72 DAY4隣の芝は青い
全話、地上ブリーフィング部分を訂正、修正しています。
細部は変更されていますが大筋での変更はありませんので、ご了承くださいますようお願いいたします。
「それで、作戦会議はどうだったの?」
対ブービー飛行隊との対策談義で盛り上がり、本命である重要拠点シエラの作戦会議の時間をすっかり忘れていたアスカとアルディドが慌てて離席してからしばらく。
やや疲れた顔をしたアスカと何事もなかったかのようにケロっとしているアルディドの二人は、ヴァイパー2やヘイロー小隊、他メンバーが待つ喫茶店へと戻ってきていた。
「基本的には南北の山林に潜む鬼人兵を掃討してからの波状攻撃だ。俺たちの仕事は山林に潜む敵兵の観測と地上の支援、そして制空権の確保だな」
「む~、いままでアスカがやってきたことと変わらないねぇ」
「今回の指揮官はアルディドの飛行隊の事知らなかったから。航空戦力は私ひとりで計算してたみたい」
アルディドが主導し、アスカが後ろ盾となり結成した飛行隊だが、その存在を知っているのはこの二人の他には立案者であるアルバと、彼らがメールを送信した飛行隊候補者達のみ。
全員が信頼のおける者達であり、口外する者などいなかったのだ。
昨晩、今朝とアルディド達もイベントマップで飛んではいるが、そこから飛行隊などと言う組織だった存在にたどり着く者もいるはずがなし。
「で、作戦会議で僕たちの飛行隊は歓迎されたのかい?」
「もちろん。フライトアーマーは全エグゾアーマーの中で最も使用者が少ない上、思い立ってすぐ使える代物でもないからな。飛行隊の運用方法についてもこちらに全て任せるという事で決着してる」
首脳陣からしても、アスカひとりにイベントマップの空をすべて任せることはオーバーワークであると言う自覚があった。
そこに降って湧いて出た飛行隊の話はまさに晴天の霹靂。
アルディドの飛行隊はもろ手を挙げて歓迎され、そのままアスカと協力してシエラ攻略に当たることになる。
部隊運用についても首脳陣には実績と知識が無い事からこちらに一任。
二小隊入れ替え制やアスカに観測を任せ、アルディド達が航空支援に当たることも二つ返事で了承。
最も重要だったブービーの飛行隊に対する作戦も許可された。
なお、当初はアスカがそのあたりの説明を求められた。
が、うまく説明できずしどろもどろになっているのを見かねてアルディドが申し出て代わりに説明し、許可を得てくれたのである。
「そういう訳だから、皆には作戦通り準備を始めてほしい」
「私のわがままに付き合せる形になっちゃうけど、お願いします」
キスカが立案し、全員で詰めた作戦。
これはアスカひとりどころか、数名では実行することが出来ない大掛かりなもの。
この場にいるほぼ全員の協力が必要になるのだ。
大事な重要拠点攻略に、自分のわがままを通すことに申し訳なさそうに頭を下げるアスカだが、周りがそれを制する。
「気にするな~! 私たちはアスカにすっごくお世話になってるんだから、これくらいなんてことないのさぁ!」
「そうそう。それに、敵の航空戦力を落すなんて面白いじゃない。やってやるわよ」
そう言ってアスカに抱きつくフランに、頭を撫でてくるキスカ。
両名とも迷惑などとはこれっぽっちも思っていないほどに笑顔であり、それはこの場にいる全員がそうだった。
「よし、じゃあ重要拠点シエラ攻略、及びブービー飛行隊撃滅作戦、開始だ!」
アルディドの掛け声に皆力強く頷き、その場を後にしたのであった。
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ナインステイツ、ホクトベイ。
西の重要拠点シエラからさらに西にある拠点、ズールー。
ここが今回の攻略作戦の前線基地だ。
だが周囲のランナーの数はそこまで多くない。
今回の作戦の第一段階、森に潜む鬼人兵討伐の為、すでに大多数が出立しているのだ。
ここに残っているのは前線と連絡が取れるスカウトアーマーや死に戻りしてきたランナー達に物資を補充するトランスポートアーマー、そして今回の作戦指揮をするランナー達だ。
そんな人気の少ない拠点に設けられた指揮所のテントに、アスカとヴァイパーチームの姿があった。
「……作戦内容はさっき伝えた通り。変更はありません」
「じゃあ、私たちがシエラの上空に到着して森に潜む鬼人兵を発見してから作戦開始ですね?」
