~俺と花と月下蝶~
ーーガタンゴトン
ーーガタンゴトン
その音で少女は目を覚ました。
さっきまで閉じていた目を擦り、周りを見渡す。
電車の中のようで高級に誂えられた銅色を貴重とした其処に顔色の悪そうな性別がバラバラの男女が座っていた。
「ここは何処ですか?」
その内の後ろの席に座っていた女性に声をかける。
女性は顔をゆっくり上げ、少女と目を合わせたあと、消え入りそうな声で一言、
「ニゲラレナイ」
と言った。
「ねえ聞いた、また起こったらしいよ?」
「えぇ、嘘ぉ。何時になったら終わるんだろうね。」
「次はあんたかもね!」
「一寸、やめてよー。」
さっきからあちこちでこの話が話題になっている。
噂はこうだ。
夜の内に失踪した人が次々と変死していく。
それも妙らしく、殺し方はバラバラなのだがそれはどれも気持ち悪いほど綺麗に整えられたベットの上で発見されるとの事。
警察は連続誘拐殺人事件と見て、捜査してるとネットやニュース、新聞などでも報道されていた。
先生からもSHRで注意換気がなされていた。
俺しか覚えていないあの事件から4カ月が過ぎ去り、あの事件の事は記憶の奥深くに眠っている。
まあ、思い出そうと思えばいつでも思い出して詳細に語ることは出来るが。
如月さんとはあれ以来会えてない。
いや、語弊があったかな。
会う勇気がまだ無いのだ。
仕事の時は冷静沈着、静寂閑雅、極性恬淡だが、一歩仕事から離れると意気衝天、温和篤厚、天真爛漫と言った所だ。
そんな二面性がある彼女と面と向かって、今までの疑問をぶつけたいのだが・・・
どうすればいいかをうんうん悩んでいると、横から話しかけられそこの考えを一旦置き、振り替える。
クラスメイトのとある少女だった。
黒髪を下の方に一つに結い上げ、少しジト目の彼女はオズオズと俺の方をじっと見ていた。
手を前で遊ばせ、必死に言葉を振りだそうと悩む彼女に俺は痺れを切らし問いかける。
「どうしたの?俺、何かした?」
そう言うと全力で首を横に振る。
益々その子の言いたいことが分からなくなり必死に話題を振っていく。
先生が呼んでた?
違う。
何か聞きたい事があるの?
少し迷って、少し違うと言う。
じゃあ、何か落としたのを拾ってくれた?
違う。
なんだよ。
そう思いながら、次の質問を問いかける。
「もしかして、困り事でもあった?」
何度目か繰り返した末に導き出した質問に少女はパッと顔にかかった雲を一瞬にして取り払い、首がもげるかと思うほど縦に振る。
正解だったらしい。
取り合えず、誰もいない場所に行こうかと言って、手をとった。
「それで、どうしたの?」
「その・・・今から言う事信じて、下さいますか?」
「・・・うん。」
そう頷いては見たものの見当がつかない。
この物言いだとオカルト的要素がありそうだが・・・
まあ信じてあげることは出来るので、まあ、間違ってはいない。
そう思考を巡らしていくうちに彼女は口を開いた。
「あの、私・・・私、あの、ゆ、誘拐されるかも知れなくって。」
「え?」
何で?と聞きたくなった。
何で誘拐されるってわかるの、って。
予言が出来るんだったらまだしもその子に能力なんて無さそうだ。
一体どう言うことだ?
その感じを読み取ったのか、将亦、顔に出ていたのか弁解をする。
「あの、無理に信じてもらわなくとも大丈夫です。でも、少しだけ、聞いてくださいませんか?」
辿々しく話すその姿は嘗て、武町先生に少し焦点がずれた推理ショーをした嘗ての俺を思い出させる。
その子が語り出した途端、風景はガラリと姿を変えた。
気づけば俺は長椅子に座っていた。
さっきまで少女の話を聞いてたはずだけど。
周りを取り合えず確認する。
改札に目の前に敷いてあるレール。
「駅か?ここ。」
そういう結論に至り、どうしてこんな所に連れてこられたのかが分からなかった。
よく分からずキョロキョロしていると、汽笛が鳴り響く。
余りの眩しさと風圧に手で目を庇う。
大丈夫だと手を下ろすと、高級そうな列車が。
「大空さん、聞いてます?」
その声にバッと声のした方向へ勢いよく振り向くと、さっきの子が。
少し不機嫌そうな目でこっちを見ていた。
周りはいつも通りの学校だ。
どうやら幻覚を見たらしい。
もしかしたら前の事件で何かに目覚めたのか?
