表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/40

第三十八話 世界一幸せ

「セド、いつまでリハビリをしてますの!?」


 その日は急にやってきた。

 セドと暮らすようになってから一週間。畑仕事に向かおうと玄関の扉を開けた時、外に王女様が立っていたのだ。まさか、自らお出ましになるとは思わなかった。背後に護衛や侍女さんなど、総勢十名ほども人がいる。

 腰に手をあて、プンプンと怒りを露わにした表情でも、やっぱり気品がある。わたしは驚きつつも、美しい佇まいに目を奪われてしまった。


「だいたい、未婚女性のところにやっかいになるとは、どういう了見ですか!」


 ……確かにそうだ。いくらセドが紳士とはいえ、一つ屋根の下で未婚の男女が暮らすなんて、どうかしている。村の人達が生温かい目で見ていたから深く考えないようにしていたけれど、王女様の立場からすれば、とても見過ごせることではない。

 

「リューには言ってあります。もちろん父にも。結婚の許可が下りるのを待っています」

「ですから! 待っている間、ここにいるのはおかしいと言っているのです。だいたい、騎士団の仕事はどうするのですか」

「報告は毎日聞いてますよ。最近は暴れる魔獣もいないそうですね」

「ええ。魔獣の殺処分をやめたら、魔力の滞留が減って……って、話をすり替えないでください!」


 二人のやりとりに、わたしはいたたまれなくなった。王女様の言うことはもっともで、セドはもう王都に帰るべきなのだと思う。口を挟むこともできず、わたしは黙っておじぎをしてその場を後にしようとした。


「あ、ジル、待ってくださいな」


 王女様に呼び止められ、足を止めて振り返る。きっとわたしは情けない顔をしているはずだ。そんなわたしの顔を見て、王女様が意外そうに眉尻を上げる。


「どうしましたの? そんなに辛そうな顔をなさって。セド、あなた何をしているの!?」

「え? さっきまで笑ってたのに。ジル、どうしたんだ? 食べ過ぎか?」


 セド、失礼だな。乙女心をなんだと思ってる。


「あなたがそんな態度だからじゃありませんか?」

「いや、そんなことは……。本当に、さっきまで元気に山盛りご飯を食べていたのに」


 さらに乙女心を踏みにじることを言ってくれる。王女様の前で大食い宣言とは、いくら何でもひどいじゃないか。わたしだって恥ずかしいという気持ちぐらいあるんだぞ。


「何でもないです。それより、こんな所で話していないで、中に入っていただいたらどうですか。わたしは邪魔でしょうから、畑に行ってますよ」


 敬語で返事をしたわたしに、セドは呆気にとられた顔をする。


「ジル!? いったいどうしたんだ」

「何でもないって言ってるじゃないですか! 大食い女は放っておいて、王女様のお相手をしてください!!」


 わたしは走って裏庭に向かった。あのまま居たら、絶対に泣いてしまう。そんな姿を見せたら、優しいセドは悩んでしまうだろう。畑仕事をして気持ちを落ち着けなくては。

 そう思うのに、番犬よろしくセドはわたしを追いかけてきた。


「ジルー、ジルー!」


 何で放っておいてくれないんだ。今だけは彼の優しさがうっとうしい。

 畑の手前で捕まり、セドは後ろからわたしを抱きしめた。振りほどこうとするわたしをがっちり抑え込む。力では彼に敵わない。


「こんなところを見られたら、どう言い訳するつもりなんですか!!」


 振り返って、彼を睨みつけた。首が痛くなりそうな急角度でまっすぐ彼の黒い瞳を射貫く。だけど、彼は全く悪びれた様子もなく平然と答えた。


「別にいいじゃないか」

「なんで!」

「だって、もうすぐ結婚するのに」


 もう、意味が分からない。結婚するから、こんなところを見せちゃいけないはずだ。それとも、結婚は決まっているから、これぐらい何でもないというの? 王女様はわたしごときに嫉妬しないと。

 こらえていた涙がぽろりと落ちてきた。彼に会ってから、わたしは泣いてばかりだ。


「なんで、そんな、ひどい、こと言うの! 人の気も知らないで。わたしはセドが好きなのに!!」


 言ってしまった。

 とうとう。 

 身の程知らずな思いを。


 セドは細い目を見開き、ハッと息をのむ。そのまま何も言わず、わたしを食い入るようにじっと見つめた。わたしも負けじと、唇をへの字に結んで見つめ返す。

 


