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第九話 あなたは誰?(1)

 わたしは一瞬だけ意識を飛ばしていたのかもしれない。ずっと思い出さないようにしてきた15歳の記憶が、不意に脳裏に蘇った。

 慌ててそれを振り払い、周りの男達に意識を集中させた。あまり強そうには見えないが、油断はできない。おめおめと嬲られるつもりはなかった。


 大丈夫。なんとか切り抜けてみせる。わたしの身を案じ、父は小さい頃からめちゃくちゃハードな訓練で鍛えてくれたのだから。父自身は強くなかったけれど、頭がよかったので、優秀な指導者だったのだ。


 わたしは話をしながら5人の隙を窺った。


「婚約を解消したいなら、そう言えばよかったじゃない」

「何度も手紙を書いたのに、応じなかったのはお前だろ!」

「手紙なんてもらったことないよ」


 その言葉に男達が怯んだ。確認するように、顔を見合わせている。


「嘘をつくな! ファルク様のご両親も、お前が同意しなかったと言っていた。手伝ってやってることを恩に着せて、ずいぶん困らせてたそうじゃないか」

「いやいや、手伝いってレベルじゃないし。全部わたしに仕事を任せきりだったよ。だけど、それを恩に着せたことなんかない。助けてもらった礼だと思っていたからね。あと、バカ息子のことは全くカーラさん達から聞いていない。生きてるのかどうかもアヤシイと思っていたほどだよ」

「見え透いた嘘を言うな! 一昨日お会いした時、はっきりお二人ともそう言っていた!!」


 うわあ、ひどい。おじさん達は、わたしを見殺しにするつもりだったんだ。だから、銀行のお金も引き出しちゃったってわけだ。ついでに税逃れの罪もわたしに押し付けちゃえば、すべては丸く収まる……ってことか。


 わたしがいなくなったら、あの家畜()たちは誰が面倒をみるんだ! 猛烈に怒りが沸いてきた。


「へへ、おとなしくしとけよ。そうすりゃ、痛い思いはさせねぇぜ。おれたちは優しいからな」


 優しい人は、何もしていない人間を殺したりしない。だいたい、殺すつもりなのに『痛い思いをさせねぇ』なんて、何を言ってるんだ、こいつ。


 ふいに後ろの男が動く気配がした。羽交い絞めにしようとしてきた手を(かわ)し、足を払う。おっとっととよろけた長髪君が茶髪君に抱きついた。


「てめえ!」


 右側から金髪君が殴りかかってくる。その腕を掴み、自慢の握力でグッと力を込めた。


「イッ! イテテテ! 離せ!!」


 そう言われて誰が離すか。腕を掴んだまま、反対から殴りかかってきた坊主君を蹴り飛ばす。掴んでいた腕を捻り上げ、抱き合ったままの二人に向かって突き飛ばせば、3人とも態勢を崩して倒れこんだ。あっと言う間に4人片付いた。


「嘘だろ」


 一人残った男はあっけにとられていたが、すぐさま我に返ると、懐から短刀を取り出した。素手では適わないと悟ったようだ。まともに5人を相手にしては、さすがに勝ち目はない。わたしはくるりと背を向け、全力で逃げ出した。


「待て!」


 そう言われて待つ奴がいるかってんだ。さっさと馬車を奪って逃げよう。

 だが、その後はどうする……? 

 全力で走りながら、わたしは必死に考えた。こいつらが戻る前に、なんとか身の潔白を証明しなければ。ころっとさんがいる以上、役所は当てにできない。警備隊はどうだろう? 騎士もどきを捕まえてくれるだろうか。領主様はどこまで味方になってくれる? 奴が副団長になったのが本当なら、向こうの方が地位は上だ。わたしを突き出すよう命令されれば、嫌とは言えない。


 考え事をしていたせいで、目の前の異変に気付くのが遅れた。膝下までしかなかった草が急に伸び、意思をもって動き始めたのだ。


「チッ! 魔法か」


 慌てて後ろに飛びずさり、草から距離を取った。この村に魔力もちはいないから、この手の攻撃に慣れていない。どう対処したものか。

 背丈ほどまで伸びた草の種類はジュバク草。縄の素材に使われるほど丈夫な草だ。さすがのわたしも、素手では切れない。下手に手を出して絡まれては終わりだ。

 考え込んでいるうちに、ナイフを手にした男が追い付いてきた。よく見ると、まだ幼い。トムと同じぐらいの黒髪の少年だ。魔力もちには黒髪が多いのだっけ……もっと早く気づけばよかった。