そう思ったが、即座にあり得ないとその可能性を捨てる。
だってさっきまで何もなかったのだから。
何もないよ。
そう言って話の続きを聞く。
風は少しだが強い向かい風が吹いていた。
何処だ、ここ。
ボーッとした意識のなか辺りを見渡す。
少し暑くなった肌に冷たい風が頬を撫でて心地よい。
撫でられながら意識を覚醒させていく。
そしてここは前に来たことあることを悟る。
「ここ・・・さっきの」
あの女性の話を聞いていたときに幻覚を見たあの場所その物だった。
既に列車が止まっている。
どうしたらいいのだろうかとそのまま何も出来ずに立ち尽くしているとふいに後ろから声をかけられ、振り向く。
其処には駅員の制服を来た10歳ぐらいの子供が満面の笑顔で立っていた。
「 まもなく、電車が出発します。その電車に乗るとあなたは恐い目に遇いますよ?心して乗ってくださいね!それでは、よい旅を!」
そう告げ終わると、とん、と凄い力で背中を押された。
バランスを崩し、尻餅を着いたときには、もう列車に乗り込んだ後だった。
乗るつもりはなかったので、外に出ようとするのを拒むように扉がしまる。
「おい、出せよ!」
そう言って手を扉に叩きつけるが扉もその子供もびくともしない。
必死の叫びも空しく、列車は発車してしまった。
駅が見えなくなるまで叫んで、手を叩き付けていたが無意味だと分かり、渋々階段を上る。
電車の中のようで高級に誂えられた銅色を貴重とした其処に顔色の悪そうな性別がバラバラの男女が座っていた。
取り合えず席を離して座る。
座った途端、どっと体が重くなった。
外を見ると、薄気味悪い風景が広がっていた。
目を背けるように背中を硝子に向け、目を瞑り意識を少しずつ底に沈めていった。
朝、ベットの上で目が覚めた。
いや、それは当たり前の事なのだが、その時の俺は夢心地でさっきまで電車の中にいたはずなのにとぼやいていた。
でも、電車に乗っていたと言うこと以外思い浮かばない。
ただ、出てきそうで出てこない。
そんな感じだ。
取り合えず体を起こし、近くにあったスマホを乱暴に取り、今覚えていることを検索欄に打ち込んでいく。
候補がずらりと並ぶ。
ふと、とある単語に何故か目が止まり、奪われる。
『猿夢』
「これ・・・なんだよ。」
何気にタップしたそれの内容は酷いもので、その電車に三回乗ると不審死を遂げるとの事。
ふと今起こっている事件の事が頭をよぎった。
段々と靄が晴れていき、理解した後、物凄い浮遊感に襲われた。
もしかして、俺が乗っていたのは・・・
それを無理矢理忘れようとするが必要以上にその記憶の存在を主張してくる。
気を逸らすようにデジタル時計を確認する。
7時30分。
下の枠には土曜日と表記されており、少しだけ嫌悪感が込み上げてくる。
もう一回見てしまった。
後、二回見ると俺はもうこの世にはいない。
そうなると、その間に打開策を高じなければならない。
俺はこの方法しか頭に浮かばない。
縋るようにまたスマホに向き合った。
「ごめんなさい、待たせてしまって。」
「いいよ。今はここ一帯が私の管轄なんだし、それに何でか君は怪異に巻き込まれ体質見たいだしねー。」
紙の束から俺に視線を移す。
いつもの黒パーカーに短パンをはいた如月さん。
自分では対処が難しく、それの専門かどうかは分からないがある程度近い位置にいる如月さんに頼るしか考えが浮かばなかった。
本当は男が同年代の女の子に頼るのは恥ずかしいことなのだがこればっかりは・・・
粗方の内容を話した後、如月さんは指を顎に添える。
そして俺に聞こえるように呟く。
「これは私には一寸手出しが出来ないかもな。」
「え、そうなんですか?」
「何処まで私の事話したっけ・・・えぇっと。」
「霊界獄卒の主な仕事と管轄。」
「あぁ、そうそう。管轄があるってことまでだね。霊界獄卒は一人一つずつ駅を持ってるんだ。その前後の地域が管理者の手の出せる範囲。そして、運転手と基本タッグを組んで行動する。私の場合は日替わりだけどね。で、私の管轄しているのがキサラギ駅。」
「え、あのですか?!」
「そうだよ。元は前の人がいたんだけどね。その人、諸事情で獄卒の仕事が出来なくなったからその代わりで、ね。で、話は戻るんだけど、多分君が乗った電車は、カゲカク駅、皆にはヤミ駅って呼ばれてるけどそこを管轄している奴の電車だ。前も言ったようにその駅のの管轄者を捕らえたりするのは霊状を持っていないと無理なんだよね。その霊状もすぐには発行出来ない。被害が出てから約1週間。だけど、あっちも馬鹿じゃない、逃げ回ってる。だから、今回のような事件が長引いてるんだろうね。」
「被害者は?」
