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~壊された日常と救った彼女~

ある日教室に入ると死体があった。


手を重ねて、男女が胸から血を流し、俯せで倒れていた。

近くには一つの刃物が。


「う、うわあああああああああああああ」


そう、日常が一気に崩れた瞬間だ。






自分でも情けないと思う悲鳴を聞いた先生が駆けつけ、事の起りが明らかになった。

慌てて警察を呼ぶ人。

慌てふためく人。

知らずに扉を開け、パニックに陥るもの。

興味本位に見に来るもの。

SNSにあげようとするもの。

それを止めるもの。

探偵ごっこをしようとする者。


様々な人が校内で溢れていた。

俺はと言うと恥ずかしいことに腰が抜けて立てない。

さっきから"あ"の一文字しか出せてないのだ。


「うわぁ、殺人事件が起きたんですか!」


その大声に俺は我に返る。

そして横には目を輝かせて身を乗り出し立っているボブヘアーの少女。

さっきまでざわざわしていたのにそれも止まっている。

ただ、話を止め大声を発した少女を凝視していた。

朝日に照らされ茶髪の髪はいっそう明るく、目は無垢の子供が初めて世界の事を知った目をしており、何よりここの高校の夏服に身を包んでいた。

だが、見覚えは一切無い。

俺も生徒全員を把握しているわけではないのだが、こんなに明るい性格の子が居れば、覚えていないはずがない。

それに俺の好きなタイプにドストライクなので余計。

少女を見上げて凝視しているとスーツを来た大人に避けるよう言われたので立ちあがり避ける。

ようやく警察が来たようだ。

俺らは邪魔なようで規制線を張られ、閉め出された。

数分後、第一発見者として俺は呼ばれた。

何故か横にあの少女も。

聞くとこの子もあの時間に近くに居たという証言が出たらしく一緒に連れてきたと言うこと。

へえ、この子もあのとき居たんだ、全然気がつかなかった。

あのときの事情、俺とその子以外に人が居なかったかとかその他諸々を事細かに聞かれた。

終わったのは昼。

後はこっちで捜査するからと追い出されてしまった。

他の子は帰ったか、事情聴衆を受けてるかの二卓らしく、横の教室から少し声が漏れていた。

折角だから、一緒に帰ろうとあの子が誘ってきた。

無茶ラッキー。

とは言うものの何を話せばいいか分からず、話を切り出そうと横を向くが、話が出てこずまた下を向く、を繰り返していた。

学校から一歩出たとき、横の子が口を開いた。


「私、如月って言うの!お父さんの転勤が決まって此処に引っ越してきたんだけど真逆、言って早々殺人事件に出会すなんてねー驚いちゃったな。」


そう言って染々空を見上げながら言う。

横顔が光に照らされ肌の色と影の色のコントラストがいっそう激しい。


「ねえ、君の名前は?何て言うの。」

「え?」

「君の名前だよ!若しかしてないとか言わないよね?」

「あぁ・・・お、大空 たつる、樹の方ね。よく田に鶴って書く方と間違えられるんだ。」

「そうなんだー。大空 樹君ね。ん、覚えた。」

「如月さんの下の名前は?」


自分で言っといて何だけど何聞いてんだよ、俺!

女子の、それもタイプの子の名前聞くなんて!

