64 DAY3ゴルフ要塞攻略戦Ⅶ【託された符丁】
飛雲の換装を終えたアスカは要塞に乗り込んだアルバ達を援護するべく、一路ゴルフ要塞へ向け飛行していた。
先ほどまでは丸腰だったため把握できなかった地上の敵の位置も、換装したセンサーブレードにより完全に把握できる状態に戻っている。
その布陣は降下作戦を始める前と同じく、大勢のランナーとモンスター達がにらみ合いをしている状況だ。
それに対しランナー約三万が控えているゴルフ要塞の後方に敵の反応はなく、不気味なほどに静まり返っている。
後方の三万が攻勢をかけるタイミングはアスカに委ねられているが、強襲降下作戦の効果が表れるまではうかつにGOサインを出すことは出来ない。
そうしてゴルフ要塞まであともう少しというところまで来た時、空に再び大量の赤い蟲が飛んでいるのに気が付いた。
『敵、アキアカネ群第二波接近。方位一五〇。二時方向』
「向こうも徹底抗戦の構えだね。先制攻撃を仕掛けるよ!」
アスカは進路をゴルフ要塞から迫りくる赤とんぼの大群へと向ける。
同時に増速。ヘッドオンからの攻撃を仕掛ける。
射程に入り次第、両手持ちの汎用機関銃と両翼のガンポッドの一斉射撃。
目的地へ向かって一直線、後生大事に爆弾を抱え、尾部のガトリング機関砲も展開していない状態の赤とんぼは鈍足、無抵抗であり、機動力、飛行能力共に飛雲のそれを大きく下回る。
結果、一方的に銃撃されるだけであり、このヘッドオンだけで複数の赤とんぼが火を噴いて落下していく。
しかし。
「あ、あれ? 思ったよりも撃ち落とせてない?」
アスカの想定ではもっと撃ち落としているはずだった。
ピエリス、エルジアエを上回る火力を持つ汎用機関銃、そして両翼に増槽に変えて搭載したガンポッド。
どちらも対地攻撃においてかなりの戦果を挙げた装備だが、対空となると勝手が違っていた。
『汎用機関銃は火力こそありますが、フライトアーマーでは剛性不足により照準が定まらず、集弾率、射撃精度も悪化しています。両翼のガンポッドは対地攻撃用に俯角を付けているため、水平射撃では正面の敵には当たりません』
「な、なんですとおぉぉーーー!」
対地攻撃装備であるが故の弊害だった。
汎用機関銃の射撃時のブレも、安定飛行時に地上の静止物などに掃射する場合には何も問題にならなかったのだが、空中を移動する物体を捉えるには精度が低すぎたのだ。
俯角の付いた両翼のガンポッドなどは言わずもがな。
対空で使う設定にはしていない。
「空中戦にはピエリスとエルジアエの方が良いんだね……」
『ガンポッドも水平に設定すれば問題ありませんが、現状の対地攻撃用の設定では対空は不向きです』
そうはいっても絶賛空戦中なのだ。
汎用機関銃さえあれば問題ないと、ピエリスもエルジアエもホームのアイテムBOXの中に収納してしまっている。
不向きとは言え、現状の装備で対処するほかない。
「空戦には不向きでも、近付けば当たるんだし、このまま行くよ!」
『アキアカネの上を取ってください。それならガンボッドの照準が合わせやすいはずです』
「オッケー!」
インメルマンターンを行い、高度を確保しつつ、ヘッドオンですれ違った赤とんぼ群を追う。
赤とんぼ達はと言えば、追ってくるアスカを気にせず、ゴルフ要塞へ向け直進。
空域に進入すると、先ほど同様要塞のアルバ達とこちらの前衛に攻撃を仕掛けるべく散開した。
「赤とんぼ第二波接近! 注意してください!」
《くそ、また来やがったのか!》
《各員、対空戦闘用意!》
《こちらでも確認しました。前線に向かった赤とんぼはこちらで対処します。リコリス1はゴルフ要塞に乗り込んだランナー達の援護を》
「了解!」
前衛側はランナー達に任せ、ゴルフ要塞へ向かった赤とんぼ達を追う。
攻撃機である赤とんぼは爆装しているため速度が遅い。アイビスのアドバイスに従い、赤とんぼ達の上を取りつつ接近。
射程に捉え次第射撃を開始すると、次々に叩き落してゆく。
「ファルク、そっちの状況は?」