「神隠しに近い状況に陥ってる子がいる。酷い場合には、ニュースでやってるような変死をしている。前者の場合だと数日間行方不明、その後見つかった時には行方不明になった期間の記憶がごっそりと抜け落ちている。って言うことが大半。多分、君に相談してきた子はそれの未遂で終わったんだろうけど。でも、今神様は大人しくしてるし、酔っ払いもいないから、それも含めてそいつがやってる事は間違いないだろうね。」
「え、神様酔っ払うことあるんですか?!」
「あるよ。神無月の時期は出雲大社に集まって飲んで歌えやのどんちゃん騒ぎ。揚げ句の果てにそこら辺にいた人間を隠してその親族をからかって遊んだり。気に入ったから寿命あるのに黄泉の国連れてきたり・・・本当にやめて欲しいよ、本当。」
「そうなんですか。それで打開策とかあるんですか?」
「んー、今の所ないねー。それに君に相談して来たって子と話してた時見たあの状況を見るとー、その子が鍵になるのかな。その子が善意でそいつと結託してるのか、ただ脅されてたのかはまだ分からないけど裏で繋がってることは明白だね。」
「じゃあその子から情報を聞き出した方がいいんでしょうか?」
「聞き出しても余り変わらないと思うよ、この状況。」
「ですよね。」
「まだその電車がキサラギ駅を通ってくれるんだったら手の出しようがあるんだけど、あいつ警戒してるのか無人の駅しか経由しない。まぁ、捕まれば即地獄巡りだから当然だけど。」
「無人とかあるんですね。」
「人界にもあるでしょ?それと一緒。でもその所は無法地帯だから魑魅魍魎がうようよ居るけど。」
それを想像しただけでゾッとする。
絶対通りたくねーそこ。
「あぁ、言っとくけど君の通ってる学校半分その地域入ってるから。」
「え、そうなんすか?」
「そうなんすよ。」
「まじかよー。」
「まあ、君が思っているよりも悪い子じゃないよ、その子達。ただの浮遊霊だし、大半は。」
「それはそうとその子が鍵になるってことは分かったんですけど、聞き出せないとなると・・・どうすればいいんでしょう。」
「んーぶっちゃけその子は君を呼び寄せるための罠だと思うよ。」
「え、どういう事って如月さん!」
何を思ったのか、いきなり俺の腕を掴み、上の薄手の羽織の袖を上げる。
何をしたいのか分からず一人で慌てていると、人差し指で空を切ると青い火が指の先に灯り、ゆらゆらと揺れる。
それを俺の腕に近付けて、肘の間接の手前辺りをなぞって行く。
「これって!」
「これで察したでしょ?」
なぞった所の一部が黒く変色し、腕の上に大きな手を浮かび上がらせる。
「マーカーだよ。自分の獲物を取り逃さないようにね。ねえ、その子と話してるときや昨日その電車に乗るときに誰かに触られなかった?」
「あ、そう言えば子供に背中を押されて。」
「多分その時につけられたんだね。」
「まぁ、後二回。猿夢は不定期だからすぐには来ない。忘れた頃にやって来るって奴だよ。それまでに何処まで対策を練れるかだね。」
「そうですか・・・」
「そんな落ち込まないでよ。こっちでも何とかやってみる。電車で乗り込んで見ても良いし。まあ、様子しか見れないけどね。」
「ありがとうございます。俺も俺でこれから頑張ってみます。」
「うん頑張って。」
これだけ分かったのだから大きな収穫と言えるだろう。
問題はここからだ。
問題が山積みになっている。
さて、どう解決しようか。
学校が始まって何気なくあの子の様子を伺っていた。
24時間ずっと見ていた訳ではないけど、見た限りでは特に怪しい点や行動はなかった。
平行して猿夢の事を調べて見るが打開策は見当たらず、あれよこれよと言う間に一ヶ月が立とうとしていた。
如月さんからの連絡もまだない。
思わずため息が漏れる。
「ため息なんかついて、幸せが逃げるぞ。」
「あー、ごめん。」
「いや、謝られても俺には何もすることは出来ねえよ?それよりお前にお客様だ。」
友達が指差した方向を見ると、あの女の子が。
何も見つかってない、何て言えるわけがない。
無視するわけにも行かないので重い足取りでその子の元へ向かう。
「行こうか?」
そう言って、前に相談に乗った場所に向かった。
「あれから何か見つかりました?」
「ごめん、何も・・・」
「そうですか。貴方なら解決してくれるかなと思ったんですけど・・・」
「ごめん、本当。でも、僕に相談したらいいって誰に聞いたの?僕、そんな特別な事した覚えがないんだけど・・・」
「・・・私を誘拐しようとしてきた人が、言ったんです。『大空 樹は敵だ。でも君なら』って何の事だか分からなかったんですが、取り合えず大空さんに言ったら何とかなるのではと。」
そうか、と返答しようとした時、地面が揺れと共に大きな音が鳴り響く。
立っていられないような激しい揺れに近くにあった階段の手すりに手を置く。
「ここ、あの汽車の中か?」
そこには手すりはなく、代わりに顔を支えていたと思われる手が窓ガラスの突起に置かれた肘を残し、ダランと力なく垂れ下がっている。
さっきまでの出来事は夢だったのか?