「はい。周辺の部隊は配置をほぼ終えており、貴女方が到着する頃には完了している筈です。あの糞忌々しい鬼共の角、今度こそへし折ってやりましょう」
彼が今作戦の総指揮官。
この数日シエラを落せず、鬼神シーマンズの強さをまざまざと見せつけられ続けた彼は、これでようやく借りを返せると気合十分。
口調は丁寧ながらも、瞳の中に宿る強い意志に若干気圧されながら、アスカは指揮所を後にした。
「すごい気合入ってたね……」
「一昨日、昨日とここで足止め食らってるんだし、いろいろ鬱憤も溜まってるんでしょ」
「ま、おかげで敵の戦力が分かったんだ。ここいらで倍返しさせてやろうぜ」
そうしてたどり着いたのは拠点から少し離れた平地。
拠点ポータルの効果範囲からは外れているため、周囲にはランナーの姿はない。
「よし、装着!」
アスカ、アルディド、ヴァイパー2が一定距離を開けて整列し、エグゾアーマーを装着する。
アスカはもはや体の一部とも思える程に馴染んだ飛雲。
アルディド、ヴァイパー2は飛雲の元になったフライトアーマー翡翠だ。
装着を終え、ふと視線を感じ振り返ると、ヴァイパーチームの二人が何故か目を輝かせていた。
「……二人とも、どうしたの?」
「……良い」
「え?」
「そのフライトアーマー、すごく……良い」
若干危険をはらんだ眼をしている二人が食い入る見つめているのは飛雲だ。
「あの、飛雲が、何か?」
「リコリス1だけのフルカスタムアーマー……たまらないわね」
「くっ、どうして俺はフライトアーマーに見切りをつけてしまったんだ……」
「えぇ……」
アルディド達もアスカが特製のフルカスタムアーマーを使用していることは知っていたが、間近で見るのはこれが初めてとなる。
他人の芝は青く見えるもの。
特に、それが自分達一押しのエグゾアーマーを素体にフルカスタムしたものならば、なおのことだ。
これから出撃するという緊迫した状況なのだが、アルディド達はその事を完全に失念。
アスカに寄ってきて飛雲に見とれてしまう。
「エグゾアーマー全体が一回り大きくなっているな。これは?」
「体の各部にコンフォーマルフューエルタンクを取り付けてるんです。主翼翼端は空対空レーダー、膝のは片方が対地レーダーで、もう片方が増槽です」
「なるほど。滑空が出来たとしてもリコリス1ほどの長時間飛行には疑問点が多かったのだけど、これで理解できたわ。純正の翡翠とは搭載できる増槽の量が桁違いじゃない」
「その増えた重量によるパワー不足を補うためのこのエンジンか。二重反転プロペラは理にかなってるが、製作図もないから完全マニュアル製作だろ? とんでもねぇな」
「そうね。……この見事なフォルム、そして機動力」
「俺達の夢を具現化したようなこのエグゾアーマー……」
「あ、あの……二人とも?」
「私も欲しい」
「俺も欲しい」
「…………」
二人の鬼気迫る威圧感に負け、とりあえず飽きるまで飛雲を見てもらう事にしたのだが、どうやらこのままだと飽きることが無さそうだ。
飛雲に穴が開くのではないかと思える程に見つめ、翡翠との違いを見つけてはアスカに問うてくる。
アスカが諦めの境地に達し、目から光が無くなりかけた頃。
二人が身に付けているエグゾアーマー翡翠の垂直尾翼に蛇のパーソナルマークがあるのに気が付いた。
「アルディドさん、垂直尾翼のそれは?」
「ん? あぁ、リコリス1に習って付けてみたんだよ。俺たちはコールサインがヴァイパーだからその名の通り、蛇のマークさ」
「私も気に入ってるのよ。爬虫類は大好きだもの」
それは、まぁ……見たらわかります。
蜥蜴そのものであるリザードマンのアバターを使用していながら、爬虫類が嫌いなどありえないだろう。
アスカはヴァイパー2への返答を頭の中でのみ行い、代わりに乾いた笑いで応対した。
チーム名をヴァイパーにしたのはアルディドが同じく爬虫類、それも蛇が大好きだというところから来ているようだ。
アルディド他三名は名前の関係でコールサインが必須。
候補は他にもいくつかあったが、同チームとなる彼女が見た通りの姿だったため、『ヴァイパー』のコールサインに落ち着いたという。
今この場にいないヘイローチームも、由来は晴れた日に太陽の周りに光の暈が出来ている青空が大好きだと言うところから。
アスカの『リコリス』も一番好きな花から来ているだけに、皆考えることは同じなようだ。
