一人やられた!》
《こいつら、盾ごと抜いてきやがる!》
《なんで火縄銃があんな威力あるんだよ!》
《お前、シエラ攻略初参戦だな? あれ、実は火縄銃じゃねぇんだよ》
《はぁ!?》
当初ランナー達は『たかが火縄銃』と侮っていた。
どれだけの数が居ようとも、所詮は数百年前のマスケット銃。
ライフリングもなければ弾速も飛距離もない銃など脅威にならない、と。
それが間違いだった。
隠蔽状態で発砲されるまで鬼人兵の存在に気付かず、至近距離から放たれたそれは不意打ちとは言えアサルトアーマーの装甲を貫いたのだ。
先手を打たれ、動揺するランナー達だったが、先込め式の火縄銃では再装填に時間がかかり、次射までは余裕があるだろうと推測し、間合いを詰め接近戦闘を仕掛けた。
が、鬼人兵のアクションを見て彼らは顔面を蒼白させることになる。
鬼人兵は、火縄銃だとばかり思っていたそれを手元で折り、薬莢を捨て次弾を装填していたのだ。
『それ』が火縄銃でないことを悟った時にはすでに遅く、体に大穴を開けられ、そこから逆に格闘戦を仕掛けられなすすべなく全滅させられていた。
そう、火縄銃だとばかり思っていたのは実際には中折式ショットガン。
それも『熊撃ち』と呼ばれる大玉単発の弾丸を放つ高威力のスラッグガンだったのだ。
エグゾアーマーの補助により、生身では持つことも撃つことも出来ないほどの重量と剛性を持つ銃と、ゲーム内特殊鉱石を使用した重い弾丸。
それを撃ち出すために造られた圧縮火薬を使用した一撃はさながら小型の大砲。
そんなものを至近距離から放たれれば、重装甲のアサルトアーマーと言えどもひとたまりもないのも当然であり、隠蔽により先手を取られる状況でランナー達が劣勢に立たされたのも仕方のない話だったのだ。
鬼人兵は空爆により奇襲前に発見されはしたが、戦闘不能になるほどのダメージを負ったわけではない。
すぐさま陣形を立て直し、近距離での火力の有利を生かそうと防衛ラインを構築しての銃撃戦を行ってきた。
対するランナー達はまだ山の中腹、上から高火力のスラッグガンに狙われる形であり、地形的不利は否めない状況。
だが、ランナー側の優位は変わらない。
《航空支援要請! 倒木の裏に隠れた鬼人兵を攻撃してくれ!》
《山頂付近に敵兵が潜んでる! 航空爆撃を頼む!》
《ヴァイパー2、了解。……いくわよ、ボムズアウェイ!》
正面からの突破が無理なら、上から叩けば良い。
地形的不利な状況下でランナー達は無理に攻め込まず、上空を飛行するフライトアーマーに支援を要請する。
山林を進攻するランナー達からの支援要請ポイントは昨日まで、アスカ一人ですべてを担っていた時では対処しきれない数になっているが、支援要請にこたえるのはアスカではなくヴァイパーチームの二人なのだ。
ヴァイパーチームの二人のフライトアーマーは、アスカが翡翠を使うときと同じく増槽をこれでもかと満載した長時間飛行仕様。
主兵装は腕部と脚部を強化したことにより装備可能となったカウル付きの汎用機関銃。
インベントリには着発と時限式のハンドグレネードにスモーク、スタンの支援用グレネードを所持数限界まで持ち込み、残った枠に空戦用のアサルトライフル、弾薬、そしてMPポーションを最大量まで積め込んだ。
これはここまでアスカがイベントで得た知識、情報を共有することでいかなる状況にも対応できるように検討した結果だ。
ヴァイパーチームの二人は効率化された兵装を巧みに使い分け、地上を支援してゆく。
気が付けば、アスカがほとんど手伝わないまま地上部隊はたいした被害を出すこともなく、山の頂上付近まで到達していた。
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嬉しさのあまり久米島空港から飛び立ってしまいそうです!