それとも今が夢なのか?
「お目覚めですか、御客様?」
物思いに耽っていた俺に向けられた声だと分り、驚いて左を向く。
そこには背丈的に大学生くらいの青年が俺に笑顔を向けていた。
「貴方は?」
「この電車の駅員をしています、影角 零でございます。どうぞお見知りおきを。」
カゲカクと聞いて、壁に背中を押し付け必死にそいつから距離を取ろうとする。
こいつが・・・
相手は気味の悪い笑顔を今だ俺の方に向けてくる。
「・・・回りにいた人達は?」
「全員殺しました。」
こいつ、平然と。
そいつは笑顔を変えずに今の状況を説明していく。
その途中で、さっきふっと浮かんだ疑問を駅員に投げかける。
「三回見たら死ぬんじゃなかったんですか?」
「そんなの回りが決めたことでしょう?猿夢は御客様が三回起きたら殺せ何て決まりはありませんよ。」
「じゃあ、俺も殺すんですか?」
「そうしようと思ったんですけどね、気が変わりました、どうぞこちらへ。」
そう言って、退路を空けてどうぞ左手を進行方向へ。
言われるがまま通路に出る。
ふと後ろが気になり、ちらりと後ろに視線だけを向ける。
少し赤い染みが所々についており本当なのだなと思ってしまう。
そのまま進み、輪っかの中に梟、外に蝶が止まったプレートのかかったスライドドアを開ける。
そこにはさっきと同じような車両だった。
「何車両目何ですか?」
「こちらへお座りください。」
さっきの質問はスルーされ、向かって右側の後ろから四番目に座らされる。
取り合えず奥へ座り、駅員と間を取る。
駅員は出会ったときと同じような位置に立ち、再び退路を塞いでしまった。
「ここ、何車両目何ですか?」
「三車両目でございます、お客様。」
「何で俺をここへ?」
「先程も言った通り貴方を殺さないためです。」
「え?」
「あの車両はこの電車に乗ってきた人を殺す、もう少し具体的に言えば、"この電車を動かすために食べさせる"車両なのです。貴方、如月 幽花とお知り合いですよね?」
「・・・知ら」
「知らないとは言わせませんよ。」
あの人を守るための嘘も易々と少し開かれた時に見えた緑色の殺気と声によって封じられてしまう。
なにも返す言葉がなくなり、顔を伏せる。
ここぞとばかりに駅員が畳み掛けてくる。
「貴方と如月 幽花が知り合いと言うことの裏は取れているんですよ。貴方も知ってるでしょ、武町先生・・・って言っていましたっけ?」
「・・・もしかして。」
「ええ、あの方にあの方法を教えたのは私ですよ。最も如月 幽花によって地獄に送られたようですが。」
「・・・お前。」
「何を仰っているのです、貴方が地獄に送ったようなものでしょう?」
「元はと言えば貴方が送られるように仕向けたんでしょう。」
「まぁ、そう思われて当然ですよね、現にそう思っていたのですが。私はあの方の情報が欲しかったのです。でも、あの人よりもいい餌を見つけましたがね。あの方と特別な関係があるご様子ですし。」
「・・・それで俺を使ってどうするつもりですか?」
「そりゃまぁ」
駅員がなにかを言いかけたとき、視界の端で何かが壁に勢いよくぶつかる。
駅員も予想してなかったようで、さっきまでの笑顔が崩れている。
「あららー、やり過ぎた?」
そう言って、目の前の駅員や如月さんと同じような制服を着用した人がくの字に曲がった扉であったものを見ながら呟く。
こちらの存在に気づいたようで体ごとこちらへ向けると、制帽を持ち上げ一言。
「どうもこんにちは。ウメヤ駅を管轄する霊界獄卒です。」
そしてふわりと笑った。
「これはこれは、梅宮道留さん。なぜ貴方がここに?と言うか誰の許可を得てここに土足で踏み込んできているのですか?」
