1 青星インストール
投稿記念、初日は四話投稿予定。本話は一話目になります。
七月も中旬、外ではけたたましく蝉が鳴く夏。
宅配業者から荷物引き取りのサインをした青木蒼空はその荷物の品名を見て大喜びし、二階にある自宅の部屋に駆け込んだ。
「やった、配達予定日ぴったし!」
梱包用紙を丁寧にはがし、その中身であるパッケージを見て息を荒らげた。
そこには『Blue Planet Online』と書いてある。
Blue Planet Online。それは今日、この日発売の最新VRMMO。
「そうだ、ゲーム機借りてこなきゃ」
ソフトがあってもハードがなければプレイすることはできないと、蒼空は部屋を飛び出すとすぐ隣の部屋にノックもせずに入り込む。
「翼、ゲーム機貸して!」
「うわ! いきなりなんだよ姉ちゃん、ノックぐらいしてくれよ」
「ゲームが届いたからプレイするの。あった、これね。貸りてくわよ」
彼は蒼空の弟、青木翼。
姉にBlue Planet Onlineをプレイさせるきっかけを作った少年である。
突然の乱入に慌てふためく翼を他所に、蒼空は部屋に置いてあったVR機器を手に取ると勢いそのままに自分の部屋に戻っていった。
「アウトドア派の姉ちゃんがこんなにゲームに興味を持つなんてなぁ……」
もともと蒼空は家でゲームをするより外に出て友達と遊ぶことの多い活発な女の子。
が、今彼女の興味は先ほど届いたばかりの最新ゲーム、Blue Planet Onlineに埋め尽くされていた。
自分の部屋に戻った蒼空は電源ケーブルと通信回線ケーブルを接続。
ソフトをセットする。
「これで、よし。あとはスタートするだけ!」
VR機器を頭に装着するとベッドに横になり電源を入れる。
ヘッドセットのモニタにメーカーのロゴが表示されると同時に、体から浮き上がるような感覚に襲われ、蒼空の意識はゲームの世界へとダイブしていった。
―――――――――――――――――――――――――――――
『ようこそ Blue Planet Onlineへ』
目を開けると目の前に文字が表示されており、音声案内で同じ言葉が流れる。
周りを見渡すと、まさに電子空間といった感じの白一色、上下左右のない場所に立っていた。
「おぉ~、VRゲームなんて初めてやるけど、こんな感じになってるんだ」
蒼空はこのゲームが初めてのVRゲーム。
弟の翼はほかにもVRゲームをいくつか持っていてプレイもしているが、それらには興味を持たなかった。
つまり、Blue Planet Onlineには蒼空がそれだけ強く惹かれたものがあるのだ。
『Blue Planet Onlineをインストールしています。進行状況0%………………100%』
『Blue Planet Onlineをセットアップしています。進行状況0%………………100%』
『Blue Planet Onlineのセットアップが終了しました。初期設定を行います。アバターを製作してください』
「へぇ、自分のキャラクターを作れるんだ」
目の前に自分とほぼ同じ背格好のキャラクターが生成され、ゆっくりと回転している。
すぐ横にウインドウが表示され、名前、種族、肌色、性別、身長、体型、顔のパーツなどの項目が並んでいた。
デフォルトでそれらは人間、標準色、女、など現実世界の蒼空に近づけてあるようだ。
「名前は……アスカで。ん~べつに男になりたいわけでもえるふ? どわーふ? とかにもなりたいわけじゃないし……あ、でもせっかくだから髪型いじって、手足はちょっと細くしておこう」
蒼空の身長は一五五cmほどでスレンダー体系、日本人らしい黒目、黒髪のセミロング。
キャラメイクにもそこまで興味がなかったため、顔の作りと体型を少しだけ自分好みに整える程度にする。
髪の色を薄緑で腰に届きそうなほどに長いポニーテール、瞳も翠眼に設定すると確認をセレクト。
キャラメイクのウインドウが閉じると体が薄く光り、たった今設定したアバターに変化。