《思ったよりも魔法陣形成の基幹要員数が多いです。支援魔法の効果範囲を削るにはもう少し時間がかかるかと。リコリス1は赤とんぼの対処をお願いします。こちらにはあれに対応できるほどの余裕がありません》
「それは任せて! 爆弾は落とさせないよ!」
対空戦闘には向かない兵装ではあるが、紙耐久、鈍足の上、回避行動も取らずにまっすぐ要塞へ向かう赤とんぼ達を落とすのには問題はない。
手当たり次第に撃墜し、ゴルフ要塞までたどり着いた時にはその数を半数以下にまで減らしていた。
赤とんぼはと言えば、フレンドリーファイアを避ける為か急降下爆撃の姿勢はとらず、尾部のガトリング機関砲を展開しての対地機銃掃射のアクションを始める。
無論アスカはそれを許さない。
射撃姿勢に入ったものから優先的に射撃。
間に合いそうにない場合も地上のメンバーへ注意喚起を行なった後、すぐさま撃墜。
気が付けば二〇以上はいたであろう赤とんぼはその姿を要塞の空から消していた。
「よし!」
『お見事です、アスカ』
「護衛のいない攻撃機なんてこんなものよ」
全機撃墜を胸を張って喜ぶアスカだが、感嘆に浸る時間は長くはない。
「次、地上の援護をするよ!」
『最優先攻撃目標、敵、大規模支援魔法を形成している基幹要員』
「あれね!」
次なるターゲットは要塞内に複数いるTGTアイコン付きの獣人。
アスカはそのうちの一つに狙いを定めると、アプローチを開始する。普段なら爆撃は直上からの急降下爆撃を行うが、今の兵装からするとそれよりも角度の浅い緩降下爆撃の方がアプローチがしやすく、また効果も高い。
TGTの獣人を正面に捉え、姿勢は巡行。
射程に入り次第ガンポッドと汎用機関銃による一斉射を行う。
支援魔法の制約によりその場を動けない獣人にとって、この機銃掃射は致命的。
エグゾアーマーを装備しているとはいえ、所詮はバフのかかっていないメディックアーマーなのだ。
さらに、本来は身を挺して基幹要員である獣人を守るべき守備隊の獣人はファルク達を近づけさせないためその場から離れている。
身を護るものが何もない獣人は機銃掃射の銃弾をすべてその身に受け、なすすべなく光となって消滅した。
アスカは消滅を確認してから上昇。
距離を取ってから再度TGTアイコンの獣人へのアプローチを開始する。
この事態にゴルフ要塞内部の獣人達は激しく動揺していた。
彼らの注意は対面するアルバ達にのみに注がれていたため、空からの攻撃など想定外だったのだ。
本来であれば空から攻撃するのは赤とんぼ達であり、自分達の攻撃と合わせて乗り込んできたランナー達は撃退できる。
そう考えていただけに、制空権を取られた衝撃は大きかった。
浮足立ち、今までアルバ、ホロ達と拮抗していた前線は次第に押され始め、崩壊し始める。
これを勝機と見たアルバ達はその圧力を一層強める。
こちらが狙うはただ一つ、基幹要員の首であることに対し、獣人達は空のアスカ、騎兵マルゼス、強襲兵アルバ、ホロ、支援要員ファルク、それぞれに応じた対処を取らなければならないのだが、動揺、混乱した状況ではその対処が間に合わず、後手後手に回っている。
空のアスカに対処したと思えば、騎兵であるマルゼスに轢き殺され、マルゼスに対処すれば強襲兵アルバ、ホロに接近を許し、アルバ、ホロに対処すれば空のアスカに首を取られるという鼬ごっこ。
そして、基幹要員をある程度潰したところでアスカに通信が入った。
《リコリス1、前線の敵の動きがおかしい。上から確認できないか?》
《こちら奇襲部隊。いまだ待機中だが、目の前にいきなり敵が出現した。どうなっている?》
「ちょ、ちょっと待ってください! 今確認します!」
その事態にアスカも慌てて高度を取り、センサーブレードを向けて状況を確認する。
「これって……」
空から見たゴルフ要塞周辺の様子。それは先ほどの物とは様変わりしていた。
要塞を中心とし、かなりの大きさを誇っていた地上の魔法陣はその大きさを半分以下にし、こちらのランナー達とにらみ合いを続けていた敵前線のモンスター達が後退を始めていた。
それ以上に驚きだったのがゴルフ要塞の後方。