頭の中でワタワタしながら横を向く。

如月さんは顎を指で叩きながらんー。と唸って、笑わない?と首を傾げた。

うん、と力強く頷くと渋々承諾してくれた。


「如月 ゆうか。幽霊の幽に花で幽花。変な名前でしょ?」


そう言ってあはは、と力無く笑った。

その時に自分から出た言葉に自分でも驚く。


「そんなこと無いよ。綺麗じゃんその名前、いいと思うよ。」


そう言うと、如月さんはキョトンとして、ありがとう。と満面の笑みで返してくれた。

その笑顔は向日葵のように元気で太陽のように眩しかった。












翌日、学校は何事もなく登校となった。

新聞でも昨日の事は報道されており今の所自殺の線で事件の解明を進めてるとの事。

如月さんの回りには既に人が集まっており、楽しそうに会話していた。

それを横目で見ながら、自分の席に座る。

すると、俺の所にも人が集まってきた。

どういう質問をされたか気になったらしい。

後、如月さんとの関係も。

俺は適当にあしらうと興味を無くしたのか火の粉のように散っていった。

それを見計らって、如月さんが声をかけてきた。


「随分と人気者なんだねー。大変だね、毎日。」

「そうでもないよ。昨日の事が気になって話し掛けてきたっぽいから。興味がなくなればこの通りだよ。」

「そっか、別に格段人気者って訳でもないんだ。」

「そうだよ。」


自分で言うのもあれだがメンタルが傷ついていく音が幻聴が聞こえてくる。

心做しか視界が歪んでいるような気もしてきた。

どうしようか、涙でそう。

そんな俺を他所に如月さんは淡々と話始める。

昨日の夕食。

面白かったこと。

色々。

それを頷きながら時々意見混ぜながら話を聞いていた。

そうしている内に予鈴がなる。

名残惜しそうにシュンとなる如月さん。


「次の休み時間おいでよ。続き聞くから、ね?」

「本当?!」

「本当、本当。」


そう言うと笑顔で去っていく。

昨日の事件が嘘のような日常だ。

でも昨日の事は現実に起こったこと。

実際今居るのは、第一教棟の一階の第五選択教室な訳で、事件のあった第二教棟の同じく一階の俺らの教室はまだ規制線が張られ関係者以外立ち入り禁止の札が吊るされている。

クラスの奴が数人興味本位に行ったみたいだが、すぐに見つかって追い返されたと言う話が風の便りで回ってきた。

先生の話を右耳だけで聞き、目と左耳は話に出てきたあの教室を捉えていた。

窓か空いている上、外は静かなので風に乗ってあの教室で話していることが少しだが聞こえてくる。

先生の話四割、教室の話六割に割り振ってSHRは過ごした。


「外向いてたけど、どうしたの?」


休み時間如月さんにそう聞かれた。

見られてたのか・・・

嘘つく義理もないので素直に、外の様子が気になったから見てた。と伝えると、ふーん。と興味無さそうに呟くとさっきの話!と話の続きになった。

凄く楽しそうに話す彼女を見ていると、こっちまで笑みを溢してしまう。

話の佳境に入った所で、邪魔が入る。


「如月、もう友達ができたのか?良かったなー。」

「あ、詰貝先生!そうなんですよ、樹君です!」

「そんなのは知ってるさ。少なくとも如月よりかは長く関わっているからな・・・ん、大空若しかして如月といちゃついてたのに邪魔されて怒ってるのか?」


俺の顔にそう書かれていたのか顔を少し覗き込みながらそう言ってあははは、と笑い出す。

この先生は生物担当の先生で、女子の間でも格好良いと評判の先生だ。

でも、たまにこうやってデリカシーの無い言葉をかけられたり、痛い所を無自覚で抉ってくる為、俺は正直苦手だ。

そんなことを頭で繰り広げられてるとはつい知らず如月さんと詰貝先生は話を展開していく。

くそ、俺よりも話進めるのうめぇ。

こういうときにコミュ力がない事をつくづく恨む。

それに追い討ちをかけるようにチャイムがなる。

気分が沈んだまま、授業に入ることになった。












「・・・君。」

「・・る君?」

「・つる君!」

「樹君!」


そう聞こえたと同時に物が落ちる音が近くで聞え、反射的に飛び起きる。

驚いて目を丸くする如月さん。

机の下に散らばる鉛筆と教科書。

時計は12:45を指していた。

どうやらいつの間にか寝落ちしていたらしい。

目を擦って視界が鮮明になるまで待つ。

はっきり見えるようになった所で如月さんにお昼をどうするかを聞いた。

帰ってきた答えは、中庭。


「それじゃ行こうか?」

「うん、其れにしても驚いたよ三時間目から爆睡してんだもん。先生も呆れてたよ。昨日寝れた?」


そう言ってクスクス笑う。

寝てないのは認める。

あんなの見て寝れる奴はどうかしてると思う。

其れよりも如月さんに醜態を晒してしまったことが問題だ。

人生最大の汚点だ。

いや、これ以上にあったな、確か・・・

思い出すだけで顔が熱くなる。

あぁ、もう恥ずかしすぎて穴があったら埋まりたい、今すぐ。

そう言う意図を正直読み取ってほしくなかったが残念ながら読み取ってしまった様で如月さんに、落とし穴作っとこっか?と言われてしまった。

穴を作ってくれるのは嬉しいが、落とし穴は止めてくれ、切実に。












俺はその夜、あの学校に来ていた。

友達に教室に行こうと誘われ、渋々同行したもののすぐ見つかり逃げて学校を出た。

家に帰って腕時計を外そうと手首に触ると無いことに気づいたからだ。

すぐに引き換えそうと思ったが、調査の邪魔をしちゃ悪いと思ったし、今でも第一発見者として疑われているわけでまたあらぬ疑いをかけられるのも面倒だと言い訳を頭の中でグダグダと考えている内にこんな時間になっていた。


