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第五話 仕組まれた罪

「ざ、罪人!? わたし、何も悪い事してないよ!!」


 わたしは素っ頓狂な声をあげた。あまりに大きな声だったので、ナテラはしかめっ面で耳を塞ぐ。手をはずすと、諭すようにゆっくり説明してくれた。


「いい? この帳簿は収入をごまかしている。そして、この帳簿を元に税を納めている。つまり、税もごまかしてることになる。税逃れが重罪だって、あんたも知ってるでしょ」

「ぜい、のがれ……」


 ナテラの言葉をかみ砕くように反芻した。収入を少なく記載していたから、わたしは本来より少ない税しか払っていないことになる、というわけか。

 税逃れは窃盗に次ぐ重罪だ。うっかり間違えただけでも、多額の罰金を取られる。意図的にごまかしたら、鞭打ちや鉱山送り。金額が大きくなれば、死刑もありうるのだ。

 

 わたしはごくりと唾を飲み込んだ。背中をつぅっと冷たい汗が流れる。

 

「領主様に訴えよう。大丈夫、筆跡はギムのものだ。派手な暮らしぶりもみんな知ってるから、証言してくれる。早めに手を打っておかなきゃ」

「でも、そうしたら、おじさん達が罪に問われちゃう!」

「当然でしょ。罪になることをしたんだから」

「……」


 私は何も言えず、帳簿を見つめた。芸術品のように見えたこんなにきれいなものが、恐ろしい罪の証拠になるなんて。

 二人が罪人になる。わたしが申し立てたせいで……


「言っておくけど、下手にあの二人をかばったら、あんたの罪になるんだからね。代わりに死刑になりたいの!? お人好しもほどほどにしときなよ!!」

「でも、おじさん達のおかげで……」

「もう十分恩は返したでしょ」

「……」


 そうなのだろうか。もう十分に恩は返したから、おじさん達に気遣わなくてもいいのだろうか。

 黙ったまま通帳を開いてみると、銀行に預けたはずのお金は、ほとんど残っていなかった。ナテラものぞきこみ、顔をゆがめる。

 数か月前から少しづつ引き出されており、昨日、残金を一気に引き出されていた。ここまでひどいとは……

 

「どうして二人は急に変わっちゃったのかな」


 両親が殺された時、カーラさんは泣きながらわたしを抱きしめてくれた。「自分たちが側にいる!」って言いながら。隣町から叔父が来た時は、箒で尻を叩き、追い返してくれた。

 ギムおじさんは、「法的にも守れるように」と言って、正式に後見人になってくれた。おかげで、両親の財産を守れたのだ。

 でも、後見人だったから、銀行のお金も引き出せた。皮肉なものだ。

 逃げるように出て行った二人の様子を思い出す。もしかすると、もう戻る気はないのかもしれない。


「あの家畜()たち、捨てられちゃったのかもしれないね」


 ぽつりと呟いたわたしに、ナテラは少し哀れみの目を向けてきた。


「こんな時も、あんたが心配するのは動物たちのことか。もう少し自分のこと考えなさい」

「うん……」

「ま、それがあんたのいい所だけどね。でも、今回のことは絶対に同情心を出しちゃだめだよ。アビントンはあんたを裏切った。そして、あんたに罪をなすりつけようとしている」

「そんなひどいこと言わないでよ! だって、カーラさんはこんなにパンをくれたんだよ」


 山盛りのパンを見せながら必死に弁護した。涙がじわっと出てくる。しかし、ナテラはしらけた顔をするだけだ。


「パンぐらいでごまかされるんじゃないよ! 後ろめたいからちょっといい顔しただけじゃない」

「うぅー」

「さて、バカ息子がどう出てくるか……けっこう出世してるらしいじゃない。夫婦で王都へ行ったのは、息子にどうにかしてもらうつもりなのかもしれない」

「え! ナテラ、バカ息子がどうしてるか知ってるの?」

「呆れた……。魔獣討伐で手柄を立てたって、カーラさんが自慢してたよ。あんた、そんなことすら聞いてないの?」

「うん」

「どういうつもりだろ。仮にも婚約までさせておきながら」


 そっか。音信不通だと思ってたのはわたしだけだったのか。カーラさんには手紙が来てたんだ。でも、なんでそんなことすら教えてくれなかったんだろう。毎日顔を合わせてたのに。

 うっかりしてた、なんていくらなんでもありえない。わざとわたしには話さなかったんだ。

 信じていたものがガラガラと足元から崩れていく。

 


「あの弱っちい奴が騎士に……」


 手柄を立てたということは、奴は騎士として成功したということだ。なんだか信じられない。あのバカが騎士になれたなんて。

 わたしはぶるっと震えた。騎士は嫌いだ。


 そんなわたしを元気づけるように、ナテラは明るい声を出した。 


「明日、一緒に領主様のところへ行こう。早く仕事を終えておきな」

「うん。ありがとう、ナテラ」

「ついでに婚約解消のことも聞いてみよう。そして、うちに嫁においで」


 冗談を言って元気づけてくれようとしている。優しいな。

 でも、わたしは笑うことができなかった。


「もう婚約はいいや。明日からの生活で精一杯だ」



 ナテラが帰ると、急に室内が暗くなった。慌ててランプを見たが、何もおかしなところはない。さっきと同じようにちゃんと点いている。

 どうしたんだろう。

 室内を見回すと、やけに広く感じた。一人で使うには大きすぎるテーブルに椅子が四脚。ナテラがさっきまで座っていた椅子は、かつて母の席だった。その隣が父の席。3年前から何も変わっていない。

 変わったのは、今この家にはわたししかいない、ということだけだ。


「さびしいな」


 思わず声に出てしまい。慌てて口を閉じた。

 だめだ。言葉にしてしまえば、余計悲しくなってしまう。


 ぶんぶんと首を振り、それ以上考えるのをやめた。感傷にひたっている暇はない。

 今、わたしには昨日もらったお金しか残っていない。それだけでうちと隣の家畜の餌代を賄わなければいけないのだ!


 その夜、ベッドの中でわたしは生まれて初めて、お金のやりくりというものを必死に考えた。




 

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