奇襲部隊が出番はまだかと焦れながら潜んでいた周辺から、先ほどまでは存在していなかった大量の敵の反応が発生していたのだ。
だが、よくよく見ればそれらの敵反応も皆一路にゴルフ要塞へ向け移動しているではないか。
「アイビス、どうなってるの!?」
『敵、大規模支援魔法を成す基幹要員が減ったことで効果範囲が減少。本拠地であるゴルフ要塞が危ないとあって、前衛の部隊も後退を始めているようです』
「いきなり現れたあいつらは?」
『こちらの襲撃に備え、潜伏していた迎撃部隊と推定。本来はこちらの襲撃に合わせて突如出現して逆奇襲する手筈だったと思われますが、本丸である要塞が落とされては意味が無い為、潜伏を止め要塞防衛として向かっているのだと思われます』
だが、それは奇襲をかけるために待機しているランナー達に対して背を見せる行為である。
そして、その身にはすでにバフの効果はない。
――ならば。
「奇襲をかけるには、このタイミングしかないね!」
アスカは全軍へ向け通信回線を開き、叫ぶ。
「全軍に通達『海の中道に渡りの巣を』繰り返します! 『海の中道に渡りの巣を』!」
それは前衛と奇襲部隊に対し全軍突撃を告げる、アスカに委ねられた符丁。
《よし来た! いくぞ、お前たち!》
《ようやく出番か! 待ちくたびれたぜ!》
《撃って良いんだな!? あのクソムカつく無防備な背中、撃っちまって良いんだな!》
《俺達に背を向けるなんざいい度胸だ! 重砲をお見舞いしてやれ!》
《こいつらもうバフはかかってない! 出るぞ!》
アスカの号令に応じ、ランナー達が突撃を敢行する。
それは要塞を守ろうと後退を始めたモンスター達に背面から襲い掛かる形であり、一方的な蹂躙となる。
《ハイオーガ、撃破!》
《敵の防衛ライン突破! 要塞へ張り付け!》
《オークキングももうあと一息で落とせるぞ!》
《バフがかかってなけりゃこんな連中に負けるかよぉ!》
前衛部隊もさることながら、奇襲部隊の勢いは目を見張るものがあった。
ゴルフ要塞攻略戦が開始されてからここまで、作戦とは言えここまで潜伏待機を余儀なくされていた。
焦らしに焦らされていた彼らは、アスカの号令によりその鬱憤を晴らすべく、雪崩のごとく敵陣に押し寄せる。
ゴルフ要塞へ向け前進するランナー側と、後退しながら防衛戦闘を強いられるモンスター達。
どちらが有利かなど言うまでもなく、モンスター達はその数をみるみる減らしてゆく。
「皆! こっちの先鋒がゴルフ要塞に到達するまであともう少しだよ!」
《そうですか! もうひと踏ん張りですね!》
《ばってん、このままシメオンを倒してしまってもええっちゃろ?》
《その余裕があればだ。マルゼス、来るぞ!》
《さすがにっ、そろそろきついか!》
要塞内のメンバーも、消耗が目に見えて現れ始めていた。
アルバが持ち込んだ大盾はすでに破壊され、ホロもエグゾアーマー各部にダメージ蓄積による動作不良が発生。
ファルクの四枚あった装甲板は背面の一枚を残すのみ。
マルゼスの操るタービュランスも、戦闘開始時ほどの速度と跳躍力はないようだ。
これだけ敵陣を引っ掻き回したのだから、作戦としては大成功。
仮にやられたとしてもその役割は十二分に果たしている。
だが、アスカとしてはそんな彼らを死なせたくはない。
このままファルク達の支援に徹すれば、要塞を攻略できるのではないか?
そう考えるのも当然の戦況ではあったが、敵もそう甘くはない。
『アキアカネ、第三波接近。方位一六五、五時方向』
「っ、まだ来るの!?」
アイビスから告げられる、対地攻撃機赤とんぼの第三波。
アスカはすぐに報告のあった方向に視線を向ける。
だが、そこには赤とんぼ以外の空の敵の姿があった。
「あれは……っ!」
色鮮やかな緑と青の体を持つギンヤンマ三匹と、漆黒の体に黄色の縦縞をもつオニヤンマ、ブービーだった。
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嬉しさのあまり沖永良部空港から飛び立ってしまいそうです!