恐る恐る廊下の柱から覗く。

二人の警備員が規制線の前に立って一点を見つめピクリとも動かない。

何とかしたら行けるかもしれない。

一歩踏み出す。


「あれ何してんの?」


背後から聞こえた声に口を塞いで人差し指を立てる。

駆け足でその場から移動して言った。


「何やってんの、如月さん!」


小声で周りに聞こえないようにしながら、声を出した主に訴える。

当の本人はケロッとして、俺が見えたから着いてきたと言うこと。

要するに、原因は俺ね。

はあ、とため息を吐くとどうして来たのか事の顛末を話した。

それを聞くや否や如月さんは俺の手を引いて、それじゃあ取りに行こう?と笑顔で言う。

いや待て待て!警備員二人いるんだぞ!どうすんの!


そう言う訴えは脳内で発せられてもそれが外に出てくることは無かった。

笑顔の如月さんと焦る俺。

気付けばさっきの定位位置まで移動していた。


「樹君一寸交渉してくる。直ぐ帰ってくるから待ってて。」

「駄目だって、何してんの!これが先生に見つかったら怒られるって!」


これは流石に声に出さざるを得なかった。

けれど、如月さんは満面の笑み。

あーもう、眩しいなこの野郎!

俺が脳内で悪態をついているとはつい知らず如月さんは爆弾を投下し続ける。


「大丈夫!先生は全員帰ってるから。」

「そう言う問題じゃないって!ねえ、聞いてる?」

「聞いてる、聞いてる。」

「絶対聞いてないでしょ!じゃあ、今何しようとしてんの!」

「交渉しようとしてる。」

「ほら見たことか!だから駄目って言ってんじゃん!考え直そうよ!」

「大丈夫だって先生いないし。」

「だぁかぁらぁ、そう言う問題じゃないって言ってるの!ね、考え直そ?」

「じゃあね。」

「あ!」


如月さんの袖を掴もうとするがそれは空振りに終わった。

終焉

この二文字が頭の中で投影されていた。

終わった、と繰り返し嘆いていると、明るい声が暗闇を照らした。


「いいって!ほら行くよ。後一時間で交代だから其れまではいいって。」


手を引かれながら規制線を潜り、かつての教室、今は殺人事件が起きた現場と化したこの空間に足を踏み入れた。

まだ鉄の錆びた臭いが漂って気分が酔いそうだ。

いつの間にか如月さんはメモとペンを持って教室内を徘徊していた。

腕時計を見つけて振り替えると、死体があった場所を見下ろし顎に指を添え、考え事をしていた。

何も声を掛けられずに静かにその場に立ち尽くしていると、声を掛けられた。


「ねえ、樹君。もし君が犯人だとして二人を同時に殺すとしたらどうする?」


突拍子も無いことを聞かれ、驚く。

頭で考え、振り絞った答えは、睡眠薬を飲ませ眠らせてから刺すと言う結論に至った事を告げる。

んー。と唸られ、また下を見てしまった。

如月さんはさらに言葉を紡ぎ、繰り、編み出し、言葉を作っていく。

光の糸が、言葉がフヨフヨと教室内を浮遊している光景が目に写った。


「それが手っ取り早い方法だけど、聞いたところによるとそう言う薬を使ってたとも、体内からそう言う物質が出てきたと言う事も上ってない。」

「いっその事相討ちとかしてくれたら一番楽だと思うけど。」


俺が咄嗟に頭に浮かんだその言葉を口にした途端、如月さんの目の色が変わる。

ぶつぶつと呟く言葉が編み込んで光の糸が徐々に文を完成させていく。

光の羅列が空に浮かぶ。

空中で言葉が周りに浮かび取り巻いて何かに気づいた様子で頭をを勢いよくあげた瞬間、一斉に弾けた。


「それだ・・・それだよ!お手柄だよ、樹君!」

「え、そうなの?それはどういたしまして?」

「取り合えず時間もやばいし一端出るよ!」


また規制線を潜り、ぶっきら棒の警備員の横を通りすぎる。


「早い・・・ちょっと、待って!何でそんなに急いでんの?」

「だって、そうとするなら犯人は」


途中で声が途切れる。

気付いたときには押された感覚と頬に何か付いた感覚。

視界には目の前では如月がこっちを向いて庇うように手を広げ悲しそうに笑っていた姿。

その胸には鋭く鈍く光るものが突き出ていた。


「っあぁ・・・」


そして此方に倒れてくる。

直ぐに頭をあげるが刺したやつの顔は上手い具合に月の影に隠れて見えない。

目だけで恐怖と殺意を訴えていると、見えていないのか、放っておいても大丈夫と判断したのか俺を見下ろしたあと、去っていった。


「た、つる、君。君に、頼み、たい、事が・・・」

「もう喋るな!」


相手が廊下の角に消え、気配が完全に無くなった後即座に自分の持っていたハンカチで止血するが、胸の血は止まらず、ハンカチや手を赤く染めていく。

分かっていたことだけど、止まれと念を送るが、そんな超能力今だけでいいから使えたらな何て呑気に思う。

本当肝心なときに役に立ってくれない。

ただ呆然と見て、事が終わったとき初めて事の重大さに気付く。

自分を自傷していると、月の光を浴び一層白く輝く腕がそんな思考を止めてくれた。

そうでもないよ、と言うように柔らかくしかし何処か苦しそうな笑みを浮かべ、空気に混じった音が耳に届く。


「お願い、此れだけ、聞いて、明日_____、__、____お願い、出来る?」


耳元で振り絞られた声は空気に溶ける前にすべて拾う。

頷いた後、メモを震える手で渡し、その後頬に添えられていた手が力無く滑り落ちた。

視界が歪み、鼻を突くような感覚がした後、俺は静かに涙を如月さんに落とした。

貴方を守れなかったが、それでも、でも俺が守りたかったと言う思いが少しでも届いてくれただろうか?