目の前にはいつの間にか姿鏡が出現していた。
「おぉ、これがゲームの中の私か。うん、いいねいいね」
想像以上によく出来ているアバターを食い入るように見つめ、満足したところで確定をセレクトする。
『exo armorを設定します。アーマーを選択してください』
再びアバターの全身像と、アーマーの一覧を記したウインドウが表示される。
適当にアーマーを選択すると、目の前にアバターが機械の鎧を身に付けた姿で表示された。
そう、このBlue Planet Onlineはエグゾアーマーと呼ばれるパワードスーツを装備してプレイするゲームなのだ。
蒼空の前に今表示されているのが『ストライカー』という種別のアーマー。
近接戦闘型のアーマーで強力なスラスターで敵に詰め寄り、近接攻撃で敵にダメージを与える事を得意にしている、と一緒に表示された解説ウインドウに記載されていた。
「ふむふむ、いろいろあるんだね」
『アサルト』強襲型アーマー。重装甲で高火力の火器を使用し、突破力に優れる。
『ソルジャー』汎用型アーマー。速度、装甲、火力とバランスの取れたアーマー。近接戦闘から中距離での火器・魔法攻撃など様々な攻撃手段を持つ。
『スナイパー』遠距離型アーマー。遠距離からの大口径対物ライフルやレイライフルを使用する。
『マジック』広範囲面制圧アーマー。軽装甲だが高火力の魔術を使い、火器では難しい広範囲の面制圧を得意とする。
『メディック』補助支援型アーマー。回復魔法と支援魔法に長け、味方の戦闘能力を向上させる。
『スカウト』索敵型アーマー。移動力と索敵範囲に優れる。通信範囲やレーダー探知範囲において右に出るアーマーはない。
『トランスポート』物資輸送型アーマー。戦闘能力は低いが、豊富なアイテム積載量は味方ランナーの助けとなる。
バリエーション豊かなアーマーの中で、あるアーマーを蒼空の目が捉え、注視する。
「……あった」
『フライト』飛行型アーマー。専用装備のフライトユニットにより、空を自由自在に飛行することが出来る。
フライトアーマー。これこそ彼女がBlue Planet Onlineをプレイする理由。
―――――――――――――――――――――――――――――
蒼空と翼の父は旅客機のパイロット、母は父と同じ航空会社のフライトアテンダント。
大空が大好きでパイロットにまでなった父に、どこまでも続く蒼い空のように健やかであってほしいという願いを込めて『蒼空』と名付けられた彼女が、父と同じように大空にあこがれを持つのは生まれる前からの運命だったのだろう。
休みの日は家族みんなで空関連のイベントに出向き、自衛隊の航空祭には複数参加。
小学生のころにはハンググライダーやスカイダイビングの体験をするほどの大空好き。
そして大きくなるにつれて大きくなる夢。
それは「大空を自由に飛び回りたい」というものだった。
父と同じパイロットというのも考えてはいるが、それはまだ遥か未来の話。
ハンググライダーやスカイダイビングは時間もお金もかかり、頻繁には楽しめない。
そんな時、弟の翼が見せてくれたあるゲームのCM。
あまりゲームには興味なかったのだったが、そのCMのとあるシーンに目を奪われた。
背中にエンジンノズルと主翼が付いている機械の鎧を装着した人物が、自由自在に大空を駆けていたのだ。
それは、蒼空が夢にまで見た光景と同じもの。
「姉ちゃん、空飛びたいんでしょ? 現実世界じゃ無理だけど、ゲームの世界なら思う存分飛べるんじゃない?」
「……翼」
「なに?」
「これ、なんていうゲーム?」
「Blue Planet Onlineっていう、この夏発売のフルダイブVRゲームだよ」
「予約できる?」
「どうだろ。βテストでの評価がかなり高いし、初回生産分はそんなに多くないから抽選だと思う。てか姉ちゃん、買うの!?」
「駅前の電気屋さんで予約できるよね? ちょっと行ってくる」
「あ、ちょっと! 姉ちゃん!?」
家を飛び出した蒼空はその足で電気屋に駆け込み、抽選のうえ初期生産分購入権を勝ち取ったのである。
