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第三十五話 侵入者

 セドに会ってから、わたしはすっかり寂しがりになってしまった。一緒に旅をした一週間がとても幸せだったせいだ。

 ナテラやドラトル先生が気を使ってくれるおかげで、昼間は元気にしていられる。でも、夜は寂しくて寂しくて、マージュと一緒に寝るようになった。マージュは洗ってやらなくても、いつももふもふのふかふかだ。きっと魔力があるから、セドみたいに浄化魔法を使えるんだろう。


「わたしも浄化して!」


 一度だけ頼んでみたが、プイっとそっぽを向かれた。仕方ないので、今日も井戸から水を汲んでゴシゴシ体を拭う。外で脱ぐのは女としてどうかと思うが、浴室まで水を運ぶのが面倒だ。どうせ誰も来やしない。今はマージュが見張りをしてくれるから安心だ。

 ざぱっと頭から水をかぶって、ふるふると髪を振った。


「あー、さっぱりする」


 でも、そろそろ水が冷たくなってきた。いい加減、湯を沸かすようにしないと。そういえば、セドと泊まった宿には、あったかいお風呂があったな……

 またセドのことを思い出している自分に気付き、ハッとした。だめだ、こんなボケたことを考えている暇はない。もうそろそろ冬の準備をしなくてはいけないのだ。小屋一杯に薪を割って、家畜用の牧草を乾燥させて、厩舎に麦わらを敷いてやって……やることはいっぱいだ。今年はマージュの餌も用意しなくてはいけない。


 考え事をしながら、シャツを無造作に羽織って三つだけボタンを留めた。下着と緩いズボンを穿く。髪から落ちる雫をタオルで拭って空を見上げると、真ん丸の満月が見えた。今夜はいい月夜だな。セドと見たかったな……なんてどうしようもない考えがまた浮かんで、ブンブンと頭を振った。馬鹿なことばかり考えてるな、わたしは。


 家に戻ろうとした時、ふと何かの気配を感じた。


「またあいつ、脱走したな」


 いつものことだと思い、桶に着替えとタオルを詰め込んで小脇に抱え、裏手にまわった。あいつも月見をしたかったのかと思ったが、なんだか様子がおかしい。


「グルルル!」

「クエ、クエエエー」


 マージュの唸り声とニワトリ達の苦しそうな声が聞こえる。慌てて駆け出し、小屋に向かった。

 鶏小屋の前に人がいる!


「だれ!?」


 月明りを背に立つ人影が三つ、ゆっくり振り向いた。魔術師のようなフードをかぶった女性を中心に、護衛の男性が二人、控えるように立っている。知らない人達だ。


「あら、気付かれちゃったわ」


 悪びれた様子もなく、女性がクスクス笑う。

 すごく嫌な笑いだ。気持ちわるい。いや……怖い。この感覚は、あの闇の騎士に似ている。


「うちの子に何してるの!」

「あなた、本当に魔獣ばかり飼ってるのね。セド様の言ってた通りだわ」

「セドが!? そんなの嘘だ。魔獣はこのマージュだけだよ!」

「いいえ、このニワトリはみんな魔獣よ。いい材料ばかりだわ」


 小屋の中で、ニワトリたちが苦しげに呻いている。よく目を凝らすと、女の人の手にある石にピンクの光が吸い込まれていくのが見えた。


「な、なに、それ! やめてよ、うちの子たちが苦しんでるじゃない!!」


 掴みかかろうとした途端、二人の護衛が剣を抜いて彼女の前に立ちふさがる。


「やろうっての!」


 わたしは桶を投げ捨て、殴りかかった。護衛が剣を振るい、切っ先が鼻先をかすめる。屈んで躱し、一人の男の懐に飛び込むと、喉元に手刀を叩き込んだ。


「うぐっ!」

 

 あっけなく一発でよろめく。すぐさま胸ぐらを掴み、もう一人に向かって突き飛ばした。


「うわあ!!」


 二人そろってよろけ、女性まで巻き込んで地面に倒れこんだ。女性の手から石が落ち、コロコロと地面に転がる。ニワトリ達と繋がっていたピンクの光が消えると、マージュがそれを咥えてわたしの所に持ってきた。


「みんな! 大丈夫?」


 わたしが声をかけると、力なく横たわりながらも、パタパタと羽を振って合図をする。とりあえず大丈夫のようだ。石はまだ不気味に光っている。何やら分からないけれど、これを返しては駄目だ。わたしは内ポケットにそれをしまい、改めて周りを見回した。

 あれ? 一羽足りない。脱走鶏がいないんだ! 


