第三十四話 新たな真実
「お話とは何でしょう」
モネ王女に呼び出され、オレは王城を訪ねた。部屋には、彼女を中心とした調査チームが集まっている。彼女の他に、魔剣士が二人と魔術師の女性が三人。丸いテーブルを囲むように座っていた。
ジルが王都を去って一か月。オレの日常は無機質なものに戻った。
……いや。以前とは比較にならないほど喪失感を抱えて生きている。ジルに会ってから、オレの心は彼女がすべてになってしまったから。
王族を相手に不躾だと自覚はあるが、仏頂面のまま騎士の礼をとった。
――ファルクとケリをつけたあの日、ジルは倒れてしまった。心労が重なっていた彼女の心中を思うと、胸がキリキリ痛む。オレは、気丈に乗り切った彼女の心を癒したいと、あれこれ考えながら後始末に奔走していた。
それなのに……
本人は『倒れたのは空腹のせい』なんて言いわけをし、翌日朝食を食べるとすぐに王都を出てしまったのだ。
オレに会いもせず。
早く帰りたがっていたのは知っている。忙しいことも。だが、義理堅い彼女が挨拶もせずに帰ってしまうような不義理をするはずはない。そんなことをする理由はただ一つ。
オレに会いたくないということだ。
オレはひどく落胆した。一緒に旅をした一週間、彼女もオレに気を許してくれていると思ったのに。それはオレの正体を知らなかったからなのか。オレが親の仇の片割れと知ってしまったら、いくら違う人間だと言ってくれても、やはり許せなかったのかもしれない。
手つかずのまま置いていかれたドレスや宝石を見て、こんなものを贈っても、彼女には何の役にも立たないのだと改めて気付いた。アララ村の領主が言っていた通り、オレのやったことなどただの自己満足にすぎないのだ。
その後、借りた金の分と称して大金が送られてきた。オレが払った額をはるかに超える金額は、彼女に返金されたのとほぼ同額だ。
“借りは作らない”
そういうことなのだろう。完全な拒絶だ。
金だけでも返そうと思っているが、彼女の口から直接拒絶の言葉を言われたらと思うと、会いに行く勇気が出ない。
それなのに、彼女の顔を見たい、声を聞きたいと、気付けば彼女のことばかり考えている。いいトシをした男がなんと女々しいことか。こんな気持ちを周囲に悟られぬよう、オレは以前にも増して表情を殺していた。
王女様は溜息をつき、隣の席に座るよう手で示した。
「あなたが調査を提案したのですから、もっと協力してくださいな」
「もちろんです」
「では、まずその仏頂面を止めてください。皆が怯えています」
「もともとこんな顔ですので」
ろくに挨拶もせずにドカッと座る。優美な曲線を描く椅子がオレの不機嫌を受け、みしりと音を立てた。
そんなオレを見て、王女様はまた深い溜息をついた。
「まあ、いいでしょう。では、話を進めます。魔獣の魔力暴走は、私達が不安定になる時と同じ原因ではないかという仮定を元に、最近見つけた子猫の魔獣を使って観察を行いました。結論からいえば、答えはイエス。魔道具や魔法石など、魔力が滞留する場所で不安定になります。人間なら理性で抑えられますが、魔獣にはできません。それが積み重なり、耐えきれなくなって暴走すると考えていいでしょう」
「なるほど。さっそく原因が分かったのですね。さすがです」
「ええ。今度は対策です。少しずつ魔道具の使用を減らしていくとか……」
「体を動かすことを厭う人間が、魔力なしでどうやって生活するのです。水汲みすらできない人間に、掃除や洗濯なんて無理でしょう」
非現実的な提案にオレはますます渋面になった。王都の人間に魔法の使用を制限すれば、どれほど町が混乱するか。アララ村では、誰もが体を使って作業をしているから空気がきれいなのだ。仙人みたいな領主でさえ、通信と誓約しか魔法を使わない。
「そうですよね。魔道具や魔法石無しでは生活が成り立ちませんものね。制限などかけようものなら、大きな反発が出るでしょう」
落胆する王女に、一人の魔剣士が恐る恐る手を上げて発言の許可を求めた。鹿退治の時には役に立たなかった男だが、先日の討伐以来ずいぶんしっかりした顔つきになった。今では鍛錬にも真面目に取り組んでいる。
「あの……自分も団長に『自分の体を使え!』と言われるまで気付きませんでした。魔力に頼りすぎて、体力そのものがないということに。鍛錬以前の問題でした。体を動かすことの大切さを訴えていくことは大切だと思います」
「そうですね。反発もあるでしょうが、地道に啓発していくことも大切ですね。上の者が進んで動けば、少しは変わっていくでしょう。魔法石の採掘量が減っているのも確かですし、このままでは枯渇すると煽るのも手ですね」
「はい。魔力の使い過ぎで魔獣がおかしくなると知れば、考えを改める者はさらに多くなると思います」