《こちら作戦司令本部。山間部の部隊は配置を完了した。そちらはどうか?》
「あっ……」
出撃直前にフライトアーマー談義とパーソナルマーク談義など始めてしまったため、本来ならこちらが到着するのと同時であったはずの地上部隊の配置が完了してしまったようだ。
どうするんですか? とヴァイパーチームの二人を半目で睨みつけるアスカ。
その視線に後ろめたさを感じたのか、目を合わせようとせず、視線を泳がせる二人。
「あ~……うん。すまない、出撃準備に手間取った。すぐに出発する。地上部隊には申し訳ないがしばし待つよう伝えてくれ」
《了解した。なるべく早く頼む》
まさか『お喋りしてたら遅れました』などという事も言えず、アルディドは本部からの通信をうまいこと誤魔化しそそくさと通信を切る。
「さ、さぁ、行こうか。仕事は山積みだ!」
「そうね。私達の初舞台、派手に暴れるわよ」
呆れるようなアスカの視線から逃げるように二人はアスカから離れ、離陸準備を開始した。
フライトユニットの位置を体に対して90度、地面と水平になる位置に調整し、エンジンスタート。
周囲に聞きなれた心地よいエンジン音が響く。
「ヴァイパー1、先に行くぞ!」
エンジン音にかき消されないような大声で叫び、ヴァイパー1、アルディドが離陸を開始した。
アスカ同様背中のフライトユニットに押されるような形で走り出し、速度をぐんぐんと増してゆく。
リアルでは人が走ることなど出来ないような速度に達しても不安定になることなく大地を駆け抜け、翼が生み出した揚力で大空へと飛び上がる。
「ヴァイパー2、続けていくわよ!」
ヴァイパー1の離陸を見届け、ヴァイパー2が離陸を開始。
ヴァイパー1同様颯爽と地面を駆け抜け、リザードマンアバター特有の尻尾を靡かせながら上昇してゆく。
その様子をじっと見つめていたアスカ。
「まったく、二人とも調子が良いんだから……よし、私達も行くよ、アイビス!」
『進路クリア。リコリス1、発進どうぞ』
「えっ!?」
まさかアイビスから『リコリス1』というコールサインで呼ばれるとは思わなかった。
ゲーム内のAI故か、彼女もこう言ったロールプレイに乗ってきてくれるようだ。
いきなりコールサインを呼ばれ驚きはしたが、ゲームを盛り上げる雰囲気を演出してくれたことが嬉しくなり、驚きの表情はすぐに笑みへと変わる。
――そして。
「発進!」
先に離陸した二人とは違う、また一段と重みのあるエンジン音を響かせ、アスカが離陸を開始した。
凹凸の多い不整地の大地を陸上競技でもしているかのように軽快に、そして高速で駆け抜ける。
すぐさま翡翠より一回り大きな主翼が揚力を生み出し、兵装を大量に装備した重いエグゾアーマーを空中へと舞い上げた。
離陸してすぐフライトユニットの角度を90度から45度の巡行姿勢へと変化させる。
しかし、地上とは違い既に推力と浮力を得ているフライトユニットは動かない。
代わりにアスカ本人が動き、フライトユニットに対して角度を付ける形になる。
姿勢そのまま増速しつつ高度を上げ、先に離陸し上空で待っていた二人に合流する。
《くっ、何て加速力と上昇力……。リコリス1は飛雲を使えていいよな》
《ヴァイパー1、おしゃべりしない。リコリス1、先頭を。貴女が隊長機よ》
「はい、作戦行動を開始します!」
空に上ったアスカ達の通話手段は通信だ。
デフォルトの設定では被弾音、射撃音、衝撃音、スラスターの噴射音などはすべてON、聞こえる設定になっている。
それはフライトユニットのエンジン音と高速で移動することによる風切り音も同じ事。
そんな騒音を出すものを背中に背負い、お互いが数百メートル以上離れる空の上で肉声での会話など不可能。
設定変更でそのあたりの音はカットすることもできるが、アスカ達はそんな事は考えもしない。
空を飛ぶという事はそういうエンジン音も含めての事なのだ。
上空にいた二人の間を抜け、進路を重要拠点シエラに向ける。
両翼を加速し追いついたヴァイパーチーム二人が固め、デルタ型と呼ばれる編隊を組む。
アスカ達はBlue Planet Online史上初となるランナーによる編隊飛行を行いながら、シエラへ向け飛行していった。
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嬉しさのあまり粟国空港から飛び立ってしまいそうです!