「こっちの台詞ですよ、それは。誰の許可を得て私に逆らって居るんです?ここは"私の"駅ですよ?」
「ふふふ、何をふざけたことを」
「黙れ」
被せた言葉に従って駅員の口が塞がれる。
必死に手を使い、引き剥がそうとしているが、一向に開く様子は見られない。
そんな様子を一瞥し、今度は俺に視線を向ける。
「君が今回の被害者なのかな?・・・そうか、そう言う事か。君、如月と会ったんだね。」
「え、何故?!」
「霊界獄卒にはそれぞれ一つずつ花を持ってるんだ。それは自分の使命であり、獄卒をしている理由、前世での罪なんだよ。そしてしばしその花、象徴花を自分の知り合いに植え付ける。植え付けるって言い方は悪い感じがするけど、それは如月が君を守りたいと思ってる証拠。どう、如月と上手くやってる?」
「ええ、まぁ。」
「そっかぁ・・・良かったよ。あ、後ね。」
梅宮さんはさっき壊した扉を自分の前に突き立てる。
物凄い音を立て、同時に衝撃波がこちらにも伝わってくる。
「君は端に居て、一寸こいつ片付けてから如月の所送ってあげるから。」
「おいおい、僕はそいつを返すなんて一言も言ってないぞ!」
「返すも返さないも、ここは私が管轄している駅その物。どうするかは私が決める!」
盾にしていた扉がこわれ、梅宮さんに勢いそのまま突っ込んでいく。
それを流れで受け止め遠心力で正面の扉まで吹っ飛ばす。
梅宮さんは手を動かし、まだ行けるな。と体制を再度構える。
飛ばされた方向から人影がゆらりと蠢く。
「本当に強いなぁ、流石は馬鹿力の鬼だな。」
「あんたこそ、ずる賢い真似してんじゃないの、狐風情が。」
駅員がてを広げると如月さんが口から取り出した物と同じような火の玉が出てくる。
それを横にスライドさせるとそれが増え、すごい速度で向かってくる。
それは段々と猿の姿に変化していき、瞬き一つし終わる前に目の前に飛び付いてくる。
梅宮さんはさっき散らばった大きめの棒状の木の欠片を取り、打つ。
だが、後ろからもう一匹来ているのに気付かった。
梅宮さんは避け損ない後ろによろけてしまう。
駅員はそれを見逃さなかった。
火の玉を鞭に変換、そのまま流れるようによろけた片足に巻き付け、駅員の後ろにあった壁に叩きつけ、床に崩れ落ちる。
「呆気なかったですね、本当。」
「チッ・・・油断しすぎた。」
「今更、負け惜しみですか?その口、開けないようにしてあげましょうか。」
「そんなこと今のあんたには出来ない。」
「でしょうね、でも、ここの区域を抜けてしまえば私の勝ちです。・・・おい、出せ。」
そう言うと、扉が復元し閉まる。
そして、再び汽車が動き出す音が聞こえた。
「もう貴方に動く気力は無いでしょう?あの子は返してもらいますね。」
そう言って、倒れてる梅宮さんの横を通り過ぎ、こちらに向かってくる。
何とかしなければと立ち上がろうとするが、物凄い熱と爆音に駅員の姿を含め視界の一切が遮られる。
呆気に取られていると、誰かに腕を引かれてされるがまま着いていく。
扉が閉まる音が聞こえ、横には傷だらけで息が荒々しい梅宮さんの姿があった。
「君が逃げられる時間を稼ぐ、ここを真っ直ぐ行けば、運転室だからそこにいる人に助けを求めればいいよ。・・・大丈夫運転手は中立の立場。助けを求めれば助けてくれると思う。」
自分も何かしたかったが、あの二人の強さを見ていると自分には何も出来ない事は一目瞭然だった。
素直に梅宮さんの指示に従い、通路を走って運転室に向かう。
向かってる途中、バキッと言う音が聞こえ今後ろで起こっている状況に何となく察しがつき、すみませんと小さく心の中で呟く。
でも、まだ愚かな自分は気付いてなかった。
ここから歯車が少しずつでも着実に狂い始めていた事に。
「誰かいませんか!誰か!」
何回叫んだ事だろうか?