「一羽足りないよ! あんた、どこにやったの!!」


 立ち上がった女性の肩を掴み、ゆさゆさと揺さぶった。わたしより背が高くてきれいな服装をしたその人は、本来なら上品な貴族の令嬢だろう。だが、間近で見ると、さらに不気味な目をしている。唇は血塗られたように真っ赤だ。

 その女性が、ヒステリックな声を上げた。


「知らないわよ。お離し! お前みたいな平民娘が触らないで!!」

「人んちに勝手に入ってきてよく言うよ。あんたこそ泥棒じゃないか!!」

「魔獣を飼うことは禁じられてるのよ」

「だから、違うって! マージュは王太子殿下の許可をもらってるよ」

「さっきのピンクの光を見たでしょう? あれは魔力よ。魔獣は見つけ次第処分することが決められているのに、飼っているなんて。どんなお咎めがあるかしらね。セド様が気づいたからよかったこと」

「セドが……? セドがそう言ったの……?」


 わたしが動転したことを見逃さず、後ろから護衛が殴りかかってきた。


 まともに後頭部を殴られ、ゴンッと鈍い音がした。大した威力はないが、さすがに痛い。女性から手を離し、数歩よろめいた。もう一人が剣を振り上げて切りかかるのをかろうじて躱す。

 わたしのピンチにマージュが加勢し、その男の足に噛みついた。


「いてえ! やめろ、畜生が!!」


 マージュに振り下ろそうとした剣を持つ手をめがけ、石を投げつけた。カランと剣が地面に落ちる。


「人んちでこんなもの振り回すな!」


 態勢を立て直し、思いっきり剣を蹴り飛ばした。マージュに噛みつかれたままの男は、「いてえ」と情けない声をあげながら、ぶるぶる震えている。

 もう一発殴ってやろうとした時、辺りの空気が変わった。ニワトリ達が再び苦しみ始める。マージュも苦しそうに男から口を離し、よろよろと後ずさった。

 女性が何か魔術を使ったのだ。


「やめて!」


 女性に向かって殴りかかろうとすると、驚いたようにわたしを見た。


「威圧が効かないなんて! どんな化け物よ」

「うるさいな。大人しく出て行けよ!」

「ああ、怖い怖い。ほんと、セド様が言っていた通り。ガサツで野蛮な娘だこと」


 その言葉に、また動揺してしまった。

 違う! 彼がそんなこと言うわけない!! 

 一瞬だけ躊躇ったわたしを、女性があざ笑う。ハッと気づくと、何か呪文を唱えていた。この人はわたしがセドのことで動揺すると見抜き、わざと言ったのだ。


 いつの間にか取り出したロープがシュルシュルと蛇のように動き、まとわりついてくる。


「チッ!!」


 振り払っても、逆にからめとるように締め付けてくる。とうとう手足の自由を奪われ、わたしは地面に倒れこんでしまった。


「ほほほ、いい様だこと」

「手こずらせやがって」

「たっぷり礼をしてくれる」


 悔しい。こんな奴等にやられるなんて!


 転がるわたしに護衛が手を伸ばすと、動けないマージュがぎゃんぎゃん吠える。


「うるせぇ!」


 動けないのをいいことに、噛みつかれた男はマージュを思いっきり蹴った。それほど威力があるようにはみえないが、腹を蹴られてマージュは苦しそうだ。

 それでも低く唸り続けるマージュに剣を向けようとした時、女性が待ったをかけた。


「その犬も材料なんだから、殺すんじゃないよ」

「は、はい!」


 しぶしぶといった顔で剣を引っ込める。


「でも、その娘に魔力はないから、どうでもいいわ。さっさと石を取り返してちょうだい」


 言われた男は、わたしの胸元を凝視する。三つしかボタンが留められていないシャツは、胸元が大きくはだけていた。腹も半分以上見えている。それを見て、あからさまに男の顔つきが変わった。ゴクリと唾を飲み、鼻息が荒くなる。


「た、たしかここに隠したよな」


 言い訳をしながら、わたしの胸元に手を伸ばしてきた。

 渡すものか!

 わたしは上半身を起こし、その手に噛みついた。


「いて!」


 怯んだ隙に体のバネを使って立ち上がると、ぴょんぴょんと飛んで逃げ出した。


「あ、待て!!」


 必死でジャンプをして逃げる。この石を渡したら、あの子達はまた苦しめられる。とにかく逃げるんだ。

 人のいるところへ。

 でも、この辺りに家はない。隣は空き家だ。どこへ行けば助けがいる? 誰か……


 家の敷地を出たところで、とうとう追いつかれた。髪を鷲掴みにされ、引き倒される。ぜえぜえ息を荒げる二人に伸し掛かられ、完全に身動きが取れない。


「このあばずれが!! 手間かけさせやがって」


 怒りに満ちた顔で男が拳を振り上げる。わたしは男達を睨みつけることしかできなかった。


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