幼馴染の後悔(1)
おれの隣に住む同い年の少女は、村一番の美少女だ。いつもにぱにぱ笑って愛嬌もある。おれは彼女が大好きだった。
当然狙う男は多かったが、おれはすべて蹴散らし、いつも彼女の側にいた。
彼女の父親は、昔、王都の騎士団で指導をしていたすごい人だ。頭がよくて、色々なことを知っている。
そして、母親はものすごい美人だ。金髪に翠の瞳、整った眉、小さい鼻、薄い唇と、すべてのパーツが完璧に整っている。容姿もさることながら、仕草も上品で美しい。儚げな立ち姿は現実のものとは思えず、どこか浮世離れして見えた。
「母ちゃんもけっこう美人なんだから、ジルの母ちゃんみたいに上品な服着ればいいのに」
おれの言葉に、母ちゃんは悲しそうな顔をし、父ちゃんはものすごく怒った。
「お前は何を言うんだ! 母ちゃんは一生懸命働いてるんだ。あんなものを着たら働けないだろ。だいたい、あんな服はこの村では手に入らない。分不相応なことは考えるな」
ふーん。
ジルの両親は王都にいたから、他の村人とは違うってことか。じゃあ、王都にはあんな服を着たきれいな女性がいっぱいいるのか?
おれはこの時初めて、王都への憧れを抱いた。
学校から帰ると、おれはいつも隣へ顔を出した。
「ジル、遊ぼうぜ!」
「はあ? そんな暇ないよ」
彼女はいつもそっけない。おれがこんなに好きなのに。今日も馬の世話をしながら、白けた視線を投げかける。ジルの母ちゃんはあまり体が丈夫ではないらしく、その分、ジルはいつも父親を手伝っているのだ。
飼い葉桶を両手に持って歩く彼女を追いかける。
「持ってやる」
かっこつけて彼女の手から桶を奪い取ろうとして……おれはそれを地面に落としてしまった。
「お、おもっ……!」
「邪魔するなよ」
「こんなのよく両手に持って歩けるな!」
「一個だとバランス取れないじゃん。馬鹿か?」
彼女は母親そっくりの美少女だ。それなのに……中身は正反対! 口が悪くて腕っぷしが強い。どうしてこんなに違うんだ?
でも、そんな毒舌も可愛いと思える。惚れた弱みってやつさ。
「この後父さんに稽古をつけてもらうんだから、急ぐんだよ」
「え!? 稽古って何?」
「自分の身を守れるように鍛えとけって言われて。最近、剣の稽古とか始めたんだー」
そんなことをしているのか。だから、ジルはこんなにたくましいんだ。
じゃあ、おれも一緒に練習して彼女より強くなれば、おれを好きになってくれる……?
「なあ、それ、おれも一緒にやっていいか?」
その後、おれは必死に剣の練習をした。父ちゃんが怪我をしても、鍛錬を優先した。おかげで、同年代の男達はおろか、警備隊の人たちを負かすほどの腕前になった。それなのに、一向に彼女には敵わない。足を払われ、軽くいなされ、あっけなく負ける日々が続いた。
そんなある日、大事件が起こった。
――王都から来た騎士達に、ジルの両親が殺されたのだ。
騎士がそんなことをするなんて……。しかも、笑ってる。あの人達は頭がおかしいのか!?
泣き叫ぶジルをナテラ達と必死に抑えつけた。このまま飛び出せば、今度はジルが殺されてしまう。いや、こんな美少女が目をつけられたら、もっとひどい目に遭わされるかもしれない。引きずるように家に戻し、閉じ込めた。
それからずっとジルは放心していた。葬儀に親戚がやってきて財産を奪おうとしても、ぼーっとしてまるで反応しない。見かねたうちの母ちゃんが箒で追い払った。
母ちゃんが泣きながら「自分たちが側にいる!」と言って抱きしめる。久々ににぱっと笑ったジルを見て、彼女を守れる力を手に入れたいと改めて思った。
だけど、こんな田舎の平民では、また同じことが起こった時にかばいきれない。平民が貴族に逆らえば不敬罪。平民が権力を手に入れようと思うなら、王都へ行き、騎士として身を立てるしかないのだ。
おれは以前にも増して剣の稽古に精を出した。
そんなおれの思いと反するように、彼女はますます冷たくなった。稽古の相手を頼んでも無視される。
「少しはおじさんの手伝いをしたら?」
「おれは王都に行って騎士になる!」
「おじさん怪我してるのに、どうすんのさ」
「おれほど腕の立つ者がこんな田舎に埋もれるなんて、もったいないだろ!!」
「会話がかみ合ってないな……」
ジルは溜息をついて、行ってしまった。彼女が手伝ってくれているから、うちの仕事は問題ないのに。少しの間待ってくれれば、必ず成功できる自信があった。
無理やり勝負を挑んだある日、おれはあっさりジルに勝った。やっと鍛錬の成果が出たのだ。
さっそく王都に向かい、登用試験に挑戦しようと思った。両親はいい顔をしなかったが、おれの決意が固いと知ると、渋々了承してくれた。母の提案でジルと婚約も済ませることができた。
おれは希望を胸に、輝かしい未来を思い浮かべていた。
明日、もう一話ファルク視点をUPする予定です
 




