(真夜中のための)オンリーロンリーローリングストーンズ
「鍵をなくしてしまった。探してくる。」
そう言って彼女は部屋から出ていった。もう二度と会うこともないだろう、名前も知らない女の子。彼女は果たして実在の少女だったのだろうか。それとも俺の歪みきった精神が現実に投影してみせた理想の清純だったのだろうか。今となっては確認しようもない。彼女の残したハードリカーが入ったグラスを持ち、その内容液をパンツの中に注ぎながら俺は考え事をしていた。どう考えても俺は人間として完全であると同時に猫としてもまぁまぁである。だから俺はとにかく近所の皆様に挨拶がしたくなり、ドアを開けて外へ出た。
外の空気は最悪で、まるで誰かの胃の中にいるみたいに臭くて不快だった。ジメジメとした空気が質量を持って纏わり付いてくる。そして耳元でこう囁いてくる。
「後悔 凡退 粉砕されたみたい 楠 楠」
俺はとてつもなく恥ずかしくなり、屁の勢いと臭みを纏って全てを遮断した。
そして歩く。歩く。歩く。しゃがむ。立ち上がる。歩く。振り返る。ニヤける。前を向く。歩く。
酒臭い街だ。まるで街自体が質の悪い酒のようだ。その街から放たれる酒空気がプンプンにおい立っており、俺はそれを鼻から吸い込み、酩酊し、混乱し、ミラクルテンプテーションである。俺はついつい遊びたくなり、遊ぶ肉との邂逅を求めてブランコに座った。
程なくして和服姿の肉女が俺に話しかけてきた。俺はその肉女が何を言っているのか理解できなかったが、とにかく全てを許し、賛同した。何故ならその肉女は俺の過去であり、すべての過ちの元凶だったからだ。俺は泣いていた。泣いて謝罪し、その肉女とツーショット写メを撮り、待ち受けに設定した。少し気分が上向いて、その待ち受け画面を肉女に見せようとした。しかし肉女はいつの間にかそこに出現した溶鉱炉に半身を沈ませていた。肉女は最後に「許されうる 苦しむ 散々 9.12」と呟いて、完全に沈んでしまった。
俺は全てを理解し、感謝の気持ちでいっぱいになった。そしてコンビニで豚の睾丸を買い、再び歩き出した。
少し歩き疲れたので、路傍に座り込む。そして瞼を閉じて、こう呟いた。
「最転ん 頃 頃 頃」
そしてそのまま、しばしの沈黙。
瞼をあけると、そこは自分の部屋だった。そう、前述の諸々は全て俺の妄想であり、俺は部屋から一歩も出ていなかった。脳内散歩である。もっと言えば俺の人生は誰かの妄想の産物であり、そいつのしがない汚点を繋ぎ合わせて描かれた虚構文である。実体も無く、始まりもなく、終わりもない。俺は永遠にこの空間を漂い続けるだけの不埒なエナジーでしかないのだ。
全てが嫌になった俺は、立ち上がると台所に行き、とっておきの日本酒の封を切ると、中身を全て排水溝に流してしまった。怒慕怒慕と音が鳴り、俺はその音に合わせて呼吸した。
不意に部屋のドアが開く。そして少女が入ってきた。名前も知らない女の子。もう二度と会うこともないと思っていた彼女は、はにかみながらこう言った。
「鍵、やっぱりあの店にあったよ。」
人生は不確かだ。俺の存在も、この女の子も、読んでいるアンタも、書いている俺も。全て不確かでうつろに流れていく濁流のようなものだ。俺は嬉しくなって、その女の子と手を繋ぎ、発光し、ふたり仲良く霧散した。