第七話 本当の目的は
強制的に馬車に乗せられ、わたしは領主様のところへ向かった。なぜか、ころっとさんとは別の馬車。わたしは5人の騎士っぽい人たちと一緒だ。二人が御者席に乗り、三人が同じ馬車内にいる。逃げ出さないようにするため? ここまでしなくても暴れたりしないのに。
おとなしく外の景色を見ていると、領主館へ向かうはずの道を曲がらず、通りすぎてしまった。
「道を間違えてるよ」
わたしの言葉に、目の前の茶髪君がニヤッと笑みを浮かべる。絶対によくないことを考えてる顔だ。
「こっちでいいんだよ」
「なんで! 領主様のところへ行くんでしょ」
「いいから、おとなしくしとけよ。痛い目にあいたいのか?」
うわあ、陳腐な脅し文句。どこぞのチンピラだ。
「おれたちは王都の騎士様なんだよ。村娘なんかが逆らっていい相手じゃない」
おっと、チンピラじゃなかったのか。やっぱり、騎士だった……?
いや、それも変だ。騎士にはちゃんと制服があり、帯剣している。騎士っぽい動きをするけど、彼らは騎士ではないはず。だいたい、自分で『様』をつけちゃうなんて、いくらなんでもおかしすぎる。
不審そうなわたしの顔に気付いたのか、斜め前に座る長髪君が少しだけ説明してくれた。
「まあ、正確にはまだ騎士見習いだがな。今回の副団長直々の任務を遂行すれば、次の試験では確実に合格できる。だから、騎士も同然だ」
「ええ! それってズルってことじゃん」
わたしの指摘に、3人は一様に顔をしかめた。
「うるせぇな。先に任務をこなし、能力を証明するってことだよ」
「それ、わたしと関係あるの?」
「ああ。副団長と王室の指示を受けているからな」
王室!? なんだかすごい話になってきた。だけど、わたしと何の関係があるんだ?
首を傾げるわたしに、茶髪君が呆れたように溜息をつく。
「なんだ、もっとけなげな女かと思ってたのに。ただの頭の弱い女じゃん。美少女だけどよ」
「ああ。か弱い村娘を想像してたのにな」
「あんな大籠背負ってるなんて、どんなバカ力だよ」
もしかして、3人が言っているのはわたしの悪口か。『美少女』はよく言われるけど、『頭が弱い』なんて初めて言われたぞ。失礼だな。残念な目で見られることはしょっちゅうだが。
「副団長とか王室ってなによ。人違いじゃない?」
「お前、ファルク副団長の婚約者だろ? 絶対に婚約解消しないって泣きついて脅したっていう」
わたしの左手を見ながら、茶髪君が言った。蔦模様のからまる中指は婚約の証だ。確かに婚約はしている。だが、副団長……?
「ファルク……? あー、あのバカ息子はそんな名前だったっけ。でも、副団長なんてタマじゃないよ。きっと、同じ名前の人違いだ」
茶髪君は目を見開いた。間違いに気付いたらしい。よかったよかった。
……と思ったが、そうではなかった。
「お前! バカ息子って……、なんてこと言うんだ。アララ村出身のファルク・アビントン様は一人しかいない。あの方は、強くてかっこよくて、騎士団の誇りだ。だいたい、お前の中指の紋様はファルク様のと同じだ。絶対に人違いじゃない」
「ええ!? あいつが副団長? 騎士団ってその程度なの!?」
「その程度とは何だ!! 失礼だな。お前こそ何様だ。お情けで婚約してもらったのを盾に、ずっと縋り付いてる女の分際で」
わたしはまた首を傾げた。
王都へ行ってから、奴とは音信普通だ。『縋り付いた』なんて心外だぞ。
「前回の魔獣討伐で手柄を立てたファルク様は、褒美として爵位を与えられ、第二王女様の降嫁を認められたんだ。お前が居座ってるおかげで、ファルク様は多大な迷惑をしている!!」
なんだと? やつはそんなに出世したのか。爵位までもらったということは、貴族の一員になったということだ。だからおじさん達は、あんなきれいな格好で王都に向かったのか。
でも、そんなに出世したなら、わたしのお金なんかごまかさなくたっていいはずなのに……
それに、どうも腑に落ちないことがある。
「ねえ。魔獣って魔力もちしか倒せないんじゃないの? ファルクは魔力もちじゃなかったはずだけど」
「お前はほんっとに何も知らねぇんだな。最近開発された魔剣を使えば、魔獣を討伐できるんだ」
「まけん……?」
「ああ。魔力の強い第二王女様が開発した魔道具だ。それを使って手柄をたて、めでたく二人は結ばれるってわけだ。いい話じゃねぇか。お前がいなきゃ、な」
わたしはまた首を傾げた。これ以上傾げたら、倒れてしまうぐらい思いっきり。だって、おかしな話だ。王女様と結婚するなら、わたしとは婚約を解消しなくてはいけない。それなのに、何故黙っていたのだろう。
「じゃあ、急いで婚約解消しなくちゃね。どうやるの? あ、それでわたしは連れてこられたのか。どこいくの? まさか王都じゃないよね。あ! じゃあ、あなた達は税のこととは関係ないじゃない。なんでころっとさんと一緒だったの?」
矢継ぎ早に質問したけど、茶髪君は薄ら笑いを浮かべただけで何も言ってくれなかった。他の二人も何も言ってくれない。……なんだか気持ち悪い。
こんなのが騎士になる? おとぎ話とは違って、やっぱり騎士なんてろくでもない人ばかりだ。ファルクもそんな人間になったんだろうか。バカだとは思ってたけど、こんなに気持ち悪い人間じゃなかったはずなのに。
諦めて窓の外に目を向けると、なんと村外れの森まで来ていた。こんな所、村人だってめったに来ない。何しに来たんだ。
森を少し入ったところで、馬車が停まる。陽が傾き始めた森の中は薄暗く、妙に静かだった。鳥の鳴き声すら聞こえない。
「降りろ」
茶髪君がリーダーなのか、偉そうに指示をする。歩き出した彼についていくよう他の人に押され、わたしはしぶしぶ後をついていった。5人のチンピラ騎士見習いに囲まれる美少女。
……いくら鈍いわたしでも、これはまずいと分かる。
少し進んだところで茶髪君は足を止めて振り返り、またニヤリと笑った。騎士というより、悪役そのものだ。
「お前の事、処分してこいって命令なんだよ。だけど、ただ殺すだけじゃもったいない。最後にみんなで可愛がってやるよ」
悪そうな笑みを浮かべてると思ったら、こいつらは本当に悪い事を考えていた。