70 DAY4僚機
DAY4、開始。
ゴルフ要塞を攻略した翌日。
午前中の家事を終えた蒼空は弟の翼と共に、昨日の空戦の動画を見ていた。
理由はもちろん、打倒ブービーへ向けての作戦会議だ。
真剣にその動画を見つめる二人。
だがその表情はさえない。
「う~ん……」
「どう、翼。何かわかる?」
「と言っても、この動画だと追われてるだけだからなぁ……」
昨日同様、撮影してもらっていた動画をアイビスに転送してもらっていたのだが、内容は絶えずアスカがブービー達に追われているもの。
ブービー達に対し攻撃した回数など数えるほどしかないのだ。
これじゃあ参考にならないよ、と翼は息を吐きながら座っていたソファに寄りかかる。
「やっぱりしっかり空戦しないと分からないか~」
「それでも少し分かるとしたら、敵の機体性能かな」
「機体性能?」
「うん。昨日見せてもらったやつと合わせたら、ある程度は想像つくよ」
「ほうほう!」
蒼空は動画からは何も気づかなかったが、翼はいくつか発見したことがあるようだ。
内容が気になり、グイグイと迫ってくる蒼空を翼は両手を使って慌てながら押しのける。
「だからそうやって近づいてくるな!」
「え~、いいじゃん、姉弟だし」
「良くない!」
反抗期真っただ中の翼は姉からの近すぎるコミュニケーションを断固拒否。
距離を取ってから仕切りなおした。
あくまでメインとして使用しているカスタムフライトアーマー『飛雲』との比較になる、とのことだが……。
「ギンヤンマは旋回で対空ミサイルを躱してるから、かなり機動力が高いみたい。でも、姉ちゃんに一回振り切られると追いつくのに苦労してるから、速度面だと姉ちゃんの飛雲が有利だ。」
「ほうほう」
「逆にオニヤンマ、ブービーはミサイルを躱すのに苦労してるから、機動力はギンヤンマより低い。だけど、放された距離を一気に詰めてきてるから、速度はオニヤンマが一番高い」
「なるほどなるほど」
考えてみれば、確かに一昨日のブービーとの空戦では速度、パワーの前にねじ伏せられた形だ。
その時のエグゾアーマーは翡翠だったが、飛雲はその翡翠を大幅強化したもの。
基本的な特性は変わっていない。
それに対して昨日のギンヤンマ達にはかなりしつこく纏わりつかれた印象が強い。
一度背後に付かれると、振り切るのが至難の業なのだ。
「そのあたりをうまく利用すれば、ブービーとの一騎打ちにも持ち込めるんじゃない?」
「う~ん……どうやって?」
「それは姉ちゃんに考えてもらうしかないよ。俺が考えるよりも姉ちゃんや、姉ちゃんの友達と相談した方が良いんじゃない?」
ま、どうするかは姉ちゃん次第だけど、と言葉をつづけた翼はスッとソファから立ち上がると、塾へ行く準備のために自分の部屋へと戻って行く。
ダイニングのソファに一人残された蒼空は、どうすればブービー達を倒せるのかと、腕を組みながら思考を深く潜らせていた。
―――――――――――――――――――――――
『ギンヤンマとブービーの分断方法、ですか?』
「うん。アイビスは何かいいアイディアはない?」
翼からアドバイスをもらって数十分後。
アスカはBlue Planet Onlineにログインし、日課となった自分の畑でのポーション製作に勤しんでいた。
イベントが始まって四日目。
戦闘を行った昨日の三日目までで、すでに大量のMPポーションを消費している。
前もって分かっていたことではあったが、赤とんぼやギンヤンマ、果てはブービーなどの敵航空戦力の出現により、当初の『滑空でMPを節約しつつ状況に応じて地上を支援する』という目論見は脆くも崩れ去った。
今アスカに求められているのは地上を偵察、観測しつつ敵航空戦力を排除するという相反する二つの項目。
偵察、観測こそロビン特製の高性能センサーブレードがあるためそこまで苦労しないが、敵航空戦力の排除となると滑空など出来ず、絶えずフライトユニットを吹かし機動飛行を行わなくてはならない。
毎秒MPを消費するフライトアーマーでそんなことをすれば文字通りMPが溶け、貴重なはずの品質AのMPポーションは見る人が見れば卒倒するほどの速度で減ってゆくのだ。
現状ではまだMPポーションに蓄えはあるが、造るより減って行くのが早いイベント期間。
蓄えは多ければ多いほど良い。
そんなMPポーションの制作作業の片手間にアイビスに問いかけたのは、先ほど翼と話したブービー達の分断方法だ。
機動性と最高速度に差があるギンヤンマとブービーを上手い事別れさせ、アスカとブービーが一対一になる良い案はないか?
