第二十八話 忙殺される日々
ここからセド視点です。時間が少し戻ります。
双子の兄、シドの哀れな最期にオレは愕然とした。枷をつけられた体は魔力暴走に耐えきれず、ボロボロに朽ち果ててしまったのだ。強すぎる魔力のなれの果てがこれなのか。
自分もこんな姿になるかもしれない……寒くもないのに、ブルッと体が震えた。
シドは仕事などほとんどしなくなっていたから、ここ最近、魔獣退治は実質オレ一人の仕事だった。だから、シドがいなくても、魔獣退治に忙殺される日々は変わらない。
変わったのは、騎士団の団長などという余計な仕事が増えたことである。
二十年ほど前に優秀な指導者が王都を去って以来、騎士団の弱体化はひどくなる一方だった。その上、シドが登用試験で不正に貴族の子弟を合格させていたせいで、今では貴族の名誉職にまで成り下がっている。シドの腰巾着を排除した後は、使えないお坊ちゃんばかりが残った。それなのに、オレは魔獣退治に忙殺され、団員を指導する時間がほとんど取れずにいる。
今日は王城付近の大通りに鹿の魔獣が現れた。草食動物が相手にもかかわらず、連れて行った二人の魔剣士はまるで役に立たない。逃げ腰で剣を構え、膝はガクガク震えている。
「魔力で威圧して、行動を封じるんだ」
「さっきからやってるんですがっ」
どこが? ずっと暴れてるじゃないか。道端の荷車に体当たりして、積んであった果実が散乱してしまった。それでも止まらず、果実を踏みつぶしながらキーキーと奇声をあげ続けている。
「全く動きが変わっていないぞ。もっと集中しろ!」
「相手が強いんです、きっと」
あまり時間もかけていられない。人は避難させたが、これ以上物を壊されても困る。オレは溜息をついて、すたすたと鹿に歩み寄った。一睨みすると、ビクンと体をすくませて動かなかくなる。顎をしゃくり、そこを倒すように指示を出した。
だが、二人は動けない魔獣にすらなかなか手を出せない。
「と、とりゃー!」
へっぴり腰で突き出した剣が、鹿の尻に深く突き刺さった。動けない体で鹿が悲鳴を上げる。吹き出る血を見て、二人とも腰を抜かした。
「うわわ」
「ひえええ」
やつらに任せては、苦痛を与える時間が長くなる。オレは諦めて喉元にとどめをさした。
「さっさと片付けろ」
今度は死体に触れず、へたりこんだまま見ている。いったい今まで何をしていたんだ!
おぼつかない手で魔法石を取り出し、浮遊魔法を使おうとする。魔力もちのくせにこんなことも魔法石に頼るのかと呆れたが、己の体を動かそうとしないことには怒りすら覚えた。
「この程度で魔法石を使うな! 魔力の無駄使いもいいところだ。己の魔力で動かせないなら体を使え!」
魔法石は、安定した魔力供給源である。それを使えば、大抵のことは呪文一つで行える便利なものだ。その分、人は体を動かそうとしなくなっている。魔法石の取れる場所は限られており、天然のものはあまり取れない。魔力もちは魔法石に魔力を補給することができるのだが、魔力もちの人数も多くないため、昨今では供給が間に合わなくなっているのだ。
「自分が片付けます」
脇から申し出てきたのは、最近小隊を任されたばかりのファルクだった。平民出身ながら、腕が立つことでめきめき頭角を現している男だ。片手で鹿の角を掴むと、簡単に荷馬車に放り込んだ。
「お前、怖くないのかよ」
「田舎出身で獣を相手に剣の稽古をしてましたから」
なるほど。だから腕力があるのか。確か、剣の腕もなかなかよかったはずだ。お飾りの騎士団では目に留まる存在だった。
その日の夕方、執務室で残務に追われていると、王太子のリューがやってきた。五歳年下の彼は幼い頃からオレにまとわりついて、やけに懐いている。シドより兄弟らしく過ごしてきた間柄だ。
