第三十ニ話 脳筋村娘との出会い(1)
やりきれない思いを抱えたまま王城に戻ったオレを待っていたのは、うっとうしい称賛の声だった。
「これで王都も安心です」
「さすがセド様!」
無視を決め込んで歩くオレに、次男坊を除隊させられたメレンゲ公爵が嫌みを言ってきた。
「いやあ、さすが勇猛な騎士団……と警備団の連合軍でいらっしゃいますな」
権力欲に凝り固まったこの男は、陛下をいいように利用している。オレにとっては顔も見たくない相手だ。早々に用件を済ませてこの場を立ち去りたい。
オレはすぐ後ろにいるファルクを視線で示しながら言った。
「狼のリーダーを倒したのは彼だ」
一同の視線がファルクに突き刺さる。平民出身ながら、整った顔立ちの彼は若い令嬢に人気があった。その男が大きな功績を上げたことに、大袈裟なほどの称賛の声があがる。
「約束通り、褒美はファルクに」
陛下の前まで進んで用件だけを言い、オレは立ち去ろうとした。
「まあまあ。騎士団の功績を称え、宴を用意している。団長も楽しんでいくとよいじゃろう」
宴だと? とてもそんな気分になれない。そして、また余計なことを言い出した。
「狼のリーダーを持ち帰ったのじゃろう? 皆に見せようじゃないか」
……なんだって!? あの狼を見世物にする?
「やめろ!」
オレは思わず大声で怒鳴った。
「あの狼は、森を守るために戦った誇り高い狼だ! 見世物になんかするな」
陛下を相手に、不遜な言葉遣いだと承知している。だが、疲れ切った体と心では、取り繕うことも面倒だった。
「団長は陛下に向かって何ということを言うのですか! そもそも、狼など所詮は獣。誇りも何もないでしょう」
言い返してきたのはメレンゲ公爵だ。小馬鹿にしたように、フフンと鼻を鳴らす。そして、ファルクの方を向いて同意を求めた。
「ファルク殿も、ご自身の功績を皆に見てもらいたいでしょう?」
「え、ええ、まあ」
「仕留めた時の武勇伝を、ぜひとも聞かせてくだされ」
周りからパチパチと同意の拍手が起こる。
照れながら頭を掻くファルクを睨みつけると、ギョッとして、彼は姿勢を正した。
「あ、でも、団長の言う通り、ですね……」
「団長殿は手柄を取られて不機嫌なんですよ」
「いや、そんな……」
「これで、森の開発も順調に進みそうだ。ファルク殿のおかげ。ぜひ、今後ともご協力願いたい」
公爵はファルクを味方につけ、オレを排除する算段をつけたらしい。あからさますぎて笑いたいぐらいだ。
魔獣を倒せるのがオレだけだったから頭が上がらなかっただけで、他に魔獣を倒せる者がいるなら、オレに従う必要などないということか。
……いや、そんなことはどうでもいい。もっと変なことを言わなかったか?
「森の開発とはどういうことだ?」
「団長のお耳に入れる必要などありませんでしょう? これは宰相と陛下がお認めになったことですから」
「今回は群れを退治してきたが、森の奥にはいくらでも魔獣がいる」
「出てきたら、退治すればいいだけのこと」
「これ以上森を怒らせるな!」
「『森を怒らせるな』、ですか。何を言っておるのやら」
出張った下腹を抱え、ゲラゲラと下品な笑い声を立てる。
「その言い方がおかしいなら、オレを怒らせるな、と言った方がいいか?」
キッと睨みつけ、無言で威圧をかけた。部屋全体の空気が重くなり、人々が悲鳴を上げる。
睨まれた公爵はガクンと膝を崩し、ファルクの腕に縋り付く。先ほどまでの余裕は消え失せ、真っ青な顔になった。
「で? オレを怒らせて、公爵は何をしたいんだ。ケンカをしたいならいくらでも相手になろう」
とうとう耐え切れず、床に手をついた。
「い、いえ……」
おとなしくなったところで、威圧を解除する。
ほーっと部屋のあちこちから安堵のため息がもれた。
「森の開発などしてみろ! オレは二度と魔獣退治に行かん」
言い捨てて部屋を出るオレの背に「化け物が……」と公爵の呟きが聞こえた。
苛ただしい気持ちを抑えながら廊下を進んでいると、リューが走って追いかけてきた。
「ごめん、セド」
「謝るぐらいなら、親父殿をなんとかしろ!」
「うん、本当にね。悪気はないんだけど。あの公爵はセド以外に使える男ができたと思って喜んでるんだよ。でも……陛下の褒美のせいでセドが手柄を譲っただけだろう?」
意外に鋭い。まさかこいつにバレるとは。オレは目を逸らしながら言い訳をした。
「別に、王女様が嫌なわけじゃない」
「うん、分かってる。モネも、魔力のある者同士はうまくいかないって言ってるし。だいいち、セドに王族は無理だよね」
オレの気持ちを理解した言葉に、ほっと安堵する。そして、やはりリューの側は心地いい。ささくれ立った気持ちが落ち着いてきた。よくよく考えると、王女様も彼と仲がいい。やはり彼の側が心地いいと感じているのかもしれない。
「狼の件は、私がすぐに手を回す。きちんと埋葬させるよ」
「あの狼は、神獣のような存在だった。魔獣が奴に付き従い、人間に喧嘩を売ろうとしてたんだ」
「そうか。神獣だから、丁重に扱わないと祟りがあるとでも言っておこう。陛下は何でもすぐに信じるから大丈夫だ」
素直で人がいいのは美徳である。だが、最高権力者ともなれば、そうも言っていられない。自覚がないからなおさら困る。オレは深いため息をついた。
「ところで、一つ提案がある。魔力暴走の原因を探るよう、王女様を中心に調査隊を立ち上げてくれないか」
「原因究明ね。私もそれは必要だと感じていた。セド頼りの現状では、いずれ限界がくる」
「ほう。よく分かっているじゃないか」
リューは正しい心と知識を持っている。まだ頼りないだけだ。
「開発も、なんとしても止めさせる。だから……落ち着いて」
その言葉にハッとなった。こいつは、オレの魔力が不安定になっているのを察したのだ。
思わず苦笑が漏れた。
「これだから、お前の隣が心地いのかもな」
「ええ!?」
「今日、ふと気づいたんだ。オレがどうして正気を保っていられるのかってね。お前がいると落ち着く。おそらく、王女様もだろう」
「んー? 確かに、モネは私の部屋にしょっちゅう来るけど。……そんな理由?」
「魔力が強い者には大事なことだ。そのあたりも含めて、魔力暴走の要因を探ってほしい。退治せずに済む方法があるなら、それにこしたことはない」
「分かった。じゃあ、適当に理由をつけておくから、セドは休暇を取るといいよ。ファルクがいるし、他の魔剣士も少し成長した面構えになっているから、今なら大丈夫だ」
こいつはそこまで見透かしていたのか! 美麗な顔の下で、周囲をよく観察していることに驚いた。
リューの言葉に頷き、オレはその場を後にした。
アララ村に行くなら今しかない。
シドの犯した過ちを償うべく、その日の夜のうちにキャルとともに出発した。