ログインするまで頑張って考えては見たものの、結局一人ではいい案など浮かばず、アスカが最も信頼のおけるパートナー、アイビスに話を持ち掛けたのだ。
しかし――。
『申し訳ありません。私では有効な手段が浮かびません』
「アイビスでも無理かぁ……」
帰って来たのは『策なし』という物だった。
アイビスならば何かいい案を出してくれるのではと期待していただけに、アスカは大きく肩を落とす。
『現在のこちらの航空戦力がアスカ一人、という条件ではどう計算しても四匹の編成であるブービー達を分断することが不可能です』
「そっか……あれ、『私一人』なら?」
『はい』
つまり、それはアスカ以外のフライトアーマー、僚機が居れば話は別。という事なのだろうか?
『アスカ、アルディドからメールが届きました』
その事を聞こうとした矢先、アイビスが告げたのは先日飛行隊を結成すると息を巻いていたアルディドからのメール受信だった。
何だろう? とアスカが首を傾げながら開いたメール。
内容は要約すれば『飛行隊のメンバーがそろったので、紹介ついでにポーションの買取を行いたい』というもの。
昨日の今日でよくもメンバーをそろえられたものだと感心するが、約束は約束。
アスカは行っていたポーション製作を手早く終わらせると売却分のMPポーションを持ち、足早に待ち合わせ場所へと向け歩き出した。
―――――――――――――――――――――――
アルディドが指定したのは毎度おなじみ、ミッドガルのランナー協会の喫茶店。
理由はもちろんこの時間帯でNPCが営業している喫茶店が皆無な為。
すっかり夜の帳がおり、静寂につつまれた街の中にあってランナー協会は今日も大入り。
人種、服装と統一感こそ皆無だが、そんなことを気にする者は誰一人としておらず、あちらこちらから会話の声が響き、大盛況。
そしてその一角にアルディドと他数名の姿があった。
「アルディドさん、お待たせしました!」
「いや、こちらこそ急に呼び出してすまない。今日の作戦会議の前に彼らを紹介しておきたかったんだ」
アスカの姿を確認したアルディドが席を立ち、それに合わせて一緒に座っていた数名も同じく席を立つ。
どうやら、彼らがアルディドの結成した飛行隊のメンバーのようだ。
「早速紹介するよ。俺の隣から順にヴァイパー2、ヘイロー1、ヘイロー2だ」
「へ?」
紹介すると言われ、名前を教えてもらえると思ったらまさかのコールサイン。
想定外の事にあっけらかんとするアスカだが、アルディドはその表情からアスカが何を言いたいのかを理解したらしく、息を吐きながら言葉をつづけた。
「……まぁ、本来ならランナーネームで紹介するんだけど、実はみんな名前がややこしくってね。ネームで呼ぶよりコールサインで覚えてもらった方が良いんだ」
「そうなんですか?」
いまだ懐疑的な表情をするアスカだったが、アルディドから彼らのランナーネームを聞いて納得した。
なんとこの三人、ランナーネームが言葉遊び状態だったのだ。そのひどさたるや『アスカ』と『キスカ』以上であり、状況が混乱しやすい戦場では聞き間違いを起こすこと間違いなし。
三人もそのことは理解しているらしく、ランナーネーム呼びよりもコールサイン呼びを推奨してくれている。
むしろその方が雰囲気が出て、ロールプレイ感が強まるとノリノリである。
「それじゃあ、改めまして、リコリス1。私はヴァイパー2。ヴァイパー1、アルディドのヴァイパーチーム二番機よ」
「…………」
「あら、どうしたの?」
「じょ、女性だったんですね……」
「失礼ね。どこをどう見ても女性アバターでしょう?」
ヴァイパー2はそう言うが、彼女を初見で女性と判断するのは難しいだろう。
