第十六話 わたしの噂(2)
あんぐりと口を開けるわたしを他所に、娘さんたちの女子トークはエスカレートしていった。
「まったく化粧もしない、色気ゼロの娘らしいですよ」
「キュウリを丸かじりする野猿のような娘とも聞きましたわ」
あー、間違いない。それはわたしだ。
改めて言われると、確かに残念な女だな。少し反省するよ。
「ご両親のお情けで婚約してもらっただけなのに、本当に図々しい娘ですね」
……そうだったのか。少しは奴もわたしに気があったと思ってたんだけど。
「ファルク様は強くてかっこいいですから、縋る気持ちも分かりますけれど。分をわきまえないといけませんわね。王女様と村娘では、比較になるはずもありません」
強い? かっこいい?
「あの、ファルク……様というのは、そんなにお強い方なのですか?」
わたしの質問に、みんなは大きく頷いた。
「それはもう! 騎士団に入るやいなや、圧倒的な強さで頭角を現した方なんです。魔力をお持ちではないものの、王女様の開発された魔剣を使って見事に功績をあげました。その褒美として爵位をいただき、今では副団長というお立場です。わたしたち平民の希望の星ですわ」
「お姿も素敵ですのよ」
「団長が不在の今、実質騎士団一の実力者です」
わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。いったい奴はどんな練習を積んだのか。たった三年でそんなに強くなっているなんて!
昔のままのイメージしかしていなかった。全くわたしに敵わず、いつも悔しそうな目で睨んできた奴を……
そして、わたしにちょっかいを出す男達を蹴散らしていた。だから、『処分しろと命令された』と言われても、あまり信じていなかったのだ。何かの間違いじゃないか、乗り込んで話をすれば分かり合えるんじゃないか、と。
こんな具体的な噂を立てるのは奴しかいない。王女様の手前、わたしを悪人に仕立てたのだ。だめだ。今の奴は、完全に昔と違う人間だ。
わたしは鏡越しに、マダムに聞いてみた。
「その娘さん、騎士様に抵抗して大丈夫なのでしょうか。身の危険があるのでは?」
実は、もうあったけどね。
「まあ、お嬢様はそんな娘の心配までなさるなんて。お優しい」
「え、えーまあ、他人事に思えなくて」
「そうですね、捨てられる立場と思えば気の毒ではありますね。でも、愛した男性の幸せを妨害するのは醜いですわ」
あいした……? いやあ、それはナイ。わたしはブルッと体を震わせた。
「なんでも、婚約解消のお手続きに使者を遣わしたところ、抵抗して大暴れしたそうですよ。もしかすると、不敬罪になるかもしれませんね」
やっぱり、そんな話になってきたんだ。セドの言う通り、慎重に事を進めなければ。下手をすれば、乗り込んだ瞬間に捕まりかねない。
自分の悪口を聞き続けるのも辛いので、わたしは話を切り替えた。
「王都では、そんなに魔獣が出るのですか?」
「ええ。どういうわけか、近年増加傾向にあります。先月は王都近郊の森で大発生しました。狼の群れが特に強くて、騎士団を挙げての討伐が行われたのです」
マダムが憂い顔でほぉっと溜息をつく。とてつもない色気だ。う、うらやましい。ちょっとその色気を分けてほしい!
「田舎には出ないのに、不思議ですね」
「お嬢様は魔獣を見たことないのですか?」
「ええ」
「それじゃあ、見たらびっくりなさいますよ! それはそれは恐ろしい形相をしていますから」
話をしながらもマダムの手は止まらない。今度はブルーのドレスに着替えさせられた。
「そんなに多くては大変ですね。魔力のある人しか倒せないのでしょう?」
「以前はそうでしたが、魔剣が開発されてからは、魔力のない者にも倒せるようになりました。ずっと魔力の強い団長に頼りきりでしたから、大きな進歩です。特に団長がご不在の今は、魔剣が頼りです」
「ご不在なのは、どこか具合でも悪いからですか?」
マダムはこそっと声を潜めた。店内に他の客はいないのに。
「ここだけの話……失恋、みたいです」
「はあぁ?」
団長ともあろう人が、そんなことで職務放棄? 王都の騎士団ってどうなっているの!
「先日の討伐で、国王陛下は狼のリーダーを倒した者に王女様を娶らせると告知しました。団長は魔力も剣の腕も恐ろしいほど強い方ですから、実のところ、王女様を娶るのは団長だと誰もが思っていたのですよ。ところが、実際にリーダーを仕留めたのはファルク様……というわけです。団長様はショックで傷心の旅に出てしまったとか」
「失恋で雲隠れとは……。そんなんでいいのですか?」
「本当ですよね。でも、大きな討伐が終わったばかりですし、まあ、仕方がないのかと。彼ほどの魔力もちはいませんから、王族でも逆らえないのですよ。王女様の件はどうにもできませんが」
「え! 王族も逆らえないなんて、そんなに強いんですか!!」
団長さんはそんなに権力があるんだ。奴をおもしろくないと思ってるなら、もしかするとわたしの味方になってくれる可能性もある?
いや……ダメだ。騎士なんて信用できない。もし、あの闇の騎士みたいな人だったら……
その考えに至り、サーッ血の気が引いた。こんな大事なことを忘れるなんて。そうだよ、あの人はとてつもなく強かったんだよ。あの人が団長かもしれない!
あの人に会ったら、わたしは冷静でいられるだろうか。少し思い出しただけで、息が苦しくなってくる。だめだ。あの人のことを考えてはだめだ。
両手をぐっと握りしめて、闇の騎士を意識の外へ追い出した。
ちゃんと無事に村へ帰るんだ。みんなが待ってくれている。村人が、家畜が。あの人にだけは関わらないようにしないと。