「セド、ちょっとこれを見てくれ」
取り出したのは、見るからに重そうな大剣。シドが持っていたものと同じぐらいある。しかし、普通の剣ではない。魔力の流れを感じる。
「魔力をまとった剣とは珍しいな」
「一目で見抜くなんて、さすがだね! モネが開発したんだよ。魔力のない者でも魔獣の防御を破壊できる」
モネとは第一王女様だ。黒髪黒目で、オレほどではないが、なかなかの魔力量がある。頭脳も優秀で、これまでに様々な魔道具を開発してきた。
オレは試しに、手元にあったカップに防御を施した。リューが抜刀したのを確かめてから、それを投げつける。「エイッ」と両手で剣を振るうと、見事にカップが割れた。
「素晴らしいじゃないか! これなら、魔力なしの騎士でも魔獣と戦える」
「ああ。大発明だろう?」
「王女様は優秀だな」
「本当に! あの父の子とは思えないよな」
「ついでに、お前の妹とも思えないな」
リューが苦笑いする。理想の王子を具現化した美麗な容姿をしているが、彼の中身はまだまだ頼りない子供だ。だが、無能な陛下とは違ってやる気と知恵はある。何より、不正を嫌う正義感があった。だからこそオレは、彼に忠誠を誓っている。
「だが、一つ問題がある。見た目以上に重いんだ」
手に取ってみると、確かにずっしりと重い。鉛でも入っているのか?
「こんなのを片手で扱えるのはオレぐらいだな」
「セドには必要ないだろ」
「そうだ。もっと小型化してもらわないと」
「うん、王女には言っておくよ。だけど、騎士団があれじゃね……。もっと厳しい訓練をしたらどう?」
「じゃあ、オレの代わりに魔獣退治に行ってくれ。ほとんど出っぱなしで訓練場に顔を出せないんだ。ついでに『息子に怪我をさせるな』って横やりを入れる貴族どもを何とかしろ」
「いやー、無理言うなよ」
ポリポリと頬をかくリューを睨んだ時、ふと一人の男の顔が脳裏に浮かんだ。昼間見たファルク……あいつならどうだろう?
「一人だけこれを扱えそうな男がいる」
すぐさまファルクを呼び出すと、彼は緊張した面持ちで入室してきた。部屋にリューがいるのを見て、飛び上がらんばかりに驚いている。
「お、お、王太子殿下がいらっしゃるとは!」
慌てた様子で姿勢を正し、敬礼をした。
そんなことには構わず、オレはさっさと用件を切り出した。
「ちょっとこの剣を持ってみろ」
「はい。ずいぶん大きい……ん? やけに重いですね」
重さを確かめるように上下に揺らしている。
「その剣を片手で扱えるか?」
「はい、たぶん」
「じゃあ、ちょっと振ってみろ」
「王太子殿下の前で抜刀していいのですか?」
リューが鷹揚に頷くと、ファルクがそっと鞘から剣を抜いた。片手で振りかぶった形は安定している。ブンッと垂直に振り下ろすと、剣先から魔力の波動が迸った。
やや腰がふらついているが、十分実践で使えるだろう。
「なかなかいいじゃないか」
「ああ」
オレの一存でファルクに与えてもいいのだが、陰で貴族共に文句を言われてはかなわない。魔剣をかけた選考試合を行った。
ファルクはそこで、断トツの力を見せつけて勝ち抜いた。彼の実力を皆が認め、平民が魔剣を握ることに誰も文句を言わなかった。
彼に三つの小隊を任せ、連隊長に任命した。魔力のない平民出身としては初めての異例の抜擢だ。だが、彼は不思議と皆に好かれているのか、文句は出ない。連隊はよくまとまり、魔獣退治で成果をあげていった。
この調子なら、ファルクに留守を任せて王都を離れることができるかもしれない。
三年も経ってしまったが……オレにはやらなければならないことがあるのだ。
シドが殺めた村人には娘がいた。その娘に会い、償いをするのだ。