何度叫んでも開く気配が一向にない。
手もうっすらと赤みが増し、痛みがじんわりと神経を浸食していく。
喉も鉄の味がしてきた気がする。
ただどんなに叫ぼうと、叩こうと開く気配がない。
その上鍵が掛かっている。
「おやおや、ここに居ましたか?」
背筋に嫌悪感が這ってくる。
振り向きたくなかったが、それしか取れる選択肢がないと判断し素直に従った。
案の定、所々制服が切れている駅員が 。
貼り付けた笑顔をこちらに向けて来ている。
「お客様、取引を致しましょう。貴方が素直に私に着いてきて下されば、梅宮 道留を見逃しましょう。もう虫の息ですが、本部に回収されれば何とでもなるでしょう。しかし、貴方が来てくれないとなるならば梅宮、如月もろとも地獄に葬ります。」
「脅しですか?」
「いいえ取引ですよ、正当な。貴方が来れば。二人の命が救われます、力のない貴方が唯一正義のヒーローになれるんですよ?それなら良いではありませんか。貴方が二人の命を守ることができる。守られる側から守る側になれますよ?こんな絶好のチャンス他に無いでしょう?」
少し目が開かれる。
何も言われていないが、この目を見る限り拒否権は無さそうだ。
「確かに感謝されたいです、守りたいです。普通の人間と霊界獄卒とじゃあ力の差がありすぎる。どうしても守られる立場に回ってしまう。・・・ですが、貴方と行く気はありません。」
「何故です?」
「最初っから目的は如月さんじゃ無かったんですよね?」
「・・・ばれてましたか。」
「だって、待っていても如月さんは来ていたと思います、なのにわざわざ俺を引き合いに出す必要は皆無。」
自分の管轄している区域でも被害を出されて如月さんだって犯人を探していない訳がなかった。
その証拠に如月さんさんとあった日に持っていた紙の束の上には『猿夢事件について』とでかでかと書かれた題目が見えたからだ。
考えたくはないが多分この人の本当の目的は。
「人ですよ。人は色々な感情を表すのです。でも、私は幸福そうな顔は好きじゃない。私が好きなのは。絶望、悲しみ、不幸だと感じた時の顔が堪らなく大好きなのです。だけど、貴方は驚きはするものの不幸な顔は一向に見せない。」
「だから、あの二人を引き合いに出したんですか?俺が泣く泣く承諾しても、断っても不幸になると踏んで。」
「そうですよ?でも、困りましたね。私の目的がばれた以上貴方が絶望する可能性も薄くなった。」
心の底でやっと終わったと安心しきった時、喉に何かが当たる。
見ると、銀色のナイフを突き付けられていた。
そして寂しそうに呟いた。
「殺さないと駄目ですかねぇ。」
「・・・俺を殺して何になるんです。精々無駄なエネルギーにしかなりませんよ。」
「別にそれでもいいんです。最後に不幸な顔が見られれば。でも、残念ですねぇ。折角、貴方とお話するのが楽しかったんですが。」
照明に翳され無駄に輝くナイフをが視界に映る。
避けると言うことは真っ白になった頭に浮かぶはずもなく、条件反射で目を瞑ってただ刺されるのを待っていた。
そして、服を引き裂く音だけが耳に入ってくる。
ただ、痛みはない。
「死体回収は私の役目なんですから止めてくださいよ、本当。」
「また、邪魔者か。どうして会う人会う人私の思うようにさせてくれないんですかね?」
「別に貴方が私の管轄外でやってくれるんならいいんですよ、けれど今は私が運転している汽車なんですよね。この中で死なれたらその死体を回収しなきゃなくなるんです。それだけは、止めてくれません?」
その会話を聞いて恐る恐る目を開く。
そこには自分自身の胸にナイフを突き付ける駅員と、それを阻止しようと駅員の腕から生えている黒い枝。
そして欠伸を一つして後ろに立っている人影が。
「本当何でもかんでも面倒事持ってきて、いい加減眠たいんですけど。安眠邪魔されたくないんですよ分かります?」
「貴方の事なんて知りませんよ。第一仕事中に寝るってどう言う神経しているんですか・・・」
「どう言う神経だって良いじゃないですか、仕事が勤まれば。それより自分自身を殺そうなんて血迷ったんですか?」
「人は死んだら絶望できない、だったら私が死んで、その死体を見て初めて絶望する。助けられなかったと、後悔するんです。その姿を私は見れなくってもいいんですよ、ただ『絶望した』と言う事実があれば。」