届いてなくっても、もう手遅れだけど、でも君と会えて良かったなって思うよ。


「有り難う、幽夏さん。楽しかったよ。」












けたたましい目覚ましがなる。

それは夢から現実へ。

一段と重い瞼を抉じ開け、目に入る情報を精一杯取り込もうとしている。

力強く握っていた手をゆっくり広げると、赤い表紙に翠の止めゴムがしてあるメモ帳があった。

それを見て何か込み上げるものがあるが、其れを胸までに留め、状況を確認する。

大部分が赤黒く染められ、乾いたワイシャツ。

まだ少し手の平に残った誰かの血。

やっぱり夢じゃない。

夢であればどれ程良かっただろう。

虚ろであろう目から光をかろうじで取り込む。

時計は7:30

久しぶりに休みたい気持ちが渦巻くが自分のしなければならない事。

其れを思い出し、奮い立たせる。

あの子の、如月さんの最後の言葉。

犯人に仕掛けなければ、如月さんに死んでも面目がたたない。

その思いで、学校へ行く準備を急がせた。












「あれ、如月さん来てないね、どうしたの?」


そう言われて、言い訳を考える。

取り合えず、熱が出たようだ。と返すと興味無さそうに俺の前から去っていった。

どうやら、如月 幽花が死んだと言う情報は新聞にもないし、学校内でも出回っていないようだった。

それは不思議でならなかったが、考えれば考えるほど胸が苦しくなるので止めた。

自分はボロを出さずにいかに相手にボロを出させるか。

言葉遊びを操らなければここでの駆け引きは不成立。

如月さんに託されたメモを開くと、いつの間に書いたのか犯人、殺害方法、動機が事細かに書いてあった。

後は自白させるだけ。












「おい、さっきから外見てどうした?」


担任の夏村先生に出席簿でしばかれる。

地味に痛い。

頭をさすっていると、声が降ってくる。


「今日の連れ、どういう事情で休んだか聞いてるか?」

「あぁ、熱で伏せてるって聞いてますけど。」


嘘を並べ立てると、そうか。と言われて話に戻る。

最近、如月さんと一緒に行動している性かたまに付き合ってるのかと冷やかしなしで言われたことがある。

俺の方は嬉しかったが、如月さんの反応は少し困ったように口角を上げていた様に思えた。

そんな思い出にまだ浸り混んでいるといつの間にか日が傾き、わらわらと人が出ていっていた。

そしてついには俺だけが机に肘をついて外を窓越しに仰いでいる姿を影に写すだけとなった。

静かな空間が広がっていた。

端からみたら絵になりそうだ。

何て戯れ言を頭で思い浮かべた後、教室の掛け時計を見る。

もうそろそろ。

そう思ったとき、一つの音が静かな空間に割り込んでくる。

俺はその人をみて一礼をした。

そして辿々しく焦りが含まれた声を振り絞る。

その人は親しいはずなのに言葉がうまく出てこない。

見かねたその人が俺より先につらつらと言葉を並べ立てた。


「どうしたんだ?大空が来いって言ったのに黙りは無いんじゃないのか?」

「そう、ですね_____詰貝先生。」

「そんな改まってどうしたんだよ?もしかして、何か嫌なことがあったのか?」


