第2話 信じてみよう
殺される!
聖良はぎゅっと目を閉じた。しかし、なかなか痛みはやってこない。なぜかいい匂いがしてきて、恐る恐る目を開いてみると、目の前にハンカチがあった。テルシアが差し出してきたのだ。
「涙が出ています。これで拭いてください」
いつの間にか、私は泣いていたようだ。きっと恐怖からであろう。でも、ハンカチは受け取らない。自分のパジャマの袖で目を擦る。
睨むように見上げるとテルシアと目があった。彼は聖良を見て微笑んでいた。
「僕のことを信じてください」
綺麗な瞳が聖良を見つめて言う。そんな瞳で見られると信じたくなってしまう。
「本当に違う世界から来たんです。信じてください」
「・・・無理です。信じられないです」
聖良は首を横に振る。だってそんな頭の中の妄想の様な話を本当だとは思えない。すると、テルシアが困ったように
「どうしたら信じてくれますか?」
「え?」
「魔法を見せたらいいですか?」
何を言ってるんだこの人は。聖良がキョトンとしているのを横目で見ながら、テルシアが人差し指をピンと立てた。すると、その指の周りだけが明るくなった。
テルシアはにっこりと笑う。
「どうです?」
「どう、と言われても・・・マジックでもできると思います」
聖良は冷たくそう言う。その程度ならテレビで見たことがある。テルシアを見ると、ショックを受けた顔をしていた。きっとさっきのやつで信じてもらえるとでも思っていたのだろう。
彼は考えるように手を顎に当て、少ししてから下を指差した。
「えっと、では床を見てください」
「?」
「床に僕の村を写します。今の状況を見て欲しいのもあるので」
テルシアはしゃがみ込んで、手をついた。
そして、テルシアの手が床から離れると、さっきまで手が置いてあった場所に丸い光りが浮かび上がった。
テルシアが聖良をしゃがませる。そして、見てください、とでも言うように長い指で光りを指した。
聖良は光りをじっと見る。すると、映像が浮かび上がってきた。真っ白だ。しばらくしてからそれが雪だと気づく。しかし、雪の勢いが尋常ではない。これは吹雪ではなく雪嵐レベルだ。
テルシアは鎮痛な面持ちで静かに言う。
「これが村の状況です。この吹雪がもう1ヶ月も続いているんです」
「こんな天気だと、外には出れないですね」
「ええ。僕は食物を蓄えていたからよかったですが、そうで無かったら餓死していたでしょうね」
聖良は自然と緊張を解いた。テルシアの横顔がとても真剣だったから、信じてみようという気になったのだ。
「・・・分かりました。テルシアさんの村が大変だということと、魔法が使えるということは認めます。でも、なんで私のところに来たんですか?」
「困っているんです」
「それは知ってます。なんで私に助けを求めるんですか?」
「・・・占いで、あなたに助けを求めればいいと出たので。それに、あなたの部屋が1番、繋がりやすいんです。僕の世界と」
テルシアは目をスッと細めて、聖良を見た。
聖良は疑わしそうに、尋ねる。
「占いが間違っているって可能性はないですか?」
「僕もそういう可能性はあると思っていました。でも、占いは当たっているとあなたに会って確信できました」
自信満々という表情でテルシアは聖良の手を握った。どうやらこれは癖らしい。
そして、強く聖良を見ると
「あなたには力がある」
「ど、どうしてそんなことが言えるんですか?」
「だってあなたは僕のことが、見えてるじゃないですか。しかも、僕と会話までできる」
テルシアの声が嬉しそうに弾む。しかし、テルシアとは反対に聖良は顔がさぁっと青くなった。自然と手が震えてくる。
「待ってください。あなたが見えるのは私だけなんですか?」
「?はい、そうですが」
聖良はごくりと唾を飲み込んだ。じゃあ、やっぱり・・・
「聞きたいことがあるんですけど、テルシアさんがさっきから言ってる"僕の世界"とは何ですか?まさかやっぱり、霊界・・・」
「ち、違いますよ!僕はちゃんと生きてます!」
「よかったぁ。じゃあ、宇宙人なんですね」
「いいえ、僕は地球人です」
「?」
「まぁ、正確にはあなた達が住んでいる地球とは違う世界にある地球です」
どういうことなのか、聖良にはよく分からない。それが顔に出ていたからであろうか、テルシアはクスッと笑ってから、聖良に分かりやすい表現で言った。
「つまり、異世界人です」
「い、異世界ですかぁ?!」
聖良はすっきょんとな声を上げた。それを見たテルシアは不思議そうに首を傾げる。
「どうしてそんなに驚くんです?あなたの部屋にそんな本がいっぱいあったじゃないですか」
「えっだって本当にあるなんて思わないじゃないですか!」
「ふふっ失礼ですね。あるんですよ本当に」
テルシアは何だか楽しそうにしている。
聖良は頭を抱えた。まさか本当にあるなんて・・・。そして、その世界の住人がこっちに来ているなんて・・・!しかも、私に助けを求めて!
「あなたは僕とともに異世界へ来てくれますか?村を助けてくれますか?」
そう聞かれて、聖良は黙ってしまう。だってそんなことすぐには決められない。時間が聖良には必要だった。
「・・・考える時間をください」
「分かりました。迷うのはよく分かります。ではこちらで3日後の夜中にまた来ます。そのときに答えを聞かせてください」
テルシアは静かにそう言ってスッと立つと、何かぶつぶつと言い始めた。手を振り回している。
突然の奇行に聖良が不思議に思って見ていると、テルシアの前に大きな穴が開いた。一気に部屋の気温が下がったような気がする。涼しい。
「では」
テルシアは優雅にそう言って穴の中に体を半身突っ込んだ。聖良は帰るんだな、と思ってたが、彼は思い出したように聖良を見た。
「そういえば、名前を聞いていませんでした。教えていただけないでしょうか」
「・・・源聖良です」
そうだった名前を言っていなかった。聖良は今更のようにそれを思い出した。
名前を聞くとテルシアはふんわりと微笑みを浮かべ
「セイラ・・・綺麗な響きですね」
そう言うと真っ黒な穴の中に吸い込まれるように消えてしまった。穴は徐々に薄くなっていった。後にはひんやりとした涼しさが残るだけである。
そして、聖良は急激な眠気に襲われた。