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第八話 思い出したくない過去

 わたしの母はとてもきれいな人だった。わたしの金髪、翠の瞳は母譲りだ。もともと王都にいたせいか、他の村の人たちとは違った上品さがあった。

 そして、父はそんな母が大好きだった。母と少し年の離れた父は、いつも母を守り、慈しんできた。王都で教鞭をとっていたのに、その仕事を捨ててこの辺鄙な田舎の村に移り住んだのは、母を巡って色々なトラブルがあったせいらしい。おとぎ話の本質を教えてくれたのも、人の嫌な面を見てきたせいだったのだかもしれない。


 慣れない農業ぐらしは辛かっただろうと思うのに、両親はいつも笑っていた。田舎は平穏だと言って。幸せな毎日だった。



 わたしが15歳の時、穏やかな毎日が急に終わった。


 その日は、王都から騎士の一団が来ることになっていた。こんな田舎に騎士が来ることなんて、めったにない。わたしが知る限り初めてのことだった。何のためだったのか、理由はよく分からない。父はわたしに詳しいことを教えてくれず、「家から出るな」と厳命しただけだった。

 

 だが、このわたしが家に閉じこもってなどいられるはずもない。普段は父の言葉に逆らったりしないが、どうにも我慢できず、こっそり抜け出して騎士たちを見に行った。広場に村中の人が集まっている。祭りの時以上ににぎやかだ。

 皆、一目でも騎士を見ようと思っているんだ。それなのに『家にいろ』なんて、ちょっとひどいではないか。

 人垣の一番後ろにナテラを見つけ、声をかけた。


「ナテラも見に来たんだ」


 もう結婚して子供もいるのに、やっぱり騎士に憧れているらしい。


「まあ、珍しいからね。どんなものかと思っただけだよ」


 ちょっとバツが悪そうに言い訳をしている。心配しなくても、ダンナ様に言いつけたりしないのに。そこへ、隣のバカ息子が声をかけてきた。


「よー! ジルも騎士を見に来たのか。そりゃそうだよな。かっこいいもんな! おれもなりたいぜ」

「あんたみたいな弱っちい奴じゃ無理だよ」

「何を言う! おれはお前以外の誰にも負けたことがないんだぞ!!」

「だから、わたしにも勝てない程度じゃ無理ってことだよ」


 シラッとした視線を投げるわたしにバカ息子はまだ何か言っていたが、沸き起こった歓声でかき消された。

 現れた10人ほどの騎士たちは、大きな白馬に乗り、ゆったりと辺りを見回しながら進んできた。一番先頭の人は、黒髪黒目の整った顔だちの人である。パリッとした騎士服がやけに眩しい。腰に差した剣は、この村では見たこともないほど大きなものだった。あんな大きなものをぶら下げて歩けるなんて、あの人の力は相当なものだろう。


「あの人、すげえかっこいいな」


 興奮したようにバカ息子が上ずった声を上げる。だが、わたしには全くカッコイイと思えなかった。真っ黒な目は闇のように見える。遠くて表情は見えないのに、なんだかとても怖い。


 その人が急に馬の歩みを止めた。わたしとは反対の列に顔を向けたまま動かない。何かあるのか? ここからはよく見えない。馬から下りて歩き出すと、見えない力に押されるように人垣が割れた。歓声が消え、妙な静けさが広場を包む。


 その人の視線の先にいたのは……なんと、母だった。母に向かって何か言うと、いきなり腕を掴んだ。そのまま引っ張って行こうとする。突然の行動に、わたしは何が起こっているのか分からなかった。


 母は頭を下げ、必死に謝っている。


「下賤の女が! 俺に逆らうのか!!」


 怒鳴り声が聞こえたかと思うと、その男はすぐさま剣を抜いた。鈍い光を放つ剣を大きく振りかざす。母をかばって父が前に飛び出た。

 

 ……何が起こったのか分からなかった。一瞬のことだった。


 何のためらいもなく両親に剣が振り下ろされた。二人が崩れ落ち、姿が見えなくなる。ドサッと倒れこむ音だけがわたしの耳にはっきり聞こえた。 

 その後に聞こえてきたのは、笑い声だった。父と母を切った男は笑っていた。他の騎士たちも。

 

 何? この人たちは。人間なの!?


 騎士たちが立ち去ると、大きな悲鳴が辺りを包んだ。


 

 その後のことは、よく覚えていない。追いかけようと泣き叫ぶわたしを、ナテラ達が必死に押さえつけていたことだけはぼんやり覚えている。


 後から聞いた話で、その騎士は母の美貌に目を留め、連れて行こうとしたのだと知った。抵抗されたため、不敬だと言って切り捨てた。

 父がわたしに家にいるよう言ったのは、目をつけられないようにするためだった。きっと一緒にいたら、わたしも殺されていただろう。

 興味本位で見に行ったわたしと違い、両親はお達しがあったから行かざるをえなかった。村総出で出迎えるよう命令されていたと教えてくれたのは、ギムおじさんだった。



 ――――それ以来、わたしは騎士が大嫌いになった。あの時のことを考えないよう、毎日必死に体を動かした。両親の分も仕事に追われたわたしは、幸いにも悲しみにふける暇などなかった。


「ジル! 剣の相手をしろ!!」


 なぜか、バカ息子は今まで以上に張り切っている。けれど、相手なんぞしている暇はない。わざと負けると、妙な自信をつけ、騎士になると言って王都へ出ていった。

 そういえば、あの場面で奴は、「騎士って何でもしていいんだな」と呟いてたっけ。てっきり騎士への反感だと思ったのに……。


 奴は騎士の権力に憧れたのだ。

 

 成功した奴は、あの闇の騎士のような権力を手に入れたということか。平民には何をしてもいいと。だから、平気でわたしを始末するよう命令したのだ。

 


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