そう言って話をなんとか繋げようとしてくれる。

この先生は好みじゃないけど、優しい先生だなって思う。

だからだろう、今から振る話はお門違いだと自分でも思う。

今だって信じたくない。


「先生、あの二人が離婚すると言う話聞いてましたか?」


この話題は振りたくなかった。

この話題を振ってもし先生が肯定すれば


「ああ、知ってたぞ。」


犯人だと確定してしまうから。












「そうですか、先生。」

「何だ?」

「貴方が、_____今回の、犯人ですね?」


振り絞って言った言葉に、先生の顔があからさまに曇る。

声色も低くなる。


「それは、どう言うことだ?」

「そのままの意味です。」

「つまり、俺が疑われてるってことか?」

「はい、そうなります。」

「じゃあ、説明を聞かせてもらおうか?」

「はい。」


そう言い放った後、先生に向き直る。


「如月さん、警察に一寸顔聞くみたいで色々と事件の事を聞いてきたようです。それがこのメモです。如月さんは今伏せているので預かってきました。」


そう言って、俺は目線をズボンのポケットに目を向けて如月さんのメモ帳を取り出す。

さっとページを開けると、閉じ込められていた、あの光り輝く螺旋が此処ぞとばかりに自由に浮遊する。

俺から離れたりくっついたりじゃれてくるようだった。


「別に伏せっているなら如月が明日言えばいいことじゃないことじゃないか?」

「それはダメらしいです。明日、自殺だと断定され捜査が打ち切りになるらしいです。だから、今日じゃないと。

さて、本題に入ります。先生さっき質問した質問覚えていますか?」

「ああ、離婚がしたって質問か?」

「そうです。それから話そうと思います。質問を質問で返しますが、離婚することが決まっていたのにわざわざ相手を殺す必要がありますか?」

「怨み辛みの一つあの先生方にあったと思うぞ。それが一気に爆発した、ただそれだけのことじゃないか?」

「それなら尚更可笑しいのです。刃物に二人の指紋が着いていたと言うことはどちらかが刺された後、後追いをしたことになります。しかし離婚したいほど忌み嫌っていた相手の後追い何てするでしょうか?」

「おいおい、話がずれていってるぞ?俺が犯人だって言う説明なのに、死因についての説明になってるぞ?」

「いいえ、後からおいおい犯人だって言う説明になります。さて、もう一つ可笑しな事があるんです。それは死亡推定時刻です。

因みにその時刻は5:00

もしこの事が事実だとしたら刺した後に1分以内に後追いしたことになるのですが、それは感情がある人間には不可能です。

何故なら、人間には恐怖心があるから。

死亡推定時刻は同じと言う事なら、恐怖がなく自分が死ぬのに何の抵抗も無かったことになります。

しかし、上述した通り人間には誰にでも恐怖心があります。

後追いするのに最低でも2~3分はかかるでしょう。」

「何が言いたいんだ?」

「残った可能性は睡眠薬や毒で動けない状態の後第三者が殺すと言うものなのですがそれは見つかっておらず、全員その時間は家に居たと身内、周囲の人からの証言があるためそれは不可能とされています。」