彼女のアバターはリザードマン。
だが、その中でも全身が蜥蜴のような鱗になっている爬虫類感マックスのリザードマンなのだ。
他者から見た姿は蜥蜴が二本足で立って歩いていると言っても過言ではなく、腰からは尻尾まで生えている。
服装もズボンに革鎧という、どこかの街の守衛のような恰好。
さらに先ほど聞いたランナーネームも男性のようなものであり、アスカが勘違いするのも仕方のない話だった。
「ま、ヴァイパー2は見た目詐欺だからな。分からなくてもしょうがないさ。俺はヘイロー1。よろしく、リコリス1」
「はい、よろしくお願いしま……す?」
見た目のインパクトが強烈だったヴァイパー2に対し、ヘイロー1の印象もまた中々の物だった。
ドワーフをベースにした小柄でややふっくらした体に、ドワーフにしては控えめな口髭。
服装は赤いシャツにデニムのオーバーオールという、どこぞの配管工を彷彿とさせるような恰好だったのだ。
これは意図してやっているのか?
と、困惑を隠せずにいると……。
「ほら、兄さん、その恰好は露骨すぎてリコリス1が困惑してるじゃないか。ごめんね、リコリス1。僕がヘイロー2。ヘイロー1のリアル弟なんだ。よろしくね」
「よろしくお願いしま……え、えぇ?」
ヘイロー1のリアル弟だというヘイロー2。
アスカは彼の姿を見た瞬間、混乱していた思考は止めを刺され完全に停止してしまった。
ヘイロー2のアバターはベースこそオーソドックスな人間だが、身長は平均よりやや高めで細身、顔長、ちょび髭と丁寧にコーディネートされた挙句、服装は緑のシャツにデニムのオーバーオール。
これは絶対に狙っている。
二人とも分かってやっている。
そう確信したアスカは表情を引きつらせ、乾いた笑いで二人の自己紹介に対応せざるを得なかった。
なお、その横ではアルディドがため息をつき、ヴァイパー2が天を仰いでいた。
「と、とりあえず紹介はこれくらいでいいかな」
「そうね。とりあえず座りましょうか」
なぜこれほど個性の強いメンバーばかり集めたのか小一時間ほど問い詰めたいが、今は時間が惜しいのもまた事実。
アスカはアルディドに促されるまま席に着き、飛行隊についての詳しい説明を受ける。
ヴァイパー2、ヘイローチームの両名は共にβテスターであり、アルバとアルディドの知り合いだそうだ。
メンバー選考の際、時間的都合の為フライトアーマーを使え、MPポーションの事を口外しない程度に信用のおける者全員にメールを送信。
先着順で決まったのがこの三名だという。
それほど候補者も多くなかったからね。と続けるアルディド。
だがその瞳の奥には、まさかこれほど濃ゆいメンバーになるは想定外だった、という主張が見え隠れしている。
飛行隊がヴァイパー、ヘイローの二チームになっているのはマップの広さと制限時間を考慮した結果との事。
広大なイベントマップの中で、戦場があちこちに分散してしまってる状況では、四人一小隊よりも二人一小隊で時間をずらして航空支援を行った方が効率が良いのだと言う。
「午前中にヘイローチームが航空支援を行ってる。日が落ちてきたから支援を打ち切って撤収してるけど、この二人は午後の作戦には長時間の参加はできない」
「代わりに私たちヴァイパーチームがリコリス1と一緒に航空支援に入るわ」
「なるほど」
アルディドとヴァイパー2の説明に、頷きながら視線をアスカへと向けるヘイローチーム。
そして、話題は飛行隊の運営方法から今日の作戦における各員の役割へと移っていった。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまり与論空港から飛び立ってしまいそうです!