目覚め
―――状況が理解できない。
―――耳鳴りがする。
―――死んだ……のか?
「今すぐに国王陛下をお呼びしろ!」
「り、了解しました!」
―――いや、でも声が聞こえる。
風太郎の隣からは、かなり慌てふためいている会話がうかがえる。
耳鳴りのする中微かに聞こえたのはその会話のみであった。
今まで感じていなかった手足の感覚が戻り、霞んで見えていた視界も色を取り戻し始める。
病室だろうか。今風太郎が身を任せているのはかなりがたのきているベットらしく、少し動くと足元から軋むような音が聞こえる。
「あ、あの、聞こえますか!?」
病室の扉を勢いよく開け飛び込んできた看護師らしき女性は風太郎の安否を確認する。
「聞こえます。」
風太郎は異常なまでに乾ききった喉から空気の擦れたような声で安否を伝える。
「お水をお持ちします。少々お待ちください。」
風太郎のガラガラ声を聞いた女性は、扉を壊さんとばかりに開き、そそくさと出て行くや否やばたん!と大きな音を立てて扉を閉めた。
―――生きている。
未だに感覚はすぐれないが、生きている実感だけは確かに在った。
一際大きな雷に打たれ、一瞬のうちに記憶を失ってしまったところまでは覚えている。
しかし、肝心なその後の記憶が完全にない。
身体を見るに火傷の跡や酷い外傷は見当たらない。
あれだけ大きな雷に打たれて外傷の一つもないというのはあり得ない。
風太郎は、ありもしない現実に頭を悩ませる。しかし、思考している最中に水をお盆に乗せた先ほどの女性が再び扉を押しひらく。
「お待たせしました!」
差し出された水をコップと喉が水平になるように傾け、滝のごとく流し込む。
今までに味わったことのないぐらい渇いた喉を水が潤し、通過する際の爽快感にたまらずビールを飲んだおじさんのような吐息を漏らす。
「ありがとうございました。」
最後の一滴まで飲み干したコップをお盆に返す。
水を飲み干し一息つくと今度こそしっかりとした声で会話を交わす。
「あ、あの俺雷に打たれたと思うんですけど……」
風太郎は、今まで一番気になっていた事象について女性に尋ねる。
すると、女性はなぜか後ろめたさを感じさせる表情で俯いてしまった。
「すみません。私の口からは説明を禁じられています。詳しくは、国王様からお聞きください。」
風太郎は、聞きなれない単語に思わず聞き直してしまう。
「国王様!?」
日本は国王や大統領という名称ではなく、内閣総理大臣であるはずだ。
にも関わらず国王と呼称するということは、まさか日本の医療では治療ができず外国に移送されたということだろうか。
「はい、セルムド国国王『ナダル・スン・セルムド』様です。」
鳩に豆鉄砲とはまさにこのことなのだろう。風太郎はぽかんと空いた口を閉めれずにいる。
セルムド国とは、存在しない国である。社会の得意な風太郎にはわかる。そのような名称、呼ばれ方をする国は存在しないのだ。
しかし、彼女の瞳、堂々たる姿勢からは虚言であることは一切感じられない。
まさか、本気で言っているのだろうか……。
「いつそのお方とお会いできるのですか?」
「そうですね、他の皆様方のお目が覚めたらになります。」
「他の皆様?」
「し、失礼しました。聞き流してください。」
多言を許されない内容であるらしく、はっと慌てた様子で口を滑らさぬよう手掌を口にかぶせていた。
他の皆様ということは、風太郎以外に同じ事象にあった者が複数いるということだ。
狙って人に雷を落とすなど、不可能である。
となると、風太郎に落ちたあの雷光は雷でないことがわかる。
考えれば考えるほど訳が分からなくなってくるが、考えることで冷静になった風太郎には『それ』が見えてしまった。
―――この人耳と尻尾がある……。
今の今まで微塵も気がつかなかった。水を持ってきてくれた目の前の女性には、イタチを思わせるようなふさふさの耳と尻尾がある。