第十話 あなたは誰?(2)
「旅人だと!? ふざけるなよ! 俺たちは田舎の平民が逆らっていい相手じゃねえんだよ。俺たちはなぁ……」
「なんだ?」
いきり立った茶髪君は、一睨みされて黙り込んだ。すごい。威圧感だけで黙らせてしまうなんて。おそらく5人が束になっても叶わないほど、この人は強い。己の力を過信するこの男達にも、自称旅人のコワモテさんの強さは分かったようだ。
彼が口の中で小さく呪文を唱えると、再びジュバク草がシュルシュルと伸び始める。ゆらゆらと葉を揺らしながら向かう先は、5人の男達だ。
「うわああ!」
「やめてくれ!!」
地面を這って必死に逃げるが、あっけなく拘束されてしまった。だが、先ほどとは違い、手足の拘束だけで草の動きは止まった。
「制御できない魔法を使うなど、言語道断だ」
コワモテさんは黒髪の少年を射殺さんばかりに睨みつけた。少年は恐怖に顔をひきつらせてコクコク頷く。うちの脱走鶏みたいにブルブル震えている。分かったのかな? あのニワトリみたいにすぐ忘れなきゃいいけど。
「お前たち、自分が何をやったか分かっているんだろうな」
今度は4人の男達にすごむ。この人は、わたしを助けに来たと思っていいのかな。理由なんてどうでもいい。とにかく助かった!
わたしは、ほーっと息を大きく吐いた。さすがにこの状況は怖かった。今更ながら手が震えている。ぐっと拳を握り、なんとか震えを抑えた。
「警備隊に伝魔鳥を放っておいた。じきに来るだろう。お前たちはここでおとなしく待っていろ」
「何言ってやがる! 俺は男爵家の息子だぞ。平民の分際でこんなことしていいと思ってるのか!!」
「そうだそうだ。それに、俺たちの後ろにはすっごい方がついている。今のうちに謝っておいた方が利口だぜ」
なんと。お貴族様の息子だったか。それは少々やっかいな相手に違いない。
しかし、コワモテさんは器用に片眉を上げただけだった。
「そんなのが通じるかどうか、話してみるといい。お前たちがやったことは、誘拐、暴行未遂、殺人未遂だ」
うん。その通りなんだけどね。偉い人はそれが許されてしまう。副団長になったバカ息子が出てきたら、この人にまで迷惑をかけてしまうのではないだろうか。
俯いたわたしに、コワモテさんは意外なほど優しい声をかけてくれた。
「お嬢さん、怖かっただろう? 何も心配することはない。さ、早く帰ろう」
目の前に手を差し出された。わたしの手より二回りも大きい手だ。剣だこが2つできている。だけど、わたしの荒れた手よりよっぽどきれいだ。
黙って自分の手と見比べていると、かすかな笑い声が聞こえた。コワモテさんが笑っている? 思わず顔を上げた。
目に飛び込んできたのは、困ったように笑う端正な顔。すごい……かっこいい……。
「家まで送ろう。お手をどうぞ」
「ほえええ!?」
手を差し出されたのはそういう意味!? 手を握られ、わたしは変な声をあげてしまった。心臓がドクンと大きな音を立てる。こ、これは何? エスコートってやつ?
ど、どうしよう。心臓が跳ねまわっている。口から飛び出しちゃうかもしれない!
「おい、俺達をこんなところに置いていくのか? もうすぐ日暮れだ。獣が出てくるじゃないか……」
歩き出したわたしたちに、茶髪君が情けない声を上げた。さっきまでの威勢はどこにもない。
ぴたっと足を止めたコワモテさんは振り返りもせず、背中ごしに言い放った。
「お前たちは、彼女をそうするつもりだったんだろう?」
「俺は男爵家の息子だぞ!」
「だから何だ? まあ、じきに警備団が来るから心配するな。それまで無事だといいが、な」
コワモテさんはわたしの手を引っ張るように歩き出した。
「くそ!! 覚えてろよ!」
男達の罵声などまるで気にしない。堂々とした態度に、妙な安心感を覚えてしまった。この人、もしかしてすっごい偉い人なんじゃない……!?
馬車まで戻ると、警備団の人がちょうど着いたところだった。
「おい、災難だったな。無事か?」
顔なじみの団員が声をかけてくれる。わたしは大きく頷いた。
続いてコワモテさんを見ると黙って頷き、敬礼をして森の奥へ向かった。
敬礼したよ! この人に。本当に何者?
よく見ると、簡素な服装だけれど、上質な素材のものを着ている。旅人のように着古した雰囲気もない。やっぱり偉い人に違いない。
馬車の陰に立派な白馬を見つけ、その考えは確信になった。うちの馬もけっこういい馬なのだが、こんな美人さんではない。こんなに強くてきれいな馬に乗れるのは、貴族や騎士しかいないはずだ。
「さあ、乗って」
「コ……旅人さんの馬?」
「ああ。キャルという」
ほほー。名前まで美人さんだ。だが、馬の名を聞いたところで、この人の名を聞いてないことに気付いた。
「さ、ジル。早く帰ろう」
……何故、わたしの名を知っている? おかしいでしょう!
驚きすぎて、わたしはコワモテさんの名を聞きそびれてしまった。