「大空の言いたいことが分からなくなってきたんだが、お前はどうしたいんだ?」


その疑問をスルーして自分の思うことを並べ立てる。

光は文を半分以上完成させている様だった。

それを糧に先生に畳み掛ける。


「あの二人、朝に決まってコーヒーを飲む習慣があったようなんです。知ってますか?コーヒーに含まれるカフェインって実はアルカロイドと言う毒の一種なんです。寝る前は飲んだら目が冴えるって言うのもアルカロイドの成分の性らしいのですが、それ、一部の植物にも含まれてるらしいんですよ。」


段々、分からなくなってきたようで口を挟まなくなってきた。

その状況は俺にとって好都合だ。

そして、更に並べ立てる。


「事件の前日二人とも腹痛を訴えて居たらしく近くにいた先生に薬を求めたらしいんです。先生、もしその薬に"人を一時的に操れる物"を混ぜているとしたらどうします?」

「そんなもの、有るわけないだろう。馬鹿馬鹿しい。」

「あれ、先生言ってませんでしたっけ?








"温室植物室にある《エンジェル・トランペット》には触るなよ"って」


一瞬顔が歪む。

しかし、またいつもの笑顔に代わり問いかけてきた。

その笑顔に少しだけ狂気を感じた。


「エンジェル・トランペットの扱いはネットで調べれば出てくるし、あの植物室は誰でも入れる。それにあの植物はカフェイン程度の毒じゃないんだぞ?人を狂わせる神経毒が」


そこまで言ったとき、口を押さえた。

やっと俺の言いたいことが分かった様だった。

そう思うと、嬉しさが込み上げ必死に笑みを隠していた。

そして続ける。


「先生やっぱり知ってたんじゃないですか?その神経毒を使ったんですよ。"人を狂わせ、尚且つ意識は完全にあるが、自分たちの行動に対する自覚が無い状態にできる"人を操るのにうってつけな毒が。」

「だが、あの毒は?さっきも言った通り毒はカフェイン程度の毒じゃないんだぞ!呼吸困難等の症状も出ていない!」

「二人にこう進めたんじゃないんですか?

"それは朝夜の二回だ。今飲んだから、明日の朝もう一回飲むように"と。なぜ朝飲むように進めたか。それはある程度コーヒーで解毒するためでしょう?」


図星を付かれたようで下唇を噛んで、文字通り苦虫を噛み殺したような顔をしていた。


「解毒薬って動物に少量の毒を注射して、でき上がった抗体を血中から抽出することによって解毒剤を作る方法があるんですけど、それをコーヒーで代用したんじゃないんですか?一日だけでは効果は期待できませんが、習慣だったと言いますし、知らない内にある程度の抗体は出来てるんじゃないんですかね?でも、何処まで解読できるがわからないが初期症状は抑えられると判断したんでしょうかね?まあ、そこら辺は賭けだったと思いますが、後はその頃を見計らって二人に電話をかけて"今から学校へ行き会った奴を殺せ、そして自分は自殺しろ"と言うだけ。幸いあの人は計画的な人でしたし生活状況もあの女の先生は駄々漏れでしたし、仕掛けるのは容易かったのでは?男の人も同じ感じの行動をしたのでしょう。後は普通通り学校に向かって死体を発見するだけ。」


そう言い終わると光の文が粒子に代わり、メモにまた戻っていく。

パンッと閉じると周りに入りきらなかった粒子が小さい文字となってこぼれ落ち、弾け、消える。

勝ったと、心の内でガッツポーズをしていると、途端笑い声が響いた。


「大空、なにか勘違いしてるようだが、毎日コーヒーを飲んだぐらいじゃあ、毒の体制はできるが毒の効き目は飲んでない人とたいして変わらない。前、授業で話したはずだが、大空、お前聞いてなかったのか?」


