表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/40

第二話 家族同然のお隣さん

 隣といっても、田舎の家は敷地が広い。ニワトリより足の速い私が全力で走っても10分はかかる。疲れるからちょっと手を抜くと、片道15分の距離だ。

 隣の家の家畜たちも同じように世話を終えた所で、隣の奥さん……カーラさんが顔を出した。今日もきれいにお化粧をしている。瞳と同じブラウンの髪をきちんと編み込み、紅をさした唇は艶やかだ。40歳近いとは思えないほど若々しい。


「ジル、おはよう。もうすぐご飯できるわよ。手を洗ってらっしゃい」


 カーラさんは、いつもわたしに朝ごはんを作ってくれる。15歳で両親が亡くなった時、隣家のアビントン夫妻がわたしの後見人になってくれた。そのおかげで、叔父夫婦に家を取られずに済んだのだ。


 ついでに言えば、同じ年の息子がわたしの婚約者。


「おれは王都で騎士になる! おれほど腕の立つ者がこんな田舎に埋もれるなんて、もったいないだろ!!」


 そんな戯言を言って出ていったバカ息子。弱っちいくせに。ずっとわたしに勝てなかったのだ。勝負を挑まれ続けるのが面倒で、15歳の時、わたしはわざと負けた。それだけで調子こいた男は、王都で身を立てたいと言いだしたのだ。


 行くのは勝手だけどよ。この家の家畜や畑はどうするんだ。おじさんが怪我しているのに。

 ……いや、こいつはここにいたって、ろくに手伝いもしないのだが。いつも剣をぶんぶん振って、鍛錬という名の遊びばかりやっていた。顔に自信があったのか、鏡を見る時間もやたら長かったっけ。


 役立たずのバカ息子を無視して手伝ううちに、いつの間にか隣家の仕事はわたしの仕事になった。

 そして、王都に行くと言い出したバカ息子に、カーラさんが変な提案をした。


「ねえ! 婚約だけでもしていったら? そうすればもう家族同然だもの。離れていても安心でしょ?」


 その時初めて知ったが、わたしとバカ息子は村中から付き合ってると思われていたらしい。いつも奴が勝負を挑んできたせいか。まったく迷惑な話だ。奴だってそんなの迷惑だろう。

 だが、予想とは裏腹に、奴は顔を赤くしながら頷いた。


 かくして、わたしに婚約者ができあがった。その婚約者は王都に行ったきり何の音沙汰もない。カーラさんが落ち着いているのを見れば、まだ生きているのだとは思うが。


 隣家の卵を籠に入れ、お家にお邪魔した。今日は8個だ。


「今日は卵がたくさん獲れたのね」

「ああ、うちの鶏は元気がいいな」


 グレーの髪をきれいに撫でつけたギムおじさんが、うれしそうに卵をのぞき込む。……わたしが世話してるから元気なんだけどね。まあ、カーラさんの食事がおいしいから、ちょっとのことでは文句なんか言わない。朝だけとはいえ、食事を用意してくれるのは素直にありがたかった。


「いただきます。あ、そうだ。ギムおじさん、牛がそろそろ出産だよ。獣医師のドラトル先生に頼んでおかないと」

「そうなのか。なあ、ジル、やっぱりドラトル先生には頼まないとダメか? お前なら出産の面倒も見られるだろう?」


 ……またか。先生に払うお金をケチって、出産の度にそんなことを言う。

 細面に青い瞳のせいか、ちょっと神経質に見えるギムおじさんは、ケガをして以来ほとんど外の仕事をしていない。代わりに、うちの分の帳簿つけをやってくれている。背はわたしより頭一つ高いけど、腕は私のより細い。

 すっかり力仕事から遠ざかっているとはいえ、牛の出産が重労働だってことぐらい分かってるだろうに。出産の世話をしていては、わたしは他の仕事ができなくなってしまう。わたしの体は一つなんだよ。


「できないよー。やることいっぱいだし。それに、難産になったら母牛まで危なくなっちゃうよ」


 その一言でしぶしぶ頷いた。母牛を死なせては大損になってしまうから。

 まったく、とんだけちんぼだ。


「ごちそうさまー! カーラさん、今日もおいしかった。じゃあ、畑に水をやってから帰るね。トマトが赤くなってるから、後で収穫しておいて」


 

 我が家もアビントン家もけっこうな広さの畑を持っているから、水撒きも大変だ。井戸から水を汲み上げ、両手にバケツを2個ずつぶら下げて往復する。毎日これを繰り返しているおかげで、わたしの二の腕はしっかり筋肉がついていた。並の男には負けない腕っぷしだ。

 最後の一回を運ぼうと井戸に着いたところで、ドラトル先生の白髪頭が見えた。


「せんせー! おはよ。こっちこっち!!」

「おう、ジルは今日も元気だな。近くまで来たら、アビントンの牛が出産だって聞いてな。ちょっと様子を見せてもらうよ」

「案内するよ」


 先生の前に立って歩き出せば、人の好さそうな眉尻を下げて、先生がわたしをじっと見る。


「ジルはいつまでアビントンの家畜を世話をしてるんだ? もういい加減、手を引いてもいいだろう。どうせ婚約者は帰ってこないぞ」

「あのバカ息子なんてアテにしてないよ」

「はは、バカ息子ね。ぴったりだ」

「うん。だって、名前忘れちゃったんだもん。なんだっけなー?」

「ジル……婚約者の名前を忘れたのか」

「会ってないし、手紙もないし。あ、でも顔は覚えてるよ。たぶん、会えば分かる」


 残念そうな先生の視線が痛い。


「じゃあ、なおさら隣の面倒を見る義理はないだろう。アビントン夫妻はお前を利用してるだけだ。このままじゃ行き遅れになる」

「うーん。ま、そうなんだけど。でも、おじさん達がいたから、叔父に家を取られずに済んだわけだし。ま、あのコ達のこと放っておけないしね」

「ジルが心配してるのは家畜たちか」


 先生が大きな溜息をつく。幸せが逃げちゃうよ。


「あ、あの子だよ! 尻のブチが可愛いやつ」

「それじゃあ、どの牛か分からん。……いや、腹がでかいから分かるけどな」

「一週間以内には産まれると思う」

「分かった。……ジル、お人好しもほどほどにしとけよ」


 先生の言っていることは、たぶん正しい。優しいな。あと二十歳若ければ惚れてるところだ。

 


 少しだけうれしくなってにやにやしながら井戸に戻ると、バケツがきらきら光っていた。


「なんだー?」


 よく見ればなんてことはない。中の水が反射していただけだ。

 でも、待てよ。ここを離れる時は空だったはず。


「お前がやってくれたの?」


 足元にいた蛙に聞いてみるが、「ゲコ?」と首を傾げられた。

 どういうことだろう。辺りに人の気配はない。飼い葉桶のことといい、絶対に気のせいではないのだけど。

 ……本当に小人さんか妖精さんでもいるのかな。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