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第二十五話 猛烈な怒り

 まっすぐわたしを見つめたギムおじさんは、自嘲ぎみに軽く笑った。几帳面でいつも身なりを気にしていた人なのに、目が落ち窪み、急に老け込んでしまったように見える。


「おっしゃる通りです。息子は王都での生活は金がかかると、ずっと金を無心してきました。私たちには王都の生活など全く分かりません。不自由をさせたくなくて、精一杯金の工面をし続けました」

「なぜ、ジルの収入を誤魔化した」

「ファルクが王都へ行くと言い出した時、旅費をどうしようかと悩みました。ちょうどその時、ジルから預かった金が手元にあって……。少し借りるつもりで手をつけたのが最初です」

「それがうまくいったから、味をしめたってわけか」

「はい。ジルは金に無頓着で気付きもしない。収入を少なく記載すれば、返す必要もないのです。その行為が結果として税をごまかすことになると気付いたのは、だいぶ経ってからのことです。迂闊でした」


 おじさんの手は震えていたが、声は淀みなく話し続けた。


「副団長になって金の心配はなくなった、王女様とのご結婚が決まったと手紙が来た時には、取り繕うことも難しくなっていました。銀行の金も相当引き出しており、ジルとの結婚が無くなれば、遅かれ早かれ明らかになってしまう。誤魔化すことにも疲れ果て、すべてを捨てて王都へ逃げようと思いました。その準備に、またジルの金を使ったわけです」


 最後にすべて引き出されていた銀行のお金――あれは逃走資金だったんだ。そして王都へ行くために、カーラさんはきれいな格好をしていたのだ。


「わたしが勘付いたから、ころっとさんに密告したの?」

「ころっと……ああ、コレットか。そうだ。もう隠せないなら、ジルに罪を押し付けようと思った」

「ふーん。ファルクの部下達にも会って、どうせなら罪をかぶって死んでもらおうって思ったわけだ」


 わたしの言葉に、苦しそうな顔をする。なんで自分が被害者みたいな顔をしてる? カーラさんは泣き続けるばかりだ。


「そんな言い方ねぇだろ! うちの両親のおかげで財産取られずに済んだってのに」


 ファルクの言葉に反応したのはセドだ。大股で奴に近寄り、胸倉をつかみ上げる。ギリギリと締め上げて恫喝した。


「お前こそ、ジルの財産を食い潰しておきながら、よくそんなセリフを言えたな」

「し、知らなかったんスよ」

「ああそうだな。何も知らなったんだろうな。お前は家の仕事のこともほったらかしだった。ジルが隣の仕事まで切り盛りして、やっと成り立っていたというのに。アビントン家の収入もジルのおかげなんだよ。だから、お前の両親はジルと結婚してほしかったんだ!」

「ジルが『別れたくない』と泣いてるって……」

「めでたい奴だな。他へ嫁に行かないよう縛り付けていただけだよ。アララ村じゃ、お前の両親がジルをいいように利用してるって評判だったらしいじゃないか」


 セドがファルクをぽいっと投げ捨てる。喉を押さえ、ファルクはケホケホと咳き込んだ。やっとのことで立ち上がると、陛下に向かってピシリと姿勢を正した。

 

「おれが弁償します! この前買った屋敷を売って」


 意外にもファルクが両親をかばった。


「弁償すれば済む話ではない。税逃れは重罪だ。後見人による横領も。それに、お前自身は殺人未遂だ。相応の処罰を覚悟するんだな」

「そんな……」


 セドの言葉に、ファルクは絶句した。自分のやったことの大きさに、やっと気づいたようだ。

 そこに、おっとりとした陛下の声が割り込んできた。


「弁償すればよい話ではないか」


 すごい。国王が法をまるっと否定した。

 そんな陛下を王女様が怒鳴りつける。


「陛下! それでは民への示しがつきません」

「しかし、ファルクが抜けては騎士団が困るじゃろう」

「その甘さ故、以前のような過ちが起こったのではありませんか。騎士も貴族も、法の裁きは平等に受ける。三年前、そう議会で決められたはずです」


 陛下は腕組みをして、うーんと唸った。

 ……唸ったきり、何も出てこない。寝てるのだろうか。黙ったままの陛下に業を煮やし、アンドリュー様が指示を出した。


「ファルク副団長と両親は取調室へ。法廷で処遇が決まるまで、拘束しておくように」


 カーラさんがびくっと肩を震わせる。ギムおじさんがその肩をそっと抱いた。可哀想だけど、わたしがどうこうできるものじゃない。

 しかし、ファルクは不満げに大声で抗議をした。


「なんでだよ! 団長、あんたはジルの両親を殺しておきながら、のうのうとしてるじゃないか。 魔剣士は特別だとでも言うのかよ!! ジル、お前もお前だよな。自分の両親を殺した相手に尻尾振るなんて。なんだよ、そのドレス。娼婦みたいだ。体で払って買ってもらったのか?」


 セドは顔を歪ませ……一瞬のうちに悲しげな表情になった。意味もなくわたしに謝罪した時の顔だ。彼の表情を見て気を良くしたのか、フフンとファルクが得意げに鼻を鳴らす。

 その表情を見た瞬間、猛烈に怒りが湧いてきた。

 

 無言でファルクにつかつかと歩み寄る。真正面に立ち、キッと見上げた。血走った奴の目は、魔力暴走したマージュの闇の目より不気味だ。


「なん……」

 

 言い終わらないうちに、思いっきり頬に平手打ちをした。

 

 パアンっと奴の体が壁際まで吹っ飛ぶ。5mは飛んだ。だが、こんなものじゃまだまだ許せない。お前は、一番言っちゃいけないことを言ったんだよ。

 うずくまる奴の元に行き、ヒールの踵で脇腹を踏みつけた。


「げふ!」


 折れた肋骨を抉られ、呻き声をあげる。


「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、本当に馬鹿だったんだな。セドがあの闇の騎士なわけないだろ!」

「お、なじ、かおじゃないか」

「馬鹿野郎! どこが同じなんだ。目が全く違うだろ。お前、三年間ずっとそう思っていたのか!?」


 わたしの剣幕に、部屋中が凍り付いたように動かない。ファルクの呻き声だけが部屋に響く。

 足を引き、わたしは奴を見下ろしながら言った。


「立てよ! 落とし前つけようじゃないか。その口、二度ときけないようにしてやる」


 激高するわたしを止めたのは、なんと、王女様だった。


「それ以上はお止めなさい。ファルクが死んでしまいます」

「だって、こいつ、こいつ、セドを侮辱したんだよ! 闇の騎士とおんなじだって。あんな奴と一緒にしたんだよ!!」


 わたしはポロポロと涙をこぼした。悔しい。悔しい!


「あなたは自分への暴言に怒ったのではなく、セドのことで怒ったのですね」

「そうだよ。セドは違う、違うよ!」


 泣きわめくわたしに、王女様は困ったように眉尻を下げた。こちらに近寄り、なだめるようにわたしの手を取る。


「そう、確かに違います。ファルクは思い違いをしていたのですね。もしかしてそのせいで、今回のようなことを……ああ、王家の失態です。ジル、申し訳ありませんでした」


 王女様もいきなり謝った。沸騰した頭が少しだけ冷えてくる。だけど、涙は止まらない。ポロポロ泣き続けるわたしに、セドが優しく声をかけてくれた。


「ジル、ありがとう。あいつと『全く違う』と言ってくれて」


 

 



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