その言葉を聞き終わったあと、背中が冷たくなった。

そう言えばそう言うこともいっていたような気がする。

今度は俺の方が不利な状況になった。

さっきの先生の心情が俺にすべて回ってきたような感覚だった。

これは行けると思ったのか、先生は更に言葉を連ねる。


「それに俺がしたと言う証拠もない。お前がどう言おうと警察は聞く耳を持たないだろうな?」


そう言って嫌みを含んだ言葉を目の前に突きつけられる。

そうだった、肝心な証拠がない。

天から地へ一気に叩き落とされた。

でもあの焦りようは絶対に犯人だ。

けれど、だけど、その人押しができる証拠が今手元にない。


「ねえ、まだ諦めない方がいいと思うよ、樹くん。」


その明るい声に先生の向こう側にいるであろう人物の姿を目に写し、その後目を丸くした。

先生は振り向き、同じような顔をする。

そして、


「何故お前が生きてるんだ?!この手で・・・」


犯人だと自白した。


「先生、何で私が昨日殺されたこと知ってるんですか?」

「それ・・・は。」


突然の事で口が先走ってしまったのだろう。

でも先生は余裕そうな笑みを向けていた。


「もしそれが事実だったとしてお前は現に生きてるじゃないか?それを証拠に突き付けたところで証拠にはならないぞ?」

「まあ、今此処に立ってますしね。じゃあ、これはどうですか?証拠にはなりませんかねぇ?」


そう言ってスカートのポケットからジッパーの袋に入った半透明で対角線上に折り目のついた紙を出した。

それを見た瞬間、先生から余裕そうな笑みがスッと消えた。

代わりに現れたのは焦り、絶望、疑問。

そして、さっきとは比べ物にならない低い声で問いかけた。


「お前それを何処で?」

「行けませんよー先生。あの女の先生にあげたスコポラミン入りの腹痛薬の薬包紙。机の引き出しに無造作に置いちゃあ。」


そう言って、悪戯笑みを浮かべる。

そして、俺の方に向き直る。


「樹君の推理はほぼほぼ合ってた。だけど、肝心なところの推理が外れてたから成立しなかったんだよ。樹君はエンジェル・トランペットの毒をそのまま使ったって言ってたけど実は精神操作の効果があるスコポラミンの成分だけを抽出して腹痛薬に混入したんだよ。後は、樹くんの推理通り。その証拠がこれ。どう?筋はあってるかな、詰貝先生?」


「・・・そうだ。その通りだよ。でも、惜しいな、結構如月の性格気にってたのに」


そう言って取り出したのは、銀色のナイフ。

刃先はうっすらと赤黒くなっていた。

それを取り出したとき瞬時に、如月さんが殺される。

そう思った後の行動は早かった。

走り出そうとした先生の腕を掴み、後ろへ押し流す。

そのままの流れで如月さんの前に手を広げて立つ。


「二度目は、させない。」


怖い癖に後の行動を考える余裕はあったようだ。

頭は冷静に状況を整理していく。

先生はまだ頭に来た衝撃でふらついていたが標的だけはしっかり捉えていたようで、徐々に近づいてくる。

その時、横から如月さんが歩いていた。

声より先に手が出て掴もうとしたが、スルリと手から零れた。

いや、すり抜けたの方が正しいのだろうか?

