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最終回です。ありがとうございました。
あち子には、わかっていた。
あち子を守ってくれたもの、それは『 ぽち 』に違いない。
あの事故にあった日から、あち子は、ぽちを見ていない。
今も、ぽちがいない。
( ぽち~ どこにいっちゃったの....... )
*****
退院した翌日は、日曜日だった。
「 びっくりしたよー。よかったぁ~ 」
紗枝が、お見舞いに来てくれた。
仲のいい子たちからということで、お見舞いのお花を、持ってきてくれた。
ラインでも、みんなから『 心配したとか、安心した 』とかいろいろきていて、数の多さにびっくりした。
「 あの朝、先生が、あっちゃんの事故の事、教えてくれてね。大したケガじゃないって言ったから、安心してたんだけど。家に帰ってから、テレビで見たら、事故のニュースやったんだよ。壊れた自転車と自動車が映っていてね。知ってたけど、あの映像見て、心臓が止まるかと思っちゃった。ほんとよかった~。 」
あち子も、写真でもう一度、壊れた自転車を見たが、自分でもよく何ともなかったなあと、感心したぐらいだ。
みんなが、心配してくれていたり、紗枝が来てくれたことで、だいぶ事故のショックは、やわらいだ。
ただあち子の心は、ぽちがいないせいで、しずんだままだったが。
「あっそうだ、預かりもの。坂村君から。あっちゃんに、渡してくれって頼まれたの。 」
紗枝はそう言って、ちいさな紙袋をあち子に渡した。
「 じゃあね。明日学校でね。 」
紗枝は、帰っていった。
紗枝が帰った後、紙袋の中を見ると、先日もいただいた、金平糖が入った小箱が入っていた。
きっとおばあちゃんが、持たせたのだろう。
あち子は、小箱を開けてひとつ口に入れた。なんだか少しだけ、心が軽くなった気がした。
そして弟健太のいったことを思い出した。
「 ねえちゃんが、事故にあった日、この前公園であった坂村さんが、わざわざうちに来てさ。
母さんや父さんは病院にいて、家にいるの俺だけだったから、俺とちょっと話したんだよ。
ねえちゃんのけがの事、すごく心配していてさ。学校でも先生から、聞いたみたいなんだけど、直接聞きたかったみたいでさ。ねえちゃんすっごく心配されてたよ。どこもけがをしてないって言ったら、すごいほっとしてたのが、俺でもわかったもん。ねえちゃんやるね~。 」
( 健太の奴、変に勘違いしちゃって。たぶんおばあちゃんに、教えないとって思ったんだよね、きっと..... )
あち子は、その勘違いに、少しだけくすぐったい感じがした。
*****
翌朝月曜日には、バスで学校に行った。
靴箱のところに、坂村がいた。
「 おはよう。 鈴井。 」
「 おはようー。 坂村君。 」
「 大丈夫そうでよかった。それにしては、なんだか元気ないなあ。まあ理由は、わかるけどさ。 」
「 そうなんだよ..... ぽちがいなくなっちゃった。 」
急に泣きたくなったあち子だった。たぶんぽちの事を、知ってくれている坂村を、見たからだろう。
他の人に、ぽちのことを言っても、きっとわかってもらえない。
「 今日の帰り、うちこれる? ばあちゃんも待ってるしさ。 」
「 わかった。 」
あち子の気持ちが、少しだけ浮き上がった気がした。
*****
学校が終わった後、一度家に帰り、待ち合わせした公園に行った。
( ぽち、公園だよ )
肩の上を見ても、ぽちがいない。ぽちとの思い出だけが、どんどんよみがえってくる。
「 鈴井! 」
名前を呼ばれて、気がつけば、噴水広場を通り過ぎてしまうところだった。
「 どこ行っちゃうかと思ったよ。 」
坂村が、待っていた。
いつものように、ずいぶん人目を惹くようで、あちこちから視線を浴びていた。
坂村と二人で、坂村の家に行った。
今日は、あち子に、合わせてくれているのか、ゆっくりした足取りだった。
「 坂村君、お見舞いの金平糖ありがとう。またお礼、おばあちゃんにも言うね。」
なぜか坂村は、顔を背けて、『 別に 』とだけ言った。
坂村の家は、もう何度もお邪魔したことがあったので、緊張はしていなかったが、またぽちのことを思い出してしまった。
「 大変だったわね。 」
座布団に座るなり、いたわるように、おばあちゃんに言われ、あち子の涙腺が崩壊した。
「 おばあちゃーーーーん 」
おばあちゃんは、あち子のほうまで来てくれて、手をそっと握ってくれた。
温かかった。
そのあとは、何を言うわけでもなく、おいしいお茶とお菓子をごちそうになった。
ただお菓子は、涙でちょっとしょっぱくなってしまったが。
