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第三十三話 脳筋村娘との出会い(2)

 年老いた領主が治めるアララ村は、国の外れにある小さな村だ。シドのことがなければ認識すらしなかっただろう。

 一度だけ確認された魔獣探知の反応は、シドの件でうやむやになった。こんな僻地で探知される魔獣がいたとしたら、とんでもない魔力量をもっているはずなのに、その後探知されていない。おそらく誤作動だったのだろう。

 そんな間違いのせいで両親を失った娘のことを思うと、胸がキリキリ痛む。

 詫びたところで受け入れられるはずもないが、できるだけのことをしてやりたかった。


 全速力で三日間走り抜け、ようやく村についた。想像以上にのどかな地で、見渡す限り畑が広がっている。

 澄み切った空の下ですうっと大きく息を吸い込むと、清々しい空気が体に流れ込んできた。黒く染まりかけた体内が浄化されるようだ。魔力が滞留していない場所とは、こんなに心地いいものなのか。

 オレは本来の目的を思い出し、気持ちを引き締めた。息抜きにきたわけじゃないのだ。


 その娘の情報を何も持っていなかったので、オレは領主の館に足を向けた。こんな田舎に宿などないから、泊まれる場所も探さなければならない。


「あなた様が騎士団の団長、セド様でいらっしゃいますか。王太子殿下からご連絡をいただいとります」


 現れた領主は、フサフサの白い眉と白いひげで顔を半分以上覆われた老人だった。こんなにふさふさしているのに、頭には一本も毛がない。年老いた領主とは聞いていたが、何歳だ? まるで仙人のようである。


 握手を求める手はオレの胸までしか届かない。だが、握手を返すオレに、顔に似合わぬ辛辣な言葉を投げつけてきた。


「王都の騎士様が、今更何をしにきなさった。帰ってくだされ」


 オレは急速に心が冷えた。『今更』……か。その通りだ。王都を離れられなかったことなど、言い訳にすぎない。連絡一つよこさず、放置してきたのだ。


「兄のやったことの詫びをしたい」

「それが今更だと申し上げとります」

「確かに、ずっと連絡もせず、言い訳のしようもありません。ですが……」

「そうではありませぬ」


 領主はゆっくりと首を振った。ふさふさと揺れる白い眉からのぞく小さな目に浮かんでいたのは、怒りではない。すべてを達観したような諦めだった。


「あなた様は髪と瞳の色を変えておりますが、あの時の騎士様とそっくりでございます。ジルはあの時のことを思い出さないよう、気丈に毎日を過ごしとりますのに、あなた様を見たら、嫌な記憶が蘇ってしまうかもしれませぬ。今更思い出させるようなことをなさいますな」

「その娘さんはジルと言うのですか。オレは彼女にできるだけの償いをしてやりたいと思っているのです」

「詫びをしたい、償いたい、というのはあなた様の願望でございましょう? 少しでも負い目を減らすための」


 ……それは事実だった。謝罪をしたところで、死んだ人間は戻ってこない。オレの詫びなど何の意味もないだろう。

 返事に窮するオレに、領主は違う話題を持ち出した。


「ときに、ファルクはどうしとりますかな」

「ファルクはこの村出身なのですか。この度、手柄を立てましたよ」 

「そうですか。婚約者のくせにずっとジルを放ったらかしにしとりますから、連絡をするよう伝えてくだされ」

「婚約者!? その娘さんはファルクの婚約者なのですか!!」

「はい。それなのに奴は村を出たきり一度も顔を見せませぬ。ジルに両親の世話を押し付け、なんと薄情なこと。こんなことなら二人の婚約に誓約魔法など使わなければよかったと後悔しとります」


 魔法で誓約まで交わしている!?

 オレはファルクを必死に思い出してみた。任務中は手袋をしているから、紋様など見たことはない。色々な女性と遊び歩いているとも聞いている。まさか婚約者がいたなんて!


 スッと全身から血の気が引くのを感じた。

 オレはその娘から両親だけでなく、婚約者まで奪ってしまったというのか!!


「その娘さんは今どこに?」

「両親の残した家畜や畑の世話をして、一人で立派に生計を立てとります。ファルクの家の分まで仕事を担い、朝から晩まで働き通しですが」

「何故そんなことまで……」

「両親が亡くなった時、隣家のアビントン家が後見人になった縁でしょうな。ファルクと結婚すれば実の家族になるわけですし、周りは何も言えませぬ」


 そんなに深い関わりがあるなんて! ファルクが王女と結婚することになったと知ったら、その娘はどれほどの衝撃を受けることか。

 オレがしかけたこととは言え、そんな大事なことを黙っていたファルクに腹が立つ。婚約者がいるなら言ってくれてもいいだろう!!

 ……いや、王女と結婚できるとなれば、婚約者など捨ててもいいと思っているのか。放置していたというし、最初からそのつもりだったのかもしれない。信じて待っている娘の気持ちはどうなる? 


 ここまで聞いて、おめおめと帰れるわけがない。

 渋る領主を説得し、オレは顔を合わせないことを条件に、家を教えてもらった。とにかく娘の様子を見なければ。ありがたいことに、しばらく領主館に滞在させてもらえる許可ももらった。



 夜明け前に娘の家に行ってみた。こぢんまりとした家で、隣の家とはかなり距離がある。ポツンと小さく見えるだけだ。若い娘がこんな寂しい場所に一人で住んでいるなんて……

 王都に連れていって、どこかの貴族に養女として迎えてもらってはどうだろう。リューの口添えがあれば引き受けてくれるところはあるし、王都にいれば、オレが守ってやることもできる。何不自由ない生活をさせてやれるはずだ。領主から説得してもらうか。

 

 あれこれ考えながら様子を窺がっていると、中から人が出てくる気配がした。

 太陽はまだ昇っていないのに、もう起きたのか? 


 慌てて家の裏手に回った。そこにはよく手入れされた畑地と牧場が広がっている。鶏小屋もあり、十羽以上のニワトリが元気に暴れていた。

 これだけのものを一人で世話しているのか。


 ふと背後から足音が聞こえ、オレは慌てた。こっちに向かってくる!

 とりあえず身を隠さなければ。木に登り、足音の方へ視線を向けた時……


 オレの世界から彼女以外のものが消えた。


 人形のように可愛らしい少女が、頭に籠をのせてスタコラ走ってきたのだ。


 重心を落とし、両手に飼い葉桶を持って絶妙にバランスを取っている。高く括った長い金髪はサラサラで、翠の瞳は生き生きと輝いていた。まだ薄暗い夜明け前だというのに、彼女の周りだけ光り輝いて見える。

 なんだ! この可愛い生き物は!!


「みんなー、おはよう!」


 にぱっと笑った彼女の笑顔を見た瞬間、オレは生まれて初めて“愛しい”という感情を知った。

  




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