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第六話 先手を打たれた

 その夜、わたしは不安でよく眠れなかった。日の出前に起きてしまい、辺りはまだ真っ暗だ。ベッドの中でごろごろ転がっていると、お腹がぐぅっと鳴った。なんてことはない、目が覚めたのは空腹のせいだった……

 そういえば、昨日はろくに食べていない。もらったパンとキュウリだけ。お肉が食べたいけど、買いに行く暇がない。そうだ、お金もないんだっけ。

 はあっと溜息をついて、のそのそと起き上がった。手探りで、普段使わない台所へ向かう。卵はたくさんあったはず。生卵で我慢しよう。

 台所のランプを点けて、卵をとりだした。トントンとテーブルの角でヒビを入れ、えいっとボウルに割った……はずだった。むにゅっとして、中身が出てこない。


「あれ? 孵化しちゃった?」


 いくらなんでも早すぎるか。だいいち、温めていない卵はかえらない。

 よく見ると、手にした卵はゆで卵になっていた。ゆで卵ができるほど暑かった? いや、それもありえない。もしや、これも例のおせっかいか。しかし、今回のはナイスだ。ゆで卵の方がずっとおいしいのだから。


「ありがとー!」


 相手が分からないので、天に向かってお礼を言ってみた。きっと聞こえてるはず。ちょっとだけ気分が軽くなった。



 空が白み始めた頃、今日の仕事を開始した。わたしの心情を察した家畜たちは、今日もおとなしい。脱走鶏は、「コッケッケ、コケコケコー」と応援歌を歌ってくれる。なんて可愛いやつだ。うれしくなって、ぎゅむっと抱きしめた。

 

 ナテラが来る前に収穫まで終わらせようと、今日も全力で動き回った。お腹が空くので、畑の人参をかじりながら。そのまま食べるのかとよく驚かれるが、いくらなんでもそれはない。ちゃんと洗って食べている。


 3本目の人参を口に入れた時、珍しい客人が来た。ギムおじさんの友人で、ころっと太ったお役人さんだ。名前は……うーん、なんだっけ。

 なんでうちに来るんだろう? おじさんが出かけているのを知らないのかな。


「なんですかー」

 

 畑から大声で怒鳴ると、ころっと太ったお役人さん――面倒だから、ころっとさんでいいか――はこちらに足を向けた。一人ではない。わらわらと5人の若者が背後からついてくる。どうやら、わたしに用がありそうだ。仕方がないので、大籠を背負ったままそちらへ向かった。

 後ろの若者達は、見たことのない人ばかりだ。ピシッとして、騎士みたいな歩き方をしている。なんだかとっても嫌な予感がした。


 わたしの目の前にくると、ころっとさんは声高に告げた。


「ジリアン・マッカーソン。おまえに税逃れの疑惑がでている。おとなしく役所まで来なさい」

「ええ!!」


 いきなり言われ、わたしは天地がひっくりかえるほど驚いた。この人達は、わたしを捕まえにきたのだ! 

 なんで? 不正は昨日発覚したばかりなのに。

 だいたい、わたしは何もしていない。わたしはぶんぶん首を振った。


「や、やだよ」

「抵抗しても無駄だ!」


 その時、ちょうどナテラが現れた。こちらの様子に気づき、慌てて駆け寄ってくる。


「なにしてんだよ、お役人が」

「そういう無礼な態度は、お前のためにらんぞ」

「うわあ、感じ悪い。で、アビントン家がジルの金を使い込んでたって知ってて来たのか?」


 ころっとさんは、ピクリと片眉を上げた。怖い表情のままフンと鼻を鳴らす。


「何を言っている。ジルが税をごまかしたんだろう」

「帳簿はギムの筆跡だ」

「ギムは預かった金額を記入しただけだ。ギムに渡す前に金を抜いてごまかしたんだろう。昨日、『ずっとジルの様子がおかしいと思ってたから、調べてくれ』とギムに頼まれた」


 ああ……ひどい。

 これは先手を打たれたってやつだ。おじさんは、わたしに帳簿を返した時点で、不正が明るみになると判断したんだ。だから、先にお友達に密告した。本当に罪をなすりつけられたんだな。わたしはどうなってもいいってことか。

 不思議と悔しくはなかった。

 ただ、悲しい。裏切られたことが。

 

 何も言い返せないわたしを横目に、ナテラは冷静にころっとさん達に反論してくれた。


「ちょうどうちの帳簿を持ってきたよ。ほら、先々月の入金を見てみな。うちは105,070ペニー払ってる。入金は52,535ペニー。ぴったり半額。これはジルの仕業じゃない。1ペニー単位でごまかすなんて、大雑把なジルには無理があるだろう?」


 黙って皆がわたしを見る。人参をかじるわたしを。だって、お腹空いてるんだよ。人って悲しくてもお腹が空くものなんだ。

 残念そうな皆の視線が痛い。


「そ、そんなことは何の証拠にもならん! その帳簿にはジルの署名がある。ジルが責任を負うべきものなのだ!!」

「でも、ギムはジルの後見人だ。ジルが不正をしてたっていうなら、その管理をしていたギムにも責任が生じる。あの男が、気づいていながら放っておくとでも? それに、ジルの銀行の金も引き出してるんだ。さっき銀行に確認してきたから間違いない」


 ナテラ、すごい。かっこいい!!


「ナテラ、そんなことまで調べてくれたの?」

「まあね」


 感動するわたしを他所に、ころっとさんはわたしの手を引っ張った。


「申し開きは役所で聞く。この帳簿は証拠として預かる」

「えー、やだよ!!」


 わたしが体をよじると、大籠がころっとさんに当たり、コロンと転んでしまった。丸いから、すぐ転がっちゃうんだな、きっと。


「あー、ごめんなさい。大丈夫? ころっとさん」


 しまった。つい、呼んじゃった。


「な、なにを、小娘が!! ワシの名はコレットだ!」

「あ、似てたんだ。すっごい偶然」

「貴様!! 役人に何たる無礼。不敬罪で牢に入れてやる!」


 立ち上がり、パンパンとズボンの泥をはたきながら、顔を真っ赤にして怒鳴っている。なんだか面倒なことになってきた。


「おとなしくしろ!」


 おとなしくしてるのにな。ちょっと体をよじっただけだよ。でも、後ろの若者たちが怖い形相で手を伸ばしてきた。これ以上拒否すると大事になりそうだ。

 

 その手を軽く振り払い、わたしは言った。


「どうせ領主様のところへ行こうと思ってたんだ。役所じゃなく、領主様のところへ行こうじゃないか。そこでお互いの話を聞いてもらおう」


 アララ村の領主様は、公平で誠実な人柄だと評判だ。白くて長いあごひげをふさふさと生やし、同じくふさふさの眉の下から小さな目がのぞく姿は、本物の仙人のようだ。あの方ならこんな理不尽な罪は押し付けないはず。

 

 わたしの言葉に、ころっとさんはニヤリと笑って頷いた。


「そうだな。税逃れは重大な罪だ。領主様に聞いていただくのが一番だな」


 あー、すっごく悪い顔してる。これ、まずいやつだった? なんかたくらんでそうだよ。


 ナテラの付き添いも許可してもらえず、わたしは帳簿を手に一人で領主様の元へ連れていかれることになった。




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