CMで見たあの空を飛ぶためだけに。
―――――――――――――――――――――――――――――
「ふ、ふふ、ふふふふふふ……」
うれしさのあまり蒼空の口から不気味な笑いがこぼれる。
彼女にとってこのゲームはフライトアーマーのためだけに存在し、それ以外は眼中にないのである。
ニヤつく顔のままフライトアーマーを選択する。
『ポイントボーナスを獲得します。特典をお持ちの方はクーポンコードを入力してください』
「ポイントボーナスなんてあるんだ。クーポンコード……そういえば初期生産特典でついて来てたっけ」
フライトアーマーで飛ぶこと以外に興味はないが、せっかくもらえるなら貰っておこうという考えでパッケージについてきたクーポンコードを入力。
『コードを問い合わせ中……確認しました。三〇〇ptsが追加されます。合計ポイントは一三〇〇ptsです。一覧の中からボーナスを選択してください』
「どれどれ……」
蒼空の前に再びウインドウが現われ、獲得できるボーナスとその必要ポイントを表示している。
「ナイツサーベル一〇〇pts、バックルシールド一〇〇pts、所持資金+五〇〇〇〇ジル二〇〇pts……なにこれ?」
それはゲーム開始時のボーナスで装備や資金、スキルなどをポイントで獲得できるのだが、空を飛びたい一心、予備知識ゼロの蒼空には何のことかさっぱりだ。
「あ、そういえば翼が最初のポイントボーナスはこれをとれって教えてくれたんだった」
姉がゲーム内容よりゲームで空を飛ぶことしか考えていないことは弟の翼には容易に推測できた。
自分が勧めた事もあり、姉には楽しく空を飛んでもらおう、と事前公開されていたポイントリストからフライトアーマーと相性のいいボーナスを調べ上げ伝えていたのだ。
「私じゃよくわからないし、ここは教えてもらったとおりにしておこう」
そうして蒼空は翼に教えてもらったボーナスを選択する。
翼が選んでいたのはアイテムや装備ではなくスキルだ。
ここで選択できる装備やアイテムは開始直後なら確かに強力だが、ある程度進めるともっといい武器が出てくるため不要になる。
ならばプレイしている間ずっと使えるスキルのほうが有用であるとの考えからの事。
もし翼のアドバイスがなければ、適当に装備やアイテムにしただけで終わってしまっていただろう。
「えっと、タブで【スキル】欄、【MP増加・大】五〇〇pts【MP自動回復】五〇〇pts。あれ、三〇〇pts余った?」
翼は事前に調べてポイントが一〇〇〇ptsあることは知っていて、そのポイントを最大活用するスキルを選んでいた。
ただ一つ、運営コメントの初期生産分クーポン、プラス三〇〇ptsという項目を見落としていたことを除いて。
「うーん、翼からはこれしか教えてもらってないし……なにかないかな?」
余った三〇〇ptsに見合うものがないかリストとにらめっこすること数分。あるスキルが目に留まる。
「なんだろこれ。【フライトアーマー開発経験値増加】……空を飛ぶのに役立つかな? 三〇〇ptsだし、これにしておこう」
『【MP増加・大】【MP自動回復】【フライトアーマー開発経験値増加】が選択されています。これでよろしいですか?』
確認ガイダンスが表示され、うん、とうなずき確定をセレクトする。
『最終確認を行います』
最終確認には今まで選択したアバター名、種族、性別などの他、選択したアーマー、ポイントボーナスが表示され、その一番下には確定のアイコン。
そのすべてに目を通し、間違いないか確認した上で確定のアイコンをセレクト。
『初期設定を終了します。サーバーに接続しています…………接続しました。ログインしています…………』
ログインが始まると回りの電子空間が光に包まれ、視界が明転していく。それと同時に嬉しさと期待から胸が高鳴っていくのが分かる。
『どうぞBlue Planet Onlineの世界をご堪能ください』
「これで私は……空を飛べる!!!」