「ヘドが出るほど気持ち悪いですね、友達兼仕事仲間から昔、同じような台詞聞きましたよ。」
「そうなんですか?その人とは気が合いそうだ。」
「多分合いませんよ、貴方とは。それより来たみたいですよ、貴方の喧嘩相手が。」
「すみません、回復するのが遅れました、さぁ、第二ラウンド始めましょう。」
扉の前に立っていた梅宮さんが制帽のつばの隙間から眼光を放ち、こちらを見ていた。
さっきから木片や木屑出てきた砂埃ならぬ木埃が舞っている。
でも、その現場に俺はいない。
ただ外野で、とても安全な運転室に大人しく扉に嵌め込まれた小さな窓からその惨状を見ているだけ。
そう、俺は役立たずなのだ。
「何時までそこに立ってんの、座りなよ?」
そう言って箱から取り出したポッキーで反対側の椅子を指す。
でも、俺は横に振る。
座ったら、何だか自分のせいでいろんな人を巻き込んでいるのにその状況から逃避し逃げたした感覚に襲われるような気がしたからだ。
「君も真面目だねぇー。これは別に君が悪い訳じゃないのに、こんな奴前にもいたな。あの子もとんだお人好しなんだよねー、何だかんだ言って。まあ、君よりかは断然強かったけど。」
「弱いのなんて、自覚してます。貴女方と違って俺は経験もこの世界に関しての知識も無さすぎる。」
「・・・きっも。」
「何でですか!」
「ねぇ、よく考えてみて?会ったばかりの女の子を生年月日から身長、体重、その他もろもろ黒歴史とかをさ、知りたいって言ってるのと同じことなんだよ?それって君らの言うストーカー・・・ってのと同じ思考なんじゃない?」
「・・・まぁ、考えてみれば気持ち悪いですね。」
「でしょ?だからさ、そう言うの別に考えなくても良くない?急いだってただの付け焼き刃にしかならない、だったらいつか大切な仲間が皆がピンチで自分一人しかまともに立ってられないその状況で自分が守りたい物を守れるように、活躍できるようにしたら。」
「・・・そうですね、はい。分かりました。」
「・・・一寸はましな顔になったか。でも、この事件で君は活躍できない、出ても正直足手まといになる。今はその時じゃない。だから、はい。」
「貰っていいんですか?」
「いいよ、美味しいものはシェアした方が倍美味しいし。」
「何か薄情な気がしますけど・・・頂きます。」
サクッと音を立ててチョコがかかった細い棒が簡単に折れ、口の中にチョコの甘さと少し塩っけのあるクッキーが丁度良いバランスで口の中に広がった。
その甘さに心が落ち着かされる。
「あぁ、二人でポッキー食べてる!」
横から梅宮さんの声が聞こえて、思わず変な奇声をあげ飛び上がる。
それを聞いて、梅宮さんがにやけている。
「君、面白いねー。」
「さっきストーカー発言してたけどね。」
「え・・・嘘、如月さんにそんなことしてんの?」
「嫌、マジな顔してこっち見ないでくださいよ!そんなこと言ってませんって!・・・いや、少しそんなこと言っちゃったって言っても別に嘘じゃぁ」
「うわぁ、大胆通り越して変態だよ、それ。今から地獄行く?」
「今から買い物行く?見たいなのりで言わないでくださいよ!行きませんって!」
「嘘なのに取り乱してるとこ御免、道留ちゃん、影角は?」
「意識飛ばした、多分如月駅着くまでは寝てると思う。」
「こわぁ、流石酒呑童子に見惚れられた獄卒は違うよね。」
「夢乃ちゃんだって天邪鬼に指名されてたじゃん。」
なんの事か着いていけず、俺の頭に無数の疑問が浮かんでいる。
「君はまだ知らないのか、霊界獄卒は地獄にいる獄卒みたいに力がない、だからさ妖怪に力を借りてるんだよ。でも、それは借りる相手の合意がなければならない。でも、両者の合意があれば霊界獄卒の仕事をしている間だけ力を借りれる。個人差があるけど借りる妖怪によって体力の消耗が少なからずある。」
「酒呑童子は体力の消耗が半端ないよね、立ってるのもきついんじゃない?」
「いや、そこら辺は加減した、けど暫くはここから動けないかも。」
「そっかー、乙。」
「軽く言ってるけど大丈夫なんですか?」
「慣れるまで丁度いい力加減が出来ないよね、強いときはとことん強いし、弱いときはとことん弱い。」
