第一話 働き者の村娘
なろうでは初投稿です。よろしくお願いします。
おとぎ話ってやつは現実とかけ離れている。
「子供に勧善懲悪を教えるためのお手本だから」
亡くなった父の言葉だ。5歳児に『かんぜんちょーあく』なんて言われてもさっぱり分からなかったが、今ならなるほど、と思える。
まっとうに生きていくための指針。だから、分かりやすくできている。
現実では、きれいなお姫様が必ずしも心優しいわけじゃない。かっこいい騎士様が高潔とは限らない。これはわたしの両親が身をもって教えてくれた。……思い出したくもない記憶だけど。おかげでわたしは、15歳でちゃんと現実を見られるようになった。
心優しくて働き者の村娘が見初められて幸せになる。……これも嘘だ。
なぜなら、田舎の娘たちは誰もが働き者だから。働くのが当たり前。働かなくては生きていけない。そんな娘たち全員に行き渡るほど、王子様が何人もいるわけないじゃないか。第一、働き者の娘たちは腕っぷしが強い。男に守られなきゃ生きていけないなんて、全くの幻想だよ。
わたしこと、ジリアン・マッカーソンもそんな働き者で善良な村娘の一人である。あぁ、みんなには愛称でジルって呼ばれているけどね。ついでに言うなら、翠の瞳とサラサラの金髪、ぽよよんお胸で、容姿も悪くない……はず。
容姿は人それぞれ好みがあるだろうけど、働き者という点で言えば、わたしは間違いなく村一番だ。毎朝日の出と共に起き、家畜の世話、農作業、手仕事と、夜遅くまで働いている。普通は家族総出でやる仕事を一人でやっているのだ。
家畜とヒトコトで言っても、ニワトリ、牛、馬、山羊だか羊だか分からないものまでごちゃごちゃいて、餌をやるだけでも重労働。小屋の掃除、健康チェック、馬のブラッシングに牛の乳しぼり……
誰もやってくれないから、自分がやるしかない。でも、生活の糧があるから生きていける。ありがたいと思わなくちゃね。
今日も太陽とともに飛び起きた。背中まである金髪を高く括って作業着に着替え、庭の井戸で顔を洗う。暖かい季節だから、水はそれほど冷たくない。桶に映った自分の顔を見て、簡単に身だしなみを確認した。髪型におかしなところはない。よだれの痕もなし。満足して、うーんと大きく伸びをする。
さあ、1日の仕事の始まりだ。
両手に飼い葉桶を2個ずつ持ち、頭に籠をのせて小走りで裏庭に向かう。まずは鶏小屋の掃除だ。飼い葉桶と籠を置き、箒でせっせと掃いていく。こびりついたフンと格闘していると、脱走癖のあるニワトリがそーっと忍び足で出て行くのが視界の端に見えた。
またか、と思いつつ、掃除の手は止めない。さっさと掃除を済ませなくては。
終わってから、猛ダッシュで追いかけた。
「待て!」
「コケ!?」
散歩を楽しんでいた脱走鶏が、短い足で必死に逃げる。飛べないニワトリごとき、わたしの敵ではない。数メートル追いかけただけで、わたしはあっさり捕獲した。
「あんた、わたしの足に勝とうなんて百万年早いんだよ! このまま夕飯にしてやろうか!?」
首根っこを掴んで持ち上げ、脅しをかける。
「グエッ」
妙な声で返事をしたので、とりあえず分かったらしい。鶏小屋に放り投げると、小屋の奥に逃げ込んでブルブル震えだした。
「怒られて震えるぐらいなら脱走なんかするなってーの! この忙しいのに。お前は卵を産むから、まだ食わないよ」
ついでに卵を拾い集めていく。籠を置いてきてしまったので、シャツの裾をめくって入れることにした。下乳チラ見のサービスになってしまうが、まあニワトリ相手に目くじら立てても仕方ない。今日の卵は10個。なかなかの収穫量だ。ほくほくしながら小屋を出ると、木立の影でドサッと何かが落ちる音がした。
「なに? 泥棒ー?」
この村は治安の良さが自慢なのに。足を向けようとすると「にゃあ~」と鳴きながら逃げていく気配がした。
猫? ずいぶん大きい落下音だったが。
まあ、逃げていったならいいか。
卵を落とさないように慎重な早足で戻り、籠に入れた。ちなみに、“慎重な早足”はわたしの得意技だ。これができるのは、この村にわたししかいない!
飼い葉桶に餌を入れようとした所で……中がいっぱいになっているのに気付いた。
はて? わたし、もう入れたっけ?
「お前が入れてくれたの?」
小屋の金網越しに脱走鶏に聞けば、「こけっ?」と首を傾げられる。さっきまで震えていたとは思えないほどかわいい目で。ニワトリは忘れるのも早い。きっと明日も脱走するだろう。
だけど、首を傾げたいのはわたしの方だ。寝ぼけてたのかな。それとも魔法? この村に魔法を使える者なんていないはずだけど。魔力がある者は、強制的に王都に集められるのだ。
まあ、どうでもいいか。少しだけ助かった。
「うんしょ」
たっぷり中身の入った飼い葉桶4個を両手に持って奥に向かう。鶏小屋の奥は柵で囲った小さい牧場になっており、そこで牛馬や羊もどきを飼育しているのだ。わたしの姿を見つけると、みんなが我先にと寄ってきた。一斉に走ってくる様子はなかなかの迫力だ。
「押すなよー!」
みんな、わたしの言う事をちゃんときく。そばまで来ると歩を緩め、長いエサ入れの前に、譲り合いながら並んだ。餌を入れてやると、仲良く食べ始める。いつもながら可愛い。
おっとぼんやり見ていられない。すぐにおかわりを持ってこなければ。
大人しく食べている間にざっと健康状態をチェックをする。うん、みんな今日も異常なし!
その後は乳しぼりだ。牝牛は5頭。長い乳をちゅうちゅう搾ると、牛もご機嫌になる。
「お! 今日はいっぱい出るねー」
「ンもぉ~」
一番年上の牝牛は、鳴き声がやたらと色っぽい。うちで一番のモテ牛だ。どうやら、また子種をしこんだらしい。今度はどいつが相手だ?
一番若い雄牛が近寄ってきた。まさかの年下か! 仲良く顔を摺り寄せて、何いちゃいちゃしてるんだ……
うらやましくなんかないぞ。
掃除を終え、卵を持って家に戻る頃には、もう陽が昇り切っていた。だが、仕事はここだけじゃない。
わたしは溜息を一つ吐いて、隣へ向かった。