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鈴井あち子は、花の高校一年生。
身長155センチ、中肉中背のちょっと色黒、顔は真ん丸、鼻はもうちょっと高ければよかったと思うような、だんご鼻。目も口も大きすぎず小さすぎずの、十人並みとはこのことねって、いうような顔をしている。
ちなみに、四人家族の長女である。
あち子の家は、小さな一戸建て。
父親鈴井牧夫は、ごく普通のサラリーマン。
母親鈴井美佐子は、午前中スーパーでパートをしている。
兄弟は、二人姉弟で中学二年生の弟、鈴井健太がいる。
昔は、お姉ちゃん!お姉ちゃん!と金魚のふんよろしく、どこにでもくっついてきたのだが、いまではあちこに対して、ちょっと態度がでかい気がする。
その生意気な健太は、野球部に入っている。
「 三年になったら、レギュラーだぜ! 」
本人は自慢しているが、まあ部員が少ないから、全員選手になれるだろう。
あち子の顔だちと色黒は、父親譲り。母親に似たら、もう少し色も白くて、鼻も高くて目も大きかったのにと、思っている。
憎らしいことに弟は、母親似。
だからあち子は、最近父親に、ちょとだけ冷たい。
やっとながい受験生活も終わり、第一希望の森北高校に受かって、晴れて高校生になった。
そして高校生活を、エンジョイする予定だった。
しかしである。
高校に入学する十日前、かわいがっていた、チワワのぽちが、死んでしまった。
享年17歳。
物心つく頃には、もういるのが当たり前の生活で、ぽち無しでは考えられないくらい、あち子の生活はぽちとともにあった。ただ死ぬ半年前には、急に弱ってきて、おむつが欠かせなくはなってきていたのだが。
チワワのぽちは、あち子が生まれる前に、我が家にやってきた。
二人で買い物に行ったとき、チワワのぽちと出会い、一目ぼれして買ってしまったらしい。
特に母美佐子の希望で。
当時父牧夫は、母美佐子にデレデレだったと母自身が言っていた。
両親の恋バナは、聞きたくなかったのだが、話しているうちに、乗りに乗ってきたのか、こんなにも言い寄られたとか積極的だったとか、もうそれは止めたくなるぐらいだった。
今では、横のものを縦にもしないような父親しか、見たことがなかったので、ある意味衝撃的だった。
そしてぽちとの生活が、始まってすぐ、あち子ができたようで、両親はぽちは幸運の犬だと、よけいにかわいがっていた。
あち子はともかく、弟の健太には、お兄さんをきどっていたぽちだった。
自分より小さいものを、かわいがらなくてはと、思っていた節があった。
あるときなど、赤ちゃんだった健太の周りに、ぽちのおもちゃが、ぐるぐると囲んであったこともあったぐらいだ。たぶん泣いていた、健太の機嫌を、取ろうとぽちなりに考えたのだろう。
*****
今日も入学式が終わり、あち子は家に着いて、リビングのソファに、どっかり腰を落としてから、ふと何かが足りない気がした。
ついぽちがいた、クッションをみると、その中になんにもいない。
何とも言えない気持ちが襲ってきて、入学式の興奮した気持ちも、すうーっと引いていってしまった。
目の前に座った母の美佐子も、気が付けば、あち子と同じところをみており、二人して溜息を吐いた。
「 まだ、ぽちが死んだ実感がないね。」
先日、目の前の母親と、弟の健太三人で、火葬してもらいにいき、お骨は合同墓に、おさめてもらうようにしたはずなのだが、なかなかぽちのいない生活には慣れない。
父親である牧夫も、いつも唯一、玄関までお迎えに来てくれていたぽちがいなくなって、寂しそうだ。
火葬には、仕事で一緒にいけなかったので、最後のお別れに、ゆっくりと優しく、ぽちのからだをなでていた。死んだときにも、きれいにしてあげなくてはと、真っ先にタオルで拭いてあげていた。
中学生の弟健太も、夢中な野球の練習を休んでまで、火葬に行った。
健太といえば、ぽちは健太のくさい靴下が大好きで、学校から帰って靴下を脱ぐと、すぐ持っていってしまい、大事な宝物であるかのように、クッションの中に隠すのが、日課になっていた。
最近では、いつも寝てばかりで、父親のお迎えはもちろんのこと、健太のくさい靴下を、取りに行くことも、なくなってしまっていたが。
母美佐子は、湿っぽくなってしまった雰囲気でも、かえようと思ったのか、入学式の話題を出した。
「 そういえば入学式に、代表であいさつした子、かっこよかったわね。
遠めでもわかったわよ。確かあち子と同じクラスだったわよね。 」
「 そう、たぶんね。 」
母美佐子の言った通り、ずいぶん整った顔立ちの男の子だったように見えた。
確か名前は、坂村? といっていたような。
彼が、壇上に上がってきたとき、あち子にも聞こえたのだ。
周りから漏れてきた溜息が。
あち子は、それが気になって仕方なく、彼を見るより、つい声のほうをきょろきょろしてしまった。
あちこちで、うっとりするような目で、彼を見ている女の子たちが、目に入ってきた。
あまりに、きょろきょろしていたので、隣の男の子には、胡乱げな目で見られてしまったが。
ただちょっと見た感じの彼は、あまりに冷たい感じがする男の子だったように、思ったあち子だった。