「この件は引き続き兄と相談していきます。我々は、うまく魔力を流す方法がないかを考えていきましょう」
意外に前向きな内容になってきた。オレは少し機嫌を直し、王女様に向き直った。
「例のピンクの魔法石は何だったのです?」
彼女はオレを真剣な表情で見つめ返すと、大きく頷いた。
ただ事ではない。表情がそう告げている。
「セドに来てもらった理由はそれなのです」
「いったい何があったのですか」
王女様は周りを見回し、改めて他に人がいないことを確認すると、声を潜めて話し始めた。
「セドも知っての通り、現在国にいる魔力もちは十名。ここにいる七名の他に、魔剣士が二名、魔術師が一名います。魔術師はリアラという伯爵令嬢で、セド、私の次に魔力量が多い女性です」
「その女性がどうかしたのですか?」
「あのピンクの魔法石を作ったのは彼女なのです」
オレは腕組みをして考え込んだ。魔法石に魔力補充をした、ということか? だが、あの魔法石は異様に純度が高かった。オレでも作り出せない。
「どうやって作ったのですか?」
一呼吸置いて、王女様は驚愕の事実を告げた。
「生きている魔獣から、魔力を絞り取っていたのです」
「な……!」
それは禁忌の魔法だ。
一昔前に開発されたものの、対象に激しい苦痛をもたらすことで、即座に呪文は廃棄されている。どんな魔術書にも載っていない。それを知る術などないはずだ。
「その呪文を開発したのは、メレンゲ公爵家の者だったのです。極秘に呪文が保管されていたのではないかと思っています」
一同、沈痛な面持ちである。魔力もちとして国のために働いてきた仲間が、そんな禁戒に手を出すなど、信じたくない事実だ。
「あの犬は、それに引きずられた、と?」
「おそらく子犬を使ったのでしょう。これは憶測ですが、同種族で何か通じるものがあるのではないかと思っています」
「どうして分かったのです?」
「王家にだけ残る秘術書で調べました。呪文そのものはありませんが、その危険度とできあがった石の様子は記載されていたのです。ピンクに発光する見た目と異常なほどの純度は、それ以外考えられません」
「なるほど」
王女様は大きく首を振った。
「リアラはここ最近メレンゲ公爵令嬢と仲良くなり、頻繁に公爵家に出入りしていました。公爵は、陛下なら魔法石不足を理由に解禁するだろうと読んで、禁を犯したのでしょう。王家の失態です」
「陛下に解禁してもらい、魔法石を生産していこうと……うまくいけば、とんでもない儲けにつながるな」
「森の開発も、魔獣を手に入れる目的があったのかもしれません」
あの業突く張り、とんでもないことを考えてくれる!
「慌ててお兄様が警備隊を差し向けましたが、公爵は知らぬ存ぜぬを繰り返すばかり。リアラは現在行方不明です」
「こんなに早くバレると思わなかったのだろうな」
「ええ。犬の様子に気が付いたジルのおかげです」
そうだ、ジルのおかげだ。彼女が犬をなだめ、原因を突き止めてくれたのだ。彼女がいなかったら、あの犬を処分して終わりだったはずである。
「実は……まずいことがあります。アララ村に魔獣が多いことを公爵に知られているのです。陛下がうっかり……いえ、陛下の耳に入れてしまった私のミスです」
「なんだって!! じゃあ、その女はアララ村に向かったというのか!?」
「おそらく」
オレは無言で立ち上がった。椅子がカタンと後ろに倒れる。
怒りで手が震えていた。
「セド、あなたは関わらない方がいい」
「なぜです?」
「相手は魔力を吸い取る呪文を使うのですよ! いくらあなたが強いとはいえ、そんな呪文を使われたらどうなってしまうことか……」
「そんなことはどうでもいい!」
大声でモネ王女の言葉を遮った。魔力が暴走しはじめ、部屋の空気が歪む。
パリンとテーブルの上のカップが一斉に割れた。
「セド、落ち着いて……」
こんなことを聞いて、落ちつけるか!
その女が、ジルの大事なものを狙っているのだ。オレは王女の制止を振り切って部屋を飛び出した。
驚いたことに、ジルの飼っている家畜たちはほぼ魔獣だった。特に脱走が得意というニワトリは、オレに勝るほどの魔力を持っている。おそらく三年前に探知された魔獣はあのニワトリだ。巧妙に魔力を隠していたが、そばに寄ればさすがに分かった。よくよく見れば、馬や牛も魔獣。
アララ村には魔獣がいなかったのではない。森の奥と同じく、気づかれなかっただけなのだ。
ジルの周りに集まるのは、彼女の側が心地いいせいだ。原因究明の手掛かりになればと、王女様に話してしまったせいで、こんなことになるなんて。
ジルを守りたい。ジルが大事にしているものを守りたい!
オレはキャルに飛び乗ると、全速力でアララ村に向かった。




