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ゴールデンウィークも終わり、また日常の生活に戻っていった。
あち子も、ぽちと学校へいく毎日が始まった。
あいかわらずぽちは、自転車の時には、カバンの上にのっている。
違うことといえば、もう駐輪場に坂村はいない。
「 おはようー 鈴井。」
「 おはようー 鈴井さん 」
ただ下駄箱で、靴を履き替えていると、坂村や岡田と出会う時がある。
その時に、普通に挨拶するようになった。
今までも挨拶はしていたのだが、今では名前付きになったこともあり、ほかの同級生たちに、ちょっとうらやましがられている。
「 いいなあ あっちゃん。わたしも、名前で呼ばれたい~! 」
「 わたしも~! 」
坂村に、みんなの名前を付けて、呼んでやれ! といいたいところだが、たぶん呼んでくれないだろう。めんどくさがって。
*****
「 明日も来てくれってさ。 」
「 いいの? 最近よくお邪魔してるけど。 」
「 ああ、ばあさんが待ってるって。じゃあ明日、いつものところで。 」
あれから、あち子は、たびたび坂村に呼ばれて、おうちのほうへ、お邪魔させてもらっている。
仲良くおばあさんと、お話をする。
ぽちは、おばあさんが大好きなので、行けばおばあさんの膝の上に、のっている。
坂村も、横に座っているが。
あち子は、おいしいお茶と季節のお菓子を、いただいて満足だ。
この前は、帰りにかわいい絵柄の小箱に入った、金平糖をいただいた。
「 これっ、かわいい。ありがとうございます。 」
金平糖の入った小箱は、和紙でつくられていて、 飾っておきたくなるぐらいだった。
坂村は、いつも公園まで送って行ってくれるので、帰りにお菓子の事を聞いてみた。
おばあさんは、昔茶道をたしなんでいたので、そのころからのお付き合いのある和菓子屋さんらしい。最近では、あち子のための、お菓子を頼むのが楽しいと、和菓子屋のご主人と話していたようだ。
あち子もおばあさんと話をするのが、楽しい。ぽちもすごく楽しそうだ。
おばあさんとは、いい茶飲み友達に、なりそうである。
先日は、坂村の兄慎一に会った。
「 はじめまして、敦也の兄の慎一です。 」
「 はっ、はじめまして、ずずいです。 」
思わず声が、裏返ってしまった。
思いっきり、隣に座っている敦也が、肩を震わせていた。
初めて会った慎一は、敦也のクールさと、クラスの岡田のさわやかさを、足して二で割ったような人だった。
なるほどこの人なら、あのきれいな木下佐和子さんとよくお似合いだと思う。
「 ばあちゃんや敦也に聞いていたけれど、やっぱり俺には、見えないな。 」
どうやら、ぽちを見に来たようだった。
あち子が、あまりにまじまじと見とれていたせいか、坂村のとがった声がした。
「 兄貴、佐和子さんが待ってるんじゃない? 」
「 じゃあ、鈴井さん、ごゆっくり。 」
慎一は、敦也をちらっと見て、あち子に優しく笑うと、部屋を出て行った。
「 兄貴は、今日も!デートなんだよ。 」
おばあちゃんの笑い声が、聞こえた気がした。
(なるほど、だから機嫌が悪いのか....だからって私に当たんないでよ! )
ぽちは、あち子の心の声を知ってか知らずか、あち子と敦也の周りを、しばらく行ったり来たりしていたが、またおばあちゃんの膝の上にのっていった。
いろいろなことがあったが、ぽちのおかげで、ちょっとだけ世界が広がった。
これからも、いろいろなことが、起こるかもしれない。
ただぽちと一緒なら、なんでも、乗り越えられる気がしている。
*****
そんなある日、あち子とぽちが、いつものように自転車にのって、学校へ向かっていた。
その日はなぜか、かばんのうえのぽちが、やたらと左右に首を振っている。
「 どうしたの? ぽち、なんかあるの? 」
自転車をこぎながら、あち子が聞いたが、ぽちは、なぜかその動作をやめない。
( どうしたんだろう~ ぽち。 )
交差点で、信号待ちをしている時だった。
急に目の前が、茶色の靄でおおわれたと思ったら、目の前が真っ暗になった。
『 きゅーーーーーん 』
ぽちの声が、聞こえた気がした......
「 大丈夫ですか? 大丈夫ですか? 」
ふとその声に気が付けば、周りがざわざわしている。
すぐそばで救急車のサイレンも聞こえた。
自分は、どうやら肩を、軽くたたかれていたらしい。
その声は、真上から聞こえるので、びっくりして目を開けると、道路に寝ていた。
慌てて飛び起きると、目の前の人は、なぜかびっくりしている。
上半身を起こしただけで、あたりを見渡せば、すぐ横に、ひしゃげている、自分の自転車が目に入った。
「 どこか痛いところは、ありませんか? 」
「 痛いところ? 」
あち子は、自分の体をよく見てみた。
手や足、制服。
どうやらどこも、痛いところはないし、血もついていない。
「 なんともないようです.... 」
「 よかったです。でも頭を打っているかもしれないので、一応救急車に、乗ってもらっていいですか。 」
( この人は、救急車の人だ。自分は、事故にあったのか。 )
そう理解したとたん、なぜか急に眠くなってきた。
「 おい! 大丈夫? おい! 」
慌てた声が、聞こえた気がした。
*****
ふたたび、気が付いた時には、今度は道路ではなくて、ベッドの上に寝ていた。
「 目が覚めたのねー よかったぁ....... 」
声のほうを見れば、なぜか父と母が立っていた。
きょろきょろ、あたりを見渡せば、どうやら病院のベッドに、寝ているようだった。
「 痛いところはない? 大丈夫? 」
「 うん、大丈夫。私、事故にあったの? 」
「 そうよ、あち子がいた交差点に、車が突っ込んできたのよ。ちょうど、あち子のところに。けれど、なぜかなんともなかったのよ。 よかったわ~。」
それから、もう一度検査を受けたりして、二日間病院にいた。
なぜかどこも悪いところはなくて、駆け付けた救急隊員のひとや警察官、事故を目撃して、救急車を呼んでくれた人たちも、びっくりしていたらしい。
ちなみに、突っ込んできた自動車は、電柱にぶつかって止まったそうだ。
退院した後に聞いた話では、わき見をしていて、交差点につっこんでしまったらしい。
幸いにも、あち子のほかに、当時交差点には、人がおらず、運転手も軽いけがで済んだようだ。
ただ不思議なのは、運転手が、あち子に衝突する前に、『 あち子が、茶色いもので覆われたように見えた 』といっていた。
幾人かいた目撃者のなかの一人も、同じようなことを言っていたらしい。
警察が、現場検証をした時には、なにも残っておらず、不明とのことだった。
ただあち子には、わかった。
次回で最終です。