「あー、それ大変だった。気を張ってなきゃ思ってることとやってることが違うことあった、天邪鬼だからそう言うのには慣れなきゃ面倒臭い。あ、もう少しで彼奴の区域抜ける、多分もう大丈夫でしょ。」
「そうだね、後は如月さんにこの子回収して貰うだけ。」
ガタゴトとさっきより軽快な音を立てて、如月駅へ向かっている。
話を聞く限り、如月さんはもう駅に着いて、汽車がくるのを待っているようだ。
外は相変わらず不気味だ、けれどさっきとは違い、白い光が点々と並んでいる。
それをぼぅっと眺めている。
その光を見ていて別に悪い気は起きなかった。
【次はキサラギー、キサラギー。降りる際は忘れ物の無いようにご注意くださーい。忘れ物がございましても私共はお客様にお届けすることは出来かねます、再度お忘れものがないか十分に確認した上で御降車くださーい。】
アナウンスが鳴り、運転室の扉を開ける。
ソファーらしきものは綿が散乱し、真っ二つに折れ曲がっている。
その上、木片がそこら中に散乱している。
ただ床だけは傷一つなく、木片の一切を取り払えばまた使えるぐらいの綺麗さだった。
横には制服はボロボロで力なく項垂れた駅員、いや、影角さんの姿が。
扉が開き、梅宮さんの前に外に出る。
そこにはランプを持った如月さんの姿が。
「・・・え、冬夏?」
後ろから驚きの声が発せられる、でも、その中にはそれ単体だけでは無さそうだった。
如月さんはその問いに何も答えず、険しい顔で俺と階段の中央で止まった梅宮さんの横を颯爽と通りすぎていく。
この二人に何かあったのかな、と思いを巡らせている矢先、後ろから軽い衝撃がくる。
しかし、それに不意を突かれ、梅宮さんと一緒に電車の外へ。
「貴方、友達二人を闇討ちしようとするなんて喧嘩売ってるんですか、今までの事もありますしもし貴方にそう言う意図があってそのような行動をしたなら買いますよ、それ。」
今までに聞いたことのないような低い声で、如月さんの前で刃物らしきものを振り上げてピクリともしない人影に投げ掛けた。
「・・・貴女、何をしたんです?」
「貴方が今現在体感している状況ですよ。喧嘩を売っていると言うならば、首にかけている糸を引っ張って首を削ぎ落としますよ?」
「短時間で一体どうして・・・」
「貴方の標的が近くにいるのに何も仕掛けない馬鹿は居ないでしょ?」
そう言うと、僕のワイシャツの襟の折り返しの隙間に指を入れて、何かを引き出す。
指と指の間に収まって居たのは、ゴマ粒くらいの黒い小さな蜘蛛だった。
「これで全てお分かりでしょう?もう抵抗せずに素直に本部へ同行してください。」
「これ以上抵抗しても、これ以外にこう言うのを仕掛けてるんでしょう?」
如月さんは暫く目を閉じた。
小さく数字を呟きながら、再度目を開けた。
「後、四つ。それと今仕掛けてる場所が一つありますね、どうします?」
「それは・・・諦めるしか無いですよね。」
「ええ、勿論そうさせるためにわざと開示したんですが?」
「はぁ、もう霊力も後僅か。ここは素直に同行しますよ。」
「それは良かったです。」
そう言って手錠らしきものを影角にかけていた最中、太鼓や笛のような音が聞こえてくる。
奥から手前へと提灯の火も灯っていく。
「また始める気ですか?一体何回酒盛すれば気が済むんですかね・・・」
「これは?」
「如月駅は神様が降りてくる道、神道が通っているんですよ。で、その途中でよく酒盛を始めるんです。まあ、騒がしいですけど結構楽しいですよ。見ていきます?」
「いいんですか!」
「ええ、杏奈と梨乃も見ていく?」
「ここ、霊界の幻の観光名所でしょ?見に行かないわけないじゃん。」
「同じく。」
「影角さんも行きますよ。」
「でも、手錠かけられてますし、私はここで待って置きますよ。」
そう言い終わるより先に手錠が青い蝶に変わり、左手の甲に止まっていた。
「これでいいでしょう?変な真似すれば後ろにいる私の分身に取り押さえてもらいますから安心してください。」
「それって安心できるんですかね・・・」
青い蝶は手の甲に沈み混み、青く発光する蝶の紋様を刻み込む。
そうして一行は提灯の導く方向へ進み明るい闇に吸い込まれた。
残された電車は名残惜しそうに扉を閉めた後、ゆっくりと空気に溶けていく。
今夜は赤と藍が混じる空模様に満月か、ぽっかりと浮かんでいた