目の錯覚かそのように見えて顔をあげる。

横に居たはずの如月さんは扉の前に

俺は先生の前、先生は俺と如月さんの間


何故かさっきの配置に戻っていた。

さっきまで冷静に動いて整理していた頭もここまでは理解出来ず、《検索結果0件》と告げられていた。

先生もよく分からないのか、金縛りにあったように、如月さんを見つめ動かなくなっていた。

そんな状況に動じず、如月さんは言葉を発する。


「先生、殺そうとしたって無理ですよ?だって私










___もう既に死んでますから。」

「え?」

「は?」


そんなぶっ飛んだ発言はさっきまであれやこれやと考えていた思考を白紙にされるほどの爆弾発言を聞いて、俺と先生は同じような言葉しか出てこなかった。












そう言った後、何処からか駅員がよく被ってそうな制帽を取り出した。

そして被る。

その被る姿はスローモーションに見えて、何故か惹かれる点なんて無いはずなのに見いってしまう不思議な現象にもう頭は考えることを放棄してしまった。

そして、制帽が頭にぴったりと収まった瞬間、辺りを冷気が瞬き一つするより早く教室内を覆い尽くす。

よく演歌歌手の足元にドライアイスで作ったような雲も流れている。

そんな中、如月さんは青い炎の中服装が変わりつつあった。

藍色の駅員のような制服だが首が少し除く詰襟に、白色のショルダーボードはアニメで出てくるような軍服の服装そのものだった。

そして、さっきの目は細く鋭くさっきの明るい如月さんの面影は鳴りを潜めていた。


「さて、私も仕事をしなければなりませんからね。単刀直入に言います。詰貝先生、いえ、詰貝さん。貴方をお迎えに参りました。」


そう言って、詰貝先生に一歩、また一歩とゆっくり、しかし相手を焦らせるのには丁度良い早さで歩みを進めていく。

先生は訳が分からず、後ろへ手を震わせながら後ろへ進むので一向に差は縮まらない。

痺れを切らしたのか、溜め息を一つ吐き、徐ろに手を口の前に持っていくと口の中から二つの青白い炎を引っ張り出した。

そして、その二つに命令する。


「クロ、四谷、標的を捕まえて。」


そう言うや否や、それは凄い速さで武町先生に向かって行く。

それは徐々に人間の形に代わり、先生の背後に立ち、押さえた姿は対称的な二人の少女だった。

一人は金髪の緩いパーマのかかった少しチャラそうな少女。

一方は黒髪を三つ編みにして、眼鏡をかけた内気そうな子。

少女のはずなのに先生は全く振りほどけずされるがまま。

そんな先生の姿を見下ろすように立ち、淡々と言葉を落としていく。


「申し遅れました、私、霊界獄卒の如月と申します。貴方を迎えに来た理由は10人の罪もない人を殺めたからです。あなたの殺害理由は"仲の悪い夫婦を最後に仲良くさせようとした"で、合っていますね?」


その後も淡々と言葉を落とす。

要約すると、如月さんは霊界獄卒で、霊界獄卒とは10人以上を殺しておきながら裁かれず無罪、又は犯人候補から外れて難を逃れた人を迎えに行くと言うことらしい。


「さて、簡単な挨拶も終わったことですし・・・行きましょうか?」


そう言って、制服のポケットから髑髏をあしらった銀色の笛を取り出し、一吹きした。

少し悲鳴のような甲高い音が響く。

すると、地面が少し揺れた。

外が気になり、視線を窓の外に移す。

さっきの茜色に染まっていた空は、黒に飲み込まれ、しかし、白く輝く星粒が散乱する。

それはまるで宝石のようで。

月はもう少し近づけば指先が届くぐらい近い。

何より驚いたのは、周りにあった木々、第一教棟に至るまで、障害物となっていたものが、一切無くなっていたこと。

そんな光景に見とれていると、遠くの方からうごめく影がちらついていた。

それは段々大きくなり、其れが何なのか実態が見えてきた。

列車か。

おまけに汽笛の音まで聞こえる。

列車だ。

確信したときにはもう壁を突き抜け、壮大な穴をつくって、止まっていた。


【終点ー終点ー。次はヨミエキーヨミエキー。】


そういうアナウンスを告げて。


嫌だ嫌だと首を振る先生をクロと四谷という子が乗せていた。

如月さんは列車に乗り込むとき、俺の方を向き言った。

じゃあね、と。

もう会うことはない。

そんな事を言われているようでとても切なくなった。

列車が汽笛をならし煙を吹き、ゆっくりと出発する。

推理ショーで終わると思えばこんな信じられないような体験をしてしまった。


今日は日常が非日常になった日なのかもしれない。


そう考えると、楽しくて、怖くて、でももう少しこういう時間が続けばいいと思ったり。


とても複雑な感情の中何故か意識が遠退いた。










今学校に向かっている。

気づけば俺は教室の机に突っ伏していた。

頭をあげると、夕焼け小焼けが流れていた。

何処までが夢で何処までが現実か曖昧だ。

けれどさっき起こった事は鮮明に覚えているのでどっちでも良かった。

しかし頭はまだ朦朧としており、途中までどうやって帰ったかなど覚えていない。

帰って今起こったことを友達に伝えたが、あの事件はおろか如月さんや武町先生の事を知らないというので頭が混乱する。

取り合えず、寝て、今に至る。

何が起こったか未だによく分からずとぼとぼと歩いていると、見たことのある人影を見つけ、思わず足を進め、近寄り、本人だと確信した所で声をかける。


「______如月さん。」


そう声をかけられた黒いパーカーに短パンを履き、地図を手に持った如月さんは俺の顔を見て目を丸くして、固まった。

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