あち子は、そういえばと、お見舞いのお礼を言った。
「 おばあちゃん、お見舞いの金平糖、ありがとうございました。 」
「 あぁ~、あれね。敦也が、急いで買いに行ったのよ。あなたがとても気に入ってたみたいだからって。 」
あち子は、横の敦也を見れば、おばあさんの話を、聞いていなかったのか、何食わぬ顔で、お菓子を食べていた。
ただあち子は、見てしまった。敦也の耳が、赤くなっていることに。
おばあさんのほうに向きなおった時、なぜか笑われた。
「 ぽちは、きっと本望よ。ご主人様を守れて。ぽちの分まで、しっかり生きなくちゃあね。 」
帰り際、おばあちゃんは、そう言ってくれた。
坂村は、あち子の隣で、ただ静かに座っていた。
*****
あの事故から、一か月が過ぎた。
ぽちはいなくなったが、あれ以降も週に一回ペースで、坂村の家にお邪魔している。
おばあちゃんとぽちの話で盛り上がったり、おいしいお茶とお菓子をいただくだけだったが。
坂村は、その間あち子の隣に座り、静かにお茶とお菓子を食べている。
学校では、どこかで坂村と一緒のところを、見られたらしく、少しだけ噂になった。
坂村の家に行った帰り、あち子を送っていきながら、坂村が言った。
「 俺さ、ずっと兄貴の彼女が好きだったんだ。前に鈴井に図書館であった時も、二人がいっしょにいるのを見ていたくなくて、出かけたんだ。でも最近、やっとふっきれてさ。鈴井も、ぽちのこと、いい思い出になる日がくるよ、きっと。」
坂村が、あち子に向かっていった。なぜか心が温かくなった気がした。
兄貴の彼女とは、前に玄関先で見たあの美女だ。なんで吹っ切れたのかは、知らないが、あち子はよかったと思った。あち子も、ぽちの事をいい思い出にできる日が、来るのだろうか。
ふたりは、そのあと、何も話さずに歩いた。
いつもなら公園まで、送って行ってくれるのだが、その日は、なぜかあち子の家まで送ってくれた。
「 じゃあ、またな。今度映画見に行こう。 」
笑顔をあち子にむけて、帰っていく。
あち子は、一瞬何を言われたのか、理解できなかった。
「 えーーーー? 」
気づいた時には、坂村はずいぶん先を歩いていた。
坂村の後姿を見て、なんだかちょっと寂しい気分になった、あち子だった。
坂村の後姿が、見えなくなるまで送り、家に入ったあち子がリビングに行くと、なんだか違和感があった。
ぽちのいたクッションの上に、何やらうすい靄のようなものが・・・・・
「 えー! ぽちなのぉ?ーー 」
どうやらぽちは、復活したようです。
おしまい
*****
おまけ ( ぽちが、復活したが、まだ靄の状態の時 )
いつものように、坂村の家にお邪魔した帰り、今日もあち子の家まで送ってくれた。
帰りながら坂村が言った。
「 映画、明日の日曜日に行かないか。」
「 いいねえ!見たいのがあるんだけど。 」
「 なに? 」
「 SFの。題名は、えぇっと... 」
「 .....今話題のだよね。...いいよ。 」
( 今ちょっと間があったよね。ほんとは違うの見たかったのかな? )
「 坂村君、何か見たいのあった? 」
「 ...いや、そうじゃないけどさ。いいよ話題だし。 」
なぜか坂村は、あち子のほうを見なかった。
「 じゃあね、ありがとう。 」
「 じゃあな、また明日。9時に公園で。 」
( 何着ていこうかな~。 )
家に帰ってきたあち子は、先ほど坂村に誘われた映画のことで頭がいっぱいだった。
( きっとぽちの事、慰めてくれるためなんだよね。それでもいいよね、それより洋服何着てこうかなあ? )
明日着ていく服を、ああでもないこうでもないと悩んで、気が付けば二時間たっていた。
決めた後、リビングに行った。洋服選びで、もうぐったりである。
ぽちのクッションの上には、もやのようなものが、あった。それを見たら少しだけ疲れが取れた気がした。
( 早く生まれてきてね、ぽち )
そういいながら、ふと先ほどの坂村の言葉を思い出した。
( ちょっと間があったよね。なにかほかの見たかったのかな。 )
思い出したら妙に気になりだして、スマホで今やっている映画を検索してみた。
( そうか! 今あの話題の恋愛映画もやってるんだ。あれも見たかったなぁ。でもさすがに坂村君と行く勇気はないなあ。あの映画、確か高校生が主人公だったよね。ハッピーエンドだったし、あんなの坂村君と見たら、よけいキュンキュンしちゃうよね~。 )
妄想しまくりのあち子は、そばに置いてあったクッションを抱きしめて、身もだえた。
「 ねえちゃん、腹でも痛いの? 」
その様子をちょうど見た健太が、いったのだった。
おわり
ありがとうございました。