「へへ、逃がすかよ!」


 舌なめずりをしてナイフを振りかざす。だが、隙だらけの攻撃がわたしに当たるはずもない。スッといなして後ろへ回り込む。背中を蹴ると、よろけながらジュバク草に突っ込んだ。獲物を見つけた草は、すぐさまからめとるように巻き付いていく。四肢の動きを抑え込まれるのに、ものの数秒もかからなかった。


「うわ! おい、離せ!!」

「自分でやったんでしょ。魔法を解除すればいいじゃない」

「解除の仕方なんかわからねぇよ!! いつも効力が切れるのを待ってたんだ!」

「……ずいぶん適当だな」

 

 ポトリと短刀が落ちる。けっこうな力で締め付けられているらしい。


「効力はどれぐらいで切れる? あんまり長いと、森がジュバク草だらけになっちゃうじゃない」

「お前! 俺のことより森の心配か!?」

「なんで、わたしがあんたの心配するんだよ……。じゃあね。後から仲間が来るでしょ」


 馬車までもうすぐだ。ジュバク草を避けて、わたしは回り込むことにした。


「おい! てめえ、俺のこと放っておく気か! うわああー!!」


 少年の絶叫で振り返ると、ジュバク草が首に巻き付いている。どんな魔法を使ったのか知らないが、攻撃としてはかなり強力なものだ。草は確実に獲物を仕留める動きをしている。

 このままでは、仲間が来る前に殺されてしまうかもしれない。


「……」


 恐怖で顔色を失った少年を見た瞬間、考えるより早くわたしの体が動いた。落ちた短刀を拾い上げて少年に向き直る。

 しゅるっと首に巻き付いた草に力がこもるのが分かった。少年は言葉を発することもできず、ガタガタ震えている。


 わたしは無言で短刀を振り下ろした。

 首に絡みついていた草がプツリと切れる。続いて、手、足、と順番に切り離してやった。少年はよろけながら前に倒れこむと、這いつくばって草から距離を取った。体に巻き付いた残骸に意思はなく、元のジュバク草に戻っている。


「じゃあね」


 無事を確認して逃げようと振り返った時……他の四人が現れた。


「へー、優しいじゃん。自分を殺ろうとした相手を助けるなんて」


 茶髪君がもっともなことを言う。だが、体が勝手に動いてしまったんだ。仕方ないだろ。

 わたしの力を知った相手は、今度はしっかり警戒している。皆、手に短刀を握っていた。ちょっとまずい状況になった。


「手加減してやったが、もう容赦しねえ!!」


 男達が一斉に飛び掛かってくる。4人はよけ切れない! 無傷ではいられないだろう。親切心が仇になってしまった。

 覚悟を決めた時……


 パァン!!


 大きな音とともに男達がはじけとんだ。まるで、見えない壁に跳ね返されたかのように。


「ぎゃあ!」


 悲鳴をあげてドサドサッと地面に倒れこむ男達を呆然と見つめた。

 何が起こった? 

 辺りをきょろきょろ見回すと、ジュバク草がしゅるしゅると力を失い、元の大きさに戻っていく。


 その向こうに人影が見えた。草が戻ったのは効力が切れたからではなく、その人が魔法を解除したせいらしい。

 そんなことができるなんて、かなり魔力がある人に違いない。だが、髪の色は黒ではなく、目の覚めるような青だ。

 いったい何者?


 ゆっくりこちらに歩み寄ってくる。警戒しながらその人を見ていたが、どうやらわたしの敵ではないらしい。側までくると、ずいぶん背が高く、ガタイのいい人だった。かなり鍛え上げている。魔力だけでなく、力でも敵う相手ではないと本能的に悟った。


 首が痛くなるほど急角度でその人を見上げるが、その人はわたしに全く視線を向けない。男達の方を睨んだまま短い言葉をかけてきた。


「怪我は?」

「はあ。大丈夫です。さっきのはあなたが?」


 その人は無言で頷いた。

 髪と同じく、目も鮮やかな青である。細目でちょっとビビるようなコワモテだが、スッと通った鼻筋、きりりと引き締まった薄い唇と、顔の作り自体は見たこともないほど端正だ。

 いや……見たことは……ある? どことなく既視感があった。でも、この村にこんな美形はいない。だいたい、こんな人は一度みたら忘れないはず。気のせいか?



「てめえ! 誰だよ!!」


 茶髪君も知らない人だったらしい。よろよろと起き上がりながら、口調だけは威勢よく怒鳴った。生まれたての牛だって、もっとシャンと立つぞ。


 茶髪君をさらに睨み、コワモテさんが低い声を出した。


「通りがかりの旅人だ」


 渋くていい声だった。


 ……だけど、言ってることはすごくおかしい。


 通りがかり? こんな森の中に?

 いくら何でも無理があるんじゃないでしょうか。

 

 

 



 


 

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