「あー、うん、そうか、迂闊だった。うーん……」


 やっとセドが口を開いたけれど、意味のある言葉が出てこない。


「分かってる。身の程知らずだって。セド、王女様と結婚するなら、これ以上うちにいたらダメだと思う。今までありがと。ご飯、おいしかった」


 そっと視線を外し、下を向いてぽつりと言った。言葉とはうらはらに、涙がボロボロこぼれてくる。彼と一緒にいたい。離れたくない。心は悲鳴を上げていた。


 セドの腕を振り払って逃げようとする。でも、やっぱり拘束は緩まない。


「セド、離し……」


 再び見上げた時、いきなり彼の顔が近づいてきた。

 抱え上げるようにわたしを抱きしめ、唇にふにっとしたものが触れる。


 何? 何が起こっているの?


 セドにキスされている……!!

 背中にまわされた手に力がこもる。痛いほど抱きしめられ、わたしはくらくらした。


「ジル、そんな思い違いをしていたなんて。ごめん、オレがはっきり言わなかったせいだ。『会いたかった』と言ってくれただけで気持ちが通じ合ったと思ったオレが浅はかだった」


 唇を寄せたまま、セドが呟いた。息が唇にかかる。でも、こんなに近くで言われているのに、彼の言いたいことがまったく分からない。

 思い違い? 何が?


 まとまりきらない頭に、彼の言葉が再び流れこんできた。


「ジル、愛してる」


 間違えようのない言葉だった。


「愛している。ずっと側にいたい。離したくない。オレと結婚してほしい。一目見た時から、オレの世界はジルがすべてだ」

「な……んで。王女様と結婚するって……」

「誰からそんなことを? ああ、もしかして、陛下が言ったからか? あんな戯言、オレも王女様も真に受けていない」

「けっこん、しないの?」

「オレが結婚したいのはジルだけだ。だからここにずっといたんだ。他の女と結婚するのに、ジルの側にいるわけないだろ?」

「ほんと? ほんとに? ずっと側に居てくれるの?」

「ああ。ずっと側に居る。大事にする。ジル、オレと結婚してください」

「はい……! はい!!」


 

 その晩、初めてわたしとセドはじっくり話し合った。

 実は、隣の家を買ったのは王家で、王女様の本来の目的は魔獣観察だった事、例の公爵様が捕まった事、魔獣を処分する法が廃止された事などを教えてくれた。王都は大騒ぎになったらしいが、王太子殿下が指導力を発揮しているというから驚きだ。

 セドと王女様は兄妹のような関係で、あの時の言葉は勝手に陛下が言ったことだった。王女様をファルクに取られたせいでセドが傷心の旅に出たというのも、根も葉もない噂らしい。


「どこからそんな噂が出たんだ……」


 頭を抱えるセドがおかしくて、わたしは笑ってしまった。わたしが笑うと、つられたようにセドも笑う。


「ああ、そうやって笑うジルは最高に可愛いな。頭に籠をのせて走る姿を見た時から、オレは君の虜だ」

「頭に籠……?」

 

 いつのことだろう? 首をひねって必死に記憶をさかのぼってみた。

 あ、もしかして!


「あの、猫の鳴き真似ってセドだったの!?」


 苦笑いでセドが頷く。なんてことだ! あんな姿を見られていたなんて。


「シドのやったことを詫びたくて、様子を見に来た。今にして思えば、不法侵入もいいところだ。ごめん」

「んー、まあ、セドならいいよ。手伝いもしてくれたし」

「ジルのそういう所が心配だ。お人好しすぎる。もう、片時も目を離せない」


 そう言って、セドはまたギュッとわたしを抱きしめた。


 

 

 その後、貴族院に結婚の許可をもらうために、わたしは父の実家の養女になった。初めて会った伯父はセドの家とつながりができたことに喜んでいるようだったけれど、わたしにはどうでもいいことだった。

 住む家も、毎日の仕事も、何も変わらない。アララ村で家畜たちと暮らしていくのがわたしの幸せだから。貴族の生活にも身分にも興味はなかった。

 セドは団長職を辞し、わたしの側にいてくれる。たまに王太子殿下に呼び出されると、ぶつぶつ言いながら王都に出かけていった。その時は大勢の護衛を手配するから、とんでもない過保護ぶりだ。

 


 今日も日の出とともに目を覚ます。


「ジル、おはよう」 


 大好きな人の腕の中で目覚める毎日は、おとぎ話よりも甘い日々だった。

 




最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのした。 [気になる点] もう少し最後の甘さを盛って欲しい。少し物足りなかった。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